召し使い様の分際で

月齢

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第19章 勝敗と守銭奴ごころ

これにて終結! 

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 双子の言葉通り、大広間のある棟まで戻ると、ハグマイヤーさんが手ぐすね引いて待ちかまえていた。
 双子は獣化したまま着替え用の部屋へと追い立てられていき。
 僕の控え室にはなんと、ピュルリラさんを探し出し、待たせておいてくれていた。なんて気の利く家令さんなんだ、ハグマイヤーさん!

 大広間では、疲れを知らぬかのような人々が、まだまだ飲んで踊って喋ってと大賑わい。おかげで僕らが抜け出していたのも目立たなかったようだ。
 
 ただ……申しわけないことに、結果として置いてけぼりにされた白銅くんは、僕を探し疲れて、浬祥リショウさんの上着の懐で眠ってしまっていた。
 ずっと浬祥さんの頭の上から、大広間を見渡していたらしい。

「おかげで一度も踊れていないではないか!」

 苦情を言いつつ子猫を返してきた浬祥さんだけど、何だかんだ言って、しっかり白銅くんの面倒を見ていてくれたんだから、本当に優しい人だよね。

「ごめんね白銅くん」

 僕の腕の中でヘソ天になっている子猫の頭にキスをして、ついでにスンスン吸い込んでいると、ここまで案内してくれたハグマイヤーさんが、家へ送りとどけさせようと引き受けてくれた。
 お礼を言って託したころで、それまで大公夫妻や大臣たちと歓談していた王様が、

「はい、みんなー注目ーっ!」

 銅鑼のような、大広間中に響く声を上げた。
 幾人かがビクッと跳び上がり、楽曲もぴたりと止まる。

「競い合いのすべての結果が出たようなので、ここで発表してもらうよーん。令嬢たちとアーちゃんは、こっちに並んでくれるかな?」

 言われるがまま、僕ら五人は壇上に上がり、王様たちの前に並んだ。
 最後にこんな目立つ場所に立たされるとは……ピュルリラさんにお化粧直しをしてもらって本当によかった。
 ついでに、双子に抱え上げられたり自分でたくし上げたりしたせいで使用感の出ていたドレスも、整えてもらえたし。
 ちなみに、汚れませんようにと願いながら食べかけマルムを突っ込んだポケットの中は、まったく汚れていなかった。ちゃんと聞いてくれたんだね。さすがマルム!

 最後の発表は大公妃が行うらしい。
 笑顔で僕たちひとりひとりをねぎらい、「それでは」と、まず繻子那シュスナ嬢と僕を見た。

「ドレスのセンスと着こなし、そして王子妃として国の顔となるであろう方に相応しい所作。それらを、この競い合いを通して見せていただきました。結果、お二人とも隙なく優雅で、文句のつけようがありません。本当は引き分けとさせていただきたいのですが……どちらかを選ぶという条件なので。
 楽器演奏、美容術に関するお話、そしてダンス。本日この場で誰より注目を集める機会が多かったにも関わらず、そのすべてを溜め息が出るほど美しくこなしてみせたウォルドグレイブ伯爵に、より多くの称賛を送らせてください。
 ――そのドレス、本当にお似合いだわ。まさに妖精のためのドレスね」

 おおお、よかった……! 
 いろいろ頑張った甲斐があった!
 控え室のほうからピュルリラさんの、「うおー! やったどおぉ! あたしやったよ、お母さーん!」という雄叫びが聞こえた気がする。

 拍手と歓声の中、レイニア妃に感謝の言葉を述べ、皆さんにも笑顔で応えてから、隣に立つ繻子那嬢にも礼を――と思ったら、先にレイニア妃が声をかけた。

「繻子那嬢。あなたにはあなたの美しさがあります。がっかりせず、自信を持っていいのよ」
「お心遣いに感謝申し上げます、妃殿下」

 繻子那嬢は綺麗なカーテシーを決めて、「ですが」と続けた。

「負けは負けです。潔く負けを認めてこそ、進歩があると存じます。わたくしの目から見ても、ウォルドグレイブ伯爵の存在感は別格です。少女の頃に憧れた『お姫様』が、実体となって現れたと思ったほどですわ」

「お姫……様……」

 複雑な心境で思わず呟くと、繻子那嬢が横目で『何か文句ある!?』と視線を送ってきたので、『ありません』と首を横に振った。
 繻子那嬢は僕をまっすぐ見つめ、

「――おめでとうございます、ウォルドグレイブ伯爵」

 鮮やかに微笑んでみせた。
 と、思うと、大公夫妻や人々の称賛の声を浴びながら僕の手を取り、耳元に顔を寄せてくる。

「後日、話したいことがあるから、聞きなさいよね」
「はひ?」
「『はひ』って何よ! ……こんなんに負けたのか、わたくしは」

 文句を言いながら、一歩下がった繻子那嬢。
 うーむ。話があるらしきことはわかったが、『聞いて』ではなく『聞きなさい』というところが彼女らしい。

 何の話だろうかと考える暇もなく、続けてダンス対決の結果発表となった。
 今度はレイニア妃は、僕と壱香イチカ嬢を見つめてくる。

「ダンスの判定も、とても難しいものでした。けれど羽が生えたようなウォルドグレイブ伯爵のダンスは、ほかの誰にも真似ることは出来ないでしょう。よって勝者は、ウォルドグレイブ伯爵。おめでとう」

 再び沸き起こった拍手の中、レイニア妃は壱香嬢のことも優しく気遣った。

「あなたと蟹清カニスガ伯爵のダンスも完璧だったわ。気を落とさないでね」

 しかし壱香嬢もまた、繻子那嬢とちらりと視線を交わしたかと思うと、きっぱりと言い切った。

「わたくしも繻子那様と同じく、潔く負けを認めます」
「ええっ!?」

 つい正直にギョッとしてしまい、壱香嬢も正直に「何よ、その驚き方!」と眦を吊り上げたが、すぐさま咳払いしてごまかした。

「正直、ダンスの最中に何度も、伯爵の軽やかな踊りに目を奪われ、集中力を保てませんでした。そんな経験は初めてです。衝撃的でしたわ。
 ――妖精はことのほかダンスを好むとか。妖精伯爵様にダンスで挑むのは、分が悪うございました。悔しさはありますが結果を受け入れます。おめでとうございます、ウォルドグレイブ伯爵」

「ありがとうございます、壱香嬢。……どこか悪いなら、薬湯を処方するので仰ってくださいね。繻子那嬢も」
「「素直に褒められなさいよ!」」

 息ぴったりに怒鳴られた。それでこそ彼女たちらしい。
 しかし二人がしおらしい態度に出たことに、驚いているのは僕だけではないらしく。
 久利緒クリオ嬢と琅珠ロウジュ嬢も顔を引きつらせているし、父親陣――守道子爵と蟹清カニスガ伯爵も、天を仰いだり娘を睨んだり、明らかに動揺していた。
 が、それもまた、すべてを見届けた人々の、割れんばかりの歓声に呑み込まれた

「伯爵の完勝だ!」
「ということは、つまり……令嬢方はひとり残らず、王子妃候補から脱落ということか」
「妖精伯爵が殿下方の妃となれば、他国の者たちの醍牙を見る目も変わるでしょうね」

 そこへ王様が、常よりも貫禄たっぷりに宣言した。

「以上で、競い合いは終結! 令嬢たちにも称賛とあたたかな拍手を!」

 弾かれたように、弓庭後ユバシリ侯爵やアルデンホフ氏らも声を上げた。

「おっ、お待ちください、陛下!」
「こんな性急な……」

 王様は彼らを一瞥し、「当然、」と言葉をつないだ。

「そなたらとはまだまだ、話し合わねばならないことがたっぷりある。追って連絡をする。
 ――それでは皆、ダンスを再開しよう! そして王子たちが素晴らしい婚約者を得たことを祝して、存分に祝杯をあげようではないか!」
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