召し使い様の分際で

月齢

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第9章 薬湯勝負

賑やかに一大事

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「アーネスト。その薬湯の詳しい処方を、誰かに話したか?」

 青い瞳に剣呑な光を宿して、青月が問うてきた。
 
「う、うん。薬舗の従業員は製造に関わっているから、当然知ってるよ。盗作騒ぎがなければ、試用が終わり次第すぐに売り出すはずだったから、もう商品の準備もできているんだ。
 でもみんな、ハグマイヤーさんや庭師の芭宣バセン親方や、信頼できる人たちからの紹介で雇ったのだし。処方を持ち出して悪用するとは思えないよ」

 寒月が「よし、わかった」と大きくうなずいた。

「すぐにそいつらを調べよう」
「そうだな」

 なぜに。
 僕の信用が無かったことに。

「あの馬鹿が、あれほど自信満々だったのは、アーネストの処方を利用する気だったからか」
「道理で、良質な薬湯なわけだ」

 双子は同時に立ち上がり、すぐにも従業員たちを問い詰めようという勢いだったので、あわてて制した。

「でもでも、処方だけわかっていても、誰でも作れるというものではないよ?」

 僕の言葉に、青月が首を横に振る。

「あの馬鹿には――というか奴の母親のクソ女には、使える人間がたくさんいる。医師協会と薬師協会にも支持者がいる。資金も医師も薬師もそろえられる上に、お前の薬舗の従業員が、詳細な製法を漏らしていたなら……わかるな?」

「う」

 わかる、と言いたくなくてうつむいた。
 店長の三自ミツジさんをはじめ、薬舗の従業員はみんな、開店時から一緒に頑張ってきた人たちだ。
 盗用の疑いをかけられた僕を、「そんな疑いはすぐ晴れるに決まってます! 再開に向けて頑張りましょう!」と、笑顔で励ましてくれた。
 たいせつな仲間を、疑いたくないよ……。

 「アーネスト様ぁ……」

 がっくりとうな垂れていたら、白銅くんが涙目で気遣ってくれた。
 うう。本当に優しい子だなあ。
 それに比べて双子ときたら。
 扉へと歩きながら、もはや戦闘態勢で、

「『鼻』部隊を投入するか?」
「それが手っ取り早い。よっしゃ狩りだ。おい、久し振りに肉片飛ばし競争しようぜ」

 あわてて白銅くんの猫耳を塞いだ。
 ちょっと何言ってんの? 何言ってるのかわからないけど怖い!
 肉片ってきっとアレだよね、多肉植物の。そうだと言ってくれ。

 あわあわしながら引き留めようとしたそのとき、廊下側からバン! と乱暴に扉がひらかれた。
 危うく、ちょうど扉の前にいた青月の顔面にぶつかるところだったが、さすがの反射神経で即座に飛び退き難を逃れた。
 その、ひらかれた扉から顔を出したのは――

「ここにいるかいっ!? 恋のライバルよ!」
浬祥リショウ様?」

 双子の従兄弟、浬祥さんだ。
 栴木公の手紙の件以来だけど、相変わらず賑やかな登場だなあ。

 驚いて声を上げた僕とは対照的に、双子はいきなり現れた従兄弟を無言で睨み返していた。特に扉で顔を打たれそうになった青月は、氷点下の視線を向けている。
 なのに浬祥さんは、双子の不機嫌より自分の恋ごころが勝ったらしい。

「おおう、双子よ! 二人そろってお出迎えかい? ぼくの来訪がそんなに嬉しいのか。愛しい妻たち、なんて可愛らしいんだ」
「「コロス」」

 クワッと牙を剥いた双子を、「待て待て待て待て」と急いで止めるあいだに、有能な白銅くんが話を進めてくれた。

「何のご用ですか、浬祥様! 殿下方もアーネスト様も、今とてもお忙しいんですよ!」
「子猫め! ぼくだけが暇だと決めつけるな! ぼくとて火急の用だからこそ飛んできたのだ!」

 キッと厳しい目を白銅くんに向けている浬祥さんに、僕は勢い込んで話しかけた。

「浬祥様! よかった、お話したいことがあったんです!」
「話? いや、ぼくのほうこそ、きみに急用で来たのだが。きみも急ぎの用なのかい?」
「そうなのです」
「では、お先にどうぞ」
「ありがとうございます。では早速」

 双子が「「アーネスト、そんな奴ほうっておけ!」」などと騒いでいるが、そんなもったいないことはできない。彼にはぜひ、確認したいことがあったのだ。

栴木センボク閣下が僕に出した条件で、『五千万キューズの資金を一年以内に得て、知力と財力による王子への支援が可能であると証明すること』とありましたよね」

「ああ、あったね」

「ところで僕は、賠償金五千億キューズという、類稀なる借金持ちです」

「類稀なる……うん、まあ、確かにそうだね」

「そこでお尋ねします。閣下からの課題の五千万キューズを調達し、課題達成できた暁には、そのお金は賠償金の返済に充ててよろしいでしょうか?」

「父上からは使い道まで聞いてないから、わからないな。でもきみがあのとき、父上に対して挑戦的な発言をしたことは、アルデンホフたちがバラしてるから。良い印象は持たれてないだろうし期待しないほうが」

「では、充ててよしということで」
「白銅。彼はぼくの答えを聞いていないね」
「アーネスト様は、情報を前向きに解釈する天才なのです」

 ん? あ、そういえば。

「浬祥様は、どうしてこちらへいらしたのですか?」
「はっ。そうだった! 金の話などしている場合ではないのだ! 聞いておくれ、我が愛しの双子と恋のライバルとついでに子猫!」

 そう叫んだと同時に、浬祥さんは双子の手で部屋の外へと押し出され、「ああっ! 一大事なのに!」と、抗議しながら戻ってきた。

「一大事って何だ」

 気づけば白銅くんまで浬祥さんを押していたが、寒月が仕方なさそうに訊くと、浬祥さんは真剣な眼差しで僕を見た。

「アーネストくん。きみは命を狙われている」
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