召し使い様の分際で

月齢

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第21章 じわじわ

ぼっくん、動く

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 僕らはしばらく、巨大化した親マルムを隅々まで見回した。
 形状的には普通マルムとほぼ変わらない。大きくなったのに伴い、傘がよりいっそう丸みを帯びていたり、柄の部分が太く長めになったりはしているけれど。

 とりあえず、この大きさで机に乗せておくのは危ういので、双子がおろしてラグの上に移してくれた。
 高級ゴブショット羊毛のラグにそそり立つ、桃色の巨大マルム。何とも言えぬ絵づらだ。
 
 ところで双子はガウンを羽織っただけで前を閉じていないので、股間が丸見えのまま動き回っている。ちゃんと留めるよう言っても、寒月は「己のマルムだから気にするな」と答え、青月まで「そう、マルム」とうなずくばかり。
 何が己のマルムだよ。変なの。
 しかし今は、考えを親マルムに集中すべきであろう。

「どうしてこんなに急に大きくなったのかな」
「俺らが見たときは変わってなかったのにな」

 青月も怪訝そうに眉根を寄せたが、寒月はニカッと大きな口で笑った。

「アーネストに一番に見せたかったんじゃねえの?」
「僕に?」

 青月が苦笑した。

「……妖精王からの『お恵み』としては、頑張った子孫にまず、その成果を見せたかった……と、いうことか?」
「頑張った僕に?」

 首をかしげると、「頑張ったじゃん」と僕の頭にキスした寒月が、いきなり裏声を出した。

「『全部挿るとは成長したね、アーネストくん! ご褒美に親マルムも成長するよ!』」 

 続けて青月が、超低音を響かせる。

「『次回も頑張ろう。親マルムより』」

 僕は両腕を上げ、左右に立つ双子の耳を同時に引っ張った。「「いたたたっ!」」と悲鳴が上がったが、デリカシーを知らぬ相手には、このくらいは許されるであろう。親マルムのキャラ設定が一致してないし。

 そこへコンコンとノックの音がして、寒月が「誰だ!」と一転、不機嫌そうな声を上げると、扉の向こうから、家令さんの遠慮がちな声が聞こえた。

「ハグマイヤーにございます。陛下より、『午後の招集会議には、三人とも遅れず出席するように』とご伝言を承って参りました。それから……
 白銅がアーネスト様の部屋の前で、何かが無くなったと大泣きしていたのですが」

 その言葉で、僕の頭からエッチい余韻がすべて吹き飛んだ。

「忘れてた、白銅くん!」

 いつもとっくに僕を迎えに来ている時間だったのだ。
 これまで、その時間に僕が不在にしていたことは無かったから、ノックの返答が無ければ、躰の弱い僕を案じて中の様子を窺っても不思議はない。

 そして僕の不在を知ったとしても、彼なら当然、親マルムの無事も確認しただろう。だから彼が泣き出すほど大切な『無くなった』ものとは、親マルムに違いない。
 ずっと一緒にマルムを見守ってきてくれたのだもの。
 親マルムの箱がもぬけの殻になっているのを目にしたときの、その衝撃はいかほどだったか。
 僕は思わず頭を抱えた。

「うわあぁぁ。ごめんね、白銅くーん!」

 
⁂ ⁂ ⁂
 

 王様が招集した午後の会議は、応接間で行われた。
『招集』されたのは四家の当主と令嬢たちで、その他の参加者は、王様はもちろん、双子と歓宜カンギ王女、栴木センボクさんに浬祥リショウさん、そして僕。さらに子猫の白銅くん。

 白銅くんは親マルムの無事を知らされたのち、巨大化した姿を見て大興奮し(なぜ大きくなったかは教えてあげられなかったが)、笑顔満面になってくれた。よかった。

 さて、会議である。
 議題は昨晩の『競い合い』のあと始末だ。
 舞踏会ではできなかった『賭け』の清算を、正式に取り決めよという王様のご命令。
 四家の当主もこれまでより明らかに悄然として、令嬢たちも硬い表情だ。しかしこれまでの経験から言って、いざ会議が始まれば、どうなることやら。

 ちなみに進行役はその場で、「お願いね~」と王様が浬祥さんを指名した。それに対して特に動じないのが、浬祥さんのすごいところだ。

「えー、それでは。なぜかご指名いただいた僕が進行させていただきます」

 浬祥さんはひとつ咳払いをして、「えーと」と思い起こすような表情で続けた。

「まず『競い合い』の賭けの支払いに関して、正式に書類にて誓約をするところから始めましょうか。
 結果はアーネストくんの完勝。四家の皆様にはそれぞれ、二十億キューズずつお支払いいただくことになりますね。つきましては、支払い期日や支払い方法等を確認したのち、書類にサインを」

「お待ちください」

 おお。やっぱりきたか、弓庭後ユバシリ侯。

「陛下。幾つかの点について、どうか我らに反論の機会をお与えいただきたく」
「うん、別にいいよー。話し合いの場なんだから」

 王様も想定内だったのか、にこやかにうなずいた。
 弓庭後侯は礼を言い、残る三家当主たちと無言で視線を交わしている。どう反論するか、しっかり話し合ってきたんだろうなあ。
 けどその気持ちもわかるよ。僕だって支払う側になれば、いかに値切り倒すかと頭を絞るだろうから。

「では、率直に申し上げます。こたびの『競い合い』の判定は、公平性を欠いていたと、我々は感じております」
「その理由は? 弓庭後侯」

 浬祥さんが尋ねる。彼を進行役にした王様の人選は正しい。双方の事情に通じていて頭が回るからという以外に、栴木公爵の後継者である彼には、いかに四家当主でも礼儀を失わず接する。だって栴木さんが目の前にいるんだからね。

「畏れながら……センシンの大公ご夫妻は、王子殿下方がご幼少のみぎりから、親交の深い方たちです。であれば、殿下方の意を酌んだ判定に偏るのも、無理からぬこと」

「つまりイストバ大公とレイニア妃が、贔屓したと仰るのですね」

 弓庭後侯よりさらに率直に言い切った浬祥さんに、四家当主たちは気まずそうに「いえ、贔屓とは……」と口ごもったが、アルデンホフ氏が顔を上げ、意を決したように叫んだ。

「判定を務められた御三方のうち、完全に公平性が保たれていたと我々が思えたのは、栴木公爵ただおひとりでございます! これでは多数決となれば、完全に不利!」

「だってよ? ぼっくん。どう思う?」

 ……王様……この巨岩のような弟さんを、『ぼっくん』て呼んでたのか……。

 王様の隣の席に座している岩……ぼっくんは、ギロリと王様を睨みつけてから、珍しく身動きをした。
 そうして懐から何やら紙を取り出すと、机の上を滑らせて王様の前に――のつもりだったのだろうが、力強く滑らせすぎて通り過ぎ、そのまま勢いよく机から落ちて、床の上を飛んで行った。
 かなり遠くのほうまで行った紙を、微笑を浮かべた刹淵セツエンさんが拾いに行き、ようやく王様の手に渡った。
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