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4.アールト・ド・ロバル
離宮への招待
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『出会えたのも何かの縁だから、私の離宮に招待しよう』
そんな内容の招待状がアールトに届けられたのは、一昨日のことだった。
そのときアールトは、格安の下宿先でガタつく机に向かって書き物をしていたのだが、大家の老女がすっ飛んで来たと思ったら、王宮からの使者が彼女のうしろに立っていた。
「ギュスターヴ宮からの使いで参りました」
使者の男性は上品に微笑み、水色に金の枝模様が箔押しされた招待状を恭しく差し出すと、上品に端的に訪問目的を説明し、上品にアールトの返事を急かし、上品に「それでは、お待ちしております」とお辞儀をして、さっさと去って行った。
あまりに予想外のできごとに呆然としていると、大興奮の大家が詰め寄ってきた。
「ギュスターヴ宮って、リーリウス殿下の離宮じゃないか! あんた、あのお方とどういう関係だい!?」
あまりに騒ぐものだからほかの下宿人たちまで集まって来て、さらなる大騒ぎへと発展した。だがどういう関係かと訊かれても、ナンパな痴漢疑惑をかけられただけだなんて言えない。
ただ、「自分たちにも紹介してくれ」と目を輝かせる彼らを見ていると、リーリウス王子がいかに民から愛されているかを、改めて実感した。
その人気者の王子から、なぜ自分が招かれたのか、さっぱりわからないが。
王族が一度会っただけの他国の旅行者を招くなど、母国タウラエスではありえない。
けれど王子が庭師を身内のごとく可愛がっている国では、普通にあり得ることなのだろうか。
あの第二王子について尋ねると、誰もが
「あれほど立派なお方なのに、偉ぶらず気さくで優しい」
「おまけに信じられないほど美形で、超絶セクシーで、見ているだけでも辛抱たまらんので、夢でもいいから抱かれたい」
などと笑顔で話す。
タウラエスなら「不敬だ」と叱責されて当然の発言なので、初めて聞いたときは耳を疑った。
アールトは、ようやく皆が去って静かになった自室で、招待状入りの封筒を机に置いた。
その横に、さっきまで書き連ねていた報告書。
内容は『リーリウス・キールフェン・ルドル・ド・ゼメギウス王子についての調査報告』
実はアールトは、リーリウス王子を探るためイルギアスに来たのだ。
目立たず行動したくて遊学中の貧乏貴族で通すことにしたのだが、そうなると社交界で人脈を広げて王子に近づくという手段は難しい。
調査が手詰まり状態だったときに、降って湧いた願ってもない好機。
(ナンパな痴漢と疑われたのは心外だが、その甲斐はあった)
なんという幸運。
じわじわと高揚感が湧いてくる。
アールトには、ぜひとも直接、王子に確かめたいことがあった。
☆ ★ ☆
当日、指定された夕刻に、迎えの馬車が来た。
アールトはまたも大家たちが大騒ぎするのを横目に馬車に乗り込み、(できたら乗馬で向かいたかった)と気恥ずかしく思いつつ、誇らしい気持ちになるのも否めなかった。
庭園で王子と初めて対面したとき、その圧倒的な存在感に気圧された。
居丈高なわけではないのに、自然と首を垂れてしまう。まさに王族の風格。
(人望を集め、優秀な経営者でもあり、容姿も完璧。ここまでは申し分ないが……)
あれこれ考えているあいだに馬車は王城の正門前過ぎて行く。
森を抜け、その先に見えてきた門をくぐり、前庭をしばらく進んでようやく、静かに佇む屋敷の前に停まった。
夕日に照らされた噴水の前に降り立ったのは、アールトのみ。
ほかには馬車もなければ人もいない。
あのリーリウス王子が主催するからには、さぞ賑やかな集まりなのだろうと思いきや。窓にも扉の前にも明かりは灯っておらず、楽しい催しがひらかれているという雰囲気ではなかった。むしろ寂しい留守宅のよう。
戸惑っていると、馭者まで「そちらの小道を進んで、庭でお待ちくださいとのことです」と言い残して去ってしまった。
仕方なく言われた通りに小道を進むが、辺りは静かなまま。庭で招宴というわけでもなさそうだ。
(これはいったい……)
夕闇迫る庭にぽつんと突っ立っていた、そのとき。
「あう……うぅ」
苦しげな声がして、「うわっ」と叫んで跳び上がった。
「だ、誰かいるのか?」
いささか不気味な状況だっただけに、大声を上げて驚いてしまった。
恥ずかしさをごまかすべく辺りを見回す。聞き間違いではない。確かに人の声だった。
耳を澄ませると、丈高の花の向こうから、また呻き声。
(もしや病人か怪我人か)
動けない状態で助けを呼んでいるのかもと思い至り、急ぎ駆けつける。
すると案の定、薄闇の中に、うずくまる人影があった。
「大丈夫か!?」
声をかけながら近づくと、ぽうっと、白く浮かんで見えたのは……
(裸?)
少なくとも、上半身は裸のようだ。
そして手前に麦わら帽子が落ちている。
ちょうど先日、ケニーという庭師が被っていたのと似たような。
(庭師なのか?)
誰にせよ、声からして男なので、躰を見られてもかまわないだろう。
まずは無事を確認しなければと手を伸ばしたが、先に相手が、切れ切れに問いかけてきた。
「リーリウス殿下……? 戻っていらしたの、ですか?」
なぜかアールトを王子と勘違いしている。
訂正する間もなく、また苦しげな声が漏れた。
「ああ、殿下……お許しください。今日はもう、無理です。激しすぎて……もう、腰が、立ちません」
そんな内容の招待状がアールトに届けられたのは、一昨日のことだった。
そのときアールトは、格安の下宿先でガタつく机に向かって書き物をしていたのだが、大家の老女がすっ飛んで来たと思ったら、王宮からの使者が彼女のうしろに立っていた。
「ギュスターヴ宮からの使いで参りました」
使者の男性は上品に微笑み、水色に金の枝模様が箔押しされた招待状を恭しく差し出すと、上品に端的に訪問目的を説明し、上品にアールトの返事を急かし、上品に「それでは、お待ちしております」とお辞儀をして、さっさと去って行った。
あまりに予想外のできごとに呆然としていると、大興奮の大家が詰め寄ってきた。
「ギュスターヴ宮って、リーリウス殿下の離宮じゃないか! あんた、あのお方とどういう関係だい!?」
あまりに騒ぐものだからほかの下宿人たちまで集まって来て、さらなる大騒ぎへと発展した。だがどういう関係かと訊かれても、ナンパな痴漢疑惑をかけられただけだなんて言えない。
ただ、「自分たちにも紹介してくれ」と目を輝かせる彼らを見ていると、リーリウス王子がいかに民から愛されているかを、改めて実感した。
その人気者の王子から、なぜ自分が招かれたのか、さっぱりわからないが。
王族が一度会っただけの他国の旅行者を招くなど、母国タウラエスではありえない。
けれど王子が庭師を身内のごとく可愛がっている国では、普通にあり得ることなのだろうか。
あの第二王子について尋ねると、誰もが
「あれほど立派なお方なのに、偉ぶらず気さくで優しい」
「おまけに信じられないほど美形で、超絶セクシーで、見ているだけでも辛抱たまらんので、夢でもいいから抱かれたい」
などと笑顔で話す。
タウラエスなら「不敬だ」と叱責されて当然の発言なので、初めて聞いたときは耳を疑った。
アールトは、ようやく皆が去って静かになった自室で、招待状入りの封筒を机に置いた。
その横に、さっきまで書き連ねていた報告書。
内容は『リーリウス・キールフェン・ルドル・ド・ゼメギウス王子についての調査報告』
実はアールトは、リーリウス王子を探るためイルギアスに来たのだ。
目立たず行動したくて遊学中の貧乏貴族で通すことにしたのだが、そうなると社交界で人脈を広げて王子に近づくという手段は難しい。
調査が手詰まり状態だったときに、降って湧いた願ってもない好機。
(ナンパな痴漢と疑われたのは心外だが、その甲斐はあった)
なんという幸運。
じわじわと高揚感が湧いてくる。
アールトには、ぜひとも直接、王子に確かめたいことがあった。
☆ ★ ☆
当日、指定された夕刻に、迎えの馬車が来た。
アールトはまたも大家たちが大騒ぎするのを横目に馬車に乗り込み、(できたら乗馬で向かいたかった)と気恥ずかしく思いつつ、誇らしい気持ちになるのも否めなかった。
庭園で王子と初めて対面したとき、その圧倒的な存在感に気圧された。
居丈高なわけではないのに、自然と首を垂れてしまう。まさに王族の風格。
(人望を集め、優秀な経営者でもあり、容姿も完璧。ここまでは申し分ないが……)
あれこれ考えているあいだに馬車は王城の正門前過ぎて行く。
森を抜け、その先に見えてきた門をくぐり、前庭をしばらく進んでようやく、静かに佇む屋敷の前に停まった。
夕日に照らされた噴水の前に降り立ったのは、アールトのみ。
ほかには馬車もなければ人もいない。
あのリーリウス王子が主催するからには、さぞ賑やかな集まりなのだろうと思いきや。窓にも扉の前にも明かりは灯っておらず、楽しい催しがひらかれているという雰囲気ではなかった。むしろ寂しい留守宅のよう。
戸惑っていると、馭者まで「そちらの小道を進んで、庭でお待ちくださいとのことです」と言い残して去ってしまった。
仕方なく言われた通りに小道を進むが、辺りは静かなまま。庭で招宴というわけでもなさそうだ。
(これはいったい……)
夕闇迫る庭にぽつんと突っ立っていた、そのとき。
「あう……うぅ」
苦しげな声がして、「うわっ」と叫んで跳び上がった。
「だ、誰かいるのか?」
いささか不気味な状況だっただけに、大声を上げて驚いてしまった。
恥ずかしさをごまかすべく辺りを見回す。聞き間違いではない。確かに人の声だった。
耳を澄ませると、丈高の花の向こうから、また呻き声。
(もしや病人か怪我人か)
動けない状態で助けを呼んでいるのかもと思い至り、急ぎ駆けつける。
すると案の定、薄闇の中に、うずくまる人影があった。
「大丈夫か!?」
声をかけながら近づくと、ぽうっと、白く浮かんで見えたのは……
(裸?)
少なくとも、上半身は裸のようだ。
そして手前に麦わら帽子が落ちている。
ちょうど先日、ケニーという庭師が被っていたのと似たような。
(庭師なのか?)
誰にせよ、声からして男なので、躰を見られてもかまわないだろう。
まずは無事を確認しなければと手を伸ばしたが、先に相手が、切れ切れに問いかけてきた。
「リーリウス殿下……? 戻っていらしたの、ですか?」
なぜかアールトを王子と勘違いしている。
訂正する間もなく、また苦しげな声が漏れた。
「ああ、殿下……お許しください。今日はもう、無理です。激しすぎて……もう、腰が、立ちません」
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