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第7章 薬草研究の賜物
森の贈りもの
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『妖精の輪』とは、草地が円形に枯れたり、逆に生い茂ったりしたあとに、キノコが生える現象を指す。
綺麗にまあるく生えるさまが愛らしくも神秘的なので、「妖精が踊った跡」などと言い伝えられ、妖精の輪と呼ばれるようになった。
実際には、キノコの菌が同心円状に広がるのが原因らしいけど。
ダースティンにいた頃、家の庭や森の中でしょっちゅう見かけていた。だから妖精の輪自体には驚かないけれど……
さすがに、マルム茸のみでできた妖精の輪は初めてだ。
しかもひとつだけじゃなく、奥のほうまで飛び石みたいに、いくつも輪が続いている。
「これは……」
「アアアアアーネスト様ーっ! マルムだらけ! マルムの輪だらけーっ!」
青月の声は、白銅くんの叫びにかき消された。
ついさっきまで薬草にコーフンする僕に怯えていたのに、今は白銅くんが大興奮だ。すっかりマルムファンだねえ。
「すごっ、すごごごご」
「うんうん、すごいね」
年齢のわりにしっかりした白銅くんが、我を忘れて騒ぐのは珍しい。そんな白銅くんもまたきゃわいい。
それはともかく、この『マルムの輪』はどこまで続いているのかな。
「森まで続いてるみたいだけど……行ってみていい? 青月」
「ああ、そうしよう」
そう言いながら自分のマフラーを外して、僕の外套の肩にショール代わりにかけてくれた。
「あ、ありがとう……青月が寒くならない?」
「ちっとも。でも寒くなったら、お前があたためてくれ」
ちょっ。
幸せそうなその微笑みが、エグいほど色っぽいんですけどーっ!
はぁはぁ。落ち着け僕。マルム。マルムに集中。
その間にも白銅くんは、「ずーっと続いてますよーっ!」と叫びながら、どんどん走っていく。そうしてすぐに木立ちに隠れて見えなくなった。
「気をつけろよ、白銅!」
声をかけてから、青月の大きな手が指を絡ませてきた。
……確かこういうの、恋人つなぎって言うんだ。
恋愛経験ゼロだったから、ずーっと知識としてしか知らなかった。
そういうのは全部他人ごとで、きっとこのまま恋など知らずに死んでいくんだなあと思ってた。
でも今、実際にこうしてる。
嬉しいな。
恋してる相手と手をつなぐのって、こんなにドキドキ嬉しいものなんだな。
鼻筋の綺麗な横顔を見上げたら、優しい笑みが返ってきた。
微笑み返すと、素早くチュッと唇を吸われた。
「三回目」
「さっきも三回目って言ってた」
「幻聴だ」
くすくす笑い合うのが、胸がくすぐったくなるほど幸せで。
そしてまた青月が顔を寄せてきたので、目を閉じて唇が触れるのを待っていたら。
「うわーっ! アーネスト様ーっ!」
白銅くんの驚愕の声に、ビクッと躰が跳ねた。
青月と目を合わせ、すぐさまそちらへ駆け出そうとしたのだが、当然のように青月に抱き上げられてしまった。
「いっ、いいよ青月、重いから! 僕置いて先に行って!」
「何言ってんだ。花束みたいに軽いぞ」
実際、何の負荷も無いように――四足歩行の獣を思わせる速さで、あっという間に白銅くんに追いついた。
と同時に、白銅くんが何に驚いていたのかもわかった。
「わあ……! 温泉だあ」
そう。白銅くんが立ち尽くすすぐ先に、しっとりと湯気を立てる天然の温泉があった。
壁のような大岩の手前が、自然が生み出した浴槽のように、段差のついたすり鉢状になっていて、滾々と湯が湧き出ている。
「嘘だろ」
青月は呆然と呟いたが、思い出したように、用心深く湯の温度を確かめた。
「少し熱めだが、このまま入れそうだ」
困惑も露わに、こちらへ振り返る。
「温泉なんて……なんで今まで気づかなかったんだ? 土地の者も知らないはずだ」
「もしかして、最近湧き出したのかな」
驚きっぱなしの大人組と違って、白銅くんはキラキラと瞳を輝かせている。
「きっとマルム茸が案内してくれたんですよ! アーネスト様が、『マルムに隠されし秘湯』を見つけられるように!」
「そ、そうなの?」
「そうですよ! だってマルムの輪なんてあり得ないものが、あんなにたくさんあって!」
「そうか。そうだったね、マルムの輪があったということは」
「いうことは!」
「青月! あれ全部売っ払ったら、いくらになると思う?」
「えええええ!」
守銭奴を発動した僕に、白銅くんが悲しげな声を上げた。
「駄目ですよう、アーネスト様ぁ。だって執事さんが仰ってたんですよね? マルム茸に異変が起こったら、売らないでって!」
「え。マルムの輪も異変なの?」
「立派な異変だろうな」
う。青月からも言われてしまった。
そうなのか……マルム茸の異変とは、合体のことばかりじゃないんだね。
「じゃあ、採るだけならいいかな? 親マルムのそばに置いてみたいし」
「わあ! それぜひやりましょう!」
今度は白銅くんも賛成してくれたので、帰り道はキノコ狩りと化したのだが。
「ね、青月」
「ん?」
草の上にあぐらをかいて、採りたてマルム茸を観察していた青月が、顔を上げた。
「あの温泉、検査して問題が無いようなら、近くに療養施設をつくれないかな?」
「療養? ――あ、そうか。ひとつ目の課題か」
「うん、それ」
ひとつ目の課題は、双子が携わっている仕事を、少なくとも二件補佐し、解決に導くこと。
仕事内容の中には、『傷病兵の療養所不足や、社会復帰のための職探しが難航』とあった。
綺麗にまあるく生えるさまが愛らしくも神秘的なので、「妖精が踊った跡」などと言い伝えられ、妖精の輪と呼ばれるようになった。
実際には、キノコの菌が同心円状に広がるのが原因らしいけど。
ダースティンにいた頃、家の庭や森の中でしょっちゅう見かけていた。だから妖精の輪自体には驚かないけれど……
さすがに、マルム茸のみでできた妖精の輪は初めてだ。
しかもひとつだけじゃなく、奥のほうまで飛び石みたいに、いくつも輪が続いている。
「これは……」
「アアアアアーネスト様ーっ! マルムだらけ! マルムの輪だらけーっ!」
青月の声は、白銅くんの叫びにかき消された。
ついさっきまで薬草にコーフンする僕に怯えていたのに、今は白銅くんが大興奮だ。すっかりマルムファンだねえ。
「すごっ、すごごごご」
「うんうん、すごいね」
年齢のわりにしっかりした白銅くんが、我を忘れて騒ぐのは珍しい。そんな白銅くんもまたきゃわいい。
それはともかく、この『マルムの輪』はどこまで続いているのかな。
「森まで続いてるみたいだけど……行ってみていい? 青月」
「ああ、そうしよう」
そう言いながら自分のマフラーを外して、僕の外套の肩にショール代わりにかけてくれた。
「あ、ありがとう……青月が寒くならない?」
「ちっとも。でも寒くなったら、お前があたためてくれ」
ちょっ。
幸せそうなその微笑みが、エグいほど色っぽいんですけどーっ!
はぁはぁ。落ち着け僕。マルム。マルムに集中。
その間にも白銅くんは、「ずーっと続いてますよーっ!」と叫びながら、どんどん走っていく。そうしてすぐに木立ちに隠れて見えなくなった。
「気をつけろよ、白銅!」
声をかけてから、青月の大きな手が指を絡ませてきた。
……確かこういうの、恋人つなぎって言うんだ。
恋愛経験ゼロだったから、ずーっと知識としてしか知らなかった。
そういうのは全部他人ごとで、きっとこのまま恋など知らずに死んでいくんだなあと思ってた。
でも今、実際にこうしてる。
嬉しいな。
恋してる相手と手をつなぐのって、こんなにドキドキ嬉しいものなんだな。
鼻筋の綺麗な横顔を見上げたら、優しい笑みが返ってきた。
微笑み返すと、素早くチュッと唇を吸われた。
「三回目」
「さっきも三回目って言ってた」
「幻聴だ」
くすくす笑い合うのが、胸がくすぐったくなるほど幸せで。
そしてまた青月が顔を寄せてきたので、目を閉じて唇が触れるのを待っていたら。
「うわーっ! アーネスト様ーっ!」
白銅くんの驚愕の声に、ビクッと躰が跳ねた。
青月と目を合わせ、すぐさまそちらへ駆け出そうとしたのだが、当然のように青月に抱き上げられてしまった。
「いっ、いいよ青月、重いから! 僕置いて先に行って!」
「何言ってんだ。花束みたいに軽いぞ」
実際、何の負荷も無いように――四足歩行の獣を思わせる速さで、あっという間に白銅くんに追いついた。
と同時に、白銅くんが何に驚いていたのかもわかった。
「わあ……! 温泉だあ」
そう。白銅くんが立ち尽くすすぐ先に、しっとりと湯気を立てる天然の温泉があった。
壁のような大岩の手前が、自然が生み出した浴槽のように、段差のついたすり鉢状になっていて、滾々と湯が湧き出ている。
「嘘だろ」
青月は呆然と呟いたが、思い出したように、用心深く湯の温度を確かめた。
「少し熱めだが、このまま入れそうだ」
困惑も露わに、こちらへ振り返る。
「温泉なんて……なんで今まで気づかなかったんだ? 土地の者も知らないはずだ」
「もしかして、最近湧き出したのかな」
驚きっぱなしの大人組と違って、白銅くんはキラキラと瞳を輝かせている。
「きっとマルム茸が案内してくれたんですよ! アーネスト様が、『マルムに隠されし秘湯』を見つけられるように!」
「そ、そうなの?」
「そうですよ! だってマルムの輪なんてあり得ないものが、あんなにたくさんあって!」
「そうか。そうだったね、マルムの輪があったということは」
「いうことは!」
「青月! あれ全部売っ払ったら、いくらになると思う?」
「えええええ!」
守銭奴を発動した僕に、白銅くんが悲しげな声を上げた。
「駄目ですよう、アーネスト様ぁ。だって執事さんが仰ってたんですよね? マルム茸に異変が起こったら、売らないでって!」
「え。マルムの輪も異変なの?」
「立派な異変だろうな」
う。青月からも言われてしまった。
そうなのか……マルム茸の異変とは、合体のことばかりじゃないんだね。
「じゃあ、採るだけならいいかな? 親マルムのそばに置いてみたいし」
「わあ! それぜひやりましょう!」
今度は白銅くんも賛成してくれたので、帰り道はキノコ狩りと化したのだが。
「ね、青月」
「ん?」
草の上にあぐらをかいて、採りたてマルム茸を観察していた青月が、顔を上げた。
「あの温泉、検査して問題が無いようなら、近くに療養施設をつくれないかな?」
「療養? ――あ、そうか。ひとつ目の課題か」
「うん、それ」
ひとつ目の課題は、双子が携わっている仕事を、少なくとも二件補佐し、解決に導くこと。
仕事内容の中には、『傷病兵の療養所不足や、社会復帰のための職探しが難航』とあった。
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