召し使い様の分際で

月齢

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第24章 本当の出会い

最後の母乳

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 三人で抱き合ったまま、しばらくみんな無言で、ぼんやりと互いのぬくもりを感じていた。そうして思い出したように頬ずりしたり、顔を押しつけて匂いを確かめ合ったり。

 窓に目をやれば、いつのまにかまた雪。
 乳青色の空からふんわりと、綿雪が降りてくる。 

 やがて青月が静かに、「親父のところへ行こう」と呟いた。
 仕事に戻るのかと思ったら、寒月も「そうだな」とうなずいて、

「アーネストも一緒に。まだ時間大丈夫か?」
「僕も? う、うん。新しい薬湯の処方を研究しているところだから、時間は調整できるけど……でもどうして?」
「俺らが拉致されたときのことと、その後のことを、親父とオッサンに確かめねえと」
「オッサン、というと……栴木センボク様のことだよね」

 首肯した青月が、僕の頭を撫でながら言った。

「俺らの捜索の陣頭指揮を執っていたのは、オッサンだった」
「そうなんだ」

「そして俺たちが醍牙に戻ったのち、オッサンの部下が『恩人の母子』捜しを継続していた。だが、『その方たちは皇帝の愛人と隠し子だと判明。しかしすでに、皇后の手の者により殺害された』という報告が上がって、捜索は打ち切られた」

「うん……そう言っていたね、あの『講和会議』のとき」

 なんだかもはや懐かしい気がする、講和会議。
 醍牙に召喚された僕は、わけもわからぬまま父上たちの弁護役を担当し、そこで双子が激しくエルバータの皇族を憎む理由を知ったのだった。
『最も許せないのは、エルバータで唯一の恩人を奴らが殺したこと』――そう言っていた。 

「皇后の嫉妬と怒りを買ったために、親子で逃げ暮らしていた。地元の人たちが『皇后の手の者に殺された』と恐れていた――という話だったよね」
「ああ。殺されたという以外は、アーネストと母君の事情とよく似てるだろう?」

 うんうんとうなずくと、寒月が「だから」と眼光鋭く言った。

「どういうことか、オッサンに確かめねえと。適当な嘘で俺たちを騙してたんなら、ぶっ飛ばす」
「その通り」

 青月まで物騒なことを。
 僕が「でも」と言ったら、二人が振り返った。

「栴木様、岩みたいだし。飛ばないのでは」
「「気になるのそこ?」」


⁂ ⁂ ⁂


 その日はちょうど朝から、王様と栴木さん、それに歓宜王女と藍剛将軍が王様の私室に集まり、弓庭後侯と正妃の今後の処遇について話し合っていた。
 そもそも双子も参加する予定だったらしく、ついでに僕を引き連れて乗り込むや、開口一番、

「だましたな、オッサン!」
「ぶっ飛ばす」

 栴木さんに向かって怒鳴りつけたので、あわてた僕が「説明! 順番違う!」となだめる羽目になったのだが。
 目を丸くした王様と、王女と、藍剛将軍と、今日もムッスリと表情を崩さぬ栴木さんと、やはり変わらず王様のうしろで微笑む刹淵セツエンさんに、三人がかりでどうにか経緯を説明すると、王様たちは顔を見合わせた。

 特にあわてたようでも、驚いたようでもない。
 なんだか、こうした事態も想定していたような余裕を感じる……どういうことだろう。
 双子は彼らのその反応が癪に障ったらしい。今度は犬歯を剥いて声を荒らげた。

「親父も藍剛も、よってたかって俺らに嘘ついてたんじゃねえだろうな!」
「だったらぶっ飛ばす」

 荒ぶる双子の手をとり、「もうっ!」とブンブン上下に振った。

「落ち着いて! 喧嘩売りに来たわけじゃないだろう!」
「「……はい」」

 ちょっと強めに注意をしたら、たちまちしょぼんとする二人。子供か。
 ……だから、そんな簡単に嫌いになったりしないというのに……まったくもう。なんだかいじめてしまったみたいで、心が痛むじゃないか。
 どうフォローすべきか内心オロオロしていたら、王様と王女がプッと吹き出した。

「うちの息子たちは、本当に良い伴侶を見つけたよねえ。そう思わないかい?」
「はい陛下。この藍剛、心から同意いたしますぞ」

 栴木さんは安定の無言。
 でも双子の話を聞くに、一番喋ってもらわねばならないのは彼だ。
 どうすれば話してくれるかと思ったが、こちらが悩まずとも、王様がちゃんと場を仕切ってくれた。

「僕も息子たちが、恩人のもとでどう過ごしていたのか、もっと詳しく知りたいな。アーちゃんも知りたいことだらけだよね。だからこの際、寒月と青月が拉致されたあの事件を、皆で振り返っておこうか。
 ……最も思い出したくない日々でもあるけどね」

 王様は一瞬、痛みをこらえるように表情を曇らせた。
 が、双子はまったく意に介さず。「よしわかった!」と寒月が八つ当たりのように言い放った。

「そうすりゃ、オッサンも親父も本当のことを言うんだろうな!」
「知ってることは全部言うよ。その前に寒月に青月。叔父上のことをオッサン呼ばわりするのはやめなさいと、何度も言ってるでしょ! あと親父じゃなく父上と」
「俺たちが拉致られたあの日は……」

 王様の言葉をガン無視した青月が、僕を見つめて話し始めた。

「俺たち、体調を崩していたんだよな? 歓宜」
「ああ、そうだ。久し振りに母上の乳を飲んだはいいが、盛大に吐き戻してな。お前たちは、しょっちゅう吐いてた」

 王女は僕に視線を移して補足してくれた。

「虎獣人には、同じ虎獣人の乳母なんてまず望めないのでな。生まれたばかりの頃なら犬の獣人の乳母などに頼めるが、少し大きくなってくるとそれも難しい。だから基本は王侯貴族だろうが、実母が母乳で直接育てる。
 母上は臥せがちになってからも、弟たちに乳をやるため栄養を摂らねばと、無理に食事をしていた。けど……母上自身、よく戻してた」

「お袋の躰は、すでにボロボロだったんだろう」

 寒月が暗い表情で呟くと、青月が吹っ切るように続けた。

「正直、お袋のことは殆どおぼえていない。ただ、必死の思いで飲ませてくれた乳を全部吐いたのが、お袋との最後の別れになったのかと思うと……弓庭後の奴らを、引き裂きたくはなる」 
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