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4.アールト・ド・ロバル

堅い

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 アールト・ド・ロバルとは、レダリオの説明によると、「彼についての情報は不足しているが、シュナイゼが『なんかにおう』と強く推したから」という理由で候補入りした人物だ。

「タウラエス国からようこそ、アールト」

 とりあえず声をかけると、

「殿下直々の歓迎のお言葉、恐悦至極に存じます」

 片膝立ちで首を垂れたまま言う。
 ちらりとケニーを窺うと、困惑した様子で麦わら帽子を握りしめているが、とりあえず、暴力や痴漢といった実質的な被害は無いようだ。
 シュナイゼが候補入りさせたなら、そんな危険人物は選ばないだろうけれど。
 ナンパ疑惑はまだ消えていない。

 もっと顔をよく見るべく、「立って楽にしなさい」と促した。
「はっ」と答えて無駄な動きなく立ち上がった男は、ビシッと直立不動になる。
 いかにも真面目そう。
 華やかさは無いが、整った顔立ち。

(……ナンパするタイプではないか)

 しかし他国の者がなぜ、王城の庭園で純朴な庭師を詰問していたのだろう。

「イルギアスへは、いつ? 観光で?」
「諸国を遊学中の身であり、貴国には昨年末に参りました。海運と貿易などを学んでおります」
「ほう。学生には見えないね」
「はっ。自分は二十五歳になりましたが、しがない三男坊の気楽さで、さまざまな土地を巡り見聞を広めております。この経験を活かして起業できればと鋭意努力しております」

 打てば響く受け答え。しかし、

(堅い)

 なんだかとっても堅苦しい。
 リーリウスの周りは、王子にも遠慮なく物申す親友たちや、張形を贈って寄こす青年や、怒りん坊の童貞といった、個性豊かな者たちばかりなので、こういう反応が普通なのだと忘れがちだ。
 ともあれ、肝心な質問はこれから。

「では、この王城の庭園で、我が庇護下にある庭師に、私の名を出して詰め寄っていた理由は?」

 その問いに、アールトの表情がこわばった。
 おろおろと身を縮めていたケニーも、ハッとしてこちらを見る。

「そ、それは……」

 言い淀むアールトを庇うように、ケニーが「殿下」と控えめに進み出た。

「あの、ぼくのことなど、どうかお気遣いなく……」
「心配ないよケニー」

 安心させるため微笑んで、一転、アールトには少しばかり語気を強めた。

「私と庭師が親しく接する理由が気になるか?」

 ズバリ突きつけると、アールトは気まずそうに眉尻を下げたが、観念したか表情を改めて見つめ返してきた。

「重ねて失礼をお詫び申し上げます殿下。実は、諸国にも名高き第二王子殿下のお人柄に常々関心を抱いておりました。貴国の王室の在り方は、我が国とかなり違っておりまして。何と申しますか……」

「ユルい?」

「はっ!? い、いえ、決してそのような! その……ひらかれた王室と申しましょうか。皆様が庶民に対して大変寛大に接していらっしゃることに、驚愕したのです。
 先日友人が、この庭園の見学に連れて来てくれた際も、偶然、殿下と庭師……そこの彼が親しげに話しているのをお見かけしました。それで、」

「王族と庭師が仲良く話すくらいのこと、珍しくはなかろう」

「失礼ながら、我が国では考えられぬことにございます。ですが国により考え方に違いがあるということも理解しておりますので、決して庭師を差別したわけではないのです。純粋に好奇心から、どんな経緯があれば使用人と王子殿下が打ち解け合う環境になるのかと」

「堅い」
「はっ!?」

 プッとケニーが吹き出した。
 彼もそろそろ、この人の喋りは堅いなと思ってきた頃合いだったのだろう。
「すみません」と謝りつつも、いつもの屈託のない笑顔を取り戻し、アールトが目を丸くしても、かまわず笑い続けている。

「そなたの言い分はわかったアールト。つまりそなたは、遊び人として名高い私が、庭師にまで手を出していると思ったのだろう。だから特別扱いされているのだと」
「いっ、いえ、あのっ、」

 図星らしい。

「他国の王室研究をするのはかまわぬが、庭師を怯えさせるような行動は慎んでほしい。危うくナンパな痴漢と間違えるところであった」
「ええっ!?」

 ぎょっとして目を剥くアールトを見て、ケニーがまたも吹き出した。そばかすの浮いた笑顔がとても可愛い。

(和む……)

 内心ほっこり癒されていたリーリウスとは対照的に、ナンパ痴漢疑惑をかけられていたと知ったアールトは、急にダラダラ汗を垂らしながら叫んだ。

「ちちち違います誤解です、自分はそんな不埒な人間ではありません!」
「違うなら、よろしい」

 情けない顔の彼を見て、リーリウスは初めてアールトに興味を抱いた。
 見たところ、暗色の髪と瞳は『運命の人』の条件と一致している(髪は鬘や染めた可能性があるからあてにならないと友人たちは言っていたが)。
 グレイグより少し高いくらいの身長も、当て嵌まっている。

 ただ、この、バッキバキに堅い人柄は……

(彼の何が「なんかにおう」と感じて候補に推したのだ、シュナイゼよ……)

 心の友の観察眼に、初めて疑問を感じたリーリウスだった。
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