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第10章 逆襲のアーネスト
本当の秘訣
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「御形部長。この薬湯に、ロクドウ草が使われているのはご存知ですね?」
「は、はい。最初に見たときは驚きました」
首肯した御形氏に、皓月王子が「なぜだ」と訊いた瞬間、ドーソン氏が凄い形相でそちらを向いた。
その顔を見て己のうっかりに気づいたのだろうか。皓月王子はおちょぼ口で「……なで肩」と言い直した。
なで肩って。
なで肩のせいで、白銅くんが吹き出すのをこらえようと必死で、頬袋を膨らませたハムスターみたいになっている。可愛い。
一方、御形氏は、皓月王子の失態を打ち消そうとしてか、早口で「ロクドウ草は」と話を戻した。
「強力な鎮痛作用がありますが、とても扱いの難しい薬草です。それのみではとても口にできないほど苦い上に、個人の体質により、下痢や嘔吐、発熱、湿疹など、さまざまな副作用を伴います。
ですから我々の常識としては、よほどのことがない限り、ロクドウ草は使用しません」
「ふふん! その難しいゴクロウ草を扱えることこそ、ぼくが本物だという証だ」
「ロクドウ草です、殿下」
「ああ!?」
訂正したら凄まれたが、ドーソン氏はそれ以上に凄い顔で皓月王子を見ている。……この人もゴ苦労してるんだろうな。
御形氏は僕の反応を窺うように話を続けた。
「しかし……皓月殿下の処方は天才的です。ロクドウ草の炒り時間を変えたものを三種合わせるのが秘訣なのだと、教えていただきました。そうすると驚いたことに、あの強烈な苦味も和らぎ、副作用の心配なしに鎮痛効果のみを引き出せる、と……」
それはウォルドグレイブ家に伝わる方法だ。
この人も薬師として生きてきたなら、心を込めて生み出した処方は、薬師の宝ものなのだと、充分わかっているだろうに。
僕の視線にいたたまれぬように、御形氏は目を逸らした。
対照的に皓月王子は、「そうとも!」と胸を張った。
「実際、ぼくの薬湯を飲んだ者たちは、『たいへん美味な上に、服用した翌日には効果を実感した』と感激している! そうであろう!?」
そう言って、遠巻きにこちらを見ている患者たちに、大げさな身振りで問いかけた。
会場中の人間から注目を浴びた彼らは、引きつったような、驚愕したような表情で、小さくうなずいたが……
――あの様子では、急いだほうがいいな。
そう思った僕の気持ちとは裏腹に、皓月王子は得意満面、喋り続ける。
「父上も絶賛していたなあ。どうしてもと仰るので、仕方なく召し上がってもらったのだから文句は聞かんぞ!
それに、父上の様子を見た大臣たちや社交界の友人からも、『ぜひに』と請われてしまってな。彼らにも配ってやったよ」
僕はあぜんとして彼を見た。
「また新たに、大勢に飲ませてしまったのですか」
なんとまあ……。
しばし言葉を失った僕を見て、何を勘違いしたものか、皓月王子はいよいよ得意そうに、
「ぼくの人脈は貴様とは違うんだ。影響力のある高位の者たちがぼくを褒め称えれば、ますます貴様を盗人と見なす者は増えるだろう。が、本当のことなんだから逆恨みしてくれるなよ? そもそも四日も出遅れた貴様が悪いんだ」
「一日目はともかく、あとの三日は殿下の責任です」
「はあ?」
「ですから、殿下が勝手に僕の薬湯の処方を使って、勝手に人に飲ませてしまったからです」
皓月王子がバン! と目の前の机を叩いた。
「貴様はまた、重ね重ね失敬な……!」
「あの薬湯は、あのままでは不完全だったのです」
「はああ?」
王子はピンと来ていないようだが、御形氏は限界まで目を瞠った。
「御形部長が仰った通り、ロクドウ草は極めて副作用の強い薬草です。特殊な下準備で対処できるとはいえ、危険な薬草であることには変わりありません。
ですから販売時には必ず対面で、相手の症状、年齢、性別、身長体重、体質、その他諸々を伺った上で――ところで、ここまでは当たり前の手順ですが、当然、殿下もそうされたのでしょうね?」
「え。あ。ああ、もちろん?」
ざわり、と会場のあちらこちらから声が上がった。
「皓月殿下はそんなことをしていたか?」
「私が見たときは、御形部長たちが面談していたような」
「大臣たちには、人を遣って届けさせていたぞ……?」
表情をこわばらせる皓月王子やドーソン氏らにはかまわず、僕は話を進めた。
「相手の状態をしっかり確認したら、その場でこちらの……」
自分のポケットを探ろうとして、「あ、違った」と思い出し、寒月の外套のポケットに手を突っ込んで小袋を取り出した。彼のポケットのほうが大きいから入れておいたのだった。
僕が自分の躰で薬湯を試して倒れたと知ってから、難しい顔をしていた双子だが、「いつのまに!」と寒月が目を丸くした。
僕はその布製の小袋をひらいて、中が見えるように皓月王子に示した。
「こちらの、乾燥させた四種目のロクドウ草を、患者の状態に合わせた量だけ加えます。本当の『秘訣』はこの四種目です。これがなければ、副作用を完全には抑えられません」
皓月王子が癇癪を起したように、また机をバンバン叩いた。
「嘘をつくな! ぼくの患者たちには副作用など出ていない!」
僕は重いため息をこぼした。
「下準備で手を加えたぶん、発症が遅れているだけです。でも早ければ今日あたり、体調に異変を感じる人も出てくると思いますよ?」
そのとき、申し合わせたように、会場の隅にいた女性が「あの」と弱々しく手を上げた。皓月王子の患者の席だ。
「わたし……今朝から、湿疹と微熱が……」
「は、はい。最初に見たときは驚きました」
首肯した御形氏に、皓月王子が「なぜだ」と訊いた瞬間、ドーソン氏が凄い形相でそちらを向いた。
その顔を見て己のうっかりに気づいたのだろうか。皓月王子はおちょぼ口で「……なで肩」と言い直した。
なで肩って。
なで肩のせいで、白銅くんが吹き出すのをこらえようと必死で、頬袋を膨らませたハムスターみたいになっている。可愛い。
一方、御形氏は、皓月王子の失態を打ち消そうとしてか、早口で「ロクドウ草は」と話を戻した。
「強力な鎮痛作用がありますが、とても扱いの難しい薬草です。それのみではとても口にできないほど苦い上に、個人の体質により、下痢や嘔吐、発熱、湿疹など、さまざまな副作用を伴います。
ですから我々の常識としては、よほどのことがない限り、ロクドウ草は使用しません」
「ふふん! その難しいゴクロウ草を扱えることこそ、ぼくが本物だという証だ」
「ロクドウ草です、殿下」
「ああ!?」
訂正したら凄まれたが、ドーソン氏はそれ以上に凄い顔で皓月王子を見ている。……この人もゴ苦労してるんだろうな。
御形氏は僕の反応を窺うように話を続けた。
「しかし……皓月殿下の処方は天才的です。ロクドウ草の炒り時間を変えたものを三種合わせるのが秘訣なのだと、教えていただきました。そうすると驚いたことに、あの強烈な苦味も和らぎ、副作用の心配なしに鎮痛効果のみを引き出せる、と……」
それはウォルドグレイブ家に伝わる方法だ。
この人も薬師として生きてきたなら、心を込めて生み出した処方は、薬師の宝ものなのだと、充分わかっているだろうに。
僕の視線にいたたまれぬように、御形氏は目を逸らした。
対照的に皓月王子は、「そうとも!」と胸を張った。
「実際、ぼくの薬湯を飲んだ者たちは、『たいへん美味な上に、服用した翌日には効果を実感した』と感激している! そうであろう!?」
そう言って、遠巻きにこちらを見ている患者たちに、大げさな身振りで問いかけた。
会場中の人間から注目を浴びた彼らは、引きつったような、驚愕したような表情で、小さくうなずいたが……
――あの様子では、急いだほうがいいな。
そう思った僕の気持ちとは裏腹に、皓月王子は得意満面、喋り続ける。
「父上も絶賛していたなあ。どうしてもと仰るので、仕方なく召し上がってもらったのだから文句は聞かんぞ!
それに、父上の様子を見た大臣たちや社交界の友人からも、『ぜひに』と請われてしまってな。彼らにも配ってやったよ」
僕はあぜんとして彼を見た。
「また新たに、大勢に飲ませてしまったのですか」
なんとまあ……。
しばし言葉を失った僕を見て、何を勘違いしたものか、皓月王子はいよいよ得意そうに、
「ぼくの人脈は貴様とは違うんだ。影響力のある高位の者たちがぼくを褒め称えれば、ますます貴様を盗人と見なす者は増えるだろう。が、本当のことなんだから逆恨みしてくれるなよ? そもそも四日も出遅れた貴様が悪いんだ」
「一日目はともかく、あとの三日は殿下の責任です」
「はあ?」
「ですから、殿下が勝手に僕の薬湯の処方を使って、勝手に人に飲ませてしまったからです」
皓月王子がバン! と目の前の机を叩いた。
「貴様はまた、重ね重ね失敬な……!」
「あの薬湯は、あのままでは不完全だったのです」
「はああ?」
王子はピンと来ていないようだが、御形氏は限界まで目を瞠った。
「御形部長が仰った通り、ロクドウ草は極めて副作用の強い薬草です。特殊な下準備で対処できるとはいえ、危険な薬草であることには変わりありません。
ですから販売時には必ず対面で、相手の症状、年齢、性別、身長体重、体質、その他諸々を伺った上で――ところで、ここまでは当たり前の手順ですが、当然、殿下もそうされたのでしょうね?」
「え。あ。ああ、もちろん?」
ざわり、と会場のあちらこちらから声が上がった。
「皓月殿下はそんなことをしていたか?」
「私が見たときは、御形部長たちが面談していたような」
「大臣たちには、人を遣って届けさせていたぞ……?」
表情をこわばらせる皓月王子やドーソン氏らにはかまわず、僕は話を進めた。
「相手の状態をしっかり確認したら、その場でこちらの……」
自分のポケットを探ろうとして、「あ、違った」と思い出し、寒月の外套のポケットに手を突っ込んで小袋を取り出した。彼のポケットのほうが大きいから入れておいたのだった。
僕が自分の躰で薬湯を試して倒れたと知ってから、難しい顔をしていた双子だが、「いつのまに!」と寒月が目を丸くした。
僕はその布製の小袋をひらいて、中が見えるように皓月王子に示した。
「こちらの、乾燥させた四種目のロクドウ草を、患者の状態に合わせた量だけ加えます。本当の『秘訣』はこの四種目です。これがなければ、副作用を完全には抑えられません」
皓月王子が癇癪を起したように、また机をバンバン叩いた。
「嘘をつくな! ぼくの患者たちには副作用など出ていない!」
僕は重いため息をこぼした。
「下準備で手を加えたぶん、発症が遅れているだけです。でも早ければ今日あたり、体調に異変を感じる人も出てくると思いますよ?」
そのとき、申し合わせたように、会場の隅にいた女性が「あの」と弱々しく手を上げた。皓月王子の患者の席だ。
「わたし……今朝から、湿疹と微熱が……」
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