召し使い様の分際で

月齢

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第21章 じわじわ

待ちに待った

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 弓庭後侯が、血走った目で王様を見た。

「最初から……密謀だったのですね……! 栴木公が我々の味方であると思い込ませて、我らの足場を崩す隙を狙っていたのですね……!」
「おやまあ、密謀とは失礼しちゃう」

 王様は頬杖をついたまま、クックッと肩を揺らして笑った。

「ぼっくんは僕の弟だよ? 仲良く話し合って当然じゃないの。王と王弟が仲良しで何が悪いの?」
「それは……しかし!」
「しかし何だ? 言ってみろ」

 急に王様の声音が変わった。
 笑みは崩さぬまま、細めた瞳に氷のような酷薄さが宿る。

「どうやら弓庭後侯爵殿は、王と王弟に対しどんな不敬な言葉を吐こうが許されるとお考えらしい。面白い。その調子で続けてみろ」
「陛下……」
 
 弓庭後侯の目には不服の色が消えていなかったが、恐怖がそれを上回ったらしい。
 当然だ。だって今や、双子も王女も、そして栴木さんまでが、細くなった瞳孔で弓庭後侯を見据えている。
 紙のように白くなった侯爵は、深々と頭を下げた。

「……どうか、お許しください。混乱のあまり臣下の分もわきまえず、無礼な発言をいたしました。どうか正妃の兄として長年お仕えしてきた情に免じて、ご容赦ください」

 隣で呆然と突っ立っていたアルデンホフ氏も、あわてて頭を下げる。
 蟹清伯爵と守道子爵は、どうすればよいかわからないというように、おろおろと視線を泳がせているけれど……久利緒嬢と琅珠嬢は、父親に合わせて腰を折った。

「ふーん。謝罪より続きを聞きたかったんだけどなあ。まあ、いいや。令嬢たちも顔を上げて。まだ話の途中だしね! よーし、みんな座って座って~」

 王様の口調が戻ると、張り詰めていた空気が緩んだ。
 双子たちも興味を失ったようにだらりと脱力し、「アーネスト、焼き菓子食わないのか?」とお茶請けを勧めてきたりする。

 なるほど……。
 この緩さと緊迫感のメリハリが、かえって怖い。 

 一方、顔を上げた弓庭後侯の表情にも、未だ怒りの色が滲んでいるし、固く握りしめたこぶしの震えを見ても、心折れてはいない様子。
 王族の不興を買いまくっているのは明らかなのに、謝罪しつつも変わらずふてぶてしいのは、やはり正妃の兄だからなのだろうか。

 正妃は前回、王様に庇ってもらうこともできぬまま双子にボコボコにされて以来、皓月王子と共にまたも領地にこもっている。
 それでも……正妃という地位を失ったわけじゃない。
 
 前に王様がお見舞いに来てくれたとき、先王が弓庭後家にたいそう肩入れしていて、弓庭後家を優遇するよう遺言していったと教えてくれた。
 結果、弓庭後一門は力を持ち過ぎて、今では王家ですら迂闊に手を出せないのだと。
 でもこれからは風穴を開けられそうだとも言っていたよね……。

「浬祥。話を再開してくれるぅ?」

 王様が明るい声で促した。

「わかりました。おっと、その前に伯父様? 今さらですが、父上がウォルドグレイブ伯爵に出した課題について、達成できたか否かの最終判断は、僕と伯父様がするということになっていたのですよね、伯父……おっと失礼いたしました、陛下」

 栴木さんにじろりと睨まれた浬祥さん、あわてて言い直している。
 王様は「ほんと今さらだねえ」と笑った。

「けど、そう決めていたからには、ここではっきりさせておかなきゃ。もちろん僕は、アーちゃんは『受けた条件を』立派にやり遂げたと思うよ。浬祥は?」
「まったく異議なしです、伯父……陛下」

 双子と王女と浬祥さんが――ついでにカイネルさんも拍手してくれたので、立ち上がってお辞儀で返した。白銅くんは後肢で立ち上がり、両手招き猫みたいにバンザイしている。ほんと可愛い。
  双子に急かされながら座り直すと、浬祥さんが「さて」と今度こそ話を戻した。

「では改めて、今回の競い合いにおける賭け金の支払いについて。四家のご当主には、誓約書にサインしていただきます。内容は、それぞれ二十億キューズをウォルドグレイブ伯爵に支払うということで、よろしいですね?」

「……たかが競い合いで二十億だなんて……あまりにあくどい!」

 おおう。いきなりアルデンホフ氏がキレた。
 真っ赤な顔で立ち上がり、僕に向かって吠えたてる。

「王子妃に立とうという者が、世間知らずの娘たちに二十億キューズもの重圧を負わせて勝負させ、まんまと大金をせしめるなんて、良心が痛まないのか!? 幼い頃から王子妃になることだけを夢見て重ねた教育の成果を、金の亡者の賭けごとに利用された娘たちが、あまりに憐れではないか!」

 双子が殺気を放ったので、あわてて制した。
 白銅くんも脇机の上で毛を逆立てているけど、それは可愛いので止めない。

 話し合いの場なのだから、言いたいことがあるなら言ってくれてかまわない。
 だからさらにワァワァと「娘たちが可哀想だ」とまくしたてるアルデンホフ氏に、気の済むまで喋らせていたら、途中でむせて派手に咳き込んでいる。どう転んでも賑やかな人だなあ。

 アルデンホフ氏の抗議が途切れたのを良いタイミングと思ったらしき浬祥さんが、やれやれと肩をすくめて僕を見た。

「――と、いうことだけど。何か言いたいことは? 鯉……ウォルドグレイブ伯爵」
「あります。よろしいですか?」
「どうぞどうぞ」

 咳き込む背中を琅珠嬢にさすってもらいながら、憎々しげに僕を睨んできたアルデンホフ氏を、僕はまっすぐ見つめ返した。

「アルデンホフ大臣と同じく、僕も二十億という金額には不満があります」
「……はあ?」

 ぽかんと口をあけたのは、アルデンホフ氏ばかりではない。
 ほかの当主や令嬢たちも、そろって怪訝そうに僕を見た。
 
「不満とは、具体的に何が?」

 うむ。待ちに待ったよ、このときを。

「二十億という金額を設定したときと、状況が変わりました。諸々の慰謝料、見舞金、賠償金などを上乗せした上で、改めて請求させていただきたいと思います!」

 いかん。声が弾んでしまった。
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