ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第5唱 母の面影

騎士団の詰所にて

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 昼食の席で急遽始まった、今後の作戦会議(事情のわからぬラピスを除く)の結果、このままラピスの体調に心配がないようならば、可能な限り速やかにゴルト街を出て、ロックス町へ向かおうということになった。
 なぜだか皆、大祭司長と顔を合わせたくないらしい。

「あの人と会うと面倒くさいことになるから」

 ヘンリックがこっそり教えてくれたけれど、それが何故かがわからない。

「えっと……」
 
 ラピスは理由を尋ねてみようとした。
 が、にわかに“移動モード”に突入したジークたちは、てきぱきと段取りを決めて行動に移っている。さすが騎士(と見習い)だけあって、行動が早い。

「えっと……」

 話しかけるタイミングを逃してボヤ~としていたラピスだが、ハッと我に返った。みんな忙しいのだから、手伝わなければ。

「ディード。僕にも何か手伝えること、あるかな?」

 何やら紙に書いては難しい顔をしていたディードが、「熱が引いたばかりだし、外に出るのは良くないかもしれないけど……」と前置きしてから、にこっと笑った。

「これからまた団長と買い出しに行くんだ。一緒に行くかい?」
「行きたい!」

 それは手伝いとは違う気もしたが、嬉しいことは素直に受け取るラピスだった。



 そんなわけでラピスは、クロヴィス特製の焼き石をいつもの倍持たされ、重ね着の上にジークのマフラーまでぐるぐる巻かれて、ちょっとした雪だるまのようなフォルムになったものの、再び街へと繰り出すことができた。

 まずは騎士団の詰所に寄った。
 ドロシアが教えてくれた情報を確かめるためでもあり、ロックス町方面の積雪状況、盗賊や狼などの出没情報収集が目的である。

 この街の詰所は、王都でジークに見学させてもらったような、いくつもの鍛練場付きで宮殿の一部みたいな兵舎とは違って、お役所のような建物だった。
 奥行きの深い造りで、敷地の半分は厩舎や馬の管理のための施設になっているらしい。

「廊下は寒いから」と例によってジークの抱っこで運ばれたが、その間、すれ違った騎士たちが、あわてて敬礼してくる。しかしラピスがジークの肩から「こんにちは!」と挨拶すると、驚きつつも笑顔になって、一緒についてきてくれた。
 厩舎に居候している野良猫や、団員たちが面倒をみているという犬たちまで懐っこく寄ってきて、集会室に着く頃には十人ほど(プラス数匹)になっていた。

 ディードが先に立って扉をひらいたと同時に、暖気が溢れ出てきた。
 大きな暖炉のある広い部屋の中には、真剣な顔で会話中の者、長椅子に寝転がった者、飲食中の者などなど。
 そのざわめきが、ジークを認識した途端ピタリと止まり。
 すぐさま敬礼したのち、視線が騎士団長とラピスを行ったり来たりしてから、一斉に話しかけてきた。

「アシュクロフト団長、お疲れ様です! 巡礼の道程確認ですね、情報そろえてますよ!」
「そしてこの子が噂のラピスくんですか。わたしは初めてお目にかかります」

 ようやく床におろしてもらったラピスは、ぺこりと頭を下げてから、「こんにちは、はじめまして。ラピス・グレゴワールです!」とにっこり笑顔で自己紹介した。
 騎士たちは髭だらけだったり、酒樽のような躰つきだったり、一見怖そうな者も多かったが、そのぶん、相好が崩れると愛嬌が増す。

「古竜の歌を解き、歌を交わし、蝗災からトリプト村を救ったそうですね。あなたにお会いできるのを楽しみにしていましたよ、偉大な歌い手様!」
「本当に、こんな小さな子なんだなぁ……そしてほんとに、めっちゃ可愛いじゃないですかぁ」
「けど想像してたよりまん丸フォルムっスね」
「重ね着で倍に膨れてますから」

 興味津々という様子で取り囲んでくる騎士たちに、ディードが説明を入れる。
 ちなみに今回もギュンターは、ヘンリックと共に別行動である。ギュンターは「そのまま王都へ戻ったらいかがです」とディードに言われて、苦笑していた。
 
 なんとなくだが、ディードはずっと、ヘンリックとギュンターに対しては、ツンツンしているようにラピスには見えた。
 嫌悪や敵意を感じるものではなく、むしろ親しさゆえとは思うのだが……ラピスにはいつだって優しいのに、ちょっと不思議だ。

 ジークがほかの騎士たちと話し合っているあいだ、ラピスは近くの卓に出されたお茶をいただきつつ、広間の様子を眺めたり、犬と猫を撫でたりしていた。
 ジークが最初に確認したところによると、大祭司長の祈祷断念の一報は今朝届いたばかりで、大祭司長がこの詰所に立ち寄るのは確実だろうけれど、到着時期は読めないとのことだった。
 騎士団の連絡網より早く情報を掴むとは、ドロシアの情報網はまったく侮れない。

 そのとき、足もとで遊んでいた子犬が、急に顔を上げた。
 先ほど入ってきた扉のほうをじいっと見たまま固まっている。

「どうしたの?」

 話しかけたのが合図になったか、そちらへ向かって駆け出した。短い四肢で弾むような走りで、危なっかしいわりに速い。
 詰所の前で拾われた子犬なのだと聞いていたが、もしや親犬が来たのだろうか。
 そうであれば良いけれど、単に遊びごころで飛び出してしまったのなら、寒い廊下では小さな躰がすぐ冷え切ってしまうだろう。

 心配になったラピスは子犬を追って部屋の外へ出た。同時に、冷たい空気が露出した頬をつつみ込む。

「おーい、どこ行ったのー?」

 きょろきょろしていると、少し離れたところに、うずくまっている人物を見つけた。
 暗い廊下のことだから、一瞬どきりと心臓が跳ねたけれど、すぐにぐあいが悪いのではないかと思い至って、そちらへ走った。

「どうしたのですか、大丈夫ですか」

 相手の顔がこちらを向く。
 外套の帽子と薄闇でよく見えないが、子犬の頭を撫でているのはわかった。だからしゃがんでいたのかと、ホッとしたのも束の間。
 ラピスは再び、鼓動が速まるのを感じた。

 若いと思い込んでいたその人が帽子をおろして、老爺だとわかったから、なのか。
 立ち上がると思ったよりずっと背が高くて驚いたから、なのか。
 いや、それよりも――

 ひそかに混乱するラピスを見下ろし、老人は目尻の皺を深くした。

「騎士の詰所には似合わぬ子だ。迷子ではあるまいな?」

 面白がるような灰色の目も。意外に張りのあるその声も。
 どこかで。どこかで……

(僕はこの人を、知っている……?)

 ラピスの足もとに戻ってきた子犬が、くぅんと鳴いた。
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