召し使い様の分際で

月齢

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第29章 禁断の杯

アーネスト?

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 双子がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
 寒月が「こ、これは……つまり?」と窺うように青月を見ると、青月も「お許しが出たということ、か……?」と問い返す。
 それから二人の視線が僕へと向けられたけれど、ボーッと見つめ返す僕をしばし凝視したのち、そろって「「はああぁ」」と大きなため息をこぼした。
 寒月が苦笑しながら、無造作に金髪をかき上げる。

「駄目だろ、やっぱり。こいつ酔いがさめたら、なんにもおぼえてねえんだもの」
「だよな……なにも知らないあいだにというのは、気が咎める」

 なんだろう。さっきから二人で、僕にはわからない話ばかり。
 仲間外れにされた気分でモヤモヤした僕は、ヤケ酒というものを飲んでやろうと思いついた。
 先ほど桃マルムが入っていた杯を探して視線を走らせると、すぐにそれがマントルピースの上の、少し高い棚の上に置かれているのを見つけた。
 もしや僕から隠したつもりだろうか。
 そうはいくか。僕は、僕は、人生初のヤケ酒を飲むのだ!
 行け、アーネスト! 栄光のヤケ酒へ向かって!

 心の中でそう叫び、暖炉へ向かって走り出すと――実際は、赤ん坊のようにヨタヨタ歩いていた気がするが――寒月が「どうしたアーネスト」と声をかけてきた。しかし振り向かず進む。
 次に青月が「あ!?」と、なにかに思い至ったような声を上げたそのときには、僕は暖炉の前にいた。
 
「よいしょ」

 背伸びして杯を手に取ったのと、あわてた双子が追いついてきたのが同時。
 むむっ。やはり僕から杯を取り上げる気だな!

「誰も僕を止められないぞ! ヤケ酒は僕の手に!」
「な、なにを止めるって?」
「ヤケ酒?」

 心配そうな双子の手は、杯ではなく僕の躰を支えている。僕と杯を間違えているのであろう。よし、この隙にヤケ酒を飲んでしまえ!
 ふわふわした達成感につつまれて杯を覗き込むと、桃マルムだけがポヨンと入っていた。……あれ? お酒は?

「そこに入っていた酒は、俺が飲んでおいたぞ?」

 青月の言葉に、頭の中で『ガーン!』という音が聞こえたと思った。

「どうして!? 僕のヤケ酒なのにーっ!」
「え。ヤケ酒、とは」

 困惑顔の青月を援護するように、寒月が「えーと、もう寝ないか? アーネスト」と額にキスしてきた。ごまかされてなるものかと、広い胸を押し返す。

「寝ない! また僕だけ仲間外れにするつもりだな!」
「仲間外れって、なんのことだ?」
「俺が寒月を外すことはあっても、アーネストを外すはずがないのに」
「クソ青月、それは俺の台詞だ!」

 なだめようとしてくる手を払いのけ、「いいや、僕は知っている!」と怨念を込めて、ギラリと睨んでやった。

「きみたちは『裏・春の精選び』のとき、色っぽいカタリナさんたちを見て大喜びしていた!」
「えっ。してないぞ?」
「嘘だ! 大喜びで指笛吹いたり、大盛り上がりしてただろう!」

 青月の言葉を即座に否定した僕に、寒月が「あのな、アーネスト」とおそるおそる話しかけてきた。
「それは単に、場を盛り上げてただけだから」
「その通り。それに大騒ぎしてたのは寒月だけだ。俺は関係ない」
「てめ青月、この裏切り者!」

 懲りずに揉め出した二人を、「だまらっしゃい!」と叱りつけた。

「二人とも同罪! この浮気者!」
「浮気者!?」
「それは絶対あり得ねえよ」
「うわあぁぁん、浮気したあぁぁぁ」
「今度は泣き出した!」
「いちいち唐突だなオイ。さすが酔っ払い。よしよし、泣くな。な、アーネスト? 綺麗なおめめが溶けちまうぞ」

 しゃくり上げる僕を抱きしめ優しく揺さぶる寒月と、オロオロしている青月を、にじむ視界で見ているうちに、なぜ僕は泣いているのだろうという疑問が湧いてきた。

 ……考えたら負けな気がする。とりあえず、桃マルムを食べよう。

 頬に青月のキスを受けながら、杯から取り出した桃マルムにサクッと歯を立てると、「今度はいきなり食べ出した」「面白いなぁ、俺らの嫁」と双子が感心したように僕を見つめる。

 うん、相変わらず絶品!
 今日は甘い香りがたまらない桃の味。滴るような瑞々しさも果肉の食感も、まさに桃だ。
 ……桃……だ……?

「「アーネスト?」」

 桃マルムを持ったまま固まっていると、双子が「「今度はなんだ」」と気遣わし気に眉根を寄せた。

 今度はなんだ?
 ……えーっと……えーっと?
 ……。
 …………。
 なんだこれ。
 よく見たら僕、透け透けドレスの下に乳首丸出しじゃないか。なんでわざわざ乳首隠しを割りひらいて、乳首を見せているんだ?

 恥ずかしい姿を自覚した、次の瞬間。
 今夜ここまでに起こった――というか、やらかした出来事のすべてが、怒涛の如く脳裏に押し寄せてきた。
『隠し財産』などと言って得意げに、乳首だの、リボンで飾られたちんこだの、お、お尻の、あそこまでも、得意そうに自分から双子に見せていた、こと、も……。 

 ――これを醜態と言わずに、なんと言おう。

 今まさに、黒歴史が刻まれた。

「アーネスト……?」
「大丈夫か?」

 いよいよ本気で心配してきた双子に、ギギギと音が鳴りそうなほどぎこちなく顔を向け、目が合うや、全身がボッ! と熱くなった。我慢しきれず奇声を発する。

「ふんぎゃーっ!」
「「アーネスト!?」」
「忘れて! 今夜起きたこと、すべて忘れてえぇぇ!」

 驚いて真ん丸になっていた双子の目が、にわかに輝き出した。

「アーネスト……もしや酔いがさめた、のか?」
「そしてもしや、思い出したのか!?」
「お、思い出シテナイ! スベテ忘却ノ彼方ヘ!」

 カタコトで言い繕ってみたものの、双子の顔を見て、すべて無駄な抵抗であることを思い知らされた。

「思い出したのか、そうか! でかした桃マルム!」
「よし、じゃあ俺らも一緒に、桃マルムを食わなきゃな!」

 青月も寒月も嬉々として、僕の食べかけの桃マルムを取り上げると、ガブリと齧りついた。

「うっま! 最高に上がる肉の味!」
「力がみなぎるな」

 そう言って、ニヤリと笑い。
 わざと犬歯を見せつけながら、これ以上愉快なことはないという顔で僕の前に並び立つと――

「じゃあ今度こそ心置きなく、隠し財産を見せてください先生」
「真理の探究をさせてください先生」

 寒月ばかりか青月までも、そんなことを言う!

「バカぁ! バカエロいじわる双子! 忘れてって言ったのに!」
「「無理だ」」
「ぐぎゃーっ!」

 今こそ熱を出して倒れればいいのに、僕よ! 
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