39 / 228
第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
衝撃のディアナとイーライ
しおりを挟む
姉弟二人の標的はラピスだ。
自分たちの留守中に、突然『大魔法使いに弟子入りして』消えた義弟。
もちろん、手ぐすね引いて待っている理由は、義弟を心配するゆえではない。
どれほど悲惨な様子でやって来るかを見物し、笑い者にするためだ。
共に来場者を品定めしていた学友たちも、面白そうだと会話に参加してきた。
「グレゴワールってアレだろ? 反逆者として追放されたっていう爺さん」
「それは噂だろ。本当に反逆者なら、大魔法使いの称号だって剥奪されるはずだ」
「なんにしても、良い噂はねえよな。短気だの乱暴だの傲慢で冷酷だの……」
ディアナは時間をかけてカールさせた髪を指に巻きつけ、「ラピスってほんと鈍くさいよね」と笑った。
「皮なめし職人への弟子入りから免れたと思ったら、大魔法使いに弟子入りだって聞いたときは、何それ悔しい! って思ったけど。よくよく話を聞いたら、偏屈の老いぼれが師匠だっていうじゃない。笑ったわーそれって弟子じゃなくて介護人じゃん? どんだけ運がないの?」
イーライもニヤニヤしながらうなずく。
「集歌の巡礼に参加するったって、どうせ厄介払いみたいにして追い出されたんだろ? あのボーッとしたガキが弟子入りからこんな短期間で、古竜の歌なんて解けるわきゃないし。ボロキレみたいになって来るんじゃねえの」
「護衛も雇ってもらってないんじゃない? アカデミーが用意した得体の知れない護衛役と旅するなんて、あたしなら絶対にごめんだわ!」
個人で護衛を雇う余裕のない者は、アカデミーの援助を受けられることになっているが、人選もアカデミー任せとなる。
ディアナとイーライには、母グウェンが金とコネを結集した結果、騎士五名が護衛につけられることになっていた。裕福な学友たちは皆、似たようなものだ。
ディアナはギリギリまで、アシュクロフト騎士団長と契約してもらえるよう、母に泣いて頼んでいたのだが。それが叶わなかったのは今も不満でならない。
そのとき、列の後方で賑やかな声が上がった。
なにやら黄色い声も混じっているなとそちらを見たときには、波が押し寄せるように、ざわめきが近づいてきていた。来場した誰かと共に、騒ぎが移動しているのだ。
「なんだ?」
イーライが顔をしかめたと同時に、周囲の生徒たちから歓声が上がった。
「アシュクロフト騎士団長様よっ!」
「どうしてここにいらっしゃるんだろう。確か誰の護衛も受けてくださらなかったはずなのに」
アシュクロフトの名を聞いた途端、ディアナは思わずそちらに突進しそうになって、どうにか踏みとどまった。
駆け寄るまでもなく、憧れの騎士団長はこちらに向かってきているのだから。
「嘘……来てくださったんだわ、やっぱり引き受けてくださったんだわ! あたしの護衛を!」
学友たちが驚いてディアナを見る。イーライも小さな目を瞠って姉を見たが、
「そうか。ママが上手くやってくれたんだな!」
と満面の笑顔になった。
カーレウム家は財力はあるが、貴族の学友たちからは格下に見られている――と二人は思い込んでいる。
しかし高位貴族の依頼にも頑として首を縦に振らなかったアシュクロフトが、二人の護衛についてくれるとなれば、鼻高々。虚栄心も大いに満たされるというものだ。
「失礼。通してくださるかしら」
嫉妬と羨望の眼差しを浴びながら、得意満面、ディアナはアシュクロフトの前へと進み出た。そうして、自分が一番魅力的に見えると思う角度で笑みを浮かべ、エスコートされる姫君よろしく、片手を差し出す。
――が。
アシュクロフトはその手を、一顧だにせず。
威風凛然。堂々たるその姿によって割れた人波を振り返ると、恭しく連れを招いた。
「クロヴィス・グレゴワール卿、ラピス殿。どうぞこちらへ」
自然、皆の視線が、騎士団長が見つめる二人連れに集中する。
そこには、星の輝きのような金髪、水色の空を映した瞳の美少年。
そして彼の手を引く、月の化身のような銀髪をした長身の青年。片目は黒い眼帯に覆われているが、その怜悧な美貌は少しも損なわれていない。
「ねえ、あの方たちはどなた!? 貴族かしら」
「たぶん。でもアカデミーでは見たことないな」
「絵になるお二人ね! ほら見て、アシュクロフト団長と並ぶと、絵画にして飾っておきたいような光景よ」
「あのアシュクロフト団長が護衛につくなんて、いったい……」
「ちょっと待って。クロヴィス・グレゴワール卿って言った?」
噂しながら、皆の視線が、騎士団長の視界にすら入っていなかったことが明白の、ディアナへと移動する。
「……残念だけど、勘違いだったみたいね」
誰かが放った言葉に、別の者がこらえきれぬように吹き出すと、聞こえよがしな嘲笑が伝染した。
赤カブに負けぬほど赤くなり、恥辱と驚愕に目を剥いて、差し出した手を引っ込めるタイミングを逃したまま、ディアナは叫んだ。
「ななな……なんで!? なんであいつが、ラピスが、アシュクロフト様と一緒にいるのよーっ!!」
自分たちの留守中に、突然『大魔法使いに弟子入りして』消えた義弟。
もちろん、手ぐすね引いて待っている理由は、義弟を心配するゆえではない。
どれほど悲惨な様子でやって来るかを見物し、笑い者にするためだ。
共に来場者を品定めしていた学友たちも、面白そうだと会話に参加してきた。
「グレゴワールってアレだろ? 反逆者として追放されたっていう爺さん」
「それは噂だろ。本当に反逆者なら、大魔法使いの称号だって剥奪されるはずだ」
「なんにしても、良い噂はねえよな。短気だの乱暴だの傲慢で冷酷だの……」
ディアナは時間をかけてカールさせた髪を指に巻きつけ、「ラピスってほんと鈍くさいよね」と笑った。
「皮なめし職人への弟子入りから免れたと思ったら、大魔法使いに弟子入りだって聞いたときは、何それ悔しい! って思ったけど。よくよく話を聞いたら、偏屈の老いぼれが師匠だっていうじゃない。笑ったわーそれって弟子じゃなくて介護人じゃん? どんだけ運がないの?」
イーライもニヤニヤしながらうなずく。
「集歌の巡礼に参加するったって、どうせ厄介払いみたいにして追い出されたんだろ? あのボーッとしたガキが弟子入りからこんな短期間で、古竜の歌なんて解けるわきゃないし。ボロキレみたいになって来るんじゃねえの」
「護衛も雇ってもらってないんじゃない? アカデミーが用意した得体の知れない護衛役と旅するなんて、あたしなら絶対にごめんだわ!」
個人で護衛を雇う余裕のない者は、アカデミーの援助を受けられることになっているが、人選もアカデミー任せとなる。
ディアナとイーライには、母グウェンが金とコネを結集した結果、騎士五名が護衛につけられることになっていた。裕福な学友たちは皆、似たようなものだ。
ディアナはギリギリまで、アシュクロフト騎士団長と契約してもらえるよう、母に泣いて頼んでいたのだが。それが叶わなかったのは今も不満でならない。
そのとき、列の後方で賑やかな声が上がった。
なにやら黄色い声も混じっているなとそちらを見たときには、波が押し寄せるように、ざわめきが近づいてきていた。来場した誰かと共に、騒ぎが移動しているのだ。
「なんだ?」
イーライが顔をしかめたと同時に、周囲の生徒たちから歓声が上がった。
「アシュクロフト騎士団長様よっ!」
「どうしてここにいらっしゃるんだろう。確か誰の護衛も受けてくださらなかったはずなのに」
アシュクロフトの名を聞いた途端、ディアナは思わずそちらに突進しそうになって、どうにか踏みとどまった。
駆け寄るまでもなく、憧れの騎士団長はこちらに向かってきているのだから。
「嘘……来てくださったんだわ、やっぱり引き受けてくださったんだわ! あたしの護衛を!」
学友たちが驚いてディアナを見る。イーライも小さな目を瞠って姉を見たが、
「そうか。ママが上手くやってくれたんだな!」
と満面の笑顔になった。
カーレウム家は財力はあるが、貴族の学友たちからは格下に見られている――と二人は思い込んでいる。
しかし高位貴族の依頼にも頑として首を縦に振らなかったアシュクロフトが、二人の護衛についてくれるとなれば、鼻高々。虚栄心も大いに満たされるというものだ。
「失礼。通してくださるかしら」
嫉妬と羨望の眼差しを浴びながら、得意満面、ディアナはアシュクロフトの前へと進み出た。そうして、自分が一番魅力的に見えると思う角度で笑みを浮かべ、エスコートされる姫君よろしく、片手を差し出す。
――が。
アシュクロフトはその手を、一顧だにせず。
威風凛然。堂々たるその姿によって割れた人波を振り返ると、恭しく連れを招いた。
「クロヴィス・グレゴワール卿、ラピス殿。どうぞこちらへ」
自然、皆の視線が、騎士団長が見つめる二人連れに集中する。
そこには、星の輝きのような金髪、水色の空を映した瞳の美少年。
そして彼の手を引く、月の化身のような銀髪をした長身の青年。片目は黒い眼帯に覆われているが、その怜悧な美貌は少しも損なわれていない。
「ねえ、あの方たちはどなた!? 貴族かしら」
「たぶん。でもアカデミーでは見たことないな」
「絵になるお二人ね! ほら見て、アシュクロフト団長と並ぶと、絵画にして飾っておきたいような光景よ」
「あのアシュクロフト団長が護衛につくなんて、いったい……」
「ちょっと待って。クロヴィス・グレゴワール卿って言った?」
噂しながら、皆の視線が、騎士団長の視界にすら入っていなかったことが明白の、ディアナへと移動する。
「……残念だけど、勘違いだったみたいね」
誰かが放った言葉に、別の者がこらえきれぬように吹き出すと、聞こえよがしな嘲笑が伝染した。
赤カブに負けぬほど赤くなり、恥辱と驚愕に目を剥いて、差し出した手を引っ込めるタイミングを逃したまま、ディアナは叫んだ。
「ななな……なんで!? なんであいつが、ラピスが、アシュクロフト様と一緒にいるのよーっ!!」
269
お気に入りに追加
804
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる