40 / 228
第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
衝撃のグウェン
しおりを挟む
ラピスの継母グウェン・カーレウムは、達成感を胸に、王都観光へ繰り出そうとしていた。
ありったけのコネと金を注ぎ込んで、娘のディアナと息子のイーライを、憧れのドラコニア・アカデミーに無事入学させることができた。
その上めったにない『集歌令』が令達され、『集歌の巡礼』という大行事に名を連ねる機会まで得た。それは二人の経歴に、またとない箔をつけてくれるだろう。
二人の護衛と、巡礼の旅の見栄えにも万全を期した。
歴としたシュタイツベルク第三騎士団所属の騎士五人と、護衛契約できたのは上出来だ。
欲を言えば、その騎士団団長である、アシュクロフトが引き受けてくれれば最高だったのだが……。
かの団長は裕福な侯爵家の次男だが、親戚の伯爵家の養子に入った。
地位も財産も人望もあり、剣の腕前は言わずもがな。おまけに彫像のような男前。
もしもディアナの護衛についてくれれば、娘を売り込む絶好の機会だったのに。
「でもあの方は高位貴族とも契約していないようだし、きっと巡礼には参加しないのね。仕方ないわ」
概ね満足。貴族の子息と比べても、まったく遜色ない。
子供たちの参加受付も見届けたし、あとはせっかく王都に来たのだから、自分のための買い物でもしよう。
――あの憎き大魔法使いの弟子として、ラピスが巡礼に参加するなんて話も聞いたが。
(いくら魔物みたいな男でも、アカデミーの学生でもなければ魔法使いでもないラピスを、参加させるなんてできるわけないわ)
そう決めつけて、意気揚々、最新流行のドレスでも作らせようかと浮かれていた矢先。
「なんであいつが、ラピスが、アシュクロフト様といるのよーっ!!」
今しがた別れたばかりの、ディアナの絶叫が聞こえてきた。
グウェンはビクンと躰を揺らして振り返る。
「……ラピスですって……!?」
ヒクヒクと、額に青筋が浮かぶのがわかった。
なんという嫌な名前。
あの目障りな継子の名前を、なぜ娘が叫んでいるのだ。まさか本当に参加しに来たのか。
ラピスを思えば、自然、あの憎き『大魔法使い』をも思い出す。
あの男がラピスを掻っ攫っていったせいで、グウェンはなめし革工房の親方に、多額の違約金を支払う羽目になったのだ。今も思い出すたび腸が煮えくり返る。
「縁起が悪すぎる。ラピスなんか追っ払ってやるわ!」
この日のために買い揃えたドレスと毛皮のコートを翻し、グウェンは鼻息荒く来た道を戻った。
人混みを押しのけ、抗議の声が上がるのも無視して受付会場を見渡すと、可愛い我が子たちはすぐに見つかった。なぜか孤島のようにぽつんと、周囲から距離を置かれていたからだ。
声をかけようとして、二人が真っ赤になってわなわな震え、何かを睨みつけていることに気づいた。
その視線の先には――というより、その場に居合わせた者たち皆の注目を浴びているのは――
グウェンの天敵。
この世で最も見たくない人物。
人混みの中にいても目立つ長身。
銀髪と黒い眼帯。整いすぎて魔物じみた白皙に、禍々しい赤い隻眼。
「なんであいつまでここにいるのよ……っ!」
いや、普通に考えれば弟子に師匠が同行していても不思議はない。だがグレゴワールという男は、遠い昔にアカデミーと袂を分かち、以来まったく寄りつかず、呼び出しもことごとく無視してきたと聞いている。
なのになぜ今さら、このタイミングでここにいるのか。
胸の内で散々悪態をついて、グウェンはようやく、グレゴワールの隣に立つアシュクロフト団長に気がついた。
騎士団長はグレゴワールよりさらに頭半分ほど背が高い。長身の二人が並び立つと、近寄り難いほどの迫力と威圧感だ。
だが彼らを取り巻く者たちは、物怖じするというよりむしろ嬉々として、女子学生に至っては夢中で黄色い声を上げている。
「ほんとに!? 本当にあの方が、あの大魔法使いのグレゴワール様なのっ!? めっちゃかっこいいんだけど! そして美しいんだけど!」
「年寄りじゃなかったの!? しかもすんごい醜い老いぼれだって聞いてたのに、全然違うじゃん!」
キャーキャー騒ぐ様子に、グウェンの顔が歪む。
何が美しいものか。性格の悪さが全身からにじみ出ているではないか!
怒りで固まるグウェンに、子供たちが気づいて駆け寄ってきた。
「ママぁ!」
今にも泣きそうな顔で抱きついてきたディアナを「よしよし」と抱き返しながら、早口で二人に問う。
「いったい何があったの!? なんであの男がここにいるのよ!」
「あの男? それよりママ、ラピスがぁ!」
そうだった、とグウェンは思い出した。そもそもその名を聞いたから、引き返してきたのだった。
ありったけのコネと金を注ぎ込んで、娘のディアナと息子のイーライを、憧れのドラコニア・アカデミーに無事入学させることができた。
その上めったにない『集歌令』が令達され、『集歌の巡礼』という大行事に名を連ねる機会まで得た。それは二人の経歴に、またとない箔をつけてくれるだろう。
二人の護衛と、巡礼の旅の見栄えにも万全を期した。
歴としたシュタイツベルク第三騎士団所属の騎士五人と、護衛契約できたのは上出来だ。
欲を言えば、その騎士団団長である、アシュクロフトが引き受けてくれれば最高だったのだが……。
かの団長は裕福な侯爵家の次男だが、親戚の伯爵家の養子に入った。
地位も財産も人望もあり、剣の腕前は言わずもがな。おまけに彫像のような男前。
もしもディアナの護衛についてくれれば、娘を売り込む絶好の機会だったのに。
「でもあの方は高位貴族とも契約していないようだし、きっと巡礼には参加しないのね。仕方ないわ」
概ね満足。貴族の子息と比べても、まったく遜色ない。
子供たちの参加受付も見届けたし、あとはせっかく王都に来たのだから、自分のための買い物でもしよう。
――あの憎き大魔法使いの弟子として、ラピスが巡礼に参加するなんて話も聞いたが。
(いくら魔物みたいな男でも、アカデミーの学生でもなければ魔法使いでもないラピスを、参加させるなんてできるわけないわ)
そう決めつけて、意気揚々、最新流行のドレスでも作らせようかと浮かれていた矢先。
「なんであいつが、ラピスが、アシュクロフト様といるのよーっ!!」
今しがた別れたばかりの、ディアナの絶叫が聞こえてきた。
グウェンはビクンと躰を揺らして振り返る。
「……ラピスですって……!?」
ヒクヒクと、額に青筋が浮かぶのがわかった。
なんという嫌な名前。
あの目障りな継子の名前を、なぜ娘が叫んでいるのだ。まさか本当に参加しに来たのか。
ラピスを思えば、自然、あの憎き『大魔法使い』をも思い出す。
あの男がラピスを掻っ攫っていったせいで、グウェンはなめし革工房の親方に、多額の違約金を支払う羽目になったのだ。今も思い出すたび腸が煮えくり返る。
「縁起が悪すぎる。ラピスなんか追っ払ってやるわ!」
この日のために買い揃えたドレスと毛皮のコートを翻し、グウェンは鼻息荒く来た道を戻った。
人混みを押しのけ、抗議の声が上がるのも無視して受付会場を見渡すと、可愛い我が子たちはすぐに見つかった。なぜか孤島のようにぽつんと、周囲から距離を置かれていたからだ。
声をかけようとして、二人が真っ赤になってわなわな震え、何かを睨みつけていることに気づいた。
その視線の先には――というより、その場に居合わせた者たち皆の注目を浴びているのは――
グウェンの天敵。
この世で最も見たくない人物。
人混みの中にいても目立つ長身。
銀髪と黒い眼帯。整いすぎて魔物じみた白皙に、禍々しい赤い隻眼。
「なんであいつまでここにいるのよ……っ!」
いや、普通に考えれば弟子に師匠が同行していても不思議はない。だがグレゴワールという男は、遠い昔にアカデミーと袂を分かち、以来まったく寄りつかず、呼び出しもことごとく無視してきたと聞いている。
なのになぜ今さら、このタイミングでここにいるのか。
胸の内で散々悪態をついて、グウェンはようやく、グレゴワールの隣に立つアシュクロフト団長に気がついた。
騎士団長はグレゴワールよりさらに頭半分ほど背が高い。長身の二人が並び立つと、近寄り難いほどの迫力と威圧感だ。
だが彼らを取り巻く者たちは、物怖じするというよりむしろ嬉々として、女子学生に至っては夢中で黄色い声を上げている。
「ほんとに!? 本当にあの方が、あの大魔法使いのグレゴワール様なのっ!? めっちゃかっこいいんだけど! そして美しいんだけど!」
「年寄りじゃなかったの!? しかもすんごい醜い老いぼれだって聞いてたのに、全然違うじゃん!」
キャーキャー騒ぐ様子に、グウェンの顔が歪む。
何が美しいものか。性格の悪さが全身からにじみ出ているではないか!
怒りで固まるグウェンに、子供たちが気づいて駆け寄ってきた。
「ママぁ!」
今にも泣きそうな顔で抱きついてきたディアナを「よしよし」と抱き返しながら、早口で二人に問う。
「いったい何があったの!? なんであの男がここにいるのよ!」
「あの男? それよりママ、ラピスがぁ!」
そうだった、とグウェンは思い出した。そもそもその名を聞いたから、引き返してきたのだった。
259
お気に入りに追加
804
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる