上 下
27 / 50
4.アールト・ド・ロバル

離宮への招待

しおりを挟む
『出会えたのも何かの縁だから、私の離宮に招待しよう』

 そんな内容の招待状がアールトに届けられたのは、一昨日のことだった。

 そのときアールトは、格安の下宿先でガタつく机に向かって書き物をしていたのだが、大家の老女がすっ飛んで来たと思ったら、王宮からの使者が彼女のうしろに立っていた。

「ギュスターヴ宮からの使いで参りました」

 使者の男性は上品に微笑み、水色に金の枝模様が箔押しされた招待状を恭しく差し出すと、上品に端的に訪問目的を説明し、上品にアールトの返事を急かし、上品に「それでは、お待ちしております」とお辞儀をして、さっさと去って行った。

 あまりに予想外のできごとに呆然としていると、大興奮の大家が詰め寄ってきた。

「ギュスターヴ宮って、リーリウス殿下の離宮じゃないか! あんた、あのお方とどういう関係だい!?」

 あまりに騒ぐものだからほかの下宿人たちまで集まって来て、さらなる大騒ぎへと発展した。だがどういう関係かと訊かれても、ナンパな痴漢疑惑をかけられただけだなんて言えない。
 ただ、「自分たちにも紹介してくれ」と目を輝かせる彼らを見ていると、リーリウス王子がいかに民から愛されているかを、改めて実感した。

 その人気者の王子から、なぜ自分が招かれたのか、さっぱりわからないが。

 王族が一度会っただけの他国の旅行者を招くなど、母国タウラエスではありえない。
 けれど王子が庭師を身内のごとく可愛がっている国では、普通にあり得ることなのだろうか。
 あの第二王子について尋ねると、誰もが

「あれほど立派なお方なのに、偉ぶらず気さくで優しい」
「おまけに信じられないほど美形で、超絶セクシーで、見ているだけでも辛抱たまらんので、夢でもいいから抱かれたい」

 などと笑顔で話す。
 タウラエスなら「不敬だ」と叱責されて当然の発言なので、初めて聞いたときは耳を疑った。

 アールトは、ようやく皆が去って静かになった自室で、招待状入りの封筒を机に置いた。
 その横に、さっきまで書き連ねていた報告書。
 内容は『リーリウス・キールフェン・ルドル・ド・ゼメギウス王子についての調査報告』

 実はアールトは、リーリウス王子を探るためイルギアスに来たのだ。
 目立たず行動したくて遊学中の貧乏貴族で通すことにしたのだが、そうなると社交界で人脈を広げて王子に近づくという手段は難しい。
 調査が手詰まり状態だったときに、降って湧いた願ってもない好機。

(ナンパな痴漢と疑われたのは心外だが、その甲斐はあった)

 なんという幸運。
 じわじわと高揚感が湧いてくる。
 アールトには、ぜひとも直接、王子に確かめたいことがあった。

 
☆ ★ ☆


 当日、指定された夕刻に、迎えの馬車が来た。
 アールトはまたも大家たちが大騒ぎするのを横目に馬車に乗り込み、(できたら乗馬で向かいたかった)と気恥ずかしく思いつつ、誇らしい気持ちになるのも否めなかった。

 庭園で王子と初めて対面したとき、その圧倒的な存在感に気圧された。
 居丈高なわけではないのに、自然と首を垂れてしまう。まさに王族の風格。

(人望を集め、優秀な経営者でもあり、容姿も完璧。ここまでは申し分ないが……)

 あれこれ考えているあいだに馬車は王城の正門前過ぎて行く。
 森を抜け、その先に見えてきた門をくぐり、前庭をしばらく進んでようやく、静かに佇む屋敷の前に停まった。

 夕日に照らされた噴水の前に降り立ったのは、アールトのみ。
 ほかには馬車もなければ人もいない。

 あのリーリウス王子が主催するからには、さぞ賑やかな集まりなのだろうと思いきや。窓にも扉の前にも明かりは灯っておらず、楽しい催しがひらかれているという雰囲気ではなかった。むしろ寂しい留守宅のよう。

 戸惑っていると、馭者まで「そちらの小道を進んで、庭でお待ちくださいとのことです」と言い残して去ってしまった。
 仕方なく言われた通りに小道を進むが、辺りは静かなまま。庭で招宴というわけでもなさそうだ。

(これはいったい……)

 夕闇迫る庭にぽつんと突っ立っていた、そのとき。

「あう……うぅ」

 苦しげな声がして、「うわっ」と叫んで跳び上がった。

「だ、誰かいるのか?」

 いささか不気味な状況だっただけに、大声を上げて驚いてしまった。
 恥ずかしさをごまかすべく辺りを見回す。聞き間違いではない。確かに人の声だった。
 耳を澄ませると、丈高の花の向こうから、また呻き声。

(もしや病人か怪我人か)

 動けない状態で助けを呼んでいるのかもと思い至り、急ぎ駆けつける。
 すると案の定、薄闇の中に、うずくまる人影があった。

「大丈夫か!?」

 声をかけながら近づくと、ぽうっと、白く浮かんで見えたのは……

(裸?)

 少なくとも、上半身は裸のようだ。
 そして手前に麦わら帽子が落ちている。
 ちょうど先日、ケニーという庭師が被っていたのと似たような。

(庭師なのか?)

 誰にせよ、声からして男なので、躰を見られてもかまわないだろう。
 まずは無事を確認しなければと手を伸ばしたが、先に相手が、切れ切れに問いかけてきた。

「リーリウス殿下……? 戻っていらしたの、ですか?」

 なぜかアールトを王子と勘違いしている。
 訂正する間もなく、また苦しげな声が漏れた。

「ああ、殿下……お許しください。今日はもう、無理です。激しすぎて……もう、腰が、立ちません」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り

あこ
BL
人が思う以上に不器用で、真面目だと言われるけれど融通が効かないだけ。自分をそう評する第一王子マチアス。 外見に似合わず泣き虫で怖がりなのは、マチアスの婚約者カナメ。 マチアスが王太子にならないと決まったからこそ結ばれた婚約だったのだが、ある日事態は急転する。 ✔︎ 美形第一王子×美人幼馴染 ✔︎ 真面目で自分にも他人にも厳しい王子様(を目指して書いてます) ✔︎ 外見に似合わない泣き虫怖がり、中身は平凡な受け ✔︎ 美丈夫が服着て歩けばこんな人の第一王子様は、婚約者を(仮にそう見えなくても)大変愛しています。 ✔︎ 美人でちょっと無口なクールビューティ(に擬態している)婚約者は、心許す人の前では怖がりの虫と泣き虫が爆発する時があります。 🔺ATTENTION🔺 この話は『セーリオ様の祝福』では王太子にならない第一王子マチアスが『王太子になったらどうなるのか』という「もしも」の世界のお話です。 キャラクターの設定などは全て『セーリオ様の祝福』そのままで変わりありませんが、『セーリオ様の祝福』に比べればシリアスなお話です。 【 一部番外編の掲載先について 】 『セーリオ様の祝福』と『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』共通の番外編は『セーリオ様の祝福』コンテンツ内にあります。 【 感想欄のネタバレフィルターについて 】 『1話〜3話目』までの感想は基本的に設定は致しません。 それ以降の話に関する感想につきましては、どのようなコメントであってもネタバレフィルターをかけさせていただく予定です。 ただ物語に触れない形の感想(誤字のご連絡など)についてはこの限りではありません。

ショタ王子が第一王子なんて聞いてませんけど!?

疾矢
BL
義理の姉と俺は、前任の聖女が亡くなった補充として異世界に召喚された。だけど聖女はどちらか一方のみ。聖女が正式に決まる迄、城で保護された俺達。そんなある日城を彷徨っていた所、幼くて可愛らしい天使の王子と出会う。一瞬で虜になった俺は病弱だという王子の治療に専念するが、この王子何かがおかしい。何か隠している気がする… 訳あり第一王子×無自覚転移聖女 ◆最終話迄執筆済みです。 ◆全てフィクションです。作者の知識不足が多々あるかと思いますが生ぬるい目で読んで頂けると幸いです。 ◆予告なしでR18展開になりますのでご容赦下さい。

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

処理中です...