召し使い様の分際で

月齢

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第12章 マルム茸とは

王様がやって来た

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「ほえ~……」
『ミィ……』

 つやつやとした桃色マルムに、僕と白銅くんは、しばし見入っていた。

 色が違うので、もしかしたら別種のキノコかと疑ったが、形状は間違いなくマルム。
 それにこの唐突な現れ方も絶対マルム。
 木製の机や本棚から生えるぶんには、胞子がくっつけばそういうこともあり得るかと思えるが……いきなり寝ている僕の上に出現して、しばらく姿を消したと思ったら、再登場したときには桃色に衣替えしているキノコっていったい。

「……これも親マルムと一緒にしたら合体するのだろうか」
『そしたら親マルムも桃色になるのでしょうか』

 うーんと二人で首をひねる。
 白銅くんが観察を続けていた親マルムと、青月の領地の碧雲ヘキウン町から採ってきた大量の普通マルムは、その後着々と合体していた。
 未だその決定的瞬間を白銅くんに見せてくれないのがつれないのだが、親マルムは今や、小型犬くらいの大きさになっている。
 ちなみに普通マルムは、子供のこぶしくらいの大きさ。

「とりあえず……」
『とりあえず?』

 とりあえず、桃マルムと灰色子猫が並んでるの、すっごく可愛い。
 可愛すぎて無闇に笑いたくなるのをこらえていると、扉がノックされた。
 誰だろう。双子のノックの仕方とは違う。

「はい、どうぞ」

 とっさに桃マルムを自分の躰の下に隠そうとする子猫を見て、こらえきれずにニヤけながら返事をすると、「お邪魔しま~す」と入ってきたのは、なんと。

「体調どう? アーちゃん」

 王様! 
 そして当然のように、背後に侍従長の刹淵セツエンさん。
 巨木のような二人が入ってきたら、急に部屋が狭くなったように感じた。

「これお見舞い~特製焼き菓子セット」
「わぁ、ありがとうございます!」

 ネコ模様にアイシングしてあるフィナンシェが、ズラリと並んでる!

「ほら、白銅くんみたいだよ」
『いい匂いです~』

 マルムを隠そうと掛布をフミフミしながら、ちっちゃなお鼻を動かす白銅くん。天使か。 
 しかしそのちっちゃな天使は、巨大な羆獣人の刹淵さんに、片手でひょいと持ち上げられた。

「白銅。子猫姿で出歩くなんて不用心だぞ」
『ミャアッ! 大丈夫ですっ』
「ん? 爪が尖ってる。切ってあげよう」
『ニャーッ! アーネスト様ーっ』

 ジタバタ抵抗するも、白銅くんは刹淵さんに連行されて行ってしまった。 
 ああ……と一歩遅れて虚空に両手を差しのべていたら、王様は何ごともなかったように、「これもお見舞い~」と書類を手渡してくれた。
 ……ん!?

「これ、ドーソン副会長たちの……!」

「そ。弓庭ちゃんたちの企みに加担した医師と薬師の協会員たちからの、賠償金」

 書類には、正式な誓約や協議内容などが記されている。
 しかし、和解協議の場では確か、全員合わせて五千万二千七百三十キューズを支払うと言っていたのに……

「その後、先方の弁護士も交えて話し合ってね。『名誉棄損にはあたらない』なんて言ってたけど、『風評被害出しといて、どのツラ下げてそんなこと言ってるのぉ?』と質問したら、ドーソンくんたちも『やっぱり名誉棄損しました』と認めてくれたんだよね~。
 だからそのぶんも増やして、切りよく一億キューズにさせたよ。そっちの代行はうちの弁護役に任せたけど、輪塗リンズくんに言えば受け取り後のお金は自由に動かせるからね」

 うおお!

「陛下ぁ……! ありがとうございます!」

 感謝でウルウルしながら見上げると、「謝罪も改めてさせるからねっ」と軽やかにウィンクが返ってきた。
 これであと三千九百九十九億キューズ……!
 ものすごく減っているのに減っている実感がまったく無い数字だが、それでも嬉しい!

 ウキウキしている僕を笑顔で眺めていた王様が、「うーん、もう黙ってられないや!」と手を打った。

「あのね、双子には黙っておいてほしいんだけどお」
「はい?」

「エルバータに要求した五千億の賠償金ね。元皇族や貴族が周辺国に隠していた財産五百億キューズ相当を双子が見つけて、没収済みなの。だから、」

「ええっ!? じゃあ、あと三千四百九十九億キューズ!?」

 相変わらず現実味の無い数字だがすごい!
 のけぞって目を瞠った僕に、王様が苦笑した。

「ほんとはねえ……あの子たち、もっとたくさん回収してから、アーちゃんに『もう返さなくて大丈夫』と言いたくて、黙ってたんだと思うんだよね。『まだまだあるはず』と張り切ってたし」

「え……」

「そもそも二人は最初から、アーちゃんにエルバータの負債を背負わせる気は無かったと思うよ? なんなら肩代わりするつもりだったかと」

 ……最初から? 
 でも処刑の代わりに五千億の賠償金をと、提案してくれたのは双子で……

 ――いや、待てよ。
 そういえば、あのとき双子は何か言いかけてた。
 確か『元皇族たちの隠し財産を返済に充てる』という話のあと、

『それで足りねえぶんは、しょーがねえから……』

 そう言っていた。
 あれはもしかして、足りないぶんは自分たちが肩代わりすると言うつもりだった? 
 いや、そんなまさか。
 僕の混乱を読み取ったらしき王様が、「ははっ」と楽しそうに笑った。

「子供でしょー? あの二人。そりゃあ、そのくらいの財力はあるよ? でも醍牙の王子がエルバータの賠償金の肩代わりなんて出来ないよ。そんなことしたら、元皇族や取り巻きの貴族たちを助けることになるもんね」

「はい、仰る通りです」

「けどアーちゃんのことだけは甘やかしたかったんだろうねえ。最初は『エルバータの恩人親子』に似てるから惹かれたのかもしれないけど……すぐにアーちゃんの人柄を愛しちゃったんだと思う。
 親バカだけど、寒月も青月も容姿は良いし、強いし、地位も財力も、何でもそろってる。その恩恵にあずかろうと寄ってくる者は多いけど、アーちゃんみたいに『自分で頑張るから見てて』っていう人は、初めてだったんじゃないかなあ」

「……僕は、そんな……」

 そんな立派な人間じゃない。
 自分でやってみると言いつつ、双子に頼りっぱなしだし。
 ひ弱で借金持ちで守銭奴で……彼らの血を引く子供も、望めない。

 そんな僕を二人は、いつだって支えてくれて、全力で守ってくれて。
 寝込んでいても彼らが添い寝してくれると心の底から安心できて、そのおかげか、ダースティンにいた頃より回復が早いことが多い。

 考えれば考えるほど……どうしてあんなに優しいんだろう。

 なんだか胸が詰まって言葉を失った僕を、王様が寝台に座らせてくれて、自分も隣に腰を下ろした。

「ね、アーちゃん。昔ばなしを聞いてくれる?」
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