召し使い様の分際で

月齢

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第27章 白銅メモ

その4 ごめんにゃさい

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 ぼくがオロオロしていたら、茶色いかみの人が、にっこり笑顔を向けてくれました。

「俺は音威オトイ。この嘉織カオリの弟。ひとつ違いの」
『弟、さん……』

 似てないです。
 そう思ったのが伝わったのでしょうか。
 音威様は「似てないだろう」と、ゆかいそうに笑いました。

「腹違いだからな」
「お母様がちがう方なのですか?」
「そうだよ。お前は賢いな。名前は?」
『白銅といいます』
「白銅。毛色にぴったりだな。良い名前だ」

 音威様が人差し指で、ぼくの頭をなでてくれました。
 かしこい。毛の色にぴったり。
 ほめられました……うれしい!

 きっと音威様は良い人です! 
 春の精選びのとき、ぼくはアーネスト様の次に音威様を応えんしたくなりました。
 あれ? そういえば、こちらの推しの『春の精候補』さんたちは、どこにいるのでしょう。

 そう思いつつも、ぼくは改めて、かい……嘉織様の手の中から、彼を見上げました。
 嘉織様も相変わらず、ぼくのことを、『すきあらばプチッとつぶしてやる』くらいに思っていそうな目でにらんできます。
 うう……すごくこわいです。

 ぼくがかいぶつとかんちがいしたのも、仕方ないと思うのです。
 だってろくに明かりもつけずに、こんなにうす暗くしてるだけでもブキミですし。
 なにより嘉織様は、すごくすごく大きいのです。
 今まで、ぼくが知っている人たちの中で一番背が高いのは、へい下の侍従長の刹淵セツエンさんでした。へい下も同じくらい大きいですけど、刹淵さんのほうがちょっぴりのっぽです。

 でも今は、断然この、嘉織様です!
 お城はどこも天井がとても高いのに、嘉織様が手をのばせばとどいてしまいそうです。ジャンプしたら頭が屋根をつき破るのではないでしょうか。
 ……ごめんなさい、うそつきました。それはないです。

 でもでも、黒いモジャッとしたおヒゲで顔が半分かくれているし。
 着ているものも上から下まで真っ黒だし。やみと同化しちゃってます。
 仕上げに、おっかない目でにらんでくるのですから……ぼくはさっきから、視線を合わせられません。目が合ったら、またシャーしちゃいそうだからです。
 だからぼくが最初に、悲鳴を上げて跳び上がったのも……仕方、ない……

 ……ジェームズさんなら、こんなカッコ悪い反応はしなかったでしょう。
 きっといついかなるときも取り乱すことなく、冷静な方だと思うのです。
『これはこれは、嘉織様。本日もよくお育ちで。ごきげんうるわしゅう』
 と言えたにちがいありません。

 それに引きかえ、ぼくときたら。
 たいせつなお客様を、いっぱい引っかいてしまいました。
 だから素直に、ごめんなさいと言おうとしたのですが。
 先に、嘉織様が言葉を発しました。
 地底ほど低い声で、「どんぐり」以来初の言葉を。

「……ちっちゃいなあ」

 ……ムッカー!
 いきなり人を、いや猫ですけど、とにかくいきなりつかまえて、いきなりしみじみチビ扱い!
 前言てっ回! 無礼者には絶対謝りません! たとえでん下方のお客様であろうとも!
 今度こそ、えんりょなくシャーしてやろうと口をひらきましたら……

「可愛いなあ……ほんとに可愛いなあ」

 え。

「いいこ、いいこ」

 大きな手で、背中をそうっとポフポフされました。いいこ、いいこ、って。力を入れないように、そうっと、そうっと。
 ぼくの目は、きっとまん丸になっているでしょう。
 そんなぼくを、『猫追放! 猫認めぬ!』と思っていそうな目でにらみ……見つめながら、嘉織様は「ごめんな」と言いました。

「おれ、怖いよな。ごめんな」
「嘉織は特に子供相手だと、喋っても喋らなくても怖がられて泣かれるから、うかつに話しかけられないのよな」

 音威様はケラケラ笑いながら、「ほんとはこの人、可愛いもの大好きなんだ」とぼくに向かってウィンクしました。

「そんで今ね、連れが……うちの春の精候補たちが、旅の疲れでバタンキューしててね。暗くないと落ち着いて寝れねーんだって。うるさいのも安眠妨害だっつーから、荷物運ぶのもあと回しにして人払いしたんだけど」

『それで明かりがついていないのですね』
「そうなの」

 そうだったのかです。
 でも……その春の精候補の方たちは、よほど体調をくずしているのでしょうか。そうでもなければ、嘉織様や音威様を放置して、自分たちだけ休んで明かりすらつけさせないというのは、ちょっとあり得ないと思います。
 それとも、嘉織様たちすらえんりょする、高位の貴族だったりするのでしょうか。

『あのう。バタンキューされた方たちに、お医者様をお呼びしましょうか?』
「いや、大丈夫だよ。あいつら眠てえだけだから」

 音威様、またケラケラ笑いながらも、「そうそう、それで」と話をもどしました。

「さっきそこの回廊から、野良犬が入ってきてたんだわ」
『野良犬!?』

 思わずピャッと声が出て、耳がピキッと立ちました。
 野良犬。それはこわいです。
 獣化しているときは特に、そうぐうしたくない相手です。

「追い払っといたところに、お前さんが歌いながらやってきたからさ。犬が子猫の声を聞きつけて、戻ってきたら危険だろう? それで思わず、白銅を確保しちまったんだよな、嘉織」

 嘉織様は「うん」とうなずき、どうもうな表情になりました。たぶん、微笑んだのだと思います。

 ……ぼくは、最低です……。
 命の恩人をかいぶつあつかいして、いっぱい引っかいてしまいました。

 自分は見た目で判断されたら、チビと言われたら、おこるくせに。
 見たこともないほど巨大でこわい顔の人に、うす暗い建物の中でいきなりつかまえられたからって……
 うーん。その点はやっぱり、どう考えても、シャーして当たり前という気がするけど……
 それはともかく、かいぶつで悪人と思い込んだことは、心から反省です。ぼくは本当に未熟者です。

 反省しているのに、そうっとなでられるのが心地よくてゴロゴロ鳴らしてしまったら、嘉織様が「あ」と、きょう悪犯みたいな顔になりました。
 でももう、ぼくにもわかります。これは喜んでいるお顔です。

『嘉織様、本当にごめんにゃさい。おてて、痛いですよね……』

 抱っこされたままペコリと頭を下げると、嘉織様はあわあわして、代わりに音威様が「気にすんなって」と言ってくれました。
 でも……

『ぼく、あとで傷薬をお届けできるよう、アーネスト様にお願いしてみます』
「おお、うわさの『妖精の薬』か! 傷のことは気にしなくていいけど、『妖精の薬』は地元の奴らからも土産に頼まれてるし、ひと足お先に試せるなら嬉しいな。な、嘉織?」
「うん」

 嘉織様がブンブンうなずくと、モジャヒゲからビスケットのかけらが飛んできて、おでこにポコポコ当たりました。
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