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第11章 守銭奴アーネスト
貧乏領主の心得その1
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そうこうするうち皆が席に着き、会議が再開された。
休憩前に王様から注意されていたちょび髭氏は、今度はすぐに和解案を読み上げた。
「――というわけで、ウォルドグレイブ伯爵が仰るところの名誉棄損に関しましては、伯爵のご心労に配慮し事実関係を争わず、王妃陛下からの慰労金として三千万キューズを。さらに薬舗の損害に対する支援として三千万キューズを。合わせて六千万キューズをご提示いたします」
一千億を要求したのに、六千万かあ。
ずいぶん値切りますのうと思っていたら、隣席の別の弁護役も立ち上がった。
「ウォルドグレイブ伯爵からは、こちらの医師協会員及び薬師協会員十五名に対しましても名誉棄損と損害賠償に対する訴えが出されておりますが」
こちらの、と示されたのは、壁際に並んで座らされているドーソン氏や御形氏たちだ。会議が始まってからずっと、肩を落としてうつむいている。
「協会員たちの行為は、名誉棄損には当たらないと考えております。しかし薬舗への損害は認め、賠償金として……内訳は書面をご覧ください。十五名総額五千万二千七百三十キューズをご提示いたします」
ちょび髭氏が「以上です」と締めて、つかのま沈黙が流れた。
その静けさを破ったのは、鼻で嗤った寒月だ。
「ずいぶん安く見積もったもんだな」
青月も侮蔑に満ちた目を王妃母子へ向ける。
「ドーソンたちの資産状況はともかく、そのクソ馬鹿は、負ければ一千億キューズを払うという条件を呑んで誓約書に署名したんだぞ。なのに弓庭後家門ともあろうものが、ご自慢の『正妃の唯一の王子』の約束をご破算にして、たった六千万まで値切るとはな」
「前例と比較しても、破格の金額と思われますが」
ちょび髭氏が弁護すると、寒月が薄笑いを浮かべて彼を見た。
「てめえの役目はここまでだ、引っ込んでな。こっからは虎の喰い合いだ」
脅しというには楽しげに。
そこにかえって本気を感じたか、ちょび髭氏が初めて恐怖を露わにして固まった。
代わりに皓月王子が、唾を飛ばして叫んだ。
「そっ、その書面は脅されて書いたものだ! 無効だ!」
「クソ馬鹿が。中立派の協会員たちもその場にいたんだ、てめえが納得して書いたと証言する者はひとりや二人じゃねえぞ」
やれやれと肩をすくめた寒月に、皓月王子は「ぐっ」と言葉に詰まったが、弓庭後侯が参戦してきた。
「ドーソンたちは『脅されて書かされていた』と証言するそうだ」
ドーソン氏たちの肩がビクッと揺れた。
なるほど、事前にそういう契約が交わされていたわけか。
もしかすると、ドーソン氏らが支払う賠償金を弓庭後家が肩代わりするとか、そういう約束かもしれないな。
「どちらの証言が信用されるかはともかく、その法外な要求額が書かれた書面が常識的とは言い難いという点では、こちらに有利だろうな」
そう言って弓庭後侯は、寒月ではなく僕に鋭い視線を向けた。
意外にも好意的な言葉をかけてくれたときとは打って変わって、よく見慣れた、僕を敵視する目で。
ふーむ。なるほどなるほど。
やはりこれこそ、彼の本意と見える。
となると、あれか。
薬湯勝負で皓月王子が敗れた瞬間から、次の一手を打っていたわけか。
その一手が、僕に声をかけることだったと。
ふむふむ。となると、その目的は……。
心の内でふむふむ言っている間に、青月が氷のような目で弓庭後侯を見据えた。
「耄碌したな、弓庭後。日頃から『誇り高き虎の一族』と自負するわりに、国王まで巻き込んで行われた薬湯勝負のあと始末を、都合よくごまかすわけか。
そんなことが世間に知れ渡ったら、虎の一族はもちろん、民はどう思うだろうな。署名入りの約束すら簡単に反故にする侯爵殿を、信頼する者はいない。この先のお前の商売や領地運営にも必ず影響を及ぼすと、想像できそうなものだが」
弓庭後侯はその言葉にも顔色ひとつ変えず、やはり僕のみを見た。
「ウォルドグレイブ卿」
「はい、何でしょう」
「卿はどう思う。この条件で納得する気は無いか?」
「はい、納得しません。金額もそうですが、先ほどの和解案は、最も大事な条件にひと言も触れられていませんでしたし」
「……最も大事な条件とは?」
「皓月王子の謝罪です。『パクリを認めて国民に向けて謝罪する』――これが、まるっと抜けているのはなぜですか。そこが一番大事なところでしょう? 殿下やドーソン氏らは、己の目的のために民の健康を害したのですから。
その事実を認めて謝罪するのも嫌、約束した賠償金もそちらの希望通りに減額してくれないと嫌。これのどこが和解を望む人の姿勢なのか、理解に苦しみます」
「「「その通り!」」」
ん? 双子に混じって藍剛将軍までも。
そこへまたも皓月王子が口を出しかけたが、弓庭後侯が制して、長い髭をしごきながら静かに言った。
「我らの情けで生き長らえたエルバータの元皇族が、我が醍牙の王子に頭を下げろと命じるか」
「傷つけた民に頭を下げる気概も無くて、何が王子ですか。はっきり言って今のあなた達は、あなた達の大嫌いなエルバータの皇族とたいして変わりません」
大臣たちが顔を見合わせざわついたが、弓庭後侯は無言だ。
「それから当然、」
「……当然?」
底光りする目の奥に、強い憎悪が煮えたぎっている。
僕はキリッと目を逸らさずに言い切った。
「僕の請求金額は一千億キューズ。びた一文まけません」
値切らせぬ。
決して負けられぬ戦いがここにある。
貧乏領主の心得その一。
値切ろうとする相手から、いかに儲けを出すか考えるべし。
休憩前に王様から注意されていたちょび髭氏は、今度はすぐに和解案を読み上げた。
「――というわけで、ウォルドグレイブ伯爵が仰るところの名誉棄損に関しましては、伯爵のご心労に配慮し事実関係を争わず、王妃陛下からの慰労金として三千万キューズを。さらに薬舗の損害に対する支援として三千万キューズを。合わせて六千万キューズをご提示いたします」
一千億を要求したのに、六千万かあ。
ずいぶん値切りますのうと思っていたら、隣席の別の弁護役も立ち上がった。
「ウォルドグレイブ伯爵からは、こちらの医師協会員及び薬師協会員十五名に対しましても名誉棄損と損害賠償に対する訴えが出されておりますが」
こちらの、と示されたのは、壁際に並んで座らされているドーソン氏や御形氏たちだ。会議が始まってからずっと、肩を落としてうつむいている。
「協会員たちの行為は、名誉棄損には当たらないと考えております。しかし薬舗への損害は認め、賠償金として……内訳は書面をご覧ください。十五名総額五千万二千七百三十キューズをご提示いたします」
ちょび髭氏が「以上です」と締めて、つかのま沈黙が流れた。
その静けさを破ったのは、鼻で嗤った寒月だ。
「ずいぶん安く見積もったもんだな」
青月も侮蔑に満ちた目を王妃母子へ向ける。
「ドーソンたちの資産状況はともかく、そのクソ馬鹿は、負ければ一千億キューズを払うという条件を呑んで誓約書に署名したんだぞ。なのに弓庭後家門ともあろうものが、ご自慢の『正妃の唯一の王子』の約束をご破算にして、たった六千万まで値切るとはな」
「前例と比較しても、破格の金額と思われますが」
ちょび髭氏が弁護すると、寒月が薄笑いを浮かべて彼を見た。
「てめえの役目はここまでだ、引っ込んでな。こっからは虎の喰い合いだ」
脅しというには楽しげに。
そこにかえって本気を感じたか、ちょび髭氏が初めて恐怖を露わにして固まった。
代わりに皓月王子が、唾を飛ばして叫んだ。
「そっ、その書面は脅されて書いたものだ! 無効だ!」
「クソ馬鹿が。中立派の協会員たちもその場にいたんだ、てめえが納得して書いたと証言する者はひとりや二人じゃねえぞ」
やれやれと肩をすくめた寒月に、皓月王子は「ぐっ」と言葉に詰まったが、弓庭後侯が参戦してきた。
「ドーソンたちは『脅されて書かされていた』と証言するそうだ」
ドーソン氏たちの肩がビクッと揺れた。
なるほど、事前にそういう契約が交わされていたわけか。
もしかすると、ドーソン氏らが支払う賠償金を弓庭後家が肩代わりするとか、そういう約束かもしれないな。
「どちらの証言が信用されるかはともかく、その法外な要求額が書かれた書面が常識的とは言い難いという点では、こちらに有利だろうな」
そう言って弓庭後侯は、寒月ではなく僕に鋭い視線を向けた。
意外にも好意的な言葉をかけてくれたときとは打って変わって、よく見慣れた、僕を敵視する目で。
ふーむ。なるほどなるほど。
やはりこれこそ、彼の本意と見える。
となると、あれか。
薬湯勝負で皓月王子が敗れた瞬間から、次の一手を打っていたわけか。
その一手が、僕に声をかけることだったと。
ふむふむ。となると、その目的は……。
心の内でふむふむ言っている間に、青月が氷のような目で弓庭後侯を見据えた。
「耄碌したな、弓庭後。日頃から『誇り高き虎の一族』と自負するわりに、国王まで巻き込んで行われた薬湯勝負のあと始末を、都合よくごまかすわけか。
そんなことが世間に知れ渡ったら、虎の一族はもちろん、民はどう思うだろうな。署名入りの約束すら簡単に反故にする侯爵殿を、信頼する者はいない。この先のお前の商売や領地運営にも必ず影響を及ぼすと、想像できそうなものだが」
弓庭後侯はその言葉にも顔色ひとつ変えず、やはり僕のみを見た。
「ウォルドグレイブ卿」
「はい、何でしょう」
「卿はどう思う。この条件で納得する気は無いか?」
「はい、納得しません。金額もそうですが、先ほどの和解案は、最も大事な条件にひと言も触れられていませんでしたし」
「……最も大事な条件とは?」
「皓月王子の謝罪です。『パクリを認めて国民に向けて謝罪する』――これが、まるっと抜けているのはなぜですか。そこが一番大事なところでしょう? 殿下やドーソン氏らは、己の目的のために民の健康を害したのですから。
その事実を認めて謝罪するのも嫌、約束した賠償金もそちらの希望通りに減額してくれないと嫌。これのどこが和解を望む人の姿勢なのか、理解に苦しみます」
「「「その通り!」」」
ん? 双子に混じって藍剛将軍までも。
そこへまたも皓月王子が口を出しかけたが、弓庭後侯が制して、長い髭をしごきながら静かに言った。
「我らの情けで生き長らえたエルバータの元皇族が、我が醍牙の王子に頭を下げろと命じるか」
「傷つけた民に頭を下げる気概も無くて、何が王子ですか。はっきり言って今のあなた達は、あなた達の大嫌いなエルバータの皇族とたいして変わりません」
大臣たちが顔を見合わせざわついたが、弓庭後侯は無言だ。
「それから当然、」
「……当然?」
底光りする目の奥に、強い憎悪が煮えたぎっている。
僕はキリッと目を逸らさずに言い切った。
「僕の請求金額は一千億キューズ。びた一文まけません」
値切らせぬ。
決して負けられぬ戦いがここにある。
貧乏領主の心得その一。
値切ろうとする相手から、いかに儲けを出すか考えるべし。
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