ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

文字の大きさ
上 下
21 / 228
第1唱 変転する世界とラピスの日常

クロヴィス・グレゴワール 1

しおりを挟む
「お湯沸かしますか!? お茶淹れましょうか! 薪は足りますかっ!?」

 環境が変わった興奮のせいか、休めと何度言ってもせかせか動き回っていたラピスをようやく湯浴みさせたクロヴィスは、ふう、と大きく息を吐き出した。

 クロヴィスは普段、日常生活にあまり魔法を使わない。
 だが風邪をひかせたくないので、ラピスの濡れた巻毛に温風を送って、手早く乾かしてやった。その頃にはラピスも、こっくりこっくり舟をこいで、魔法を使われていることに気づいていなかったが。

 清潔に整えて暖炉のそばに置いた寝椅子に落ち着かせると、あっという間に眠りに落ちた。疲れていないはずがないのだ。

 しかし、子供の体力の凄まじさを目の当たりにした日でもあった。
 自分にもこんな時期があったろうかと記憶を辿っても……

(俺は昔からひねくれてたな)

 そんなことしか思い浮かばない。

 ――森でラピスが手をつないできたとき、内心、ものすごく驚いた。
 彼の手が見た目以上に荒れていることに、ドキリとしたせいもあるが……もうひとつ、理由がある。

 クロヴィスには子供のときですら、誰かと手をつないだ記憶がない。
 隙あらば脱走を試みる子供だったので、悪態をつく乳母や家庭教師などに、引っ張って連れ戻されることは多々あったけれど。


 クロヴィスの曾祖父は、優秀な聴き手だったという。
 当時の国王を狙った暗殺組織を、古竜の歌を解いたことをきっかけに摘発した曾祖父は、王と国を救ったとして伯爵位を授けられた。
 一族で『大』魔法使いの称号を得ているのは、クロヴィスと曾祖父だけである。

 その曾祖父の息子である祖父は、魔法の才には恵まれなかったが、領地の運営手腕で高く評価された。そうして成した財産で、慈善事業にも貢献した。

(問題はあいつだ)

 父、スティーヴン。
 曾祖父のような魔力も、祖父のような実務能力も、努力する気もない男。
 偉大な肉親と比較されることを嫌忌し、賭けごとや怪しい事業への投資で成果を出そうとした。
 資金はすべて親の財産頼り。問題を起こしても彼らの虎の威を借る。その繰り返し。

 父の最大にして唯一の功績は、大金持ちの娘を嫁にしたことだろう。
 クロヴィスの母ジーンとの結婚がなければ、財産を食い潰し、とうに破産していた。

 父にも同情の余地はあるのかもしれない。
 だが憐れんでやる気はまったくない。
 なぜなら父は、満たされぬ承認欲求と傷ついた自尊心を、子供クロヴィスで晴らそうとしたからだ。

 愚鈍なくせに見栄っ張りで、己を高く見せたがる彼は、優秀な跡継ぎが生まれることを熱望した。
 子供の栄誉が、親の格を上げると妄信して。

 しかしいざ現実に、幼少のみぎりから古竜の歌を解き、何をやらせても優秀な、クロヴィスという息子が生まれると――
 父は、息子を虐待した。

 周囲の評価は「さすが、あの曾祖父と祖父の血を引く子」であって、当然だが父親の評価が上がるわけではない。
 むしろ「十やそこらの息子と比べてすら劣る」と嘲笑したのが現実だ。
 それでも父は悪あがきして、

「自分が一流の教育を施したからこそ、息子は優秀なのだ」

 そう主張し始めた。
 一般教養、魔法学、剣術、馬術、舞踏に楽器演奏。朝から晩まで、各分野の教師たちを息子に張りつかせて。
 そんなことをせずともクロヴィスは、とうに各分野に秀でていたというのに。

 クロヴィスは早々に、父の病的な他者評価への妄執に嫌気がさしていた。
 彼自身は父の真逆で、他人の思惑より自分自身が求めることに――竜と、竜の歌に関する研究に、すべての時間を費やしたかった。
 子供とはいえ納得いかないことは拒否したし、説教してきた教師と口論したことも数知れない。
 すると彼らは幼い生徒クロヴィスにやり込められた悔しさから、「ご子息は人間性に大変問題がある」と父に告げ口するのだ。 
 
 父からは幾度も体罰を受けた。
 ものごころつく前からずっと。

「親に恥をかかせる、出来損ないの不孝者」

 そう声を荒らげて、気がふれたように打擲ちょうちゃくを始めると、母が泣いて止めようと決して止めない。
 ――母は泣くだけで、身を挺してまで息子を庇う気はないことを、父もわかっていたのだろう。

 クロヴィスの躰には未だ鞭の痕が残る。
 さらには食事抜きで監禁されるのも、いつものことだった。

 クロヴィスは、自分の性格に難があることは自覚していた。大人たちの目にはさぞ、反抗的で生意気と映ったろう。
 だがそれを暴力の理由にするのは許せない。 
 だから、自分の身は自分で守ると決めた。
 
 独学で竜や魔法について研究し、躰を鍛え。
 浅い教養で威張り散らす教師が来ようものなら、より高い教養で追い払い。
 理不尽な武術訓練を強いる教師は、魔法で吹っ飛ばした。

 その頃には身長もぐんぐん伸びて、十二のときには――そう、今のラピスの年には、父の身長を超えていた。
 閉じ込められても扉を破壊する腕力がついたし、食事を抜かれれば両親の食卓もクロスごと引っ繰り返して、彼らの食事も抜いてやった。
 
 おかげで虐待されることはなくなった。
 卑怯者たちは弱者しか標的にしないのだ。
 反撃できない相手を選んで暴力を振るう、そんな父や教師たちを、改めて軽蔑した。
しおりを挟む
感想 128

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...