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第8章 不穏な影
犬猿の仲
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会議室に戻り、お待たせしてしまった協会員の皆さんにお詫びをして、では再開しましょうかということになったのだが、今度はハーケン氏こと皓月王子がいなかった。
双子に灰まみれにされた顔を泣きながら洗いに行ったまま、戻ってこないのだという。
「そのまま逃げる気じゃねえだろうな!」
寒月がグルァと唸ると、議長さんたちがビクッと肩をすくめた。
「ド、ドーソン副会長が付き添っておりますゆえ、大丈夫ではないかと」
双子はすっかり「元から参加者でした」という態度でふんぞりかえっているが、彼らに挟まれた僕は、青月の向こうに座る刹淵さんにペコペコ頭を下げた。
「寒月と青月の参加を認めてくださって、ありがとうございます」
刹淵さんの微笑がそのときだけ、ちょっぴり苦笑になった。
「想定していた段取りが崩壊してしまいましたので、陛下も許してくださるでしょう」
その発言に、青月が眉根を寄せる。
「想定していた段取りって、さっきあの馬鹿が言ってた『主張』のことか」
「はい。陛下も最初から、ハーケン氏が皓月殿下だと把握していたわけではありません。とつぜん帰城された皓月殿下に驚かれ、その行いに説教もされておりました。
そして寒月殿下と青月殿下、そしてアーネスト様に、ご自分の口から事情を話すようにと命じられたのです」
「なるほど。だから二人に『発言禁止』と仰ったのですね」
僕が大きく首肯すると、左右から「「何がなるほどなんだよ」」と不満の声が上がった。
「だってきみたちの反応を見る限り、そうでもしないと皓月殿下が出てきた途端に追い回しそうじゃないか」
「当たり前だろ! つーか殿下なんて呼ばなくていい、あいつの肩書きは『馬鹿』だ」
「あの馬鹿とクソ女は、殺されないだけありがたいと思うべきだ」
うーむ。双子がむかしエルバータの奴隷商人に売られたときの黒幕が、正妃ではないかという話だから……二人が正妃たちを憎む気持ちはよくわかる。
それでも話を聞かないことには始まらないので、この場は我慢してくれるようお願いすると、渋々うなずいてくれた。
と、気づけば僕たちの様子を窺っていたらしき協会員の皆さんが、半ば呆然とした視線を僕に向けている。
「信じられん……あの王子殿下方が、誰かの指図に従うなんて」
「しかも犬猿の仲の皓月殿下絡みで」
「もしや妖精の魔法?」
いろいろ囁かれているが眼中に無い様子で、寒月は僕の手を握った。
「それはそうと、アーネスト。倒れたばっかのわりに、元気じゃねえか?」
青月も同意しながら腰に手を回してくる。
「ああ、俺も気になっていた。いつもならまだ寝込んでいそうなのに」
「うん。いつもの体調不良ならそうなんだけど、今回は」
話の途中で、バン! と勢いよく扉がひらいた。
ドカドカ荒い足音と共に入室してきたのは、ぽっちゃり体形の青年。身長は僕と同じくらいだろうか。
うしろにタオルを持ったドーソン氏が付き従っているということは……この人が皓月王子、なのだろう。
「ちくしょう、ひどい目に遭った! 双子め、次に会ったらヒィヒィ言わせてやる!」
ドカッと議長の隣に用意された椅子に腰かけた途端、正面に座る双子に気づいたらしい。
「ヒィィィィーッ!」
悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
それを見ていた双子が声をそろえて
「「な、馬鹿だろ?」」
と言ってきたが、何とも答えがたい。
その間にドーソン氏らに助け起こされた皓月王子は、引きつった笑みを浮かべた。オレンジ色の髪に薄茶の瞳で、双子と似たところは見当たらない。
「あ、兄上たち。てっきり、ウォルドグレイブ伯爵のもとへ行っているものとばかり」
「行ってきたが?」
「ふ、ふん! それで結局、審問会は次回に持ち越し? 皆の時間を無駄にして、良いご身分ですねウォルドグレイブ伯爵は! 妖精の血筋だか何だか知らないけど、自分の躰も治せないのに薬師だなんて、それこそインチキの証明だと思うな、ぼくは!」
「お言葉ですが、薬草の知識があるからこそ、どうにか生きてこられたのです」
双子が殴りかかろうとしているのを察して素早く反論すると、そのときようやく、皓月王子は僕の存在に気づいたらしい。双子のあいだに座っているのに、双子しか目に入っていなかったんだね。
「ふ……お?」
皓月王子は空気漏れのような声を出して、僕をじーっと見つめてきた。
こうして見ると、彼は目がぎょろりと大きい。睫毛もバサバサ音がしそうなほど濃くて長くて、鼻も立派なお団子のようなのだが、口だけはおちょぼ口。
そのおちょぼ口を尖らせて僕を凝視し続けていた王子だが、寒月がバン! と脇机を叩くと、「うひいっ!」と文字通り跳び上がった。
そこでようやく視線を僕から外し、「しっ、心の臓がっ!」と胸を押さえながら寒月を睨む。
「びっくりするじゃないか、寒月兄上!」
「人の嫁を無遠慮に見るんじゃねえ!」
「べっ、別に見てないしぃ。ちょっと美しさが桁違いすぎて時を忘れたとか、そんなことあるはずないしぃ。ま、まったく噂ほどの美人ではないなあ! 兄上たちったら自意識過剰じゃないですかぁ、恥ーずかしー」
「な、馬鹿だろ」
「自分で言ってることすら意味がわかってないんだ」
おどおどしながら挑発してきた皓月王子だが、ガン無視で僕に話しかけてくる双子を見て、涙目で肩を怒らせた。
「ちょっとそこ! 無視するなんて冷酷すぎる!」
「うっせえ馬鹿が! てめえ、自分の立場がまだわかってねえようだな」
寒月が怒鳴ると、皓月王子は「ギャーッ!」と悲鳴を上げて議長さんに抱きついた。
「また灰を塗ったら父上に言いつけるからな! 母上も黙ってないぞ!」
青月がぽつりと呟く。
「やはり城門に吊るすか」
「だな」
「ギャーッ!」
……王様が発言禁止を命じた本当の理由は、これか……。
第三王子の話をちゃんと聞くとかいう以前に、話す段階に至らない。
疲労感に襲われているのは僕だけじゃないらしく、協会員の皆さんも先ほどまでよりげっそりしているし、刹淵さんは……ますます微笑んでいる。
やれやれ……。
議長さんもこの王子たちに注意する気力は無いようなので、仕方なく、僕が声をかけた。
「失礼、殿下方。審問会に何しにいらしたんです? 喧嘩ならよそでお願いします」
双子に灰まみれにされた顔を泣きながら洗いに行ったまま、戻ってこないのだという。
「そのまま逃げる気じゃねえだろうな!」
寒月がグルァと唸ると、議長さんたちがビクッと肩をすくめた。
「ド、ドーソン副会長が付き添っておりますゆえ、大丈夫ではないかと」
双子はすっかり「元から参加者でした」という態度でふんぞりかえっているが、彼らに挟まれた僕は、青月の向こうに座る刹淵さんにペコペコ頭を下げた。
「寒月と青月の参加を認めてくださって、ありがとうございます」
刹淵さんの微笑がそのときだけ、ちょっぴり苦笑になった。
「想定していた段取りが崩壊してしまいましたので、陛下も許してくださるでしょう」
その発言に、青月が眉根を寄せる。
「想定していた段取りって、さっきあの馬鹿が言ってた『主張』のことか」
「はい。陛下も最初から、ハーケン氏が皓月殿下だと把握していたわけではありません。とつぜん帰城された皓月殿下に驚かれ、その行いに説教もされておりました。
そして寒月殿下と青月殿下、そしてアーネスト様に、ご自分の口から事情を話すようにと命じられたのです」
「なるほど。だから二人に『発言禁止』と仰ったのですね」
僕が大きく首肯すると、左右から「「何がなるほどなんだよ」」と不満の声が上がった。
「だってきみたちの反応を見る限り、そうでもしないと皓月殿下が出てきた途端に追い回しそうじゃないか」
「当たり前だろ! つーか殿下なんて呼ばなくていい、あいつの肩書きは『馬鹿』だ」
「あの馬鹿とクソ女は、殺されないだけありがたいと思うべきだ」
うーむ。双子がむかしエルバータの奴隷商人に売られたときの黒幕が、正妃ではないかという話だから……二人が正妃たちを憎む気持ちはよくわかる。
それでも話を聞かないことには始まらないので、この場は我慢してくれるようお願いすると、渋々うなずいてくれた。
と、気づけば僕たちの様子を窺っていたらしき協会員の皆さんが、半ば呆然とした視線を僕に向けている。
「信じられん……あの王子殿下方が、誰かの指図に従うなんて」
「しかも犬猿の仲の皓月殿下絡みで」
「もしや妖精の魔法?」
いろいろ囁かれているが眼中に無い様子で、寒月は僕の手を握った。
「それはそうと、アーネスト。倒れたばっかのわりに、元気じゃねえか?」
青月も同意しながら腰に手を回してくる。
「ああ、俺も気になっていた。いつもならまだ寝込んでいそうなのに」
「うん。いつもの体調不良ならそうなんだけど、今回は」
話の途中で、バン! と勢いよく扉がひらいた。
ドカドカ荒い足音と共に入室してきたのは、ぽっちゃり体形の青年。身長は僕と同じくらいだろうか。
うしろにタオルを持ったドーソン氏が付き従っているということは……この人が皓月王子、なのだろう。
「ちくしょう、ひどい目に遭った! 双子め、次に会ったらヒィヒィ言わせてやる!」
ドカッと議長の隣に用意された椅子に腰かけた途端、正面に座る双子に気づいたらしい。
「ヒィィィィーッ!」
悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
それを見ていた双子が声をそろえて
「「な、馬鹿だろ?」」
と言ってきたが、何とも答えがたい。
その間にドーソン氏らに助け起こされた皓月王子は、引きつった笑みを浮かべた。オレンジ色の髪に薄茶の瞳で、双子と似たところは見当たらない。
「あ、兄上たち。てっきり、ウォルドグレイブ伯爵のもとへ行っているものとばかり」
「行ってきたが?」
「ふ、ふん! それで結局、審問会は次回に持ち越し? 皆の時間を無駄にして、良いご身分ですねウォルドグレイブ伯爵は! 妖精の血筋だか何だか知らないけど、自分の躰も治せないのに薬師だなんて、それこそインチキの証明だと思うな、ぼくは!」
「お言葉ですが、薬草の知識があるからこそ、どうにか生きてこられたのです」
双子が殴りかかろうとしているのを察して素早く反論すると、そのときようやく、皓月王子は僕の存在に気づいたらしい。双子のあいだに座っているのに、双子しか目に入っていなかったんだね。
「ふ……お?」
皓月王子は空気漏れのような声を出して、僕をじーっと見つめてきた。
こうして見ると、彼は目がぎょろりと大きい。睫毛もバサバサ音がしそうなほど濃くて長くて、鼻も立派なお団子のようなのだが、口だけはおちょぼ口。
そのおちょぼ口を尖らせて僕を凝視し続けていた王子だが、寒月がバン! と脇机を叩くと、「うひいっ!」と文字通り跳び上がった。
そこでようやく視線を僕から外し、「しっ、心の臓がっ!」と胸を押さえながら寒月を睨む。
「びっくりするじゃないか、寒月兄上!」
「人の嫁を無遠慮に見るんじゃねえ!」
「べっ、別に見てないしぃ。ちょっと美しさが桁違いすぎて時を忘れたとか、そんなことあるはずないしぃ。ま、まったく噂ほどの美人ではないなあ! 兄上たちったら自意識過剰じゃないですかぁ、恥ーずかしー」
「な、馬鹿だろ」
「自分で言ってることすら意味がわかってないんだ」
おどおどしながら挑発してきた皓月王子だが、ガン無視で僕に話しかけてくる双子を見て、涙目で肩を怒らせた。
「ちょっとそこ! 無視するなんて冷酷すぎる!」
「うっせえ馬鹿が! てめえ、自分の立場がまだわかってねえようだな」
寒月が怒鳴ると、皓月王子は「ギャーッ!」と悲鳴を上げて議長さんに抱きついた。
「また灰を塗ったら父上に言いつけるからな! 母上も黙ってないぞ!」
青月がぽつりと呟く。
「やはり城門に吊るすか」
「だな」
「ギャーッ!」
……王様が発言禁止を命じた本当の理由は、これか……。
第三王子の話をちゃんと聞くとかいう以前に、話す段階に至らない。
疲労感に襲われているのは僕だけじゃないらしく、協会員の皆さんも先ほどまでよりげっそりしているし、刹淵さんは……ますます微笑んでいる。
やれやれ……。
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