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第19章 勝敗と守銭奴ごころ
マルムとアーネスト
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そんなわけで――ひと悶着あって僕はちょっとむくれていたが、風のように走る虎たちのおかげで、間もなく桃マルムが促していた場所に到着した。
ちなみにひと悶着とは、虎にまたがるにあたりドレスが邪魔だったので、苦労しながら太腿までたくし上げて、「これでよし!」と出発をお願いしたら、双子から『どこが「これでよし」だ!』『まったくよくない!』と怒られたのだ。
『ただでさえ俺たちがこの姿で走り回ってたら人目を引くのに、お前の露わな太腿まで見せてたまるか!』
「そりゃあ見苦しいものをお見せして申しわけないけども、大丈夫だよう。ほら、太腿までのストッキング履いてるから、生脚は見えないよ。ほらほら、リボンで結んでずり落ちないようにしてるの。完璧」
『かえって完璧にエロいんだっつーの! いいから元に戻せ! 戻さないなら連れて行かん!』
青月も寒月も、どうしてこういうときに限ってお行儀を気にするのだろう。
仕方ないので言われた通り元に戻し、横座りで出発したものの、かなりのスピードなのに馬みたいに鞍があるわけじゃないから、不安定で怖かった。
で、結局、匍匐前進するごとき腹這いで毛を握り、小判ザメのごとく虎の背中に貼りついて移動した。僕からすれば、あの格好を見られるほうが、よっぽど恥ずかしいよ!
しかし桃マルムの目的地がわかった今、そんなしょーもない怒りはどうでもよくなっていた。
『ここなのか?』
『ここって……』
僕らは王城の居住棟の、とある部屋の前で、目をぱちくりさせながら顔を見合わせた。
「ここ……で、いいの? ここ、僕の部屋だけど」
桃マルムが手のひらの上で、扉を指すようにコテンと倒れる。
間違いないようなので、中へ入った。巨大な虎たちものそのそ続く。いつものことながら、彼らが入ると部屋が小さくなったように感じるなあ。
もとは藍剛将軍の部屋だったというこの部屋に、桃マルムが来たがったのはなぜだろう。
夜闇の中、暖炉の炎が小さく揺らめくばかりの部屋。
暖炉の上に並んだ燭台に火を灯して、何か桃マルムにとって意味のあるものがあったろうかと見回……
「あっ」
『『ど、どうしたアーネスト!』』
見回すまでもなかった。
この部屋で桃マルムが気に掛けるものなんて、これに決まっている。
僕は桃マルムと燭台を手に、机に駆け寄った。
机の上を占領する大きな箱の中には、中型犬ほどの大きさに育った『親マルム』が鎮座している。
ただ、このところ成長も小康状態というか、とりたてて変化も無かったので、あれほどマルムに熱中していた白銅くんの興味も薄れてきていた。
かくいう僕も、毎日様子を見るだけだったけど……してあげられることもないし。
しかし今、燭台に照らされた親マルムを見た僕は、「んなっ!?」と驚愕の声を上げてしまった。虎の姿のままの双子も、『『なんだ!? どうした!?』』と驚いて僕を見る。
……驚き顔の虎も可愛いな。
なんて見惚れてる場合ではなくて。
「親マルム、急に大きくなってる」
そう。昼に見たときは、確かに箱の中に余裕があった。
なのに今は、丸い笠が四角くなるくらいぎゅうぎゅう詰めになっている。とっても窮屈そう。
呆然と見ていたら、桃マルムが急かすように、手のひらの上でコロコロ揺れた。
「ん? ……もしかして、早く親マルムを出してやってと言ってる?」
すると桃マルム、またぴょこんと立ち上がる。
「あははは、可愛い~」
妖精王からの『お恵み』は、妖精が宿ると色が変わるとジェームズの手紙にあったけど、それをものすごく実感するなあ。
まさかキノコの意向を訊ける日が来ようとは思わなかった。
ふうむ。妖精が宿る、か……。
――いやいや、気を散らしていないで、早く親マルムを救出しなければ。
とりあえず、よいしょと箱を床におろすと、子供のように親マルムと桃マルムをじっと見ていた巨虎が、左右対称に首をかしげた。
おおう。なんて愛らしいんだ虎さんたち!
『こいつを箱から出すのか?』
『ギッチギチに詰まってるし、無理に出すと千切れちまうんじゃねえの』
寒月の言葉を聞いた桃マルムが、ブンブンと左右に揺れた。親マルムが千切れることを恐れているらしい。
「気をつけて少しずつ出すから、箱を抑えていてもらえる?」
『『わかった』』
巨虎の巨大なパン……じゃなくて肉球が箱に添えられたので、あまりの可愛さに吹き出しかけた。
惚れた者の欲目抜きに、でっかい虎が普通の猫みたいに振る舞うと、愛嬌が倍増しでたまらんと思う。
などと考えながらも手は休めず、どうにかこうにか、親マルムを傷つけることなく取り出すことに成功した。
よかった……こんな短時間にこんなに大きくなったのだから、もう少し遅れたら、無傷で取り出すのは無理だったかも。
――桃マルムは、大きなマルムを通じて、ご先祖のユージーンさんに子を授けた。そうジェームズの手紙に書かれていた。
二つのマルムは密接に影響し合っているってことだよね。
だから親マルムの危機を桃マルムが知らせた、と……そこまでは想像できるけど。
「なんでまた、こんなに急に大きくなったんだろう」
『今朝、大量に普通マルムを差し入れたとか?』
「そんなことはしていないよ」
『だったら親マルムが自分の意志で、「ビッグになりてえ」とでも思ったんじゃねえの?』
「そんな夢見る田舎の音楽青年みたいなこと、親マルムが思うかなあ……」
しかし桃マルムのように、親マルムにだって意思はあるのだろう。
マルム自身の意思なのか、宿る妖精の意思なのか、その辺りはわからないけれど。
――いや、そもそもマルムたちは妖精王からの『お恵み』として、集団で行動していた。いくつも『マルムの輪』を作ったり、温泉に大量に浮かんでみたり。
僕に何が必要かを読み取った上で、みんなで行動していた。
僕は双子に視線を向けた。
ちなみにひと悶着とは、虎にまたがるにあたりドレスが邪魔だったので、苦労しながら太腿までたくし上げて、「これでよし!」と出発をお願いしたら、双子から『どこが「これでよし」だ!』『まったくよくない!』と怒られたのだ。
『ただでさえ俺たちがこの姿で走り回ってたら人目を引くのに、お前の露わな太腿まで見せてたまるか!』
「そりゃあ見苦しいものをお見せして申しわけないけども、大丈夫だよう。ほら、太腿までのストッキング履いてるから、生脚は見えないよ。ほらほら、リボンで結んでずり落ちないようにしてるの。完璧」
『かえって完璧にエロいんだっつーの! いいから元に戻せ! 戻さないなら連れて行かん!』
青月も寒月も、どうしてこういうときに限ってお行儀を気にするのだろう。
仕方ないので言われた通り元に戻し、横座りで出発したものの、かなりのスピードなのに馬みたいに鞍があるわけじゃないから、不安定で怖かった。
で、結局、匍匐前進するごとき腹這いで毛を握り、小判ザメのごとく虎の背中に貼りついて移動した。僕からすれば、あの格好を見られるほうが、よっぽど恥ずかしいよ!
しかし桃マルムの目的地がわかった今、そんなしょーもない怒りはどうでもよくなっていた。
『ここなのか?』
『ここって……』
僕らは王城の居住棟の、とある部屋の前で、目をぱちくりさせながら顔を見合わせた。
「ここ……で、いいの? ここ、僕の部屋だけど」
桃マルムが手のひらの上で、扉を指すようにコテンと倒れる。
間違いないようなので、中へ入った。巨大な虎たちものそのそ続く。いつものことながら、彼らが入ると部屋が小さくなったように感じるなあ。
もとは藍剛将軍の部屋だったというこの部屋に、桃マルムが来たがったのはなぜだろう。
夜闇の中、暖炉の炎が小さく揺らめくばかりの部屋。
暖炉の上に並んだ燭台に火を灯して、何か桃マルムにとって意味のあるものがあったろうかと見回……
「あっ」
『『ど、どうしたアーネスト!』』
見回すまでもなかった。
この部屋で桃マルムが気に掛けるものなんて、これに決まっている。
僕は桃マルムと燭台を手に、机に駆け寄った。
机の上を占領する大きな箱の中には、中型犬ほどの大きさに育った『親マルム』が鎮座している。
ただ、このところ成長も小康状態というか、とりたてて変化も無かったので、あれほどマルムに熱中していた白銅くんの興味も薄れてきていた。
かくいう僕も、毎日様子を見るだけだったけど……してあげられることもないし。
しかし今、燭台に照らされた親マルムを見た僕は、「んなっ!?」と驚愕の声を上げてしまった。虎の姿のままの双子も、『『なんだ!? どうした!?』』と驚いて僕を見る。
……驚き顔の虎も可愛いな。
なんて見惚れてる場合ではなくて。
「親マルム、急に大きくなってる」
そう。昼に見たときは、確かに箱の中に余裕があった。
なのに今は、丸い笠が四角くなるくらいぎゅうぎゅう詰めになっている。とっても窮屈そう。
呆然と見ていたら、桃マルムが急かすように、手のひらの上でコロコロ揺れた。
「ん? ……もしかして、早く親マルムを出してやってと言ってる?」
すると桃マルム、またぴょこんと立ち上がる。
「あははは、可愛い~」
妖精王からの『お恵み』は、妖精が宿ると色が変わるとジェームズの手紙にあったけど、それをものすごく実感するなあ。
まさかキノコの意向を訊ける日が来ようとは思わなかった。
ふうむ。妖精が宿る、か……。
――いやいや、気を散らしていないで、早く親マルムを救出しなければ。
とりあえず、よいしょと箱を床におろすと、子供のように親マルムと桃マルムをじっと見ていた巨虎が、左右対称に首をかしげた。
おおう。なんて愛らしいんだ虎さんたち!
『こいつを箱から出すのか?』
『ギッチギチに詰まってるし、無理に出すと千切れちまうんじゃねえの』
寒月の言葉を聞いた桃マルムが、ブンブンと左右に揺れた。親マルムが千切れることを恐れているらしい。
「気をつけて少しずつ出すから、箱を抑えていてもらえる?」
『『わかった』』
巨虎の巨大なパン……じゃなくて肉球が箱に添えられたので、あまりの可愛さに吹き出しかけた。
惚れた者の欲目抜きに、でっかい虎が普通の猫みたいに振る舞うと、愛嬌が倍増しでたまらんと思う。
などと考えながらも手は休めず、どうにかこうにか、親マルムを傷つけることなく取り出すことに成功した。
よかった……こんな短時間にこんなに大きくなったのだから、もう少し遅れたら、無傷で取り出すのは無理だったかも。
――桃マルムは、大きなマルムを通じて、ご先祖のユージーンさんに子を授けた。そうジェームズの手紙に書かれていた。
二つのマルムは密接に影響し合っているってことだよね。
だから親マルムの危機を桃マルムが知らせた、と……そこまでは想像できるけど。
「なんでまた、こんなに急に大きくなったんだろう」
『今朝、大量に普通マルムを差し入れたとか?』
「そんなことはしていないよ」
『だったら親マルムが自分の意志で、「ビッグになりてえ」とでも思ったんじゃねえの?』
「そんな夢見る田舎の音楽青年みたいなこと、親マルムが思うかなあ……」
しかし桃マルムのように、親マルムにだって意思はあるのだろう。
マルム自身の意思なのか、宿る妖精の意思なのか、その辺りはわからないけれど。
――いや、そもそもマルムたちは妖精王からの『お恵み』として、集団で行動していた。いくつも『マルムの輪』を作ったり、温泉に大量に浮かんでみたり。
僕に何が必要かを読み取った上で、みんなで行動していた。
僕は双子に視線を向けた。
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