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第12章 マルム茸とは
愛のマルム
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暖炉に薪をくべ、震える手で便箋を持ち直して、ひと言ひと言を拝むようにして読んだ。
『「妖精の書」に記されたさまざまな「お恵み」を見ていくと、おひとりだけ、アーネスト様と同じマルム茸を授かったご当主様がいらっしゃいました。アーネスト様の十五代前、ユージーン様というご先祖様です。
ユージーン様には、ほかの方々にない、特別な奇跡としか言いようのないことが起こりました。アーネスト様のお恵みがマルム茸であることを、「大変な幸運」と考える根拠は、そこにあります』
ユージーン。
確かにその名は家系図で見たおぼえがある。
『ユージーン様の特別な奇跡についてお話しする前に。
アーネスト様に「妖精の書」の繊細な部分をお伝えするにあたり、お祖父様から、「成人後、ある条件がそろったときのみ」お見せすると承ったことは、お話しいたしましたね』
うん。教わった。
グシッと鼻をすすり、手紙に向かってうなずく。
『ダースティンにいらした頃は、アーネスト様にその条件はそろいそうもないと思い込んでおりました。決して侮ったり、諦めたりという理由ではありませぬよ。無理強いや努力で、どうこうなるという条件ではなかったからです。その条件というのは――
ひとつ。アーネスト様に、心から愛する相手が現れること。
二つ。その相手も、心からアーネスト様を愛していること』
……そんな条件が。
ならばジェームズが「そろわない」と思うのも無理はない。
あのままダースティンに居れば、僕は今でも恋愛経験ゼロのままだったろう。
かといって、もしもジェームズが焦って見合いでも強いてこようものなら、そのストレスから倒れて寝込んでいたに違いない。
ウォルドグレイブの血が僕の代で絶えるとしても、僕の気持ちを優先してくれた忠実な執事には、心の底から感謝しかない。
『お恵みの不思議な力が、代々のご当主様たちの愛の営みすら助けてきたと、「妖精の書」には記されています。とはいえ、お祖父様はアーネスト様に、義務で血筋を遺す必要は無い、心から愛する相手と出会えたときのみ、先祖の知識を役立てればよいとお考えでした』
お祖父様……。
本当にありがとうございます。
いつかダースティンに里帰りできたら、墓前にリンゴを供えます。
『このように、妖精王からのお恵みは、さまざまなかたちでウォルドグレイブの皆様を支えてきたわけですが。
アーネスト様。マルム茸が合体して大きくなったというご報告をいただいたとき、わたくしは感動のあまり涙しました。屋敷の者が怯えて様子を見に来るほど、大号泣いたしました。
やはりマルム茸は特別です。ユージーン様と同じく特別な奇跡をアーネスト様に贈るはずです。ですからどうかそのマルムを、たいせつにたいせにつ保管してください。信頼できる者以外にはその存在を知られぬように、時期が来るまで守ってあげてください。
そのマルムこそが、他の皆様のお恵みには無かった、奇跡の鍵なのですから』
僕は机の上の親マルムに目をやった。
そんな重要な存在とは露知らず、わりとぞんざいに扱っていた……。
白銅くんが注意してくれなければ、普通マルムはどんどん売っぱらっていたかも。そしたらここまで大きく合体することもなかったな。
白銅くんには、目いっぱいお礼をしなければ。
『これから先も、マルム茸を見つけた際には大きなマルムのそばに置いて、好きなだけ合体できるようにしてあげてください』
ふむ。本人、いや本マルムが満足するまで好きなだけ。
満足したかどうか、どうやってわかるのかな。合体しなくなるのかな。
『満足したらどうなるのかは、見てのお楽しみに。
ではもう一度、お恵みの変化・異変のお話に戻りますね。変化はマルム茸に限らず、どのお恵みにも起こります。ローズマリー様の場合は、いつも真っ白な花が咲いておりましたのに、可憐な薄桃色の花が咲くようになりました。
薄桃色の花が最初に出現したのは、ローズマリー様のお輿入れが決まったときです。次は妊娠が判明したときで、ご出産を終えるまで咲き続けました。変化したお恵みの花は特に薬効が高く、おかげでローズマリー様はどうにか、閨房のおつとめや、妊娠、出産を乗り越えることができました。
つまり変化・異変のお恵みは、皆様の人生の転機や、特に強いご加護が必要なときに現れるのです』
閨房のおつとめ。
つまり夫婦の営み。
そう考えたと同時に、普段の僕からは考えられない瞬発力で立ち上がり、寝台に突進していた。
――桃マルム!
変化はすでに起きていた。
いきなり桃色になっていたあのマルム。
白銅くんが寝台の掛布に隠していた、確かこの辺に……。
「あったぁ……!」
子猫がフミフミと掛布を手繰り寄せた窪みの中に、ちょこんと桃マルムが収まっている。
『ユージーン様の記録によれば、マルム茸も、桃色に変化したことがあったそうです。そしてユージーン様はその桃色のマルム茸を、「愛のマルム」と名付けていらっしゃいました』
『「妖精の書」に記されたさまざまな「お恵み」を見ていくと、おひとりだけ、アーネスト様と同じマルム茸を授かったご当主様がいらっしゃいました。アーネスト様の十五代前、ユージーン様というご先祖様です。
ユージーン様には、ほかの方々にない、特別な奇跡としか言いようのないことが起こりました。アーネスト様のお恵みがマルム茸であることを、「大変な幸運」と考える根拠は、そこにあります』
ユージーン。
確かにその名は家系図で見たおぼえがある。
『ユージーン様の特別な奇跡についてお話しする前に。
アーネスト様に「妖精の書」の繊細な部分をお伝えするにあたり、お祖父様から、「成人後、ある条件がそろったときのみ」お見せすると承ったことは、お話しいたしましたね』
うん。教わった。
グシッと鼻をすすり、手紙に向かってうなずく。
『ダースティンにいらした頃は、アーネスト様にその条件はそろいそうもないと思い込んでおりました。決して侮ったり、諦めたりという理由ではありませぬよ。無理強いや努力で、どうこうなるという条件ではなかったからです。その条件というのは――
ひとつ。アーネスト様に、心から愛する相手が現れること。
二つ。その相手も、心からアーネスト様を愛していること』
……そんな条件が。
ならばジェームズが「そろわない」と思うのも無理はない。
あのままダースティンに居れば、僕は今でも恋愛経験ゼロのままだったろう。
かといって、もしもジェームズが焦って見合いでも強いてこようものなら、そのストレスから倒れて寝込んでいたに違いない。
ウォルドグレイブの血が僕の代で絶えるとしても、僕の気持ちを優先してくれた忠実な執事には、心の底から感謝しかない。
『お恵みの不思議な力が、代々のご当主様たちの愛の営みすら助けてきたと、「妖精の書」には記されています。とはいえ、お祖父様はアーネスト様に、義務で血筋を遺す必要は無い、心から愛する相手と出会えたときのみ、先祖の知識を役立てればよいとお考えでした』
お祖父様……。
本当にありがとうございます。
いつかダースティンに里帰りできたら、墓前にリンゴを供えます。
『このように、妖精王からのお恵みは、さまざまなかたちでウォルドグレイブの皆様を支えてきたわけですが。
アーネスト様。マルム茸が合体して大きくなったというご報告をいただいたとき、わたくしは感動のあまり涙しました。屋敷の者が怯えて様子を見に来るほど、大号泣いたしました。
やはりマルム茸は特別です。ユージーン様と同じく特別な奇跡をアーネスト様に贈るはずです。ですからどうかそのマルムを、たいせつにたいせにつ保管してください。信頼できる者以外にはその存在を知られぬように、時期が来るまで守ってあげてください。
そのマルムこそが、他の皆様のお恵みには無かった、奇跡の鍵なのですから』
僕は机の上の親マルムに目をやった。
そんな重要な存在とは露知らず、わりとぞんざいに扱っていた……。
白銅くんが注意してくれなければ、普通マルムはどんどん売っぱらっていたかも。そしたらここまで大きく合体することもなかったな。
白銅くんには、目いっぱいお礼をしなければ。
『これから先も、マルム茸を見つけた際には大きなマルムのそばに置いて、好きなだけ合体できるようにしてあげてください』
ふむ。本人、いや本マルムが満足するまで好きなだけ。
満足したかどうか、どうやってわかるのかな。合体しなくなるのかな。
『満足したらどうなるのかは、見てのお楽しみに。
ではもう一度、お恵みの変化・異変のお話に戻りますね。変化はマルム茸に限らず、どのお恵みにも起こります。ローズマリー様の場合は、いつも真っ白な花が咲いておりましたのに、可憐な薄桃色の花が咲くようになりました。
薄桃色の花が最初に出現したのは、ローズマリー様のお輿入れが決まったときです。次は妊娠が判明したときで、ご出産を終えるまで咲き続けました。変化したお恵みの花は特に薬効が高く、おかげでローズマリー様はどうにか、閨房のおつとめや、妊娠、出産を乗り越えることができました。
つまり変化・異変のお恵みは、皆様の人生の転機や、特に強いご加護が必要なときに現れるのです』
閨房のおつとめ。
つまり夫婦の営み。
そう考えたと同時に、普段の僕からは考えられない瞬発力で立ち上がり、寝台に突進していた。
――桃マルム!
変化はすでに起きていた。
いきなり桃色になっていたあのマルム。
白銅くんが寝台の掛布に隠していた、確かこの辺に……。
「あったぁ……!」
子猫がフミフミと掛布を手繰り寄せた窪みの中に、ちょこんと桃マルムが収まっている。
『ユージーン様の記録によれば、マルム茸も、桃色に変化したことがあったそうです。そしてユージーン様はその桃色のマルム茸を、「愛のマルム」と名付けていらっしゃいました』
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