召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
188 / 259
第23章 白魔

吹雪の夜に

しおりを挟む
 強風に叩かれた窓が、ギシリと苦しげな音をたてた。
 朝から続いている吹雪は衰える気配もなく、こんな夜は大人たちが、なかなか眠ろうとしない子供に「こういう夜を白魔というんだよ」と話して聞かせる。

「悪い子がいる家は、白魔に呑み込まれてしまうかもしれない」

 白魔とは本来、魔物のように災害をもたらす大雪のことを指すのだけれど、子供たちはそれを本物の魔物なのだと思い込み、豊かな想像力で創り出した恐ろしい魔物に見つからないよう、あわてて寝床に潜り込むのだった。



『……お前はちっとも悪い子じゃないのにな、アーネスト』

 悲しそうな青月の呟きを聞きながら、寒月は眠るアーネストの頬に鼻でキスした。
 獣型になった自分たちのあいだで眠るアーネストからは、耳をすまさねば寝息も聞こえない。長い睫毛もピクとも動かず、不安になって何度も呼吸を確かめた。薄い胸がかすかに上下するのを見るだけで、心の底から安堵する。

 すったもんだの末、父王が圧をかけたのもあり、なんとか四当主に計五百八十一億五千六百万キューズ支払わせる確約をアーネストは得た。
 その直後は、薬湯を淹れてきた白銅をねぎらい、無邪気に喜びを分かち合っていたが、夜になり高熱を出して倒れてしまった。

 それから三日たっても、アーネストに回復の兆しが見えない。
 たまに起きても薬湯とほんの少しのスープなどを口にして、またすぐに眠ってしまう。消え入りそうに笑いながら、「眠るのが一番なんだ。いつものことだから、そんなに心配しないで」そう言って。 

 アーネストは守銭奴になるなどと宣言し、想像もできなかったほど各方面で利益を上げたり、四当主と渡り合って大金を支払わせたりしてきた。
 寒月も青月も、そんなアーネストを見ているのが楽しくて愛おしくて、好きなようにやりたいように動けるよう、支援するのが最善だと思い込んできたのだが……。

『やはり止めるべきだったんだろうか』

 青月はあからさまに落ち込んでいる。
 寒月とて、腹に石を呑み込んだくらいズンと沈んでいるのは同じ。

『けど、やりたいと言うのを我慢させて閉じ込めてたら、どんだけ大事にしたって監禁みたいなもんじゃねえか……』

 虚弱な代わりに精神力は強くて、生き生きと道を切り拓こうとするアーネストが好きだ。彼が望むことは何だって叶えてやりたい。
 だから自由にさせてきた。
 そうすることで、彼は見せしめの召し使いなどではなく、王子二人に寵愛される宝ものなのだと、皆に示したくもあった。

 だが自分たちはアーネストから『体力の怪物』と言われるくらい元気があり余っていて、アーネストが無茶や無理をしていることにも、ギリギリまで気づけない。
 よくよく気遣っているつもりでも行き届かず、こうしてアーネストを看病する羽目になる。

『可哀想に……代わってやれたらいいのにな』

 青月の青い瞳が、悲しそうにアーネストを見つめている。
 こいつも変わったな、と寒月はしみじみ思った。
 ちょっと前まで冷淡で不愛想で、こんな優しい言葉を発する姿など想像もできなかったのに。

『早く元気になれ、アーネスト。白銅が泣くぞ』

 可愛がっている従僕の名を出してみても、反応は返らない。
 寒月の髭がしょんぼりと垂れた。

 いつもなら「もふもふーっ!」と大喜びで、毛皮に顔を埋めてくるのに。そんな元気も無く身じろぎもせず眠り続ける姿を見ていると、らしくもなく最悪な想像をしてしまう。それが暴れ出したいほど腹立たしい。
 
 もしも本当にアーネストが、『妖精の血筋』の宿命のまま早世してしまったら。自分たちはこうして、どうすることもできずに見送るしかないのか、とか。
 今まで楽天的に考えられてきたのが信じられない。
 猛吹雪のような不安に叩きつけられて、心臓が潰れそうだ。

 早く目をさまして、あのたまらなく可愛くて、信じられないほど綺麗な笑顔を見せてほしい。
 喜ぶ顔が恋しくて、甘えてほしくて、頼まれてもいないのに二人して獣化して、まんじりともせずアーネストを見つめている。

 そうして切ない時間を過ごせば過ごすほど、沸々と湧き上がるのは四家の者たちへの怒りだ。
 そもそも彼らが娘を王子妃にすることに執着したり、身勝手極まる動機でアーネストを敵視したりしなければ、アーネストが貴重な体力を削って対抗措置をとる必要も無かったのだ。
 ――けっこう嬉々として大金をぶんどっていたことは、この際見ていなかったことにして。

『必ず仇をとってやるからな、アーネスト』

 氷のような目で誓う青月に、寒月もうなずいた。

『アーネストが短期間でごっそり弓庭後の財産を減らしてくれたおかげで、奴は自慢の軍事力を維持するのが難しくなっている』
『しかもあいつはカイネルを激怒させたから、モスキース商会は今後一切、弓庭後家と武具の取引はしないと宣言した』
『一流職人揃いのモスキースから門前払いを食らうようじゃ、弓庭後の権威もますます暴落だぜ』

 父王と、寒月と青月、そして歓宜は、ひそかに長年かけて兵力を増やしてきた。王家直属の部隊だけでなく、各地の有力貴族たちと協力して。

 王家が長年、弓庭後がどれほど横暴でも手を出せずにいたのは、彼らが代々、国の防衛を担ってきたからだ。
 弓庭後一門を力でねじ伏せることはできる。
 しかし彼らがいなくなった途端に国の防衛が損なわれるとなれば、民はたちまち弓庭後を恋しがり、王家に愛想を尽かし、憎むようにもなるだろう。
 そうして国の秩序が乱れれば反乱も起きかねないし、周辺の国々がその機に乗じて攻め入ってくれば、国境に住む民らが大勢害される。

 巨富と地位と兵力を擁する弓庭後家を落とすには、まだまだ時間がかかると思われた。
 寒月と青月がいくら正妃を憎悪しようと、迂闊に手を出せなかった理由もそこにある。

 が、アーネストが風穴を開けてくれた。
 財産を巻き上げ、権威を失墜させ、焦った弓庭後たちは次々ボロを出した。
 つまり父王は、弓庭後を潰す名目と機会を得たのだ。
 繊細な花みたいなアーネストが、虎獣人の自分たちにできなかったことをやってのけた。

 ほかの三家はどうとでもなる。財力で傍若無人に振る舞ってきたけれど、弓庭後に比べれば御しやすい小物だ。 

『親父は正妃あの女をどうするつもりだろうな』

 寒月の呟きに、青月が酷薄な笑みを浮かべた。

『決まってる。親父は子供を害されるのが一番ムカつくんだ。皓月コウゲツのあの害されっぷりを見て、許せるか?』
『許し難い馬鹿だからなあ……よくぞあんな立派な馬鹿に育て上げたものだぜ』
『ああ。……だがアーネストのそばで馬鹿の話はやめておこう。百害あって一利無しだ』

 むろん、寒月も異論は無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

わざとおねしょする少年の話

こじらせた処女
BL
 甘え方が分からない少年が、おねしょすることで愛情を確認しようとする話。  

気付いたら囲われていたという話

空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる! ※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。