召し使い様の分際で

月齢

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第22章 ねちねち

もう一回、今のところは。

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「……何を言い出すのかしら」

 琅珠ロウジュ嬢は、やはり淡々と問い返す。異常に瞬きの少ない、あの虫の目で。
 繻子那シュスナちゃんもまた、つい最近まで友であり仲間であった者への、炎のような視線を逸らさず言い切った。

「催淫薬を用いるという話自体は、お父様たち、四家当主が決めたこと。庇い立てしたところで王家の皆様はお見通しでしょうから、正直に申します。お父様たちはドーソンと御形ゴギョウの弱みにつけ込み、手駒としました」

「これ、繻子那ぢゃんっ」
「父親を陥れるとは、どういう教育をしているのです守道モチ子爵!」

 あわててまた転がりかけた子爵に、額に青筋を浮かべたアルデンホフ氏がわめき立て、琅珠嬢も無表情のまま「本当に」と父親に同意した。が、壱香イチカ嬢はすかさず友を援護した。

「わたくしも思い出しました! もともと催淫薬の処方は、ドーソンたちに任せる手筈でした。けれど帰り際、琅珠様が廊下の隅で二人を呼び止めていたのです。最初から処方をつくるのは大変だろうから、もしすでに評判の薬があるのなら、それをさらに改良して利用する手もあるのでは? と。確かそんな提案でしたわ。それから、えーと……」

 思い出そうと眉根を寄せた壱香嬢に、琅珠嬢が「何を言い出すのかしら」と繰り返す。本当に何を言われているのかわからないという表情で。
 怯んだ壱香嬢に代わって、再び繻子那ちゃんが話を継いだ。

「琅珠様はドーソンたちに、『あなたたちなら他国の、知る人ぞ知る秘薬にも精通しているのではなくて?』そう言ったのよ」

 壱香嬢が大きくうなずいた。

「そう、そうだったわ! その言葉で御形が『そういえば、エルバータ皇族が子づくりのために用いた秘薬がある』と思い出していた。ドーソンも『その処方なら醍牙にもひそかに伝わっていて、自分も入手している』と得意そうに話していたわ。そうでしょう、ドーソン!」

 いきなり話を振られたドーソン氏がビクッと身を縮めた。
 彼と御形氏は今の今まで、存在を忘れてくれと言わんばかりに、置物のごとく固まっていたのだ。

「それは、その……」

 緊張のためか口ごもるドーソン氏に代わって、御形氏が「その通りです」と硬い表情で答えた。繻子那嬢が満足そうにうなずく。

「あのときは気に留めなかったけれど、考えてみれば不自然だった。あなたがこの二人を気遣って処方に関する助言をしたのも、素人のくせに『他国の秘薬』という言葉が出たことも。その秘薬の存在を知っていたからこそ、ほのめかしたのではなくて?」

「何を言い出すのかしら」
「あなたはいつも、自分の望むほうへ相手を誘導する」
「何を言っているのかしら」

 業を煮やした繻子那ちゃんが「あなたね」と一歩近づいたが、意外にも御形氏の声が遮った。

「……おぼえていらっしゃらないのでしょうか」
「何を?」

 カマキリの目が、今度は御形氏に向けられる。ギクリと肩を揺らしたものの、 御形氏はどうにか声を絞り出した。

「コチネクトを仕入れてくださったのは、山母里ヤマモリ伯爵家です」

 琅珠嬢の表情が凍りついた。
 皆が、アルデンホフ氏さえも怪訝そうに見つめる先で、御形氏が続ける。

「催淫薬の材料のコチネクトはエルバータ原産で、醍牙では栽培されていません。そう申し上げると琅珠嬢は、『祖父に頼んで至急取り寄せる』と。取引の少ない薬草ですから、取り扱い業者は限られます。記録も残っているはずです」

 王様が「すぐにその業者を保護させよ」と刹淵セツエンさんに命じる。
 頬を紅潮させた繻子那ちゃんが、勝ち誇ったように琅珠嬢を見た。

「あなたにしては迂闊ね、琅珠様! 殿下方のお子を得る絶好の機会を逃したくなくて、焦ったのかしら」
「……何を言っているのかしら」
「確かに山母里家のお買い物なら、アルデンホフ大臣が直接取引されるよりは目立たないでしょうけれど」
「何のお話か」
「目立たなくても、御形たちが暴露してしまったら意味が無いわよね。あなた、思ったより迂闊で馬鹿ね」
「……何を」
「自分を賢いと思っていたのでしょう? でも実際は穴だらけ」
「……いいかげんに」

 壱香嬢がくすくす笑った。

「怒ったの? 琅珠様。間抜けな大失敗を晒されて、恥ずかしくて怒った?」
「……黙りなさい!」

 二人がかりの挑発に、琅珠嬢がとうとうキレた。

「頭が悪いのはあなたたちでしょう! わたくしはいつだって、あなたたちのため尽くしてきたのに!」
「オホホ、『何を言い出すのかしら』」

 繻子那ちゃんに真似されて、琅珠嬢の額に青筋が浮かぶ。が、彼女は急に僕のことを思い出したらしく、「伯爵様!」と目に涙を浮かべてこちらを見た。 

「わたくし先に申しましたわよね、真実を申し上げる、脅されていたのだと!」
「はい、確かに」

 なんだかもう、遠い昔のことのようだが。
 令嬢たちの応酬に圧倒されて、四当主たちもあ然としているし。
 琅珠嬢は僕の前に跪いて叫んだ。

「皆がよってたかってわたくしを利用し苛めるのなら、わたくしだってもう庇ってあげませんわ!」
「……脅されていた、というのは?」

 まず落ち着いてもらえまいかと話の軌道修正を試みると、琅珠嬢はくるりと振り向き、ビシッと弓庭後侯の――背後を指差した。

「彼女です! 久利緒様に脅されていたのです!」
「「「ええっ!?」」」 

 差された久利緒嬢はもちろん、繻子那ちゃんと壱香嬢まで驚きの声を上げた。久利緒嬢は、飛びかかるのではという勢いで琅珠嬢の隣まで来て、眦を吊り上げた。

「どういうこと!? わたくしがいつ――」

 そのとき、琅珠嬢がふわりと顔を寄せ、久利緒嬢に何ごとか耳打ちした。
 途端、久利緒嬢の顔から血の気が引いたのを僕は見た。そのまま頽れ、真っ青になって言葉を失っている。
 いったい何を言ったのかと琅珠嬢を見れば、そっと目元を拭う素振り。涙が出ているようには見えないけども。 

 令嬢たちの亀裂に伴い、四当主たちもざわつき出した。弓庭後ユバシリ侯に見据えられたアルデンホフ氏は、蛇に睨まれた蛙のようになっているし。
 琅珠嬢に引っ掻き回されて、事態が想定より混沌としてしまった。

 うーん……。
 たぶん、僕の考えが正しければ……できればハズレてほしいけど……毒薬問題の元凶は、あの人だ。
 でもどうしたものやら。

 ……疲れた。
 考えがまとまらなくなっている自覚がある。これはとても馴染みのある前兆。
 要するに、虚弱な躰の体力の限界が近づきつつある。
 パワフルな虎獣人たちの怒りをいなしつつ高額をぶんどるのは、やはり大仕事だ。

 でも白銅くんが薬湯を持ってきてくれる前に倒れるわけにはいかない。
 僕はここで、ひとまず区切りをつけることにした。

「とりあえず、僕がもらえるお金の話を優先しますね」
「はああ!?」
「率直が過ぎるぞ!」
「守銭奴か!」

 はい、守銭奴なのです。

「まず確認です。蟹清カニスガ伯爵」
「な、なんだね!?」

 急に呼ばれて驚いた様子の伯爵の頭で、巻毛がぷるんと揺れる。

「壱香嬢はこちらの言い値を支払いたいと仰ってくれましたが、あなたも同意すると考えてよろしいでしょうか」

 蟹清伯爵は顔を歪めたけれど、強い瞳で見つめる壱香嬢と目が合うと、大きなため息を吐いて首肯した。

「支払おう。その代わり、娘を裁きの場に立たせないと約束してほしい」
「わかりました」

 僕もうなずき返し、続いて「わたしは」と意見を述べようとしたアルデンホフ氏と、憎悪の念を隠そうともしない弓庭後侯にはかまわず、「では」と四家の人々に結論を告げた。

「正式な通知は後日、届けさせていただきますが。請求金額を改めてお伝えします。合計五百八十一億五千三百万キューズのうち、守道子爵家と蟹清伯爵家にそれぞれ百二十一億キューズずつ」

 えっ、と驚きの声が上がる。

「弓庭後侯爵家とアルデンホフ家に、百六十九億七千六百五十万キューズずつ。以上です。――今のところは」
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