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第13章 温泉と薬草園
執事の謎の行動
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今日も爽やかな青空が広がる、ダースティンの朝。
清澄な朝日が、周囲の山々や森や畑をつややかに照らし、新鮮な空気を深く吸い込めば、躰の内まで浄化してくれそうだ。
草花の芳香を含んだそよ風は小鳥の歌を運ぶ。
ダースティンの朝には、前日までどんな憂いを抱えていようとも吹き払って、
「きっと良い方向に進む。今日も頑張ろう!」
そんなふうに思えてしまう、不思議な力があった。
その奇跡のように豊かで、美しいダースティン。
この地を代々守ってきたウォルドグレイブ家当主の――『妖精の血筋』の最後のひとりは、遠い異国に連れて行かれてしまったけれど。
ウォルドグレイブ邸には今も使用人たちが残り、主にどこまでも忠実な老執事の指示のもと、いつかまた主人は戻ってくると信じて、彼が去ったときそのままに屋敷を管理している。
そんなウォルドグレイブ邸の庭の木々には今朝も、色とりどりの小鳥たちが集まり、軽やかなさえずりを披露していたが……。
「よおぉっしゃああぁぁぁ!」
開け放たれた窓から響き渡った雄叫びに、全羽が一斉に飛び立った。
夜明けと共に庭の手入れを始めていた庭師とその弟子が、仕事の手を休めて二階の窓を見上げる。
「ジェームズさん、今日も朝から元気だねえ」
「昼でも晩でもあの調子ですけどねえ」
「きっとまた、アーネスト様のことで、何か良いことがあったんだべよ」
そうでありますようにと微笑んで、そろそろ朝食をとることにした。
⁂ ⁂ ⁂
「これとこれと、その書類。それとこちらも。至急アーネスト様にお届けするよう伝えておくれ。重いから運んでもらうといい」
「はい。また藍剛将軍の部下の方たちにお願いするんですね?」
「ああ、そうだ」
うなずくジェームズに、小間使いが「ふふっ」と思い出し笑いをした。
「ダースティンが将軍の預かりになって、本当に良かったですねえ。駐留している部下の皆さんも、進んで畑仕事を手伝ってくれていますし」
「ほかにやることが無いのだろう。屋敷の離れを詰所にしているのだから、そのくらいは働いてもらわねばな」
「でもほら、醍牙の王女様も、『姉妹地』認定してくださって! おかげでこの地はますます安泰だと、部下の皆さんが教えてくださいましたよ」
ジェームズが、フン! と鼻息荒く胸を張った。
「それはアーネスト様のご功績だ! アーネスト様の卓越した美的センスと先見の明と知性と美貌と慈愛と金儲けの手腕に感服した王女が、アーネスト様と商売の契約を結んだゆえなのだからな!
その商売にはダースティン産の羊毛や薬草やさまざまな物が必要だ。だからダースティンのことも守らざるを得ない。そこまで計算したアーネスト様の、天才的戦略と商才と純粋さと美貌と金儲けの手腕が、ご不在中の今でも、このダースティンを守ってくださっているのだ!」
金儲けの手腕を二度言ったなと小間使いは思ったが、彼女もまた、あの信じ難いほど美しくて、しょっちゅう倒れていたのにしっかり領民を守ってくれた主人を、今も恋しく思っているので、うんうんと素直に首肯した。
「そういえばジェームズさん。さっきまた何か叫んでましたね?」
「ああ、そうなのだ!」
ぱあっと老執事の顔に明るい笑みが浮かぶ。
「アーネスト様から承っていた取引に関する、良い知らせが届いていたのだ。そうだ、このことも早速お知らせせねばな! 異国で大変なご苦労をされているのだから、わずかでもお心を軽くしてさしあげねば」
小間使いは母から、若かりし頃のジェームズは、宮廷の貴族たちからの色目が絶えないほど男前だったのだと、聞いたことがある。
しかし残念ながら若い頃からこの性格だったので、すべての秋波を無視して蹴散らし、それでも寄ってくる者はクソ団子を見る目で蔑んだ。だが、それがかえって「あの目がたまらない」と崇拝者を増やしたとかで、
「お貴族様のご趣味は、庶民にはわからん」
ダースティンの者たちは首をひねったという。
信憑性があるような無いような話だが、彼は年経た今もしゃんと背筋を伸ばした長身で、刻まれた皺が渋い男前だ。
ただ、主以外は眼中に無いこの性格にあえて挑戦しようという女性は、ダースティンには未だかつて現れていないけれども。
「では、配送の手配をお願いしてきますね」
すごい勢いで追加の手紙を書いているジェームズに声をかけ、小間使いは執事の部屋を辞そうとした。が、「ああ、それから」と声が追ってくる。
「私はまた留守にするからね」
「あら、また『出張』ですか?」
「そうだ」
顔も上げずに答える執事に、「お忙しそうですねえ」とちょっと驚く。
主人がいた頃は、ジェームズは休暇すら一日も取らず、常に主人のそばにいて、外泊も主人のお供をするときのみだった。
主人を醍牙に奪われて以降もしばらくは、いつどんな連絡が来るかわからないと案じて、日課の散歩すらせず引きこもっていた。
あの頃は、主人が処刑されるのではとダースティン中が葬式ムードだったので、小間使いにも老執事の気持ちはよくわかったが。
その後主人が醍牙の双子王子に溺愛され、とりあえず安泰そうであると確認すると一転、しょっちゅう『出張』するようになった。
出先でも主人から便りが来ていないか気になるようで、長くとも十日ほどで戻ってくるのだが……またすぐ出かけてしまう。
まさか、とうとう足しげく通いたい相手ができたか!?
などと使用人仲間で盛り上がったが、直後に「そんなわけない」とみんな苦笑した。天地が引っ繰り返ろうと、ジェームズは主人にしか目が行かない。
ならば、
「もしかして、醍牙に密入国してアーネスト様を覗きに行っているのでは」
それしかない! と誰もが思った。
しかし土産や往復の日数を見れば、行き先は都や、せいぜい近場の外国の様子。
なんにせよ、膝や腰の痛みや頻尿を押してでも出かけていくのは、主のためとしか考えられない。
「わかりました。気をつけてお出かけくださいね」
そう言って今度こそ部屋を出た小間使いは、
「……ああ……気をつけるとも。何ひとつ見落とさぬように」
老執事が顔を上げ、酷薄な笑みを浮かべたことには気づかなかった。
清澄な朝日が、周囲の山々や森や畑をつややかに照らし、新鮮な空気を深く吸い込めば、躰の内まで浄化してくれそうだ。
草花の芳香を含んだそよ風は小鳥の歌を運ぶ。
ダースティンの朝には、前日までどんな憂いを抱えていようとも吹き払って、
「きっと良い方向に進む。今日も頑張ろう!」
そんなふうに思えてしまう、不思議な力があった。
その奇跡のように豊かで、美しいダースティン。
この地を代々守ってきたウォルドグレイブ家当主の――『妖精の血筋』の最後のひとりは、遠い異国に連れて行かれてしまったけれど。
ウォルドグレイブ邸には今も使用人たちが残り、主にどこまでも忠実な老執事の指示のもと、いつかまた主人は戻ってくると信じて、彼が去ったときそのままに屋敷を管理している。
そんなウォルドグレイブ邸の庭の木々には今朝も、色とりどりの小鳥たちが集まり、軽やかなさえずりを披露していたが……。
「よおぉっしゃああぁぁぁ!」
開け放たれた窓から響き渡った雄叫びに、全羽が一斉に飛び立った。
夜明けと共に庭の手入れを始めていた庭師とその弟子が、仕事の手を休めて二階の窓を見上げる。
「ジェームズさん、今日も朝から元気だねえ」
「昼でも晩でもあの調子ですけどねえ」
「きっとまた、アーネスト様のことで、何か良いことがあったんだべよ」
そうでありますようにと微笑んで、そろそろ朝食をとることにした。
⁂ ⁂ ⁂
「これとこれと、その書類。それとこちらも。至急アーネスト様にお届けするよう伝えておくれ。重いから運んでもらうといい」
「はい。また藍剛将軍の部下の方たちにお願いするんですね?」
「ああ、そうだ」
うなずくジェームズに、小間使いが「ふふっ」と思い出し笑いをした。
「ダースティンが将軍の預かりになって、本当に良かったですねえ。駐留している部下の皆さんも、進んで畑仕事を手伝ってくれていますし」
「ほかにやることが無いのだろう。屋敷の離れを詰所にしているのだから、そのくらいは働いてもらわねばな」
「でもほら、醍牙の王女様も、『姉妹地』認定してくださって! おかげでこの地はますます安泰だと、部下の皆さんが教えてくださいましたよ」
ジェームズが、フン! と鼻息荒く胸を張った。
「それはアーネスト様のご功績だ! アーネスト様の卓越した美的センスと先見の明と知性と美貌と慈愛と金儲けの手腕に感服した王女が、アーネスト様と商売の契約を結んだゆえなのだからな!
その商売にはダースティン産の羊毛や薬草やさまざまな物が必要だ。だからダースティンのことも守らざるを得ない。そこまで計算したアーネスト様の、天才的戦略と商才と純粋さと美貌と金儲けの手腕が、ご不在中の今でも、このダースティンを守ってくださっているのだ!」
金儲けの手腕を二度言ったなと小間使いは思ったが、彼女もまた、あの信じ難いほど美しくて、しょっちゅう倒れていたのにしっかり領民を守ってくれた主人を、今も恋しく思っているので、うんうんと素直に首肯した。
「そういえばジェームズさん。さっきまた何か叫んでましたね?」
「ああ、そうなのだ!」
ぱあっと老執事の顔に明るい笑みが浮かぶ。
「アーネスト様から承っていた取引に関する、良い知らせが届いていたのだ。そうだ、このことも早速お知らせせねばな! 異国で大変なご苦労をされているのだから、わずかでもお心を軽くしてさしあげねば」
小間使いは母から、若かりし頃のジェームズは、宮廷の貴族たちからの色目が絶えないほど男前だったのだと、聞いたことがある。
しかし残念ながら若い頃からこの性格だったので、すべての秋波を無視して蹴散らし、それでも寄ってくる者はクソ団子を見る目で蔑んだ。だが、それがかえって「あの目がたまらない」と崇拝者を増やしたとかで、
「お貴族様のご趣味は、庶民にはわからん」
ダースティンの者たちは首をひねったという。
信憑性があるような無いような話だが、彼は年経た今もしゃんと背筋を伸ばした長身で、刻まれた皺が渋い男前だ。
ただ、主以外は眼中に無いこの性格にあえて挑戦しようという女性は、ダースティンには未だかつて現れていないけれども。
「では、配送の手配をお願いしてきますね」
すごい勢いで追加の手紙を書いているジェームズに声をかけ、小間使いは執事の部屋を辞そうとした。が、「ああ、それから」と声が追ってくる。
「私はまた留守にするからね」
「あら、また『出張』ですか?」
「そうだ」
顔も上げずに答える執事に、「お忙しそうですねえ」とちょっと驚く。
主人がいた頃は、ジェームズは休暇すら一日も取らず、常に主人のそばにいて、外泊も主人のお供をするときのみだった。
主人を醍牙に奪われて以降もしばらくは、いつどんな連絡が来るかわからないと案じて、日課の散歩すらせず引きこもっていた。
あの頃は、主人が処刑されるのではとダースティン中が葬式ムードだったので、小間使いにも老執事の気持ちはよくわかったが。
その後主人が醍牙の双子王子に溺愛され、とりあえず安泰そうであると確認すると一転、しょっちゅう『出張』するようになった。
出先でも主人から便りが来ていないか気になるようで、長くとも十日ほどで戻ってくるのだが……またすぐ出かけてしまう。
まさか、とうとう足しげく通いたい相手ができたか!?
などと使用人仲間で盛り上がったが、直後に「そんなわけない」とみんな苦笑した。天地が引っ繰り返ろうと、ジェームズは主人にしか目が行かない。
ならば、
「もしかして、醍牙に密入国してアーネスト様を覗きに行っているのでは」
それしかない! と誰もが思った。
しかし土産や往復の日数を見れば、行き先は都や、せいぜい近場の外国の様子。
なんにせよ、膝や腰の痛みや頻尿を押してでも出かけていくのは、主のためとしか考えられない。
「わかりました。気をつけてお出かけくださいね」
そう言って今度こそ部屋を出た小間使いは、
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