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第18章 勝敗と乙女ごころ
演奏対決の勝者は
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演奏の審査結果が出るまで、ちょっと時間がかかっていた。
大公夫妻は扇で口元を隠しながら盛んに話し合っているけど、栴木さんはそこに参加することなく、腕組みをして無言のまま。一度判定を告げたら、意見を変える気は無いということだろう。
ところで栴木さん、ずーっとあの姿勢で殆ど動いていないような……。
『岩のよう』と双子たちが例える気持ちが、ちょっとわかった。
待ち時間が長いぶん、薬湯をゆっくり飲めるのは助かる。
さらに白銅くんのあごを指で撫でて、目を細めた可愛い笑顔と、ちっちゃなゴロゴロ音に癒されていると。
向かいの席の琅珠嬢の指が、せわしなくティーカップの縁を撫でているのが目に入った。
余裕の笑みを浮かべているけど、内心は気が気でないのだろうな。
「あなたの勝ちよ、琅珠様。王子妃としての相応しさを競う場ですもの。あんな大衆酒場みたいなノリの演奏じゃ、品位に欠けるわ」
久利緒嬢の言葉に、琅珠嬢は「言いすぎよ」とちらりと僕を見ながら苦笑する。
そこへ繻子那嬢が「そうよ」と続けた。
「『大衆酒場』は侮りすぎだわ。王立劇場の歌劇にだって、ああして観客を乗せて引き込む手法はあるもの」
おや? てっきりお仲間に便乗するのかと思いきや、またも意外な展開。
そう思ったのは僕だけではないらしく、壱香嬢も目を丸くして繻子那嬢を見たし、琅珠嬢の口元がヒクッと歪んだ。
久利緒嬢はさらにわかりやすく、「あら」と不機嫌そうに繻子那嬢へ視線をやり、反論しようとしたようだったが。
僕のほうが先に、「フッフッフ」とにんまり笑って繻子那嬢に話しかけた。
「僕の演奏、歌劇みたいでしたか? 嬉しいな。ありがとうございます」
「はあ? そういう手法があるって言っただけなのに、勝手に前向きに解釈しないでよ!」
「前向き、だいじ!」
『だいじ!』
子猫も同意してくれた。
「ありがとう白銅くん。なんて可愛いんだー!」
『えへへっ』
思わず抱っこしてフカフカの頭をスーハーちゅっちゅしていると、繻子那嬢が「妖精の血筋、変」と顔を引きつらせた。
変ではない。もふもふは愛で吸うべきものなのだから。
そのとき、ようやく侍従さんが何やら発表する態勢に入ったので、皆の視線が彼に集中した。
「えー、大公殿下より、追加の演奏のご要望がございます。恐れ入りますが琅珠嬢とウォルドグレイブ伯爵には、もう一曲ずつ、短めでけっこうですので、演奏をお願いいたします」
短めで、と地味に圧をかけてきた。きっと時間が押していて、進行も大変なんだろう。
皆がざわつく中、侍従さんは「それから」と続けた。
「追加の曲目には、条件がつけられております。『琅珠嬢には、先刻のウォルドグレイブ伯のような曲を。ウォルドグレイブ伯には、琅珠嬢のような曲を』以上でございます」
臣下たちがさらにどよめいた。
琅珠嬢も戸惑いを隠せず、久利緒嬢らと顔を見合わせている。
白銅くんの尻尾が心配そうにゆらゆら揺れた。
『大丈夫ですか? アーネスト様。二度も演奏するなんて……』
「任せて。大丈夫だよー」
琅珠嬢のような曲ということは、そもそも弾く予定だった技巧尽くしの練習曲を弾けば良いんじゃないかな。『短めで』という条件付きなのも助かる。
「今度は僕が先に弾きましょうか」と侍従さんに尋ねると、ぜひにとのことなので、再度ハープシコードと向き合った。
少々指を慣らしたのち、速弾きの部分を切りよく弾いた。短め短め。
立ち上がってお辞儀をすると、皆の笑顔と拍手が気前よく返ってくる。
貴賓席の大公様も「素晴らしい!」と笑顔で立ち上がっていた。
つづいて琅珠嬢もリュートを手にしたが、選曲に迷ったのか長めに間を取り、やがて軽やかな旋律を紡ぎ出した。
有名な古典の歌劇『グローデン女王』から、井戸端会議のシーンの歌曲だ。
先ほど繻子那嬢が「歌劇でも使われる手法」と言ったのが、選曲のヒントになったのだろう。持つべきものは良き助言をくれる仲間だね。
立ち上がった琅珠嬢にもあたたかな拍手が送られ、彼女が円卓の席に戻ると、今度はすぐに「結果が出ました!」と侍従さんが声を張った。
「発表は大公殿下より、お願いいたします」
うなずいた大公様は、にっこり笑ってこちらを向いた。
「お二方とも素晴らしい腕前であったゆえ、技術面では甲乙つけがたく。今回は『より多くの聴衆の心を掴んだ』と思われる奏者を評価することにした。王子妃となる方には、もてなしの気配りが必須だからね。
以上の理由から、こたびの勝者は――ウォルドグレイブ伯爵、おめでとう」
おおお! と驚きの声と歓声が上がる中、立ち上がって挨拶すると、万雷の拍手が沸き起こった。
はあ。勝ててよかった。
貴賓席では双子と王女が、誰より大きな指笛を慣らして拍手しまくり、王様から注意されている。
『やったーやったー! おめでとうございますアーネスト様っ! すごい、すごいですーっ!』
後肢で立ち上がり前肢で僕の手にキュッと抱きついてくる、この子猫の愛らしさときたら。
「ありがとう白銅くん」
冷静さを装いながら、またもフコフコと子猫の頭を吸いまくる僕を許しておくれ。
しかし視線だけを動かした先には、わなわなと震える琅珠嬢。
その両隣の久利緒嬢と壱香嬢も顔をこわばらせ、声をかけることもできずにいる。そして繻子那嬢は……
琅珠嬢をじっと凝視しながら、何とも言えない表情をしていた。
どうしたのだろう。
怒りでも同情でもない……あえて言うなら何かを見つけたとか、何かに気づいたとか……そういう表情?
でも僕がいま気にすべきことは、ほかにある。
そう思い、当主席へと視線を移せば、あんぐりと口をあけ、立ち尽くしているアルデンホフ氏。
僕の視線に気づくと、たちまちぐわっと目を剥いた。
きちんと目が合ったところで、慈しみを込めて微笑んだ。
たったいま彼からの支払いが決まった、愛しい二十億キューズに向けて!
また口の動きだけで『お支払い、ありがとうございます』と伝えると、蒼白だったアルデンホフ氏の顔に、赤黒く血色が戻った。その勢いで、
「ふざけるな! 納得いかん、誰がこんな茶番に二十……!」
わめき出したところへ、寒月と青月が、
「何か不満か? アルデンホフ大臣」
「茶番と聞こえたが……まさか大公夫妻と栴木公の判定を、そう評したのではあるまいな」
問いかけると、「とっ、とんでもないことでございます」とあわてて口をつぐんだが。
やはり黙っていられなかったのか、すぐに肩を怒らせ立ち上がり、今度は弓庭後侯たちから「こんなところで騒ぎ立てるな!」と怒られている。
初対面のときから変わらず直情的な人だ。
その点、令嬢のほうは違うらしい。
無言で僕を見返す瞳の奥に、冷たい炎のような憎悪が燃えていた。
まばたきもせず、表情も動かさず、獲物を狙うカマキリを思わせる目。
強い敵意に気づいた白銅くんが、毛を逆立てて『シャーッ!』と威嚇した途端、琅珠嬢の表情が微笑に変わった。
「いやだわ、どうしたの? 白銅。――おめでとうございます、ウォルドグレイブ伯爵。さすがですわ」
「ありがとうございます、琅珠嬢。あなたの演奏も素晴らしかったです」
健闘を称え合うあいだも。
白銅くんは琅珠嬢に向かって背中を丸め、円卓の上で斜めにぴょんぴょん飛び跳ねて、『やるか!』の姿勢を崩さなかった。
大公夫妻は扇で口元を隠しながら盛んに話し合っているけど、栴木さんはそこに参加することなく、腕組みをして無言のまま。一度判定を告げたら、意見を変える気は無いということだろう。
ところで栴木さん、ずーっとあの姿勢で殆ど動いていないような……。
『岩のよう』と双子たちが例える気持ちが、ちょっとわかった。
待ち時間が長いぶん、薬湯をゆっくり飲めるのは助かる。
さらに白銅くんのあごを指で撫でて、目を細めた可愛い笑顔と、ちっちゃなゴロゴロ音に癒されていると。
向かいの席の琅珠嬢の指が、せわしなくティーカップの縁を撫でているのが目に入った。
余裕の笑みを浮かべているけど、内心は気が気でないのだろうな。
「あなたの勝ちよ、琅珠様。王子妃としての相応しさを競う場ですもの。あんな大衆酒場みたいなノリの演奏じゃ、品位に欠けるわ」
久利緒嬢の言葉に、琅珠嬢は「言いすぎよ」とちらりと僕を見ながら苦笑する。
そこへ繻子那嬢が「そうよ」と続けた。
「『大衆酒場』は侮りすぎだわ。王立劇場の歌劇にだって、ああして観客を乗せて引き込む手法はあるもの」
おや? てっきりお仲間に便乗するのかと思いきや、またも意外な展開。
そう思ったのは僕だけではないらしく、壱香嬢も目を丸くして繻子那嬢を見たし、琅珠嬢の口元がヒクッと歪んだ。
久利緒嬢はさらにわかりやすく、「あら」と不機嫌そうに繻子那嬢へ視線をやり、反論しようとしたようだったが。
僕のほうが先に、「フッフッフ」とにんまり笑って繻子那嬢に話しかけた。
「僕の演奏、歌劇みたいでしたか? 嬉しいな。ありがとうございます」
「はあ? そういう手法があるって言っただけなのに、勝手に前向きに解釈しないでよ!」
「前向き、だいじ!」
『だいじ!』
子猫も同意してくれた。
「ありがとう白銅くん。なんて可愛いんだー!」
『えへへっ』
思わず抱っこしてフカフカの頭をスーハーちゅっちゅしていると、繻子那嬢が「妖精の血筋、変」と顔を引きつらせた。
変ではない。もふもふは愛で吸うべきものなのだから。
そのとき、ようやく侍従さんが何やら発表する態勢に入ったので、皆の視線が彼に集中した。
「えー、大公殿下より、追加の演奏のご要望がございます。恐れ入りますが琅珠嬢とウォルドグレイブ伯爵には、もう一曲ずつ、短めでけっこうですので、演奏をお願いいたします」
短めで、と地味に圧をかけてきた。きっと時間が押していて、進行も大変なんだろう。
皆がざわつく中、侍従さんは「それから」と続けた。
「追加の曲目には、条件がつけられております。『琅珠嬢には、先刻のウォルドグレイブ伯のような曲を。ウォルドグレイブ伯には、琅珠嬢のような曲を』以上でございます」
臣下たちがさらにどよめいた。
琅珠嬢も戸惑いを隠せず、久利緒嬢らと顔を見合わせている。
白銅くんの尻尾が心配そうにゆらゆら揺れた。
『大丈夫ですか? アーネスト様。二度も演奏するなんて……』
「任せて。大丈夫だよー」
琅珠嬢のような曲ということは、そもそも弾く予定だった技巧尽くしの練習曲を弾けば良いんじゃないかな。『短めで』という条件付きなのも助かる。
「今度は僕が先に弾きましょうか」と侍従さんに尋ねると、ぜひにとのことなので、再度ハープシコードと向き合った。
少々指を慣らしたのち、速弾きの部分を切りよく弾いた。短め短め。
立ち上がってお辞儀をすると、皆の笑顔と拍手が気前よく返ってくる。
貴賓席の大公様も「素晴らしい!」と笑顔で立ち上がっていた。
つづいて琅珠嬢もリュートを手にしたが、選曲に迷ったのか長めに間を取り、やがて軽やかな旋律を紡ぎ出した。
有名な古典の歌劇『グローデン女王』から、井戸端会議のシーンの歌曲だ。
先ほど繻子那嬢が「歌劇でも使われる手法」と言ったのが、選曲のヒントになったのだろう。持つべきものは良き助言をくれる仲間だね。
立ち上がった琅珠嬢にもあたたかな拍手が送られ、彼女が円卓の席に戻ると、今度はすぐに「結果が出ました!」と侍従さんが声を張った。
「発表は大公殿下より、お願いいたします」
うなずいた大公様は、にっこり笑ってこちらを向いた。
「お二方とも素晴らしい腕前であったゆえ、技術面では甲乙つけがたく。今回は『より多くの聴衆の心を掴んだ』と思われる奏者を評価することにした。王子妃となる方には、もてなしの気配りが必須だからね。
以上の理由から、こたびの勝者は――ウォルドグレイブ伯爵、おめでとう」
おおお! と驚きの声と歓声が上がる中、立ち上がって挨拶すると、万雷の拍手が沸き起こった。
はあ。勝ててよかった。
貴賓席では双子と王女が、誰より大きな指笛を慣らして拍手しまくり、王様から注意されている。
『やったーやったー! おめでとうございますアーネスト様っ! すごい、すごいですーっ!』
後肢で立ち上がり前肢で僕の手にキュッと抱きついてくる、この子猫の愛らしさときたら。
「ありがとう白銅くん」
冷静さを装いながら、またもフコフコと子猫の頭を吸いまくる僕を許しておくれ。
しかし視線だけを動かした先には、わなわなと震える琅珠嬢。
その両隣の久利緒嬢と壱香嬢も顔をこわばらせ、声をかけることもできずにいる。そして繻子那嬢は……
琅珠嬢をじっと凝視しながら、何とも言えない表情をしていた。
どうしたのだろう。
怒りでも同情でもない……あえて言うなら何かを見つけたとか、何かに気づいたとか……そういう表情?
でも僕がいま気にすべきことは、ほかにある。
そう思い、当主席へと視線を移せば、あんぐりと口をあけ、立ち尽くしているアルデンホフ氏。
僕の視線に気づくと、たちまちぐわっと目を剥いた。
きちんと目が合ったところで、慈しみを込めて微笑んだ。
たったいま彼からの支払いが決まった、愛しい二十億キューズに向けて!
また口の動きだけで『お支払い、ありがとうございます』と伝えると、蒼白だったアルデンホフ氏の顔に、赤黒く血色が戻った。その勢いで、
「ふざけるな! 納得いかん、誰がこんな茶番に二十……!」
わめき出したところへ、寒月と青月が、
「何か不満か? アルデンホフ大臣」
「茶番と聞こえたが……まさか大公夫妻と栴木公の判定を、そう評したのではあるまいな」
問いかけると、「とっ、とんでもないことでございます」とあわてて口をつぐんだが。
やはり黙っていられなかったのか、すぐに肩を怒らせ立ち上がり、今度は弓庭後侯たちから「こんなところで騒ぎ立てるな!」と怒られている。
初対面のときから変わらず直情的な人だ。
その点、令嬢のほうは違うらしい。
無言で僕を見返す瞳の奥に、冷たい炎のような憎悪が燃えていた。
まばたきもせず、表情も動かさず、獲物を狙うカマキリを思わせる目。
強い敵意に気づいた白銅くんが、毛を逆立てて『シャーッ!』と威嚇した途端、琅珠嬢の表情が微笑に変わった。
「いやだわ、どうしたの? 白銅。――おめでとうございます、ウォルドグレイブ伯爵。さすがですわ」
「ありがとうございます、琅珠嬢。あなたの演奏も素晴らしかったです」
健闘を称え合うあいだも。
白銅くんは琅珠嬢に向かって背中を丸め、円卓の上で斜めにぴょんぴょん飛び跳ねて、『やるか!』の姿勢を崩さなかった。
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