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5.ルイス・ド・コンバルト

あとひとり

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「そうか、ルイスもドレスを着て参加していたんだね。きっと、どこぞの姫君と見紛うほど愛らしかったろう。……見てみたかったな」

 ――そう、見てみたかった。
 リーリウスはあの夜、ルイスと会っていない。
  
 彼が『運命の人』でないことはわかっていた。
 わかっていても、やはり会う必要があった。

 ルイスは頬を赤らめて、「愛らしくなんか、なかったです」とうつむく。

「……いざ舞踏会に出たら、緊張して殿下に近づくこともできませんでした。勇気を出そう、ダンスのあと、ひと言だけでも、と……自分に言い聞かせましたが……
 あの黒衣の方と殿下は、本当にお似合いでした。お二人のダンスは、歌劇の舞台そのままみたいにキラキラしてました。
 あまりにお二人が綺麗なので、自分のことが恥ずかしくてたまらなくなって……似合いもしないドレスなんか着て、馬鹿みたいだって。結局……お礼を言わなきゃならなかったのに、逃げ帰りました。……ぼくは本当にダメ人間です」

 リーリウスはチチチと人差し指を振った。

「そういうのはダメじゃなくて、愛すべきと言うのだ」
「あ、愛すべき?」
「そう。愛すべき人。そなたは本当に愛すべき人なのだから、そこは自信を持ちなさい。私が保証する」

 ルイスの大きな瞳が、また潤んだ。

「じ、じゃあ、あの……未練、の」
「……私が相手では、クリスとキースは嫌がるだろう?」
「それはないです!」

 初めて強く言い切った。

「兄たちも、殿下が大好きです! それはわかります!」
「……私がもうすぐ、ほかの人と結婚する男でも?」

 びくっと細い肩が揺れる。
 震える姿を見ていると、自分が極悪人になったようだ。
 けれど好きだと言ってくれた相手に、不誠実にはなれない。

「……それでも、いいんです。一度だけでも……最初で、最後でも……」

 リーリウスの上衣を掴む指も震えている。
 声が消え入りそうだ。
 
「……おいで」
「え」
「四阿では、さすがに目立つ」

 震える手を引いて、庭園を流れる小川の上流にある、ボート小屋に移動した。
 小屋といっても、王族が立ち寄ることを前提として建てられており、ひと休みできるよう家具調度も調えられている。

「わあ……」

 ルイスは大きな目で室内を見回していたが、リーリウスがうしろからそっと抱きしめると、びくっと躰を硬くした。

「怖い?」

 囁きに、腕の中で振り返る。
 真っ赤な顔で背伸びをしてきて、柔らかな唇が押し当てられた。
 胸が痛むほど可愛いキス。
 お返しに、ついばむようなキスを顔中に降らせた。

 キスをしながら上着を脱がせ、シャツの釦を外す。
 はだけた胸の小さな乳首を愛撫しながら寝椅子に横たえると、夢見るような瞳が見上げてきた。
 手早く下も脱がせる。
 初々しい性器はすでに屹立していて、「あっ」とあわてて隠そうとする真っ赤な顔に、キースが重なって見えた。

「本当に可愛い」

 髪を撫で、隠そうとする手をそっと持ち上げ、指の一本一本にキスをするうち、ルイスはとろんと酩酊したようになって、くったりと力が抜けた。

「あ……」
「いい子だ」

 手のひらで先端からつつみ込むと、小さく鳴いて太腿を突っ張らせる。
 不慣れな躰は、少し扱いただけで果てて、恥ずかしいのか涙を浮かべる。

「もっとする?」

 わざとからかうように訊くと、負けん気を覗かせ睨んできた。
 その目は元気なクリスを思い出させる。
 細い腕が首に回され、小さな口が「する」のかたちに動いた。
 リーリウスは笑みを深めて、綺麗な額にキスを落とした。

 
☆ ★ ☆


「安心してください。呪いなんてかけられちゃいません。お兄様たちの件は大変な不幸が重なってしまいましたが、呪いは関係ないと思いますよ」

 大神殿にルイスを連れて行き、口寄せの巫女たち数人に視てもらったが、みな口を揃えてそう言った。
 兄たちがたまたま同じ十五歳で亡くなったことを、たちの悪い霊媒師が、不安を煽る材料に使ったのだと。

「そんな霊媒師はろくな死に方しませんよ!」

 巫女たちは憤慨し、気合いを入れて悪縁を断つ祈祷を行った。
 呪いはかけられていないものの、感受性が強いルイスは、霊媒師の悪念に強く影響されている。与えられた恐怖と不安から、『呪われている自分』になりきってしまうのだ。
 レダリオの目に「尋常じゃなく不気味」と映ったのも、たぶんそのせい。
 だから悪い縁をきっぱり断つための祈祷だ。

 祈祷の祝詞と聖域の清々しさは、ルイスと相性が良かったらしい。

「ぼくは単純ですね。嘘みたいに心が軽くなりました」

 安堵のあまり涙する彼を、年配の巫女たちは「殿下と違って可愛げしかない」と言いながら、よってたかって抱きしめた。

「また不安になったら、いつでもいらしてください。ドーンと受けとめさせていただきますからね!」

 パワフルな巫女たちのおかげで、ルイスはすっかり元気になった。

「殿下。いろいろ全部……本当に本当に、ありがとうございました」

 明るい笑顔を取り戻した彼を見送ってから、リーリウスは改めて、口寄せたちに、呪いと「兄たちの憑依」現象について確認した。

「確かなことは言えませんが、傷ついた子が自身を守るため別人格を生み出すのは、ままあることです」

 巫女たちはそう言う。
 神殿で視た限りでは憑依は確認できず、依頼されていないので口寄せもしていない。だからあくまで可能性の話と前置きして、

「殿下はどう感じましたか?」

 そう問い返された。

「私は本当に、クリスとキースが戻ってきたんだと思ったよ」
「殿下がそう感じたなら、それが正解かもしれませんよ」

 巫女たちがアハハと笑う。

「殿下は面白い方ですからねえ。ほら、おぼえてらっしゃいますか? 殿下が神殿に忍び込んできたときのこと」
「もちろん。『いやらしいことをしていると、悪霊に憑りつかれない』だろう?」

 それは神殿の口寄せ巫女たちのあいだで語り継がれてきた伝承だ。
 正確には「愛し合う心や性行為は、極めて強い『生者の気』に満ちているので、そこらで憑りつく相手を探している霊など、入り込む隙が無い」ということらしい。

 むかし神殿の最奥で、巫女たちがその口述をしながら猥談で盛り上がっていたところに、少年時代のリーリウスがひょっこり現れ、「何のお話?」と尋ねたものだから、彼女たちは悲鳴を上げるほど仰天した。

「殿下ったら、いつの間に! いったいどこから!」
「人払いのまじないをかけたのに、ちっとも効いてないわ!」
「リーリウス殿下は『太陽の気』そのものだからねぇ。陽射しはまじないじゃ遮れないわ」

 しまいには大笑いしながら、わかりやすく「いやらしいことをしていると、悪霊に憑りつかれない」と教えてくれたのだ。
 そのときの年長の巫女が、にやりと笑った。

「殿下。ルイスちゃんに手を出していないでしょうね」

 幼少の頃から説教されているから、遠慮が無い。リーリウスは苦笑を返した。

「出してないよ。……最後までは」

 あんなに純粋な兄弟三人が相手では。
 節度を守らずにはいられない。



 大神殿を出ると、ちょうど、ルイスを乗せた馬車が戻って来ていた。

「おや?」

 眺めていると、「あっ、殿下!」とルイスがあわてて降りてくる。

「ついさっき、兄さん達が戻ってきたんです!」
「戻って?」
「ぼくに内緒で、二人とも『向こう』に帰ろうとしてたのです。でも『殿下にお礼を言えなかったから伝えてくれ』と戻って来て、で、今度こそ本当に帰っちゃいました」
「おおお」

 そういうパターンもあるのか。
 リーリウスが感心していると、ルイスが「二人はこうも言っていました」と耳打ちしてきた。

『殿下。もうすぐ運命の人に辿り着くっスね』
『幸せな結末でありますように!』
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