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第10章 逆襲のアーネスト
殆どアウェイ
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薬湯勝負の初日から出遅れること四日。
僕はようやく、会場となっている王城の別宮『夕星宮』の大広間に足を踏み入れた。
僕が担当する患者さんたちは、僕の顔を見ると安堵の表情を浮かべて、口々に
「ようやくアーネスト様の薬湯をいただけるのですね」
「心待ちにしておりました」
と喜んでくれた。
お待たせしてしまって申しわけない気持ちでいっぱいです。
しかし彼らが安堵したのは、単に僕の薬湯を飲めるからというより、抽選で皓月王子の薬湯を飲む班になった患者たちが、日を増すごとに注目され、盛り上がっているせいでもあったろう。
「素晴らしい効き目です! 三日目でもう、痛みが和らぎました!」
「この口当たりがまた爽やかで……美味しい上に躰がどんどん軽くなるのですから。皓月殿下が、これほど素晴らしい薬師の才能をお持ちとは」
「ウォルドグレイブ伯爵といえど、この薬湯以上の薬湯を出すのは至難の業でしょう」
などと、もう大絶賛で。
その話を聞いた人々から、たいそう羨ましがられているらしい。
だから僕が担当する方たちも、内心、自分たちも皓月王子の班に入れたらよかった……と羨む気持ちが半分、僕の薬湯がさらに高い効果を発揮することを期待する気持ちが半分、といった様子。
みるみる良くなっていく人たちを見たら羨んで当然だ。もどかしい思いをさせてしまって本当に申しわけない。
「ドーソンたちが、皓月を絶賛する評価を広めさせてるみたいだな」
寒月が、彫像みたいに端整な顔をしかめた。
双子は今日も当然のように、会場まで付き添ってくれている。
二人も忙しいだろうし、浬祥さんが「なんなら、ぼくが護衛をしてあげるよ」と申し出てくれたので、ありがたくお受けしようと思ったら。双子に即却下された。
「お前の護衛は、ほかの者に任せられない。あのクソ女が関わっているのなら、なおのこと」
……王妃が関わっているのは確定事項なのだろうか。
僕が今日の会場入りに向けて準備していたあいだ、二人も部下たちと共に忙しく動き回っていたようだけれど……詳しいことは聞かされていない。
でも、とりあえず今は、薬湯勝負に集中するとして。
寒月の言う通り、会場に入ってみれば、「すでに勝敗は決した」という空気が漂っていた。
聞こえよがしな僕への批難も飛び交っているし……。
「聞きましたか? ウォルドグレイブ伯爵の不正を」
「薬舗で評判の商品はすべて、皓月殿下の処方を盗んだものだったとか」
「歪んだ自己顕示欲のために、愚かなことを。おかげで孤児たちが酷い目に遭った」
「その孤児たちを治療したのは、皓月殿下の薬湯だったのですよ」
会場には患者たちのほかに、薬師と医師の協会員たちや、王室の長官や侍従たち、医療と福祉担当の大臣や職員らのほか、彼らを世話するための使用人たちなど、思っていたより大勢の人間が集まっている。
審問会では中立的な立場をとっていた協会員たちも、皓月王子の『実力』を目にして、今では僕を疑う方向に傾いているみたい。
会場の空気感は、ほぼ敵地。
「ドーソンや御形たち以外にも、情報戦であの馬鹿を持ち上げ、アーネストを貶めた奴らは多そうだな」
「それこそ、あのクソ女の得意とするところだ」
そう言った青月の、ヒヤリとするような視線の先には、弓庭後侯爵がいた。
王妃の実家である弓庭後家の侯爵。白銅くん曰く「髭の人」。
さらによく見れば、人垣の向こうに、白銅くん曰く「起き上がりこぼしみたい」な守道子爵と、「頭に小さい巻きうんこが乗ってるみたい」な蟹清伯爵と、おなじみのアルデンホフ氏もいた。
彼らは僕を観察していたようで、目が合ったので微笑んで会釈したが、スッと視線を逸らされてしまった。
だが弓庭後侯とアルデンホフ氏は、かまわず僕を見据えている。
露骨な蔑みの色を浮かべて。
「殿下方の元婚約者候補の父君たちが勢揃いですね」
白銅くんも、彼らの視線に気づいていたようだ。
「アーネスト様の悪い噂には、きっとあの方たちも絡んでると思います! まだ殿下方に娘を嫁がせることを諦めてないんですよっ!」
「でも、その証拠があるわけじゃないからねえ」
そう注意すると、白銅くんは悔しそうに呟いた。
「……アル起き上がり巻きうんこ髭」
何その呪文。危うく吹き出しかけたよ。
しかし笑っている場合ではなかった。
先に提出しておいた薬湯を試飲した協会員たちが……とりわけドーソン氏や御形氏たちが、にわかに騒ぎ出した。
――始まったようだ。
「ウォルドグレイブ卿!」
「はい何でしょう、ドーソン副会長」
「貴殿のこの薬湯は何なのです!? まるっきり、皓月殿下と同じものと思われますが!」
わざと壇上から大声で指摘したのだろう。
会場全体がざわめき立ち、皆の視線が僕に突き刺さった。
双子が苛立たしげに睨み返しているけれど、壇上で距離があるからか、ドーソン氏はさらに声を張り上げた。
「これは皓月殿下の処方でしょう!」
「いいえ。それは僕の処方です」
おお、と、驚愕や困惑や、好奇や侮蔑の声が上がる中。
満を持して、壇上の袖から皓月王子が現れた。
ぎょろりと大きな目と、対照的に小さなおちょぼ口で、勝ち誇ったようにニンマリ笑って。
ビシッと僕を指さした。
「懲りもせず、またぼくの処方を盗んだのだな! ウォルドドグリイブ!」
あ、噛んだ。
僕はようやく、会場となっている王城の別宮『夕星宮』の大広間に足を踏み入れた。
僕が担当する患者さんたちは、僕の顔を見ると安堵の表情を浮かべて、口々に
「ようやくアーネスト様の薬湯をいただけるのですね」
「心待ちにしておりました」
と喜んでくれた。
お待たせしてしまって申しわけない気持ちでいっぱいです。
しかし彼らが安堵したのは、単に僕の薬湯を飲めるからというより、抽選で皓月王子の薬湯を飲む班になった患者たちが、日を増すごとに注目され、盛り上がっているせいでもあったろう。
「素晴らしい効き目です! 三日目でもう、痛みが和らぎました!」
「この口当たりがまた爽やかで……美味しい上に躰がどんどん軽くなるのですから。皓月殿下が、これほど素晴らしい薬師の才能をお持ちとは」
「ウォルドグレイブ伯爵といえど、この薬湯以上の薬湯を出すのは至難の業でしょう」
などと、もう大絶賛で。
その話を聞いた人々から、たいそう羨ましがられているらしい。
だから僕が担当する方たちも、内心、自分たちも皓月王子の班に入れたらよかった……と羨む気持ちが半分、僕の薬湯がさらに高い効果を発揮することを期待する気持ちが半分、といった様子。
みるみる良くなっていく人たちを見たら羨んで当然だ。もどかしい思いをさせてしまって本当に申しわけない。
「ドーソンたちが、皓月を絶賛する評価を広めさせてるみたいだな」
寒月が、彫像みたいに端整な顔をしかめた。
双子は今日も当然のように、会場まで付き添ってくれている。
二人も忙しいだろうし、浬祥さんが「なんなら、ぼくが護衛をしてあげるよ」と申し出てくれたので、ありがたくお受けしようと思ったら。双子に即却下された。
「お前の護衛は、ほかの者に任せられない。あのクソ女が関わっているのなら、なおのこと」
……王妃が関わっているのは確定事項なのだろうか。
僕が今日の会場入りに向けて準備していたあいだ、二人も部下たちと共に忙しく動き回っていたようだけれど……詳しいことは聞かされていない。
でも、とりあえず今は、薬湯勝負に集中するとして。
寒月の言う通り、会場に入ってみれば、「すでに勝敗は決した」という空気が漂っていた。
聞こえよがしな僕への批難も飛び交っているし……。
「聞きましたか? ウォルドグレイブ伯爵の不正を」
「薬舗で評判の商品はすべて、皓月殿下の処方を盗んだものだったとか」
「歪んだ自己顕示欲のために、愚かなことを。おかげで孤児たちが酷い目に遭った」
「その孤児たちを治療したのは、皓月殿下の薬湯だったのですよ」
会場には患者たちのほかに、薬師と医師の協会員たちや、王室の長官や侍従たち、医療と福祉担当の大臣や職員らのほか、彼らを世話するための使用人たちなど、思っていたより大勢の人間が集まっている。
審問会では中立的な立場をとっていた協会員たちも、皓月王子の『実力』を目にして、今では僕を疑う方向に傾いているみたい。
会場の空気感は、ほぼ敵地。
「ドーソンや御形たち以外にも、情報戦であの馬鹿を持ち上げ、アーネストを貶めた奴らは多そうだな」
「それこそ、あのクソ女の得意とするところだ」
そう言った青月の、ヒヤリとするような視線の先には、弓庭後侯爵がいた。
王妃の実家である弓庭後家の侯爵。白銅くん曰く「髭の人」。
さらによく見れば、人垣の向こうに、白銅くん曰く「起き上がりこぼしみたい」な守道子爵と、「頭に小さい巻きうんこが乗ってるみたい」な蟹清伯爵と、おなじみのアルデンホフ氏もいた。
彼らは僕を観察していたようで、目が合ったので微笑んで会釈したが、スッと視線を逸らされてしまった。
だが弓庭後侯とアルデンホフ氏は、かまわず僕を見据えている。
露骨な蔑みの色を浮かべて。
「殿下方の元婚約者候補の父君たちが勢揃いですね」
白銅くんも、彼らの視線に気づいていたようだ。
「アーネスト様の悪い噂には、きっとあの方たちも絡んでると思います! まだ殿下方に娘を嫁がせることを諦めてないんですよっ!」
「でも、その証拠があるわけじゃないからねえ」
そう注意すると、白銅くんは悔しそうに呟いた。
「……アル起き上がり巻きうんこ髭」
何その呪文。危うく吹き出しかけたよ。
しかし笑っている場合ではなかった。
先に提出しておいた薬湯を試飲した協会員たちが……とりわけドーソン氏や御形氏たちが、にわかに騒ぎ出した。
――始まったようだ。
「ウォルドグレイブ卿!」
「はい何でしょう、ドーソン副会長」
「貴殿のこの薬湯は何なのです!? まるっきり、皓月殿下と同じものと思われますが!」
わざと壇上から大声で指摘したのだろう。
会場全体がざわめき立ち、皆の視線が僕に突き刺さった。
双子が苛立たしげに睨み返しているけれど、壇上で距離があるからか、ドーソン氏はさらに声を張り上げた。
「これは皓月殿下の処方でしょう!」
「いいえ。それは僕の処方です」
おお、と、驚愕や困惑や、好奇や侮蔑の声が上がる中。
満を持して、壇上の袖から皓月王子が現れた。
ぎょろりと大きな目と、対照的に小さなおちょぼ口で、勝ち誇ったようにニンマリ笑って。
ビシッと僕を指さした。
「懲りもせず、またぼくの処方を盗んだのだな! ウォルドドグリイブ!」
あ、噛んだ。
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