ドラゴン☆マドリガーレ

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第4唱 ラピスにメロメロ

ジークムント 独身と無口の理由

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 ゴルト街へ向かう道中、ラピスは初めて湖を見た。
 両親がそろっていた頃、家族で海辺の街へ旅行したことならあるけれど、湖を見たことはなかった。少なくとも記憶にはない。

 興味津々で窓に貼りつくラピスに気づいたジークが、わざわざ遠回りをして、湖の岸辺に寄ってくれた。そうしてそこで食事休憩をとることになった。

「風邪をひくといけないから、水に触らないほうがいいよ」

 海のように寄せてくる波にはしゃいでいると、ディードから声をかけられた。
 ジークとギュンターは少し離れたところで石を組み、焚火の準備をしている。
 旅の生活は不便も多いが、魔法がものすごく役立っている。今のところラピスが使える魔法は火と水の魔法で、ささやかだが簡単に炎を熾せたり、飲み水程度なら器に蓄えられたりと、とても実用的だ。そうした魔法を集中的に教えてくれたクロヴィスに、ラピスは改めて感謝した。

「湖の水は、塩辛くないのでしょ?」 
「当然」

 うなずくヘンリックに、共に馬の世話をしていたディードが、「当然かどうか飲んで確かめろ」と薄ら笑いを浮かべた。「なんでだよ!」と、またもギャーギャー言い合いになる。

「ほんとに仲良しさんだねぇ」

 ラピスが笑うと、「仲良くない!」とそろって顔をこちらに向けた。息ピッタリ。
 そこへギュンターから「火を点けてくれるか」とお呼びがかかった。
 ディードが石組の上に置いた鍋に、良い感じに火が当たるよう調整して着火する。

「おお~助かるよ、ありがとう」

 そう言いながらギュンターが手早くカットしているのは、トリプト村でもらった野菜だ。さらに腸詰肉を棒に刺して炙っている。
 村長がくれた長寿亀の甲羅以外、お礼の品は断ったはずなのに、ギュンターはいつのまにかもらってしまっていたのだ。

「だって奥様たちが、『タレ目のイケメンは軽薄なんて言って悪かった』って、さっさと馬車に積んでくれたんだもん」

 そう言いながら、黄色とも緑ともつかぬ色の瞳でウィンクした。
 確かに、なんだかキャーキャー言われながら奥様たちに囲まれていたなと、ラピスは納得したのだが。

「何が『だもん』ですか! お返ししてくださいよ! 実際こんなに軽薄だし、その評価は妥当なのに!」

 ディードが怒り、ヘンリックすら呆れていたが(そしてジークはやはり無言だったが)、見習い騎士から説教されても、「はっはっは、ひどいなぁ」なんて笑って済ませて、進んで食事の支度もする副団長ギュンターって、かなり心が広いのでは……とラピスは思う。

 食事ができるまで馬の世話に戻ったディードたちにそう言うと、二人はなんとも言えない表情で顔を見合わせた。
 ディードがため息をこぼす。

「心が広いと言うか……面白がってるんだよ、あの人は」
「面白がる?」
「けど優しいのは確かだろ? だから第一印象が『軽薄』でも、結局モテるんだ」

 ヘンリックの言葉に納得しかねるのか、ディードは眉をひそめている。
 ラピスは「そういえば」とジークに視線を移した。

「ジークさんも女性にモテるって、前に言ってたよね。僕の義姉上もジークさんに憧れてたし。騎士団はモテる人が多いんだね!」
「みんなじゃないさ! あの二人は特別」

 なぜかヘンリックが得意そうだ。
 ディードも団長の評価については異論がないのか「そうだね」と首肯する。馬までブルルッと首を振った。

「団長はカッコイイし、人柄も文句のつけようがない。もう少し喋ってくれると、もっと良いけど。ただ、モテすぎるのも大変なんだなって」
「と言うか、もしかすると団長が無口なのって、そのせいなんじゃないの?」
「んん? モテすぎて無口に?」

 ジークの馬に顔を舐められながらヘンリックを見ると、「モテる男にはさ、自分に自信のある女性が集まるわけ」と答えながら、塩の塊で馬の気を逸らしてくれた。

「自分こそ選ばれるにふさわしい! っていう意気込みで迫ってくる強気な人が集まると、どうなると思う?」
「うーん。まったくわからない」
「すんごいアピール合戦と、壮絶な蹴落とし合いが始まる」

 代わりにディードが答えてくれたが、それを聞いてもまだわからず。きょとんとしていると苦笑しながら補足してくれた。

「つまりさ、団長の妻の座をめぐって、名家の女性たちが争うの。名家の息女ということは、背後にいる親たちの争いでもある。団長自身、伯爵位を継ぐ人だし」
「しかも裕福で有名な一族だからな。莫大な資産と、団長の妻という名誉があれば、社交界では勝ち組決定ってわけ」

 ヘンリックも説明を付け足してくれたが、「いらん話をするな」とディードに注意され、「だってそこが肝心だろ!」とやり返し、また小競り合いになっている。
 ディードに馬用の塩を口に押しつけられながら、ヘンリックが言い募った。

「社交界が大騒ぎになるから下手に誰かを特別扱いできないし、発言を都合よく解釈されて火種になったことも何度かあるし! その典型が――」

 そこでヘンリックの頭にディードの手刀が決まり、「いでっ!」と話が途切れて、また塩の塊を押し付け合いながら揉めている。
 どうもクロヴィスの手刀は影響力が強いらしい。

 二人の話をまとめると、ジークはモテすぎるので迂闊な行動や発言ができず、結果、無口になったということだろうか。ヘンリックが言いかけていた『その典型』とはなんのことなのか、わからないけれど……

「ま、いっか!」

 無口でも無表情でも、誠実な人であることは間違いない。常に全力でラピスを守ってくれている。
 それに湖に見惚れていたことに気づいて、寄り道して遊ばせてくれたし。いつだってラピスを気遣いながら行動を決めてくれている。
 ラピスが知る必要があるのは、そういうことだ。ジークの私事に首を突っ込む必要はない。

「おーい、お茶飲んであったまれよ!」

 ギュンターが陽気な声を上げた。
 野菜や肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、食欲を刺激された三人はそちらへ駆け寄った。
 すっかり冷えた躰で火にあたっていると、ジークは取り分けていた湯で手や顔を洗わせてくれた。躰は大きいが、本当に気遣いの細やかな人だ。

(だからモテるんだなぁ、きっと)

 ラピスはほっこりにっこりした。
 ――が。

 その頃、遠く離れた場所にいるクロヴィスが、ジークをめぐる女性問題に巻き込まれていたなんて、知る由もないのだった。
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