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第1唱 変転する世界とラピスの日常
乱闘したラピス
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竜の加護が働いたのだろうか。
誰に見咎められることもなく、驚くほどあっさりと、ラピスは幼竜を自分の部屋に――屋根裏部屋に、連れ帰ることができた。
そして竜の子はラピスに言われた通り、静かにバスケットに納まったまま過ごしてくれていた。
ときどき様子を見に行くと、幼竜は嬉しそうに「キュッ、キュッ、キュッ」と首をふりふり、リズムをとる。ラピスも一緒に首をふりふり、「静、かに、ね」と言い聞かせると、ちゃんとおとなしくなるのだった。
(この調子なら、無事にひと晩過ごせそう)
小さな胸を撫でおろし。
日が落ちて、継母グウェンに言いつけられていた仕事もすべて終え、足取り軽く自室へ戻ろうとしたところへ。
「なんだこれーっ! ママ、ラピスがこんなもの飼ってる!」
まさか義兄のイーライが、暖炉のないラピスの部屋をさらにしっかりと冷やすべく、窓を開け放しに来るなんて。
……いや、これまでも義兄と義姉はラピスの部屋に押し入り、唯一の灯りであるロウソクを細切れにしてみたり、使用人に集めさせたカメムシを寝台に入れたりしてきたのだから、(そしてそれを「遊んでくれてる」と勘違いしたラピスが、お返しに義兄の部屋にスカンクを放ったために大騒ぎになったりもしたのだから、)予測すべきことではあった。
ただ、人は都合よく考えたいものなのだ。「今日は大丈夫だろう」と。
「マジかよ! これ竜じゃね!? 羽あるし!」
幼竜を抱えて飛び出してきたイーライの肉づきの良い躰に、廊下で体当たりされた。よろけて止めそこなった隙に、イーライは屋敷中に響き渡る声で「すっげー!」とわめく。
竜の子が、「キューッ」と助けを求めるように鳴いた。
「待ってよイーライ!」
すぐに追いついたラピスは義兄の腕を掴んだが、イーライは「うるせえな!」と幼竜を振り回し、続いて出てきた義姉のディアナが、ひょいと竜の子を横取りした。イーライが眦を吊り上げる。
「おいっ! 返せよディアナ!」
「わっ、ほんとだ! これ竜よ、竜の子よ、ママ!」
姉弟で取り合いながら騒ぐので、聞きつけたほかの使用人たちまで集まってくる。
が、ラピスはそれどころではない。竜の子は怪我をしているのだ。
「そんなに乱暴にしないで!」
「うるせえ! お前、こいつをどこで手に入れた? 手柄を独り占めしようとしてたな!」
「そうよ、竜の子なんてどこから盗んできたのよ!」
「盗んでなんかない!」
否定しても二人は、まったく聞く耳を持たない。
「竜を捕まえたら、賞金出るんじゃね!?」
「それより褒美として、王宮に招待されるかもよ!? 王族や貴族や、憧れのアシュクロフト騎士団長様からお声がかかるかも! やだ、新しいドレスを買わなきゃ!」
はしゃぐ二人に揉みくちゃにされている幼竜の、包帯代わりの布に血が染み出している。鳴いているのに、義兄も義姉もおかまいなしだ。
ラピスは夢中で飛びかかった。
「乱暴にしないでと言ってるのに!」
ディアナでもラピスより頭ひとつぶん大きいし、イーライはさらに横幅がある。
だが日々肉体労働に追われたラピスには、小柄で細身ながらも、柔軟な筋力と俊敏さが備わっていたようだ。
体当たりされたイーライは、「うわっ!」と声を上げて引っくり返った。
それに巻き込まれたディアナも、下敷きになって悲鳴を上げる。
すかさずラピスは幼竜を取りあげて走り出そうとしたが――目の前に立ち塞がった継母に気づいて、急停止した。
継母グウェンは冷たい目でラピスを見下ろすと、ひょいと幼竜を取り上げた。
「なんて騒ぎなの。あなたのしわざね、ラピス。こんなもの、いつのまに連れ込んだのよ。わたしに報告しないとはどういう料簡なの?」
ようやく立ち上がったイーライとディアナが、憎々しげにわめいた。
「こいつ、それを隠して飼ってたんだよママ! 自分だけ褒美をもらおうとしてたんだ!」
「そうよ、こっそり王子様やアシュクロフト騎士団長に取り入ろうとしてたんだわっ!」
「その子を返して!」
ラピスが叫んで継母から幼竜を取り返そうとしたので、イーライも「こいつ生意気だぞ!」と飛びかかってきた。
結果的に二人の男子に飛びかかられたグウェンは、青筋を立てて怒鳴る。
「ちょっと、離れなさい! ラピス、親に逆らう気!?」
イーライに髪を引っ張られたラピスは、義兄の両耳を引っ張り返した。
「いでででっ! この野郎!」
繰り出された拳をヒョイと避けると、イーライの丸い拳骨はグウェンの顎に命中した。継母と、そしてなぜかイーライまで悲鳴を上げる。
その間にラピスは義兄の躰を押しやり、継母の手から幼竜を取り戻そうとした。が、またもディアナに横取りされてしまう。
「これはあたしたちがもらってあげるわ」
義姉がにんまり笑ったそのとき、
「キュイーッ!!!」
凄まじい鳴き声が、屋敷中に響き渡った。
誰に見咎められることもなく、驚くほどあっさりと、ラピスは幼竜を自分の部屋に――屋根裏部屋に、連れ帰ることができた。
そして竜の子はラピスに言われた通り、静かにバスケットに納まったまま過ごしてくれていた。
ときどき様子を見に行くと、幼竜は嬉しそうに「キュッ、キュッ、キュッ」と首をふりふり、リズムをとる。ラピスも一緒に首をふりふり、「静、かに、ね」と言い聞かせると、ちゃんとおとなしくなるのだった。
(この調子なら、無事にひと晩過ごせそう)
小さな胸を撫でおろし。
日が落ちて、継母グウェンに言いつけられていた仕事もすべて終え、足取り軽く自室へ戻ろうとしたところへ。
「なんだこれーっ! ママ、ラピスがこんなもの飼ってる!」
まさか義兄のイーライが、暖炉のないラピスの部屋をさらにしっかりと冷やすべく、窓を開け放しに来るなんて。
……いや、これまでも義兄と義姉はラピスの部屋に押し入り、唯一の灯りであるロウソクを細切れにしてみたり、使用人に集めさせたカメムシを寝台に入れたりしてきたのだから、(そしてそれを「遊んでくれてる」と勘違いしたラピスが、お返しに義兄の部屋にスカンクを放ったために大騒ぎになったりもしたのだから、)予測すべきことではあった。
ただ、人は都合よく考えたいものなのだ。「今日は大丈夫だろう」と。
「マジかよ! これ竜じゃね!? 羽あるし!」
幼竜を抱えて飛び出してきたイーライの肉づきの良い躰に、廊下で体当たりされた。よろけて止めそこなった隙に、イーライは屋敷中に響き渡る声で「すっげー!」とわめく。
竜の子が、「キューッ」と助けを求めるように鳴いた。
「待ってよイーライ!」
すぐに追いついたラピスは義兄の腕を掴んだが、イーライは「うるせえな!」と幼竜を振り回し、続いて出てきた義姉のディアナが、ひょいと竜の子を横取りした。イーライが眦を吊り上げる。
「おいっ! 返せよディアナ!」
「わっ、ほんとだ! これ竜よ、竜の子よ、ママ!」
姉弟で取り合いながら騒ぐので、聞きつけたほかの使用人たちまで集まってくる。
が、ラピスはそれどころではない。竜の子は怪我をしているのだ。
「そんなに乱暴にしないで!」
「うるせえ! お前、こいつをどこで手に入れた? 手柄を独り占めしようとしてたな!」
「そうよ、竜の子なんてどこから盗んできたのよ!」
「盗んでなんかない!」
否定しても二人は、まったく聞く耳を持たない。
「竜を捕まえたら、賞金出るんじゃね!?」
「それより褒美として、王宮に招待されるかもよ!? 王族や貴族や、憧れのアシュクロフト騎士団長様からお声がかかるかも! やだ、新しいドレスを買わなきゃ!」
はしゃぐ二人に揉みくちゃにされている幼竜の、包帯代わりの布に血が染み出している。鳴いているのに、義兄も義姉もおかまいなしだ。
ラピスは夢中で飛びかかった。
「乱暴にしないでと言ってるのに!」
ディアナでもラピスより頭ひとつぶん大きいし、イーライはさらに横幅がある。
だが日々肉体労働に追われたラピスには、小柄で細身ながらも、柔軟な筋力と俊敏さが備わっていたようだ。
体当たりされたイーライは、「うわっ!」と声を上げて引っくり返った。
それに巻き込まれたディアナも、下敷きになって悲鳴を上げる。
すかさずラピスは幼竜を取りあげて走り出そうとしたが――目の前に立ち塞がった継母に気づいて、急停止した。
継母グウェンは冷たい目でラピスを見下ろすと、ひょいと幼竜を取り上げた。
「なんて騒ぎなの。あなたのしわざね、ラピス。こんなもの、いつのまに連れ込んだのよ。わたしに報告しないとはどういう料簡なの?」
ようやく立ち上がったイーライとディアナが、憎々しげにわめいた。
「こいつ、それを隠して飼ってたんだよママ! 自分だけ褒美をもらおうとしてたんだ!」
「そうよ、こっそり王子様やアシュクロフト騎士団長に取り入ろうとしてたんだわっ!」
「その子を返して!」
ラピスが叫んで継母から幼竜を取り返そうとしたので、イーライも「こいつ生意気だぞ!」と飛びかかってきた。
結果的に二人の男子に飛びかかられたグウェンは、青筋を立てて怒鳴る。
「ちょっと、離れなさい! ラピス、親に逆らう気!?」
イーライに髪を引っ張られたラピスは、義兄の両耳を引っ張り返した。
「いでででっ! この野郎!」
繰り出された拳をヒョイと避けると、イーライの丸い拳骨はグウェンの顎に命中した。継母と、そしてなぜかイーライまで悲鳴を上げる。
その間にラピスは義兄の躰を押しやり、継母の手から幼竜を取り戻そうとした。が、またもディアナに横取りされてしまう。
「これはあたしたちがもらってあげるわ」
義姉がにんまり笑ったそのとき、
「キュイーッ!!!」
凄まじい鳴き声が、屋敷中に響き渡った。
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