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第9章 薬湯勝負
敵の目的
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それであんなにあわてて訪ねて来てくれたのか……。
会って間もない、浬祥さんから見れば何の益もない、敵国の元皇子のために。
感謝と嬉しさが込み上げて、胸がじーんとあたたかくなった。
「浬祥様は命の恩人です。ありがとうございます」
「わかってくれたか、恋のライバルよ!」
ガシッと交わした握手を、双子に引き剥がされた。
「浬祥てめえ。新品の馬車を勝手に乗り回しといて、なに格好つけてんだ」
「おい。おが屑を仕込まれた馬車で帰ってきたってことか?」
寒月の怒声と青月の詰問に、浬祥さんはにっこり笑顔を返した。
「細工された証拠を残さなきゃならないから、馬車はそのまま馭者ごと置いてきたよ。馬だけ一頭外して乗ってきたのさ」
「この野郎、それを早く言え! アーネストの馬車は装飾だけでも金目の物だらけなんだ。郊外なんぞに置きっぱにしたら、盗賊に解体されて馬と一緒に持ってかれるだろうが!」
「今ごろ馭者しか残っていないかもな」
浬祥さん……僕を思って行動してくれたのに、双子から怒られまくっている。報われない人だ。
しかし確かに、金目の物をむざむざ失うのは惜しい。どうせ売っぱらうなら僕の借金に充てたい。
青月に指示された白銅くんが、双子の部下に馬車の回収指示を伝えに行った。馬も馭者さんも無事だといいのだけれど。
「浬祥のアホっぷりは諦めるとして、アーネストが狙われてるとわかったのは幸いだった」
唸るような寒月の声に、青月も首肯した。
「俺たちが同行することはわかっていただろうに、舐められたものだな」
殺気を放つ二人をよそに、浬祥さんはうっとりと彼らに見惚れている。
この三人が今、虎の姿だったなら……ド迫力のモフモフモフ。
それはともかく。
「僕が狙われたのは間違いないようだけど、本気で命を奪おうとしたわけではないのかも」
三者が一斉に僕を見た。
寒月から「どうしてそう思うんだ?」と問われて、「なんとなくだけど」と小首をかしげる。
「青月の言うように、きみたちと一緒のときをわざわざ狙ってくるのは不自然じゃない? 僕が襲う側なら、双子王子がいないときを選ぶよ」
「普通に考えりゃそうだが、実際に馬車に細工をされたし、怪しい奴らに襲われかけただろう。乗ってたのが浬祥だからよかったものの」
寒月は眉根を寄せたが、青月は思案顔で呟いた。
「……だが、半端な細工ではあったわけだ。……まさか目的は、時間稼ぎか?」
「そうかも」
うなずくと、寒月と浬祥さんが「「時間稼ぎ?」」と目を丸くして僕を見た。
「だって僕の処方を使った薬湯を用意したとしても、同時に出したら、その場で大騒ぎになるよね。それこそきみたちが黙ってないし。向こうは絶対に、僕を出し抜きたかったはずだから」
「馬車にボヤを出してでも時間稼ぎをして、馬鹿が先に薬湯を出せれば充分だったってわけか」
「ん? きみの処方を使った薬湯を用意って、どういうこと?」
合点がいった寒月の向かいで、浬祥さんには新たな疑問を増やしてしまったが、その説明はあとできちんとしよう。彼が僕の危機に気づいてくれた恩人であることには変わりない。
青月が寒月を見た。
「敵は、アーネストが寝込んで、当日になっても目ざめていないことを知らなかった。身内しか知らないことだからな。
だが城にアーネスト用の馬車があることや、それを使って会場に行く予定だという情報は掴める立場だった」
「つまり城に人脈があって、汚れ仕事をする奴らにも通じた人間」
寒月の言葉に、浬祥さんがのほほんと言った。
「それ全部、王妃に当て嵌まるね」
双子が鋭い視線を彼に向け、僕はズバリ言い切った浬祥さんにドギマギしていたが、双子はクックッと笑い出した。
肉食獣が血の滴る口をひらいたような、獰猛な笑みで。
「珍しく気が合うじゃねえか、浬祥」
寒月が言った、そのとき。
パタパタと駆けてくる足音がして、忙しないノックに「どうぞ」と答えると、息を切らした白銅くんが「アーネスト様!」と飛び込んできた。
「そんなにあわてて、どうしたの? 白銅くん」
「抜け駆けされました!」
「え、何のこと?」
「今ちょうどハグマイヤーさんに会ったのですが、刹淵さんから連絡が入ったとかで」
隣に座らせ、背中を撫でて落ち着かせると、「ふう」とひと息ついた白銅くんが、僕ら全員を見回した。
「勝負の様子を見に、陛下が会場へいらしたそうなんです」
「「親父が?」」
「はい。それで、皓月殿下の薬湯がとても評判が良いことを知り、ぜひ召し上がりたいと」
「飲んだんか」
目を剥いた寒月に白銅くんがうなずくと、青月も顔をしかめた。
「何やってんだ親父は」
「あの馬鹿もだ! 勝負で勝ったほうが献上するとか言っておいて」
「陛下も『すごく美味しい』とお気に入りのご様子だったとか」
「陛下がお褒めになったことが広まったら、ますます皓月くんが有利になるねえ」
のんびり言った浬祥さんに、「そうですねえ」とのんびり返すと、白銅くんから
「そんなのダメですっ」
と怒られた。睨まれたのは浬祥さんのみだけど。
青月も憂い顔で、
「そうだぞアーネスト。呑気にかまえてたら、どんどん不利になっていく」
「こうなったら少しでも遅れを取り戻して、お前こそ本物だとわからせないと。どうする、今からでも行くか?」
寒月の言葉に、僕は首を横に振った。
「いや。ちょっと用意しないといけないものが出来たから……行くのは三日後辺りにするよ」
「「「三日後!?」」」
会って間もない、浬祥さんから見れば何の益もない、敵国の元皇子のために。
感謝と嬉しさが込み上げて、胸がじーんとあたたかくなった。
「浬祥様は命の恩人です。ありがとうございます」
「わかってくれたか、恋のライバルよ!」
ガシッと交わした握手を、双子に引き剥がされた。
「浬祥てめえ。新品の馬車を勝手に乗り回しといて、なに格好つけてんだ」
「おい。おが屑を仕込まれた馬車で帰ってきたってことか?」
寒月の怒声と青月の詰問に、浬祥さんはにっこり笑顔を返した。
「細工された証拠を残さなきゃならないから、馬車はそのまま馭者ごと置いてきたよ。馬だけ一頭外して乗ってきたのさ」
「この野郎、それを早く言え! アーネストの馬車は装飾だけでも金目の物だらけなんだ。郊外なんぞに置きっぱにしたら、盗賊に解体されて馬と一緒に持ってかれるだろうが!」
「今ごろ馭者しか残っていないかもな」
浬祥さん……僕を思って行動してくれたのに、双子から怒られまくっている。報われない人だ。
しかし確かに、金目の物をむざむざ失うのは惜しい。どうせ売っぱらうなら僕の借金に充てたい。
青月に指示された白銅くんが、双子の部下に馬車の回収指示を伝えに行った。馬も馭者さんも無事だといいのだけれど。
「浬祥のアホっぷりは諦めるとして、アーネストが狙われてるとわかったのは幸いだった」
唸るような寒月の声に、青月も首肯した。
「俺たちが同行することはわかっていただろうに、舐められたものだな」
殺気を放つ二人をよそに、浬祥さんはうっとりと彼らに見惚れている。
この三人が今、虎の姿だったなら……ド迫力のモフモフモフ。
それはともかく。
「僕が狙われたのは間違いないようだけど、本気で命を奪おうとしたわけではないのかも」
三者が一斉に僕を見た。
寒月から「どうしてそう思うんだ?」と問われて、「なんとなくだけど」と小首をかしげる。
「青月の言うように、きみたちと一緒のときをわざわざ狙ってくるのは不自然じゃない? 僕が襲う側なら、双子王子がいないときを選ぶよ」
「普通に考えりゃそうだが、実際に馬車に細工をされたし、怪しい奴らに襲われかけただろう。乗ってたのが浬祥だからよかったものの」
寒月は眉根を寄せたが、青月は思案顔で呟いた。
「……だが、半端な細工ではあったわけだ。……まさか目的は、時間稼ぎか?」
「そうかも」
うなずくと、寒月と浬祥さんが「「時間稼ぎ?」」と目を丸くして僕を見た。
「だって僕の処方を使った薬湯を用意したとしても、同時に出したら、その場で大騒ぎになるよね。それこそきみたちが黙ってないし。向こうは絶対に、僕を出し抜きたかったはずだから」
「馬車にボヤを出してでも時間稼ぎをして、馬鹿が先に薬湯を出せれば充分だったってわけか」
「ん? きみの処方を使った薬湯を用意って、どういうこと?」
合点がいった寒月の向かいで、浬祥さんには新たな疑問を増やしてしまったが、その説明はあとできちんとしよう。彼が僕の危機に気づいてくれた恩人であることには変わりない。
青月が寒月を見た。
「敵は、アーネストが寝込んで、当日になっても目ざめていないことを知らなかった。身内しか知らないことだからな。
だが城にアーネスト用の馬車があることや、それを使って会場に行く予定だという情報は掴める立場だった」
「つまり城に人脈があって、汚れ仕事をする奴らにも通じた人間」
寒月の言葉に、浬祥さんがのほほんと言った。
「それ全部、王妃に当て嵌まるね」
双子が鋭い視線を彼に向け、僕はズバリ言い切った浬祥さんにドギマギしていたが、双子はクックッと笑い出した。
肉食獣が血の滴る口をひらいたような、獰猛な笑みで。
「珍しく気が合うじゃねえか、浬祥」
寒月が言った、そのとき。
パタパタと駆けてくる足音がして、忙しないノックに「どうぞ」と答えると、息を切らした白銅くんが「アーネスト様!」と飛び込んできた。
「そんなにあわてて、どうしたの? 白銅くん」
「抜け駆けされました!」
「え、何のこと?」
「今ちょうどハグマイヤーさんに会ったのですが、刹淵さんから連絡が入ったとかで」
隣に座らせ、背中を撫でて落ち着かせると、「ふう」とひと息ついた白銅くんが、僕ら全員を見回した。
「勝負の様子を見に、陛下が会場へいらしたそうなんです」
「「親父が?」」
「はい。それで、皓月殿下の薬湯がとても評判が良いことを知り、ぜひ召し上がりたいと」
「飲んだんか」
目を剥いた寒月に白銅くんがうなずくと、青月も顔をしかめた。
「何やってんだ親父は」
「あの馬鹿もだ! 勝負で勝ったほうが献上するとか言っておいて」
「陛下も『すごく美味しい』とお気に入りのご様子だったとか」
「陛下がお褒めになったことが広まったら、ますます皓月くんが有利になるねえ」
のんびり言った浬祥さんに、「そうですねえ」とのんびり返すと、白銅くんから
「そんなのダメですっ」
と怒られた。睨まれたのは浬祥さんのみだけど。
青月も憂い顔で、
「そうだぞアーネスト。呑気にかまえてたら、どんどん不利になっていく」
「こうなったら少しでも遅れを取り戻して、お前こそ本物だとわからせないと。どうする、今からでも行くか?」
寒月の言葉に、僕は首を横に振った。
「いや。ちょっと用意しないといけないものが出来たから……行くのは三日後辺りにするよ」
「「「三日後!?」」」
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