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第5唱 母の面影
ラピスの分析
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「えっと、あの……こんにちは」
気分を害しているのは明らかだが、無視するのもどうかと思って声をかけた。が、案の定、ディアナの眉間の皺がいっそう深くなる。
いつものようにキツい言葉を投げつけられるかと身を縮めたが、着膨れしているから見た目は変わらないかもしれない。
しかし予想に反して、歯ぎしりが聞こえそうなほど口元を歪めているもののディアナは無言で、代わりにイーライが口をひらいた。
「今のうちに偉そうにしてろよ、ラピス!」
「え、なあに?」
「知ってるぞ。お前は呑気に寝てたから、古竜の歌を解いてないんだろう! おれたちはちゃんと情報を仕入れたからな、お前と違って! あとはそこで目当ての物を探すだけだ!」
「竜の歌を『解いた』のじゃなく、情報を『仕入れた』わけね」
いつのまにか隣に来ていたディードが冷めた口調で言うと、ジーク目当てでそばにいた女性たちがくすくす笑った。
イーライの顔がみるみる紅潮する。
「なんだよお前、騎士見習いか!? 喧嘩売ってるなら買ってやるぞ!」
「あ、あのねイーライ、その情報のことなんだけどね」
鼻で嗤うディードと義兄がこれ以上険悪になる前に、ラピスがあわてて割って入ると、イーライは小さな目を吊り上げた。
「うるせえ! 教えてほしかったら頭下げて頼みな!」
「えっと、『ロックス町に“救いの対象”がある』ってやつだよね?」
カックンと音がしそうなほど、イーライの顎が落ちた。
先ほどの女性たちがまた笑い、ディアナの額に青筋が浮かぶ。その表情はグウェンそっくりで、ラピスは(親子だなぁ)なんて呑気に思ってしまったが、そんな場合ではなかった。ジークも待っているし、早々に話を進めねばならない。
「僕、いま思ったんだけどね。古竜さんが、単に『そこを探せば解決できる』みたいなことを言うかなあ? って」
そう。ドロシアに情報を教わってからの展開が速くて、旅支度やらなんやらで忙しなかったのもあり、噛み砕いて考える暇がなかったのだけれど。
こうしてイーライたちがロックス町に出かけようとしているのを客観的に目にしたことで、むくむくと疑問点が浮かび上がってきた。
(もっと早く気がついていれば、ドロシアさんとも相談できたのに。悪いことをしちゃった……)
やはり病み上がりでぼんやりしていたのかもしれない。
反省しつつ、せめて気がつかせてくれたイーライたちには、自分の考えを伝えたいと思った。
「竜たちは『力が欠けたときのための対処法を探せ』と、ずっと警告してきたのでしょ? それって物なのかな? 少なくとも、ロックス町に何かがあるとしても、『救いの対象』っていうのがあやふや過ぎるから……用心したほうがいいような気がするんだ」
それはラピスがこれまで出会った竜たちに対する印象とか、感触とか、勘みたいなものから生まれた推測だ。
又聞きの歌に対して具体的に説明するのは難しいし、だからこそ今に至るまで疑問が浮かばなかったのだけれど、でも気づいてしまえば、何かがおかしい。
しかしその『何か』を上手く言い表せず、イーライたちにその懸念は通じなかった。
「何言ってんの? あんた」
ようやく口をひらいたディアナの、冷え冷えとした声。
「まったくだぜ、わけわかんねえことばっか言いやがって」
「アシュクロフト様に抱き上げられて馬に乗せてもらえるからって、いい気になって偉そうに! 自分まで大物になったつもり⁉」
ディアナの不機嫌は、つまりそれが理由だったようだ。さらに――
「あんたのそのマフラー、アシュクロフト様のでしょう! あたしがあの方に憧れてるのを知ってて、見せつけてるのよね。ほんと嫌な奴っ。あんたにだけは、絶対負けないからね……!」
マフラーのことなど、言われるまでラピスは忘れていた。
確かにジークが自分のマフラーをラピスに巻いてくれたのだが、それがジークのものだと気づくディアナがすごい。しかしここで感心したら、さらに怒られそうだ。
結局、ちょうど馬車に乗ったグウェンが迎えに来たところで話は終わり、彼らはそのままゴルト街を出て行った。
「ラピスはロックス町に、危険を感じているのか?」
改めてジークに問われ、うーんと考え込む。
情報が少なすぎて、不安になっているだけかもしれない。だがロックス町という具体的な地名が出たなら、そこは信じていい気がする。
「とりあえず、ロックス町に向かうべきだとは思うのですけど……」
こんなとき、師がいてくれたらいいのにと、心細く思う。
なんだか最近は気にかかることだらけだ。
大事な何かを見落としている気がして、ずっと落ち着かない。
ジークの馬に乗せてもらって移動するあいだも、ずっと考え悩んでいたが、結論が出ぬまま宿に到着した。
「お師匠様、また『近道魔法』で来てくれないかなぁ……」
しょんぼりとうつむき、廊下を歩きながら呟くと、先を歩いていたジークの足が急に止まった。
その躰に頭がぶつかり、「ぷっ」と声が漏れる。
「どうしたのですか?」
おでこを押さえながら、ジークの背中越しに前方を見ると――
「よう」
受付広間の椅子に深く腰かけ、長い脚を組んでふんぞり返ったクロヴィスが、ひらりと手を振った。
気分を害しているのは明らかだが、無視するのもどうかと思って声をかけた。が、案の定、ディアナの眉間の皺がいっそう深くなる。
いつものようにキツい言葉を投げつけられるかと身を縮めたが、着膨れしているから見た目は変わらないかもしれない。
しかし予想に反して、歯ぎしりが聞こえそうなほど口元を歪めているもののディアナは無言で、代わりにイーライが口をひらいた。
「今のうちに偉そうにしてろよ、ラピス!」
「え、なあに?」
「知ってるぞ。お前は呑気に寝てたから、古竜の歌を解いてないんだろう! おれたちはちゃんと情報を仕入れたからな、お前と違って! あとはそこで目当ての物を探すだけだ!」
「竜の歌を『解いた』のじゃなく、情報を『仕入れた』わけね」
いつのまにか隣に来ていたディードが冷めた口調で言うと、ジーク目当てでそばにいた女性たちがくすくす笑った。
イーライの顔がみるみる紅潮する。
「なんだよお前、騎士見習いか!? 喧嘩売ってるなら買ってやるぞ!」
「あ、あのねイーライ、その情報のことなんだけどね」
鼻で嗤うディードと義兄がこれ以上険悪になる前に、ラピスがあわてて割って入ると、イーライは小さな目を吊り上げた。
「うるせえ! 教えてほしかったら頭下げて頼みな!」
「えっと、『ロックス町に“救いの対象”がある』ってやつだよね?」
カックンと音がしそうなほど、イーライの顎が落ちた。
先ほどの女性たちがまた笑い、ディアナの額に青筋が浮かぶ。その表情はグウェンそっくりで、ラピスは(親子だなぁ)なんて呑気に思ってしまったが、そんな場合ではなかった。ジークも待っているし、早々に話を進めねばならない。
「僕、いま思ったんだけどね。古竜さんが、単に『そこを探せば解決できる』みたいなことを言うかなあ? って」
そう。ドロシアに情報を教わってからの展開が速くて、旅支度やらなんやらで忙しなかったのもあり、噛み砕いて考える暇がなかったのだけれど。
こうしてイーライたちがロックス町に出かけようとしているのを客観的に目にしたことで、むくむくと疑問点が浮かび上がってきた。
(もっと早く気がついていれば、ドロシアさんとも相談できたのに。悪いことをしちゃった……)
やはり病み上がりでぼんやりしていたのかもしれない。
反省しつつ、せめて気がつかせてくれたイーライたちには、自分の考えを伝えたいと思った。
「竜たちは『力が欠けたときのための対処法を探せ』と、ずっと警告してきたのでしょ? それって物なのかな? 少なくとも、ロックス町に何かがあるとしても、『救いの対象』っていうのがあやふや過ぎるから……用心したほうがいいような気がするんだ」
それはラピスがこれまで出会った竜たちに対する印象とか、感触とか、勘みたいなものから生まれた推測だ。
又聞きの歌に対して具体的に説明するのは難しいし、だからこそ今に至るまで疑問が浮かばなかったのだけれど、でも気づいてしまえば、何かがおかしい。
しかしその『何か』を上手く言い表せず、イーライたちにその懸念は通じなかった。
「何言ってんの? あんた」
ようやく口をひらいたディアナの、冷え冷えとした声。
「まったくだぜ、わけわかんねえことばっか言いやがって」
「アシュクロフト様に抱き上げられて馬に乗せてもらえるからって、いい気になって偉そうに! 自分まで大物になったつもり⁉」
ディアナの不機嫌は、つまりそれが理由だったようだ。さらに――
「あんたのそのマフラー、アシュクロフト様のでしょう! あたしがあの方に憧れてるのを知ってて、見せつけてるのよね。ほんと嫌な奴っ。あんたにだけは、絶対負けないからね……!」
マフラーのことなど、言われるまでラピスは忘れていた。
確かにジークが自分のマフラーをラピスに巻いてくれたのだが、それがジークのものだと気づくディアナがすごい。しかしここで感心したら、さらに怒られそうだ。
結局、ちょうど馬車に乗ったグウェンが迎えに来たところで話は終わり、彼らはそのままゴルト街を出て行った。
「ラピスはロックス町に、危険を感じているのか?」
改めてジークに問われ、うーんと考え込む。
情報が少なすぎて、不安になっているだけかもしれない。だがロックス町という具体的な地名が出たなら、そこは信じていい気がする。
「とりあえず、ロックス町に向かうべきだとは思うのですけど……」
こんなとき、師がいてくれたらいいのにと、心細く思う。
なんだか最近は気にかかることだらけだ。
大事な何かを見落としている気がして、ずっと落ち着かない。
ジークの馬に乗せてもらって移動するあいだも、ずっと考え悩んでいたが、結論が出ぬまま宿に到着した。
「お師匠様、また『近道魔法』で来てくれないかなぁ……」
しょんぼりとうつむき、廊下を歩きながら呟くと、先を歩いていたジークの足が急に止まった。
その躰に頭がぶつかり、「ぷっ」と声が漏れる。
「どうしたのですか?」
おでこを押さえながら、ジークの背中越しに前方を見ると――
「よう」
受付広間の椅子に深く腰かけ、長い脚を組んでふんぞり返ったクロヴィスが、ひらりと手を振った。
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