召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
50 / 259
第9章 薬湯勝負

双虎の制裁

しおりを挟む
⚠ご注意:
このエピソードは残酷・暴力描写があります。読まなくとも本編が理解できなくなることはありませんので、苦手な方はスルーをお願いいたします。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓







 獣人は普通の人間より聴覚と嗅覚が発達している。
 その中でも特に優れた嗅覚を持つのがクマとイヌ、オオカミの獣人で、寒月と青月は彼らの能力をさらに鍛えた。
 そこから特に優秀な兵たちを選抜して『嗅覚追跡部隊』とし――仲間内では『鼻部隊』と呼ばれているが――彼らは対象者の追跡や、災害時の人命救助などで力を発揮している。

 アーネストの処方が盗まれたと判明した翌日には、『鼻部隊』の隊長が、薬舗の裏切り者を特定したと報告しに来た。
 庭師の親方芭宣バセンの口利きで入った、瀬頭セズという男だった。

 長いこと芭宣のもとで見習いとして働き、ようやく独立できようかという頃だったのに、アーネストの薬舗の従業員を探しているという話を知るや、ぜひそちらで働きたいと芭宣に頼み込んだのだという。

「庭師として働くうちに、自分が本当に惹かれるのは薬草の活用法なのだと気づきました」

 そう言って。
 もともと草木の世話が好きだから庭師を選んだのであって、薬草に特化して学びたいと考えるようになっても不思議はない。
 芭宣も庭師仲間も驚きはしたが、「いろいろ経験するのも良いことだ」と、快く送り出した。

 瀬頭は真面目な男だった。
 しかし鼻部隊からの報告ののち、改めて素行調査をさせると、昨年頃から商売女のもとへ通い詰めていたことがわかった。
 芭宣も知らなかったようだが、相手の若い女に夢中になって、時間と金を注ぎ込んでいた。

 脇目もふらず働いてきた真面目な男が、遊び方を知らぬままハマってしまった典型例。
 瀬頭は久方ぶりの恋愛感情を暴走させて、女を独占しようと見栄を張り、借金してまで貢ぎまくった。

 けれど相手も商売。金の切れ目が縁の切れ目。
 女に会ってもらえなくなり、店の入り口で追い返されるようになっても、未練の塊だった瀬頭。
 そんな男を金で釣るのは、実にたやすいことだったろう。
 
 鋭敏な『鼻』は、双子がアーネストに贈った『薬草研究室』の中に、瀬頭のニオイを嗅ぎ取った。
 瀬頭が薬草室と仕切られた休憩室を探ってくれたおかげで、薬草の匂いに紛れず、彼のニオイが机や本棚のあちらこちらに残っていた。


⁂ ⁂ ⁂


「頼まれた処方以外にも、売れるものは無いかと探し回ったんだろうなあ」

 ちらちらと粉雪が舞い始めた森の中。
 寒月は気遣いすら感じさせる声で、「必死だったんだろう、わかるぞー」とうなずいた。

「惚れた相手のためなら、何だってしてやりたいし贅沢もさせたいもんなあ。よおくわかるぞー。だがなあ……盗みは駄目だ、盗みは」

 子供に言い聞かせるように、「めっ!」と睨まれた瀬頭は、腰を抜かした背を白樺の幹に打たれて、歯の根も噛み合わぬほど震えながら首を振った。

「ひぃ、ひいっ、もっ、申しわけっ、ででっ出来心で……っ」

「そうかあ、出来心かあ。出来心で、お前たちを信頼しきっている優しい妻を裏切って、出来心で、俺たちが妻のために心を込めてつくらせた薬草研究室に忍び込んで散々探し回ったり、妻の人一倍手の込んだ大切な大切な処方や製造方法を、逐一調べ上げたり売っぱらったりしたのかあ」

「ひいいっ、どうか、どうかお赦しくださっ」
「うるさい」

 唸り声を叩きつけたのは青月だ。

 強くなってきた風が銀髪をかき上げ、雪片もみるみる勢いを増していく。すぐに吹雪になるだろう。
 青月が無感情に見据える先には、苦痛の呻きを漏らして転がる男たちがいた。
 一昨日、浬祥が乗ったアーネストの馬車を追ってきた男たちだ。

 追跡を得意とする部下は『鼻部隊』だけではない。
 双子王子の優秀な部下たちは、愚か者たちをすぐさま特定した。

 男たちの半数以上が、金で動く軍人崩れ。
 残りは城の使用人で、瀬頭と似たりよったりの金に釣られた者たちだった。

「金なんぞあっても、生きてなきゃ意味ねえだろうになあ」

 寒月が、心底同情するというように語りかけると、男たちが命乞いの悲鳴を上げた。
 馬車を狙った男たちは、この森に連れてこられた時点で、太腿を刺し貫かれている。下手に逃げようとしたせいで急所を刺され、大量出血で意識朦朧としている者もいるが、足掻く元気の残っていたひとりが、どうにか立ち上がって青月に背を向けた。
 途端、

「あがああああああっ!」

 雪上に、鮮血が弧を描いて飛び散った。

「うあああっ、たす、たすけ、」

 虎の爪でふくらはぎを裂かれて、男は転げ回りながら泣き叫ぶ。
 それを見おろす青い瞳は、雪よりも冷酷に瞳孔を細めた。

「浬祥ほどのアホでも、アーネストの前では話さなかったが。馬車にいるのが浬祥だと気づくまで、お前たちはアーネストが俺たち抜きで出かけたと思って、大喜びしていたらしいな。興奮状態で下衆な言葉を投げつけてきたとか。
 そう、『こんな美味しい機会に恵まれるとはな』だったか? 『別嬪さん、俺たちとイイことしようぜ』『あの王子たちを夢中にさせる躰だ、何発でもヤれそうだぜ』とも言っていたとか?」

「ひえっ、そ、それは……っ」

 寒月も、やれやれと肩をすくめながら続けた。

「『俺が先だ』『うるせえ、早い者勝ちだ』――どいつもこいつも、それこそ飢えた獣状態だったらしいなあ。同じ獣人として、ほんとに情けないぜ」

「ちがっ、そんな、おれたちはそんなっ、人違いだ、ちがいますうぅぅ!」

「浬祥はアホだが、とっさに人相特徴をおぼえるのは得意だ。おかげで部下たちが捜索する際も役立った。さて、」

 青月が振り返ると、木立ちの後方に控えていた部下たちが整列した。
 ボスの合図で獲物に襲い掛かる、獣たちの動きで。
 瀬頭らは、涙も小便もこぼしながら叫んだ。

「殿下あ! 二度としませんっ、二度としませんからあ!」
「どうか、どうかお赦しください、お助けくださいぃぃ」 

 白く塗り潰されていく世界で、双子王子の瞳が暗く光った。

「てめえらだってわかってんだろ。他国の者から野蛮呼ばわりされようと、獣人の世界では舐められたらおしまいだ。身内を守れない王を支持する民はいねえ」

「王族を欺き、裏切り、妻を嬲り者にしようとした者どもを赦す王子もな」

「だが、ひとりだけ。質問に素直に答えられる奴ひとりだけに、生き残る機会をくれてやろう」

 強風が、悲鳴じみた音をたてて枝を揺らす。
 吹雪が強くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。