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第22章 ねちねち
王様の詰問
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髪も髭も最低限の手入れのみ、農民が着る作業着姿で現れた二人は、頭のてっぺんから爪の先まで隙なく整え、医師協会の副会長と薬師協会の部長として社交界でも一目置かれていた頃とは、まるで別人だった。
ドーソン氏の尊大さも、御形氏の人当たりの良い笑顔も消え失せて、隈の目立つ落ちくぼんだ目が、ずっと落ち着きなく動いている。
二人は、双子ほどではないが大柄なコーネルくんに隠れるようにして入室してきたけれど、王様に挨拶するより先に当主たちに目が行ったらしい。途端、ますます挙動不審になった。
何か言いたげに口をひらいては閉じ、怯えや怒りや気まずさを滲ませる百面相になっている。
一方、四家の人々も、しばし呆然と言葉を失っていた。
ようやく弓庭後侯の口が、『なぜ』のかたちに動いたかと思うと、直情的なアルデンホフ氏が、驚愕と憤怒を込めていきなり怒鳴った。
「どこに、どこにいたんだ、お前たち! あれほど捜しても見つからな」
「黙れ!」
「お父様!」
弓庭後侯と琅珠嬢が、同時に大声で遮る。
僕はにっこり笑ってうなずいた。
「皆さんも、このお二人を捜してらしたんですよね。ちなみに孤児院に出た『魔物』が御形氏だったかもしれないと、最初に気づいたのはコーネルくんです。
王子殿下方の指揮のもと行われた御形氏らの捜索に、進んで参加してくれて。孤児院の物置に残っていた足跡が『師匠のものと似ている』と指摘してくれました」
複雑そうではあるが嬉しそうなコーネルくんの背中を、カイネルさんがポンポン叩いて、小声で『よくやった』と労った。
そして脇机の上では白銅くんが……モスキース親子を見つめてゴロゴロと小さく喉を鳴らしている。何だかんだ言って、コーネルくんを心配してたんだよね。優しい。
そして。
琅珠嬢に視線を戻せば、先ほどまでの余裕の笑みはさすがに消えたものの、カマキリの目は変わらず。唇が小さく動いているのは、何かを凄い勢いで考えているから――そんなふうに思わせる。
いま四家側で、表面上だけでも平静を保とうとしているのは、彼女と弓庭後侯だけだ。その精神力だけなら、たいしたものなのだけど。
そこへ、王様が「ありがとう、アーちゃん」と優しく話しかけてきた。
「こうして悪い人たちが捕まったのも、まずはアーちゃんが毒入りの薬に気づいてくれたおかげだよ~」
「いえ、当然のことです」
「ううん。たぶんだけどお、催淫薬を盛った悪い子たちはさあ、『そのくらいならもしバレても許されるだろう』と思ってたんじゃなーい? まあ実際、アーちゃんに会うまでのおイタが過ぎてた双子なら、『うぜえ』『面倒くせえ』で済ませてた気がするしぃ」
「その通りだな」
うんうんとうなずく王女と父王を、ぐっと言葉に詰まった双子が睨みつけた。
「ふーん」
半笑いで見つめたら、寒月も青月もギョッとして言いわけしてきた。
「過去の話だ! たぶん前世の話!」
「その通りだ。アーネスト……わかってるだろう? 俺たちは今や、お前しか眼中に無い」
「ほほう」
意地悪したい気分になって、わざと冷たく返したら、左右から耳元で囁かれた。
「わからねえなら、想い出させてやろうか?」
「そう。俺たちはお前のすべてをおぼえてるからな。ストッキングをリボンで結んで可愛かったとか」
「うがーっ!」
両手で双子の口を押さえ、顔を押しのけてやった。
こんなところで双子のバカ! 白銅くんに聞かれたらどうするのだ!
と、思いながら火照った顔を上げると――
白銅くんどころか全員がこちらを見ていた。
王家の皆さんはそろってにっこり笑顔を浮かべ(栴木さんは当然除くが)、当主たちは唖然としている。
久利緒嬢は不機嫌そのもの。琅珠嬢は冷たい視線。
繻子那嬢は……目を据わらせて「こんなときに何やってんの妖精」と呟き、沈黙が落ちた部屋に、その声はやけに大きく響いた。
……恥ずかしい。
せっかくここまで、『愛する人たちのため戦う守銭奴』として、冷徹に振る舞えている!
と思っていたのに。
冷徹な人は普通、うがーっ! なんて奇声を発しない。
恥ずかしさのあまり頭を抱えていたら、双子が不思議そうに「「どうしたアーネスト」」と尋ねてきた。どうしたもこうしたも。
無垢な白銅くんが、『アーネスト様、ぐあいが悪いのですか?』と心配そうに訊いてきた。いつもごめんね。心配させる要素しかない大人で。
ちょっと混乱していたら、王様がくすっと笑った声で、気持ちが引き戻された。そうして――
「ドーソン。御形」
低く呼ぶ声。
「このように、ことの真相を知るため、大勢の人間が尽力した。この期に及んで偽りを申さば、どうなるかわかっておろうな。
どうも皆、大事な我が子らを傷つけられた私の怒りを、軽く考えがちらしい」
氷水を浴びせられたみたいに、名指しされた二人が震え上がった。
彼らのみならず、部屋中に緊張が走る。
「率直に答えよ。まず先ほどの琅珠嬢の言葉について。琅珠嬢がモスキース会長の子息をそそのかし、青月の領地に潜入させて、ウォルドグレイブ伯爵の『不正』を見つけさせようとしたというのは、まことか」
ドーソン氏が震える声で、「耳に挟んだことはございます」と答えた。
「とある会員制の店に招かれたときのことです。四家の皆様の談話中に、琅珠嬢が久利緒嬢に、モスキース会長の子息を『ダメ元で使ってみよう』と話していました。青月殿下がウォルドグレイブ伯爵をご領地へお連れすることが、とてもご不満だったらしく……『保養地だか何だかの、その計画ごと壊してしまえたら最高』と。確かにそう仰っていました」
ドーソン氏の尊大さも、御形氏の人当たりの良い笑顔も消え失せて、隈の目立つ落ちくぼんだ目が、ずっと落ち着きなく動いている。
二人は、双子ほどではないが大柄なコーネルくんに隠れるようにして入室してきたけれど、王様に挨拶するより先に当主たちに目が行ったらしい。途端、ますます挙動不審になった。
何か言いたげに口をひらいては閉じ、怯えや怒りや気まずさを滲ませる百面相になっている。
一方、四家の人々も、しばし呆然と言葉を失っていた。
ようやく弓庭後侯の口が、『なぜ』のかたちに動いたかと思うと、直情的なアルデンホフ氏が、驚愕と憤怒を込めていきなり怒鳴った。
「どこに、どこにいたんだ、お前たち! あれほど捜しても見つからな」
「黙れ!」
「お父様!」
弓庭後侯と琅珠嬢が、同時に大声で遮る。
僕はにっこり笑ってうなずいた。
「皆さんも、このお二人を捜してらしたんですよね。ちなみに孤児院に出た『魔物』が御形氏だったかもしれないと、最初に気づいたのはコーネルくんです。
王子殿下方の指揮のもと行われた御形氏らの捜索に、進んで参加してくれて。孤児院の物置に残っていた足跡が『師匠のものと似ている』と指摘してくれました」
複雑そうではあるが嬉しそうなコーネルくんの背中を、カイネルさんがポンポン叩いて、小声で『よくやった』と労った。
そして脇机の上では白銅くんが……モスキース親子を見つめてゴロゴロと小さく喉を鳴らしている。何だかんだ言って、コーネルくんを心配してたんだよね。優しい。
そして。
琅珠嬢に視線を戻せば、先ほどまでの余裕の笑みはさすがに消えたものの、カマキリの目は変わらず。唇が小さく動いているのは、何かを凄い勢いで考えているから――そんなふうに思わせる。
いま四家側で、表面上だけでも平静を保とうとしているのは、彼女と弓庭後侯だけだ。その精神力だけなら、たいしたものなのだけど。
そこへ、王様が「ありがとう、アーちゃん」と優しく話しかけてきた。
「こうして悪い人たちが捕まったのも、まずはアーちゃんが毒入りの薬に気づいてくれたおかげだよ~」
「いえ、当然のことです」
「ううん。たぶんだけどお、催淫薬を盛った悪い子たちはさあ、『そのくらいならもしバレても許されるだろう』と思ってたんじゃなーい? まあ実際、アーちゃんに会うまでのおイタが過ぎてた双子なら、『うぜえ』『面倒くせえ』で済ませてた気がするしぃ」
「その通りだな」
うんうんとうなずく王女と父王を、ぐっと言葉に詰まった双子が睨みつけた。
「ふーん」
半笑いで見つめたら、寒月も青月もギョッとして言いわけしてきた。
「過去の話だ! たぶん前世の話!」
「その通りだ。アーネスト……わかってるだろう? 俺たちは今や、お前しか眼中に無い」
「ほほう」
意地悪したい気分になって、わざと冷たく返したら、左右から耳元で囁かれた。
「わからねえなら、想い出させてやろうか?」
「そう。俺たちはお前のすべてをおぼえてるからな。ストッキングをリボンで結んで可愛かったとか」
「うがーっ!」
両手で双子の口を押さえ、顔を押しのけてやった。
こんなところで双子のバカ! 白銅くんに聞かれたらどうするのだ!
と、思いながら火照った顔を上げると――
白銅くんどころか全員がこちらを見ていた。
王家の皆さんはそろってにっこり笑顔を浮かべ(栴木さんは当然除くが)、当主たちは唖然としている。
久利緒嬢は不機嫌そのもの。琅珠嬢は冷たい視線。
繻子那嬢は……目を据わらせて「こんなときに何やってんの妖精」と呟き、沈黙が落ちた部屋に、その声はやけに大きく響いた。
……恥ずかしい。
せっかくここまで、『愛する人たちのため戦う守銭奴』として、冷徹に振る舞えている!
と思っていたのに。
冷徹な人は普通、うがーっ! なんて奇声を発しない。
恥ずかしさのあまり頭を抱えていたら、双子が不思議そうに「「どうしたアーネスト」」と尋ねてきた。どうしたもこうしたも。
無垢な白銅くんが、『アーネスト様、ぐあいが悪いのですか?』と心配そうに訊いてきた。いつもごめんね。心配させる要素しかない大人で。
ちょっと混乱していたら、王様がくすっと笑った声で、気持ちが引き戻された。そうして――
「ドーソン。御形」
低く呼ぶ声。
「このように、ことの真相を知るため、大勢の人間が尽力した。この期に及んで偽りを申さば、どうなるかわかっておろうな。
どうも皆、大事な我が子らを傷つけられた私の怒りを、軽く考えがちらしい」
氷水を浴びせられたみたいに、名指しされた二人が震え上がった。
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