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第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
騎士団長、初めての体験
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「突然、ご自宅にお邪魔した無礼を、お許しください……」
「……」
「怪我の手当てまで、していただき……心より、感謝いたします……」
「……」
シュタイツベルク第三騎士団団長ジークムント・アシュクロフトは、普段から口数が少ない。おまけに表情も豊かとは言い難いため、高身長と相まって、意図せず威圧感を相手に与えてしまいがちだ。
だが、いま目の前にいる大魔法使いの反応は……怖がられるとか、警戒されるとかいうレベルではなく……
心が痛むので認めたくなかったが、率直に表現するなら、まるで『カメムシに素手で触らなくてはいけない人』という対応なのだった。
(しかし、いきなり押しかけたこちらが悪い)
使命のため。
そして胸に秘め続けてきた念願成就のため。
長年探し求めても、影すらお目にかかれなかった伝説の人物に、ようやく会えた今。不興を買うようなことは、断じて許されないのだ。
ジークムントは改めて謝罪の意を示そうと、包帯を巻かれた二の腕を庇いながら立ち上がり、頭を下げた。
すると、カメムシを見るようだった目が、潰れたカメムシを見る目になった。
「何してんの? すっげえ鬱陶しいんだけど」
「……謝罪の意を……」
「そんなことする暇あったら帰れば? 自分で言っただろう、邪魔して悪かったと。ほんと邪魔。無礼千万大迷惑。手当てしたくてしたわけじゃねえからいい気になるなよ、そして死ぬまで感謝するがいい。ラピスが拾ってきたのでなければ、骨になろうと放置したがな!」
仕上げに「しっ、しっ」と野良犬を追っ払うかのようにあしらわれた。
そのまま背を向け厨へ向かうクロヴィスを、隣でディードが呆然と見つめている。彼は王城の騎士団長が、こんなに邪険に扱われるのを見たことがないのだ。
……ジークムントとて、初の体験ではあるが……。
クロヴィスは厨で手を洗っている。その彼と何やら言葉を交わしていたラピスが、入れ違いに盆を持ってきた。
「お茶をどうぞ!」
「ありがとう……なんの茶だろうか」
「お師匠様特製の薬草茶です! とってもよく効くんですよ。血を補う効果があるそうなので、たっぷりどうぞ! あとこっちの焼き菓子は、薬草は入ってないんですけど、美味しくて幸せになります」
本当に幸せそうに笑うラピスに、ジークムントは少々、気圧された。騎士団最年少の団長、『無双の剣技』と恐れられもする身でありながら。
無邪気な笑顔というのは、ときにどんな武装も貫くのだ。
(グレゴワール様が初めて弟子をとったと、聞いてはいたが)
身の回りの世話をさせる小姓代わりに弟子をとったのではと聞かされていたので、とうとうあの不世出の大魔法使いも老いの宿命に捕まったかと、案じていた。
しかしこうして実際に会ったクロヴィスは、老いるどころか、信じがたいほど若い。「若々しい」どころの話ではない。若い。二十代にしか見えない。
紅玉のような眼の片方は黒い眼帯で覆われているが、ギロリと突然の来訪者を見据えた眼光は、歴戦の強者に勝る鋭さだったし。
怪我の治療をしてくれた動作も無駄なく流れるようで、衰えなどまったく感じられなかった。
(さすがだ。これまで受けたどんな治癒魔法より、癒しを実感する)
感動を込めて、包帯の上から傷をさする。
ラピスの言った通り、クロヴィスの膏薬は面白いほど棘を取り除いてくれたし、血止めも効いて痛みもかなり治まった。
だがラピスが話を通しておいてくれなければ、手当てどころか軒先で追い返されていただろう。なにせ、まずは舌打ちで迎えられて、
「うちの弟子に悪さしてねえだろうな」
と氷のような目ですごまれたからだ。
信頼してもらおうと改めて自己紹介をしたところ、なんと頭にドスッと手刀が落ちてきた。
「お前らの名前なんかどうでもいい、さっさとおとなしく座れ、この馬鹿が!」
――生まれてこのかた、ジークムントは、頭に手刀を受けたことなどなかった。
ディードはさらに衝撃を受けたらしい。
「世話をかけるとはいえ、あまりに失礼ではありませんか!?」
止める間もなくクロヴィスに食ってかかったディードに、凍りつきそうな視線が向けられた。
「だったらお前が流血している怪我人を、『礼儀正しく』好きに動き回らせながら治療してやれよ。それからな、俺は自分の無能を棚に上げて『失礼』だの『敬え』だのと要求しやがる奴は、牛のゲップより役に立たない、クズ中のクズだと認識している。お前がガキでなけりゃ、とっくにこの家から蹴り出してるところだ」
十三歳の少年に対しても、まったく容赦なし。
厳しい言葉の連撃に、返す言葉もなく固まってしまったディードに対し、「グレゴワール様のお言葉はごもっともだ」と、団長として謝罪を促した。
ディードは悔しげに頬を紅潮させていたものの、何か思うところもあったらしい。
彼は良家の子息だが、甘やかされて思考停止した坊やではない。率直すぎるきらいはあっても、苦言に耳を貸せぬほど偏狭な性質ではなかった。
「……確かに、今の俺の言葉は傲慢でした。どうかお許しください」
素直に謝罪したディードを、グレゴワールはなお冷たく一瞥し、さらに凍てついた視線をジークムントに向けて寄こした。
「――で? 誰の差し金でここに来た」
「……」
「怪我の手当てまで、していただき……心より、感謝いたします……」
「……」
シュタイツベルク第三騎士団団長ジークムント・アシュクロフトは、普段から口数が少ない。おまけに表情も豊かとは言い難いため、高身長と相まって、意図せず威圧感を相手に与えてしまいがちだ。
だが、いま目の前にいる大魔法使いの反応は……怖がられるとか、警戒されるとかいうレベルではなく……
心が痛むので認めたくなかったが、率直に表現するなら、まるで『カメムシに素手で触らなくてはいけない人』という対応なのだった。
(しかし、いきなり押しかけたこちらが悪い)
使命のため。
そして胸に秘め続けてきた念願成就のため。
長年探し求めても、影すらお目にかかれなかった伝説の人物に、ようやく会えた今。不興を買うようなことは、断じて許されないのだ。
ジークムントは改めて謝罪の意を示そうと、包帯を巻かれた二の腕を庇いながら立ち上がり、頭を下げた。
すると、カメムシを見るようだった目が、潰れたカメムシを見る目になった。
「何してんの? すっげえ鬱陶しいんだけど」
「……謝罪の意を……」
「そんなことする暇あったら帰れば? 自分で言っただろう、邪魔して悪かったと。ほんと邪魔。無礼千万大迷惑。手当てしたくてしたわけじゃねえからいい気になるなよ、そして死ぬまで感謝するがいい。ラピスが拾ってきたのでなければ、骨になろうと放置したがな!」
仕上げに「しっ、しっ」と野良犬を追っ払うかのようにあしらわれた。
そのまま背を向け厨へ向かうクロヴィスを、隣でディードが呆然と見つめている。彼は王城の騎士団長が、こんなに邪険に扱われるのを見たことがないのだ。
……ジークムントとて、初の体験ではあるが……。
クロヴィスは厨で手を洗っている。その彼と何やら言葉を交わしていたラピスが、入れ違いに盆を持ってきた。
「お茶をどうぞ!」
「ありがとう……なんの茶だろうか」
「お師匠様特製の薬草茶です! とってもよく効くんですよ。血を補う効果があるそうなので、たっぷりどうぞ! あとこっちの焼き菓子は、薬草は入ってないんですけど、美味しくて幸せになります」
本当に幸せそうに笑うラピスに、ジークムントは少々、気圧された。騎士団最年少の団長、『無双の剣技』と恐れられもする身でありながら。
無邪気な笑顔というのは、ときにどんな武装も貫くのだ。
(グレゴワール様が初めて弟子をとったと、聞いてはいたが)
身の回りの世話をさせる小姓代わりに弟子をとったのではと聞かされていたので、とうとうあの不世出の大魔法使いも老いの宿命に捕まったかと、案じていた。
しかしこうして実際に会ったクロヴィスは、老いるどころか、信じがたいほど若い。「若々しい」どころの話ではない。若い。二十代にしか見えない。
紅玉のような眼の片方は黒い眼帯で覆われているが、ギロリと突然の来訪者を見据えた眼光は、歴戦の強者に勝る鋭さだったし。
怪我の治療をしてくれた動作も無駄なく流れるようで、衰えなどまったく感じられなかった。
(さすがだ。これまで受けたどんな治癒魔法より、癒しを実感する)
感動を込めて、包帯の上から傷をさする。
ラピスの言った通り、クロヴィスの膏薬は面白いほど棘を取り除いてくれたし、血止めも効いて痛みもかなり治まった。
だがラピスが話を通しておいてくれなければ、手当てどころか軒先で追い返されていただろう。なにせ、まずは舌打ちで迎えられて、
「うちの弟子に悪さしてねえだろうな」
と氷のような目ですごまれたからだ。
信頼してもらおうと改めて自己紹介をしたところ、なんと頭にドスッと手刀が落ちてきた。
「お前らの名前なんかどうでもいい、さっさとおとなしく座れ、この馬鹿が!」
――生まれてこのかた、ジークムントは、頭に手刀を受けたことなどなかった。
ディードはさらに衝撃を受けたらしい。
「世話をかけるとはいえ、あまりに失礼ではありませんか!?」
止める間もなくクロヴィスに食ってかかったディードに、凍りつきそうな視線が向けられた。
「だったらお前が流血している怪我人を、『礼儀正しく』好きに動き回らせながら治療してやれよ。それからな、俺は自分の無能を棚に上げて『失礼』だの『敬え』だのと要求しやがる奴は、牛のゲップより役に立たない、クズ中のクズだと認識している。お前がガキでなけりゃ、とっくにこの家から蹴り出してるところだ」
十三歳の少年に対しても、まったく容赦なし。
厳しい言葉の連撃に、返す言葉もなく固まってしまったディードに対し、「グレゴワール様のお言葉はごもっともだ」と、団長として謝罪を促した。
ディードは悔しげに頬を紅潮させていたものの、何か思うところもあったらしい。
彼は良家の子息だが、甘やかされて思考停止した坊やではない。率直すぎるきらいはあっても、苦言に耳を貸せぬほど偏狭な性質ではなかった。
「……確かに、今の俺の言葉は傲慢でした。どうかお許しください」
素直に謝罪したディードを、グレゴワールはなお冷たく一瞥し、さらに凍てついた視線をジークムントに向けて寄こした。
「――で? 誰の差し金でここに来た」
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