召し使い様の分際で

月齢

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第22章 ねちねち

私怨と恩返し

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 みごとに、四家の人々の顎がカックンと落ちた。
 ぽかんとひらいた口から、魂が抜けていくような声が漏れている。

「ひゃ、く、お、く」
「今の、ところ、は……?」
「え。何だ。何言われた? 合計、は」

 呆然とした呟きに、ハキハキと答えたのは、カイネルさんだった。

「おひとりおひとりの支払い割合は確定していないようですが、合計金額は、ざっと百一億五千六百万キューズですね!」

 さすが商人。耳に入る数字の計算が習慣になっているご様子。
 僕はさらに笑みを深めてうなずいた。

「もちろん競い合いの賭け金も、二十億キューズずつ別途お支払いいただきます」

「では、百八十一億五千三百万キューズでございますな! 単純に頭数で割るなら、おひとり四十五億三千八百二十五万キューズのお支払いですね!」

「そうですね!」

 元気なカイネルさんにつられて元気に返事をし、二人でワッハッハッと笑い合っていたら、双子や王女や浬祥リショウさんや、王様までもがブッ! と吹き出し、大爆笑となった。

「アーネスト最高! すげえ!」

 腹を抱えて笑う寒月の隣で、

「ああ、妥当な金額だ」

 青月も目尻の涙を拭っている。
 もちろん妥当な、当たり前の要求だ。
 ……ちょっとばかり、ぼったくり価格に設定したけど……。そしてノリで上乗せした分もあるけど……。

 でも今はまず、
 以前、王様が言ってた。
 弓庭後侯爵家は代々、国の防衛を担ってきたと。だから国の手厚い補助が支給されている上、私兵を持つことまで許されているのだと。

 その上、先々代の弓庭後当主が当時の王様を守った功績もあってか、弓庭後家とズブズブの関係にあった先王は、『弓庭後家を優遇しなさい』という遺言を継承した。
 おまけに先王は息子の婚姻の際、金の生る木そのものの領地まで弓庭後家に贈っていた。

『防衛を担う』『私兵を持てる』といっても、それを維持するには莫大な資金が必要だ。
 いくら国防のためとはいえ、ひとつの家門に『武力』という大きな力を持たせる以上、王家はその家門が自分たちに反旗を翻さないように、補助を加減したり、対抗勢力となる一門を立て力の均衡を保ったり、つかず離れずの距離を守るべきだ。

 なのに先王は、弓庭後家を取り込んで利用できると考え、弓庭後家の娘を息子の正妃にまでさせてしまった。
 そうして弓庭後家は、莫大な資金による武力維持と、正妃を輩出したという権力を持つ一大勢力に育ってしまった。特に武力は厄介だ。王家の虎獣人たちがいかに強かろうと、この広大な国を王族だけで守ることなどできない。

 先王はだからこそ、弓庭後家を取り込もうとしたのだろうけど――それって、もうひとつの王家をつくってしまったようなものだ。

 今の王様が即位して、コツコツと飴と鞭で軌道修正してきたから良かったものの……。
 先王のままだったら、最悪、王位を簒奪されていたかもしれない。弓庭後家が皓月コウゲツ王子を手放さなかったのは、そういう算段があったのでは。
 傀儡のように思い通りになる王子を玉座に座らせておけば、あとは何とでも言い繕うことができる。

 王様が弓庭後侯に、皓月王子の教育がなっていない、ちっとも王都に戻さないと怒りをぶつけていたのにも、そういう考えに対する牽制と嫌味が込められていたのかも。
 ――すべて僕の推測だけども。

 でも図抜けた資金力を誇る四家が手を組み、王子の婚姻すら自分たちの望み通りにしようとした。王族の離宮にも簡単に入り込めて、双子に薬まで盛れた。
 それがすべてバレたあとでも、まだどうにかなると考えている増長っぷりも含めて、尋常じゃない傍若無人だ。

 だからこれは、敵国の元皇子の召し使いを寛大に受け入れてくれた王様たちへの、僕なりの恩返し。金銭面から四家の力を削ぐ。
 そしてもちろん――私怨だ!
 僕のだいじなだいじな寒月と青月に毒を盛ったことも、強姦しようとしたことも、盛大に償わせずにおくものか……!

「……ゥハッ」

 頭の中でふんぞり返り、悪役のごとくウハハハハハと哄笑していたら、ちょっと声も出てしまった。
 双子がピクッと僕を見たけど、別に何も起きていませんという顔で通す僕。これぞ『大人の余裕』。僕にもとうとう、ダンディな風格が備わってきたようだ。

「なっ、なんっ、なにっ、何が、四十五億三千八百二十五万キューズだっ!」

 ひとり悦に入っていたら、我に返ったアルデンホフ氏が唾を飛ばして声を上げた。きちゃない。でもダンディは動じないんだぜ。

「では、切りよく四十六億にしましょうか?」
「はああ!? ふふふざけるな! いくら何でも法外だ!」
「イクラなんてもうホラ貝……?」
「違う! 急に海の幸の話をするわけがなかろう、馬鹿なのか!?」
「「ああ!? 何つったコラ」」

 馬鹿という言葉に反応したらしく、双子が雷鳴のような唸り声を上げた。「ギャンッ」と跳び上がったアルデンホフ氏だが、今度はトラ耳になっていない。
 必死なのだろう。なるべく距離を取りながら、どうどうと双子をなだめる僕に言い募った。

「そんな金っ! そんな金は無いからな! 無い物は出せんっ!」

 僕はにっこり笑ってうなずいた。

「だったら正式に裁きの場に出て争いましょう。本当は僕もそのほうが良いのです。国中の目が向けられる中で、あなたの娘さんがどれほど残酷な考えを実行し、毒で弱らせた王子殿下をどう襲ったかを、つまびらかに証言したいですから」

「な……ッ」

 アルデンホフ氏が声を詰まらせた。
 当然、四家は裁判沙汰を避けたいだろう。外聞が悪いどころの騒ぎではない。足元を見た上での請求金額だ。
 彼らが言葉を失って、しん、と沈黙が降りたそのとき、ガタンと音をたてて立ち上がった人物がいた。

「ウォルドグレイブ伯爵!」

 父親を押しのけた琅珠ロウジュ嬢が、祈るように両手を組んで僕を見ている。

「わたくしたちが間違っていました! この通り、謝りますわ! 今さらと思われるでしょうけれど、でも……どうかお聴きください。お詫びにすべての真実をお話しいたしますから!」

 娘に押しのけられたアルデンホフ氏が勢い余って椅子に突っ込み、椅子ごと倒れて凄い音を立てたが、琅珠嬢はそちらを見向きもせずに話し始めた。
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