上 下
18 / 50
3.グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア

王子、グレイグをいじめる

しおりを挟む
 あれほど怒り散らしていたグレイグが、翌日あわてて会いに来た理由を、リーリウスは察していた。

(ドーシア候から、謝罪するよう強制されたのだろうな)

 そのことに本人が納得していないのも見え見え。
 全身から不平不満のオーラを漂わせ、入室しても目を合わせようともしないグレイグを見た途端、あまりのわかりやすさに吹き出しそうになった。

 しかし、こちらから呼びかけてようやく上げた顔には、困惑とも羞恥ともつかない、複雑な色が表れていて。
 そのためリーリウスが次の言葉を発するのがちょっぴり遅れた間に、グレイグはいつもの強情な態度を取り戻していた。

「昨日の僕の……失礼な態度を、お詫び申し上げます」

 ぼそぼそと早口で言って腰を折るが、その両こぶしはギュッと握りしめられている。
 リーリウスは「ふむ」とにっこり笑った。

「そなた自身、失礼なことをしたという自覚があるのだね?」
「……はい」
「何を指して?」
「はい?」
「具体的に、どの行動を指して、どう悪いと思ったのかを述べよ。自覚があるなら簡単だろう」
「それは……っ!」

 歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど、グレイグの表情が歪んだ。

「お、王子殿下に、臣下としての礼を失したことをっ」
「だから具体的に言いなさい。そなたは昨日レダリオからも、同じことを何度も注意されていたな。情報処理能力と理解力が足りないのではないか」
「はああ!? 理解力が、た、足りない!? この僕が!?」

(怒ってる怒ってる)

 わかりやすい挑発に素直に乗ってくる相手で、リーリウスは内心、楽しくてたまらない。
 一方グレイグは、自棄になったように声を荒らげた。

「失礼ながら王子殿下、あなたのほうこそ洞察力が足りないのでは!? 真摯に謝罪に訪れた者の誠意も察せず、そのように責めて貶めることが、英明な王子のすることでしょうか! 上に立つ者に寛容と許しの精神がなければ、誰ひとり従いはしないでしょう!」

「……ほう」

 それまでの笑みを一掃し、氷のような声を出すと、あわてて口に手をやったグレイグの顔から血の気が引いた。
 無礼を詫びに来たはずが、逆に王子批判を展開してしまったと気づいたのだろう。

「あ、あの、殿下……今のは」
「寛容と許し、か」

 リーリウスは「無慈悲な王子」になりきって、できる限り冷酷に言い放つ。

「ひとことの弁解も許されぬ使用人の些細な失敗を責め立てて、体罰まで加えようとしていた者がよく言えたものだ」
「……っ!」
「よい。そなたの言いたいことはわかった。私を非難したいがために、わざわざ午前の執務時間中にやって来たわけだな。こちらの仕事を中断させてでも批判を述べたかったわけだ。よくわかった。ご苦労であった、下がるがよい」

 低い声で追い立てても、グレイグはおろおろとその場を動かない。

「あ、あの、殿下。違うのです。今のは、その」
「何が違う? 私が勘違いをしたか? 『洞察力の足りない』私だから読解力もなくて、そなたの話を理解できていないと?」
「そんなことは! 違うのです、違うのです、こんなはずでは」
「何が違う? まったく、何が言いたいのだ」

 リーリウスはドンと机を叩いた。
 グレイグの肩がビクッと揺れる。

「私も暇ではないのだ。まだ何か言いたいことがあるなら、端的に言いなさい」
「ぼ、僕は、しゃ、謝罪します、どうか」
「本当に理解力がないのだな。なぜ同じことを何度も何度も注意されているのに、同じ失敗を繰り返す? 
 はっきり言うが、私から見ればそなたは、下働きの者たちよりずっと呑み込みが悪い。その上、愚図でどうしようもない阿呆だ。『誇り高きドーシア侯爵家』が聞いて呆れる」

 途端、蒼白だったグレイグの顔に血がのぼった。
 真っ赤な顔で眦を吊り上げ、リーリウスを睨みつける。

「王子といえど許しがたい! こんな侮辱は許せない、取り消してください!」
「他者のことは簡単に見下すくせに、己を罵られると饒舌に反応するのだな」

 侮蔑も露わに嘲笑すると、憤慨したグレイグは勢いよく執務机の天板に両手をついて、上半身を乗り出してきた。よく見れば全身ぶるぶる震えている。

「だっ、もっ、そもそもっ、あなたが悪いんだ!」
「……ほう?」

 リーリウスはニヤリと笑って、「なぜ?」と促した。
 相手の様子が変わったことに気づく余裕もなく、グレイグはまくし立てる。

「あなたや、あなたの友人たちのせいで、僕の人生設計はボロボロだからですよ! もうぐちゃぐちゃだ! 婚約も破棄する!」
「なに、婚約破棄?」 

 活きのいい魚が、思ってもみないところの針に食いついた。

「婚約破棄するのかい?」
「する! かもしれないし、しないかもしれない!」
「どっちなのだ」

 ベロニカの花みたいなグレイグの青い瞳に、じわっと涙が浮かんだ。

「知るものか! 全部全部、あなた達が悪いんだ、あなた達のせいなんだ!」

 とうとう溢れ出した涙を乱暴に拭いながら、「あなた達が悪い」と繰り返す。
 リーリウスは苦笑して立ち上がり、子供みたいに泣きわめく青年の頬を両手でつつんだ。

「わかったから。ちゃんと聴くから、そなたもちゃんと話してごらん」

 打って変わって優しく囁き、思いやりを込めて頭を撫でると、至近距離で見つめられたグレイグはズズッと鼻をすすって、数回ぱちぱち瞬きした。
 そこで急に我に返ったか、小さく呻いてうつむいた。耳まで真っ赤だ。

 少し混乱しているようではあったけれど、リーリウスの態度が軟化したことに安堵したのか、グレイグはポツポツと、抱えていた秘密を打ち明け始めた。
 
 ――それは、婚約成立後のある夜。
 とある社交場でのことだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

夏の扉を開けるとき

萩尾雅縁
BL
「霧のはし 虹のたもとで 2nd season」  アルビーの留学を控えた二か月間の夏物語。  僕の心はきみには見えない――。  やっと通じ合えたと思ったのに――。 思いがけない闖入者に平穏を乱され、冷静ではいられないアルビー。 不可思議で傍若無人、何やら訳アリなコウの友人たちに振り回され、断ち切れない過去のしがらみが浮かび上がる。 夢と現を両手に掬い、境界線を綱渡りする。 アルビーの心に映る万華鏡のように脆く、危うい世界が広がる――。  *****  コウからアルビーへ一人称視点が切り替わっていますが、続編として内容は続いています。独立した作品としては読めませんので、「霧のはし 虹のたもとで」からお読み下さい。  注・精神疾患に関する記述があります。ご不快に感じられる面があるかもしれません。 (番外編「憂鬱な朝」をプロローグとして挿入しています)  

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

王子は公爵令嬢を溺愛中

saku
恋愛
小さい頃レイラは怪我をしてしまい、前世を思い出した。 それは、前世の頃に読んでいた小説の記憶だった。物語の中のレイラは、婚約者である王子から嫌われており、婚約を破棄されてしまう……はずだった!! あれ? 記憶とは全然違って、何故か王子から溺愛されてません? 私……王子に嫌われるんじゃないんですか!? 小説家になろう様でも公開しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

処理中です...