召し使い様の分際で

月齢

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第11章 守銭奴アーネスト

王妃とお喋り

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 いま、皓月コウゲツ王子の嫁に、と言われたような。
 空耳かな?

 笑顔を貼りつけたまま固まった僕に、王妃が苦笑を浮かべた。

「……ダメよね。母親から見れば誰より可愛い我が子だけど、客観的には寒月と青月のほうが評価される。それはわかってるの」
「はあ。お気を落とさず」
「……そういうときは普通、『そんなことはありません』と言うものよ?」

 そうだったか。申しわけない。
 王妃はちょっと寂しそうに目を伏せて、「きっと」とふっくらした指を組んだ。

「あの二人はあなたに、わたくしのことを悪い女だと言っているのでしょう」
「いえ」

 クソ女とはよく言っているけど……という部分は言わずにおくと、「今度は否定してくれるのね」と笑われた。

「わたくしの言葉など信じてもらえないでしょう。でも、すべて彼らの誤解なのよ。わたくしは罪もない子を異国の奴隷商人に売り飛ばすような、そんな非道な真似は決してしません。
 ――ウォルドグレイブ卿はもうご存知かしら。獣人の子は人の姿で生まれたあと、すぐに獣化するの。そしてしばらくその姿のまま育つのよ」

「はい。そのように教わりました」

「そう。じゃあこれも聞いた? 特に虎や羆のような大型種の獣人の子は、小さいうちは躰の発達がとても遅くてね。たとえば生まれて間もない犬猫の赤ん坊は、目は開いていても殆ど見えていないし、耳もよく聞こえないけど、二、三週齢で見えて聞こえるようになるでしょう? でも虎の獣人の赤ちゃんは、生後一年ほど視力が悪いままというのも普通だし、もっと長くかかることも珍しくないの」

「それは初耳です」

 そんな調子では、野生の動物であればとても生き残れないだろう。
 獣人とて、安寧な環境で完璧に守られて成長できるとは限らないのだし――双子のように――周囲の大人たちは、子が成長するまでどれほど気を揉むことか。

 王妃は真剣な顔で「だからわたくしたちは、子供をとても大切にするわ」とまっすぐ僕を見つめた。

「虎獣人の子はなかなか生まれないし、とても弱々しい。だからついつい甘やかしてしまうことはあれど、奴隷商人に売り飛ばすなんて、そんな残酷なことをするわけがない。もしもそんな真似をすれば、虎の一族すべてから憎悪されるでしょう。あの方……陛下だって、決してお赦しにならないわ。
 でもわたくしは、こうして正妃のままでいる。それが答えよ。寒月も青月も、弓庭後家に敵対する者たちからひどい嘘を吹き込まれて、それを信じ切ってしまったのだわ」

 そこへ、「会議を再開いたします」と侍従が呼びに来て、休憩していた人たちが隣室へ戻り始めた。
 僕も王妃と共に席を立つと、王妃が「そうだわ!」と腕を絡ませてきた。香水の強い花の香りも一緒にまとわりつく。

「あなたにお会いできたら、絶対お訊きしたいと思っていたことがあるの。忘れるところだったわ」
「はい、何でしょう」
「あのね……妖精を見たこと、ある?」

 王妃はいたずらっ子のように笑った。



 隣室の前の廊下で、ちょうど藍剛将軍と会えた。
 王妃とはそこで別れて、僕は改めて将軍に先ほど庇ってくれた礼を言った。
 すると彼は「大騒ぎしてしまって面目ない」と呵々と笑い、それからすぐに声をひそめた。

「実は陛下から頼まれておりましてな。弁護役の言動に不審や害意を感じたら、軌道修正してほしいと」
「え」

 単に暴走していたわけじゃなく、弁護役を妨害するための芝居だったのか。
 暴走双子の暴走師匠扱いをしてごめんなさい。
 けど……

「お気遣い、痛み入ります。でもどうして」

 将軍の言い方では、王様が最初から何かに用心していたように聞こえる。王様から見れば正妃と息子のための弁護役なのに。
 戸惑う僕の両腕を、将軍の老いてなお力強い手が握った。

「アーネスト様が知るべきことは、陛下や殿下方が必ず話してくださるでしょう。わしから今言えることは、ひとつです。
 ご用心なされ。小さなことも見落とさぬように。あの弁護役は無能ではない、なのに無駄に話が長かった。それもまた敵の戦略ですぞ、アーネスト様」

 僕は瞠目して将軍を見つめた。

「……将軍。僕も気になることがあるのです」
「ほう。どうぞ何でもご相談くだされ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、ひとつお願いしたいのですが……」



 会議場に戻ると、すぐさま双子に捕まった。

「どこ行ってたんだ! いねえから心配したぞ!」
「無事でよかった……」

 左右からぎゅうぎゅう抱きしめられているのを、大臣たちが見てはいけないものを見たという顔で視線を逸らす。

「ちょっ、離っ、隣にいたよ? 休憩室にっ」
「見に行ったけどいなかったぞ」
「ずっといたのに。……あ、そうか。椅子か」

 僕が座っていたひとり掛けの椅子は、背もたれ部分が高くて頭まで隠れていた。その上、入り口に背を向ける位置だったから、廊下から部屋を覗いただけではわからなかったのだろう。
 王妃の顔は、二人とも目ざとく見つけていたのではないかと思うが……まさか向かい合っているのが僕だとは、思わなかったんだろうなあ。

 それを言ったら怒るかな。
 でも言わないわけにはいかないしな。

 僕はおそるおそる、王妃と話していたのだと打ち明けた。すると、

「あんな女と二人になるなんて! 道理でくさいと思った。まさか茶に口をつけてないだろうな!?」
「く、くさい?」
「香水だ。さっきから室内が香水くさかったろう」
「ぐあいが悪いところはないか? 毒を盛られていないだろうな!?」

 案の定、二人がかりで厳重注意されてしまった。
 母君を毒殺で亡くしている双子に、嫌なことを思い出させてしまったみたい。心配させて本当にごめんね。
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