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第12章 マルム茸とは
fromジェームズ
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王様が「トナカイ超高速便で取り寄せた」と言い置いていったその日の夕刻。
刹淵さんがわざわざ僕の部屋にそれを届けてくれた。
王様の言葉通り、確かにぶ厚い封筒。
刹淵さんは片手で軽々持っていたけれど、僕は両手で受け取ったにも関わらず、ズシッとした重さにバランスを崩して、危うく落としそうになった。
「あの、白銅くんは……?」
「爪切りしたあと、家に送りとどけましたよ」
微笑む侍従長さんにお礼を言って、うしろ姿を見送り、静かに扉を閉めるや、僕は机に向かって突進した。
机の上はマルム入りの箱に占領されているけれど、封筒を置くスペースくらいはある。
隅に追いやられていた燭台を引き寄せて火を灯し、椅子に腰を下ろすと、ドキドキしながら改めて宛名の文字を見た。
懐かしい、流れるようなジェームズの筆跡。
前回くれた手紙にマルム茸のことが書かれていたが、濡れてボロボロになって殆ど読めなかったので、もう一度教えてほしいと手紙を出していた。その返事だよね、きっと。
マルムの新たな情報があれば、白銅くんにも教えてあげなければ。
わくわくしながら開封すると、びっしり文字が書かれた便箋が、封筒の容量の限界まで詰め込まれていた。凶器になりそうな重量感。
いつものように僕を案ずる言葉から始まった手紙には、自分と領民たちの無事、ダースティン産の薬草や羊毛の出荷手配状況、醍牙での商売に関して依頼した業務の進捗状況、課題や収支などなどが、何十枚にもわたって書かれており。
目が疲れてきたところで、ようやくマルム茸の話題に移った。
いや。その前に、『アーネスト様への手紙を駄目にするほど雪が降るなんて、なんて国でしょう』と文句をつけることも忘れていなかったので、くすくす笑いながら読み進めると。
『まず、当然のことながら。ウォルドグレイブの皆様は、妖精の血筋です。あなた様は妖精王の子孫なのです。
アーネスト様は特にそのご自覚が薄く、わたくしがことあるごとに「妖精王のご加護です」と申し上げても、「そうだったらいいねえ」とのんびり聞き流していらっしゃいました。そんな鷹揚で謙虚なところも、アーネスト様の数多ある美点のひとつではありますが』
うん。確かに『妖精王のご加護』はよく聞かされた台詞だ。
そしてよく聞き流した台詞だ。
ごめん。
『しかしアーネスト様。ダースティンの大地があれほど豊かに作物をはぐくむのも、美しい水と大気が満ちているのも。信じられないほど良質な森の果実も、薬草も、羊毛も。それらはすべて、妖精王からの賜物です。
妖精王の子孫を、妖精たちが守らぬはずがありましょうか。妖精たちはそこかしこに宿って、ウォルドグレイブの皆様やご領地を守り続けてきたのです』
僕は懐かしいダースティンの、美しい景色を脳裏に想い描いた。
本当に、実り豊かな大地だった。
記録的な天候不良で不作の年もあったけれど、そんなときでも奇跡的に安値で領民全員に行き渡るだけの食料を、確保する幸運に恵まれていた。
そうか……そうだね。
ジェームズの言う通りだ。
きっと妖精が守ってくれていたんだよね。
ダースティンを出た今だからこそ、素直にそう思えるよ。
心から感謝します。
僕がもう戻ることがなくても、どうかこれからも、妖精たちがダースティンのみんなを守り続けてくれますように……。
『アーネスト様。いま、『どうかこれからも、ダースティンのみんなを守ってください』と願われたでしょう』
なんでわかった!?
『そのくらい、このジェームズはお見通しでございますよ』
……まさかジェームズ。
この手紙、直接持ってきたんじゃなかろうな。
僕はきょろきょろ室内を見回した。
――いない。当たり前か。
『妖精の執念を侮ってはなりませぬ。アーネスト様が領地を出たくらいで、諦める妖精たちではありませんよ。どこまでだって守護の手を緩めませんとも。ローズマリー様のときもそうでありました』
え。母の? 守護の手? 何のこと?
『ローズマリー様が育てていらした、真っ白なお花をおぼえていらっしゃいますか? 大輪の芍薬に似た花です。どこへ住まいを移そうと、ローズマリー様がお世話するお庭に咲き誇っておりました。
わたくしはローズマリー様のお庭以外で、あの花を見たことがありません』
ちょうど最近みた夢に出てきた、あの花だな。
遠い日、母と手をつないで一緒に見ていた。
あの夢の中で母は、『妖精が宿ると花の色が変わる』と言って――
……色が変わる?
いや、今はまず続きを読もう。
『あの花は薬湯にすると、健康な血をつくり、貧血を補い、ローズマリー様のお肌とお髪と瞳を、よりいっそう美しく輝かせました。見た目も艶やかで、ローズマリー様はよく、「このお花を見ていると、心まで癒されるの。このお花があって本当によかった」と仰っていました。
ちなみにアーネスト様のお祖父様のときは、庭のリンゴの木が、蜜と滋養たっぷりのリンゴを毎年大量に実らせていました。お祖父様はリンゴが大好きだったのです』
うん。
お祖父様がリンゴをお好きだったという話は、ジェームズから教わり知っているけど……つまり何の話?
『妖精王は守護の印として、ウォルドグレイブの皆様おひとりおひとりに、その方に最も必要であろう「お恵み」を授けてきたのだと、わたくしは考えております。
アーネスト様に授けられたお恵みは……もうおわかりですね?
これまた何度申し上げても「たまたまだよ~」で済ませておられましたが、改めて申し上げます。
アーネスト様。マルム茸は、一生お目にかかることが無いのが普通なのです。そのくらい稀少なキノコなのです。行く先々でマルム茸がポコポコ顔を出すなんて、そんなお方は、この世でただおひとりだけですよ』
刹淵さんがわざわざ僕の部屋にそれを届けてくれた。
王様の言葉通り、確かにぶ厚い封筒。
刹淵さんは片手で軽々持っていたけれど、僕は両手で受け取ったにも関わらず、ズシッとした重さにバランスを崩して、危うく落としそうになった。
「あの、白銅くんは……?」
「爪切りしたあと、家に送りとどけましたよ」
微笑む侍従長さんにお礼を言って、うしろ姿を見送り、静かに扉を閉めるや、僕は机に向かって突進した。
机の上はマルム入りの箱に占領されているけれど、封筒を置くスペースくらいはある。
隅に追いやられていた燭台を引き寄せて火を灯し、椅子に腰を下ろすと、ドキドキしながら改めて宛名の文字を見た。
懐かしい、流れるようなジェームズの筆跡。
前回くれた手紙にマルム茸のことが書かれていたが、濡れてボロボロになって殆ど読めなかったので、もう一度教えてほしいと手紙を出していた。その返事だよね、きっと。
マルムの新たな情報があれば、白銅くんにも教えてあげなければ。
わくわくしながら開封すると、びっしり文字が書かれた便箋が、封筒の容量の限界まで詰め込まれていた。凶器になりそうな重量感。
いつものように僕を案ずる言葉から始まった手紙には、自分と領民たちの無事、ダースティン産の薬草や羊毛の出荷手配状況、醍牙での商売に関して依頼した業務の進捗状況、課題や収支などなどが、何十枚にもわたって書かれており。
目が疲れてきたところで、ようやくマルム茸の話題に移った。
いや。その前に、『アーネスト様への手紙を駄目にするほど雪が降るなんて、なんて国でしょう』と文句をつけることも忘れていなかったので、くすくす笑いながら読み進めると。
『まず、当然のことながら。ウォルドグレイブの皆様は、妖精の血筋です。あなた様は妖精王の子孫なのです。
アーネスト様は特にそのご自覚が薄く、わたくしがことあるごとに「妖精王のご加護です」と申し上げても、「そうだったらいいねえ」とのんびり聞き流していらっしゃいました。そんな鷹揚で謙虚なところも、アーネスト様の数多ある美点のひとつではありますが』
うん。確かに『妖精王のご加護』はよく聞かされた台詞だ。
そしてよく聞き流した台詞だ。
ごめん。
『しかしアーネスト様。ダースティンの大地があれほど豊かに作物をはぐくむのも、美しい水と大気が満ちているのも。信じられないほど良質な森の果実も、薬草も、羊毛も。それらはすべて、妖精王からの賜物です。
妖精王の子孫を、妖精たちが守らぬはずがありましょうか。妖精たちはそこかしこに宿って、ウォルドグレイブの皆様やご領地を守り続けてきたのです』
僕は懐かしいダースティンの、美しい景色を脳裏に想い描いた。
本当に、実り豊かな大地だった。
記録的な天候不良で不作の年もあったけれど、そんなときでも奇跡的に安値で領民全員に行き渡るだけの食料を、確保する幸運に恵まれていた。
そうか……そうだね。
ジェームズの言う通りだ。
きっと妖精が守ってくれていたんだよね。
ダースティンを出た今だからこそ、素直にそう思えるよ。
心から感謝します。
僕がもう戻ることがなくても、どうかこれからも、妖精たちがダースティンのみんなを守り続けてくれますように……。
『アーネスト様。いま、『どうかこれからも、ダースティンのみんなを守ってください』と願われたでしょう』
なんでわかった!?
『そのくらい、このジェームズはお見通しでございますよ』
……まさかジェームズ。
この手紙、直接持ってきたんじゃなかろうな。
僕はきょろきょろ室内を見回した。
――いない。当たり前か。
『妖精の執念を侮ってはなりませぬ。アーネスト様が領地を出たくらいで、諦める妖精たちではありませんよ。どこまでだって守護の手を緩めませんとも。ローズマリー様のときもそうでありました』
え。母の? 守護の手? 何のこと?
『ローズマリー様が育てていらした、真っ白なお花をおぼえていらっしゃいますか? 大輪の芍薬に似た花です。どこへ住まいを移そうと、ローズマリー様がお世話するお庭に咲き誇っておりました。
わたくしはローズマリー様のお庭以外で、あの花を見たことがありません』
ちょうど最近みた夢に出てきた、あの花だな。
遠い日、母と手をつないで一緒に見ていた。
あの夢の中で母は、『妖精が宿ると花の色が変わる』と言って――
……色が変わる?
いや、今はまず続きを読もう。
『あの花は薬湯にすると、健康な血をつくり、貧血を補い、ローズマリー様のお肌とお髪と瞳を、よりいっそう美しく輝かせました。見た目も艶やかで、ローズマリー様はよく、「このお花を見ていると、心まで癒されるの。このお花があって本当によかった」と仰っていました。
ちなみにアーネスト様のお祖父様のときは、庭のリンゴの木が、蜜と滋養たっぷりのリンゴを毎年大量に実らせていました。お祖父様はリンゴが大好きだったのです』
うん。
お祖父様がリンゴをお好きだったという話は、ジェームズから教わり知っているけど……つまり何の話?
『妖精王は守護の印として、ウォルドグレイブの皆様おひとりおひとりに、その方に最も必要であろう「お恵み」を授けてきたのだと、わたくしは考えております。
アーネスト様に授けられたお恵みは……もうおわかりですね?
これまた何度申し上げても「たまたまだよ~」で済ませておられましたが、改めて申し上げます。
アーネスト様。マルム茸は、一生お目にかかることが無いのが普通なのです。そのくらい稀少なキノコなのです。行く先々でマルム茸がポコポコ顔を出すなんて、そんなお方は、この世でただおひとりだけですよ』
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