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第17章 競い合い
盛り上がっている大広間
しおりを挟む大広間はすでに、細君同伴の臣下たちが席を埋め尽くしていた。
会場に招待されていない者たちは、せめて廊下からでも中の様子を見たいと集まってきたが、警護兵たちに追い立てられ文句を響かせている。
常緑樹の枝とナナカマドの赤い実、真っ白なテーブルクロス、昼間のように惜しげなく灯されたいくつもの燭台。
何の祭りかと呆れるほど華やかに演出された舞台を、皆が頬を紅潮させて待ちかまえていた。
王族と、そしてセンシン公国の大公夫妻が会場入りすると、皆が立ち上がってお辞儀をした。しかし王は鷹揚に、
「始まるまでくつろいでていいよ~」
と言って大公夫妻との会話を再開したので、臣下たちも今か今かと期待を膨らませながら、競い合いの行方について話を再開させた。
「判定人って、イストバのおっさんとレイニアのことだったのかよ。夫婦で遊びに来るなんて知ってたか?」
貴賓席にドカッと荒々しく腰を下ろした寒月が、遠慮なく舌打ちしている。
青月も隣に着席して、「いや」と首を横に振った。
自然と二人の視線が向かう先は、父王と歓談するシンセン公国の大公夫妻だ。
イストバ大公とレイニア妃は本来、醍牙の別の州を視察で訪れる予定だった。
しかし父王が急遽、「内緒で王都にも来てくれなあい?」と打診し、その理由を知った二人は、「そんな楽しそうなお招きなら、喜んで!」と快く引き受けたという次第。
双子が幼い頃から可愛がってくれていた夫妻ゆえ、虎獣人の王子たちに対しても遠慮なく、目が合うや愉快そうに歩み寄ってきた。
「寒月くん! 青月くん! いやー、いよいよだね! モテ過ぎてちっとも落ち着かないきみたちを初めて本気にさせたという、噂の『妖精の血筋の伯爵』に、ようやく会えるなんて嬉しいなあ!
盈くんは伯爵に挨拶すらさせてくれなかったんだから。初対面がドレス姿なんて、伯爵のほうも気まずいだろうにね」
父盈月を盈くんなんて呼ぶほど、彼らは近しい。
若かりし頃は細身の長身だったイストバ大公も、すっかり恰幅が良くなったが、人のよさそうな笑顔は変わらない。
夫に付き合ってふっくらとした妻のレイニア妃もコロコロと笑いながら、「あら」と夫に反論した。
「あなたは『いくら美しくても男にドレスは似合わない』と言い切ってらっしゃるけど、この二人を虜にしたほどの麗人なら、きっとドレス姿も絵になるはずよ。かえってあなたのほうが仰天して、気まずい思いをするのではなくて?」
「そんな驚きに満ちた気まずさなら、ぜひ味わってみたいよ」
二人の会話を聞いていた父王は、得意満面で双子に言った。
「イーバくんがアーちゃんに見惚れるか否かで賭けてるんだ~。ぼくが勝つに決まってるから、賭け金は頑張ったアーちゃんのお小遣いにしてあげるつもり」
「いやいや。ぼくは妻以外に見惚れたことは無いんだ。今回ばかりは盈くんの負けだね、おあいにく様!」
レイニア妃は「嘘ばっかり」と笑って、「けれど」と改めて双子を見た。
「愛するあなた達の味方をしたいのはやまやまだけど、今回は『公平に』との陛下のご要望だから、公正な第三者として判定させていただくわよ?
先方のご令嬢たちに好印象は持てないけれど、盲目的に育てられてしまった彼女たちを、不憫に思う部分もあるし」
「別に贔屓なんざいらねえよ。アーネスト以上の存在なんて、この世にいやしねえんだから」
寒月が耳の穴に指を突っ込みながら言うと、父王が「こらあ! 行儀よくしなさーい!」と注意したものの、夫妻は「すごい自信だ」とかえって喜び、「青月くんもそう思うかい?」と問うてきた。
訊かれるまでもない。
「当然です。そうでなければ、こいつもアーネストの夫だなんて、断じて認めない」
「それは俺の台詞だ!」
ガルルと寒月が唸ったので、それが耳に入った臣下たちがビクッと怯えた顔でこちらを見たが、大公夫妻は「お熱いわねえ」と笑い合っている。
青月はふと、そういえば寒月と喧嘩をすることが減ったなと気がついた。
アーネストと一緒に過ごすようになったからだ。
喧嘩をするとアーネストが止めに入るし、二人がかりで気を遣わねば心配でたまらない相手だから、いつのまにか協力態勢をとるようになっていた。
自分たちにそこまでさせる相手はかつていなかった。
この先も現れないだろう。
まさに唯一無二の存在なのだ。
「……なあ。あいつ大丈夫かな。ドレス着せられて疲れて倒れてねえだろうな」
愛しい人に想いを馳せていたのは寒月も同じらしく、心配そうに眉根を寄せている。
正直、青月もそこが大いに気がかりなのだが、そのとき、進行役の侍従が進み出てきた。
「陛下。皆様、準備が整われたとのことでございます」
「わーい! そんじゃ――みんなちゅうもーく! 今宵はセンシン公国ご夫妻の歓迎舞踏会にようこそー!」
皆がおおお! と拍手で応え、父王は「さらにー知ってると思うけどー」と続けた。
「今夜は特別に、弓庭後家、蟹清家、守道家、山母里家――というかアルデンホフ家のご令嬢方が、得意の分野でウォルドグレイブ伯爵と競い合っちゃうよ!
判定は大公夫妻と、えーと……あ、来た来た、おそーい! 栴木! この三人ね!」
皆の拍手の中、相変わらずムッツリとした大岩のような栴木が遅れて到着し、そのうしろから浬祥と歓宜もついてきた。
二人は手に焼き菓子を持っている。また厨房から分けてもらってきたらしい。
「競い合いの進行としてはー、五人に登場してもらったら、まずは刺繍作品を三人に見てもらうよ。不正の無いよう、あらかじめ刹淵立ち会いのもと仕上げてもらったからね!
それから楽器演奏で対決! 美肌とドレスの着こなしの項目は、全体を通して観察してもらおう!
そして最後にダンス! ここですべての判定を終えます! その後はみんなも加わって、大円舞で楽しもうね!
どちらが勝っても負けても、あたたかなご声援をよろしくねーっ!」
今度は口笛と卓を叩きながらの大歓声が湧き起こった。
待ちきれないといった様子の面々に手を振りながら、父王が侍従に進行役を譲って席に着くと、侍従の声が響き渡った。
「それでは、ご入場いただきます!」
大広間の巨大な扉が、ゆっくりとひらいた。
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