召し使い様の分際で

月齢

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第9章 薬湯勝負

さっそく出遅れたアーネスト

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 審問会が終わり。
 皓月王子から「性悪め! 何が妖精の血筋だ、この妖魔め!」と罵られながら会議室を辞した。

 はっはっはっ。
 何と言われようと意気軒昂。
 守銭奴と化した僕の胸には、「これで賠償金五千億キューズのうち一千億を返せるかも!」という夢と野望があふれているのだから。

 廊下に出たとたん空気が冷たくて、息が白くなったけど、すかさず双子が左右から温めてくれる。やっぱりまだ体調が回復しきっていないので、二人の体温がとてもありがたい。
 部屋まで一緒に歩きながら、寒月はずっと愉快そうに笑っていた。

「確かに、金儲けの話となるとアーネストは生き生きしてるよな」
「ぶんどる気満々という気迫がみごとだった」

 青月まで吹き出してるし。
 でももう、気持ちを薬湯勝負に切り替えないと。
 
「すぐに患者さんを手配して、明日のこの時間から服用してもらおうと言ってたよね」

 皓月王子側と双子とで、王様と似た症状の患者を五十名ほど集め、公正を保つためクジ引きで彼らを半数に分ける。そうして自分が担当する患者たちに薬湯を飲んでもらい、評価をもらう。
 ――という方法は良いとして。
 明日からすぐ始めるというので、そこは驚いた。

「手回しがよすぎることも、やけに急いでいることも、何もかも怪しい」

 青月が言うと、寒月も心配そうに眉根を寄せた。

「もう少し奴らの背後を調査してから、返事すりゃよかったんじゃね?」

「うん。でも薬舗の新商品で、ちょうどいいのがあるから。ほら、碧雲町で青月から『それは何の薬だ?』って訊かれた薬湯」

「ああ、古傷の痛みや関節痛に効くから、傷病兵の療養施設で提供したいと言ってたアレか」
「へえ。それは確かに、今回の勝負で出すのにちょうどよさげだな」

「そうなんだ。とても繊細な配合なんだけど、ダースティンでよく作っていたから不安は無い。ただ今回は醍牙産の原料のみで作ることにしたから、試用期間を長めにとったんだけど。でももう、」

 あ。

 ぐらりと視界が歪んだ。

「「アーネスト!?」」

 傾いた躰が、双子の太い腕に支えられる。
 いやあ、安心安心。二人がいると安心して倒れられるよ。
 ……とか考えている場合ではないな。
 躰に力が入らない。
 くんにゃりと萎れた雑草みたいに、二人の腕に引っかかってる。

 ……ああ、またか……。
 これ、さっき倒れたときと一緒だ。
 やはり原因はアレか。なるほどよくわかった。

「おいアーネスト!」
「医者だ。医務室に連れて行くぞ」

 本当に雑草程度の重さしかないように、軽々僕を抱き上げた寒月の腕の中で、僕はようやく声を絞り出した。

「……いい……寝てれば治るやつ、だから……」
「さっきもそんなこと言ってたじゃないか!」

 青月の怒ったような声。
 うぅ。ご心配ごもっともです。本当に申しわけない。

「原因、わかってる……から……」
「そうなのか!?」
「そうだとしてもっ」

 困惑しきった二人の声を聞きながら、僕の意識はストンと途切れた。


⁂ ⁂ ⁂


 夢を見ていた。
 これは夢だとわかっている夢。
 亡くなった母が、目の前にいるから。
 母の柔らかな手につながれた僕の手も、ずいぶんちっちゃい。

 二人で庭の花を見ている。
 そういえば、昔はよく母と花を見ていた。

 真っ白な芍薬に似た、大輪のその花は、たいへん珍しい花らしく。
 ジェームズは『ローズマリー様のお庭にしか咲きません』と言っていた。

『このお花、いつもは真っ白でしょう? でも妖精さんが宿ると、色が変わるのよ』 

 優しい声。胸が震えるほど懐かしい。
 もうすっかり思い出せなくなっていた声。

『なんのお色になゆの?』
『母様が見たときは、とっても可憐な薄桃色だったわ』
『妖精さん、桃がおしゅき?』
『ふふっ。そうかもしれないわね。でもね、薄桃色だったのは、きっと――……』


⁂ ⁂ ⁂


 目ざめると、見覚えのある私室の天井が、ぼんやりと見えた。

「ああっ! アーネスト様が起きたーっ!」

 泣き出しそうな声が聞こえたと思ったら、視界に白銅くんが飛び込んできた。

「白銅くん、帰ってたの……?」
「はい! ちゃんと王女殿下に普通マルムを届けてきました! でも戻ったら、アーネスト様が倒れたと聞いて……ううっ。心配しましたよう」
「ごめんね。でももう大丈夫だからね」

 そう言ったのは強がりでなく、本当に、頭もすっきり覚醒していた。
 覚醒しすぎて、早くも夢の内容が曖昧。
 なんだかとても、おぼえておきたい夢だったのに。

 えっと……花の色。そう、花の色。

 ダースティンに落ち着くまで、母は僕と共に国内を転々と移り住んでいた。でも借り家の庭であっても、母が世話する庭には、あの花が咲いていた。
 艶々とした緑の葉っぱに白い大輪の花が映えて、次々咲き誇ると、庭に小さな月を集めたみたいに明るく見えた。

 母亡きあとも、忘れた頃に咲くことはあったけれど。
 近年はさっぱり見かけなくなり、忘れていた。

「妖精が宿ると……」
「どうしましたか? アーネスト様。どこか痛みますか?」
「あ、ううん。大丈夫だよ。あれ? まだ日の入り前? もう少し長く眠っていたと思ったのに」

 日の傾きが、倒れる前に見たのと同じくらいだ。
 すると白銅くんが、気遣わしげに僕の手を握った。

「アーネスト様はほんとに長く眠っていらっしゃいましたよ。昨日お倒れになってから、丸一日眠りっぱなしだったんです」

 ……え?
 ほんとに?

「……あれまー」

 間の抜けた声が出た。
 道理で、白銅くんが涙目で心配していたわけだ。

「殿下方も代わるがわるいらしてましたが、アーネスト様の代わりに薬湯勝負の様子を見てくると行って、先刻お出かけに」

「あっ! そうだった!」

 がばっと起き上がると、胸の上からマルム茸が転がり落ちた。
 白銅くん……こんなところにマルム茸を置いて。お見舞いのつもりかな?
 いや、マルムのことは今はいい。

 双子が様子見に行ったということは、僕がいなくても勝負は始まっているということか。

「ほへー……初っ端から出遅れたなあ」
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