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3.グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア
友に喧嘩を売る男
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「で、結局マリウスと、最後まで致したのですか?」
「致したと思うかい?」
質問に質問で返して、リーリウスはシュナイゼと不敵に笑い合う。
本日もまた、三人組は王城のリーリウスの私室に集まって密談中だ。
「運命の人探し」一度目は残念ながらハズレで終わったが、マリウスという、まことに興味深くオモシロイ人物と親しくなれたので、リーリウスは満足している。
「本当にオモシロイ子だったよ。『先日はお世話になりました』と丁寧な礼状をくれてね。ほら、こんな記念品まで同梱してくれたのだ。マリウスの秘蔵品」
内側を絹貼りされた立派な箱の中身を見せると、シュナイゼが大笑した。
そこには、本物と見紛う張形。
赤い顔のレダリオから「どうしてそんな物を見せるんです!」と叱られたので、「未使用品ですと書いてあるよ」と付け加えると、「そういう問題じゃない!」とさらに怒られた。
「すごく楽しい方みたいですね! 仲良くなれそうだなぁ。俺にも紹介してもらえます?」
「そうだね、シュナイゼの体力なら大丈夫だろう。ついでに馬丁のトーニオも引き込んで、仲直りできそうなら取り持ってあげておくれ」
「いいですよ! 俺はそういうの得意です」
さすがにイケナイ遊び仲間は話が早い。
リーリウスは蓋を閉じながら、葡萄の蔓みたいな巻き毛を思い出して微笑んだ。
「いい子だけれど、少々危なっかしい面があることは否めないから、何か困ったことがあれば力になると約束してきたのだ。そなた達も心得ておいてほしい」
「承知いたしました」
笑顔のシュナイゼの隣で生真面目に首肯したレダリオは、律儀に「応相談」と書類に書き込んでいる。
開け放した窓の外は、目のさめるような青空。
会話の合間に波音と鴎たちの鳴き声が届き、露台から吹き抜ける海風が心地いい。
「そういえば、そなたの見合いはどうなった?」
長椅子にゆったりと両脚を伸ばし、肘掛けにもたれて尋ねたリーリウスに、レダリオが眼鏡の奥から氷のような視線を投げてきた。
「またも殿下の『運命の人』調査で見合い時間に遅れて、令嬢は去ったあとでした」
「おやおや、ほんの半刻も待ってくれなかったのかい?」
「半日の間違いでしょう」
顔をひきつらせるレダリオの肩を、シュナイゼが元気づけるようにポンポン叩く。
「どのみちそんな気の短い女性では、長く続かんさ。ですよね、殿下」
「そうだね。レダリオにはもっと、寛容な相手が似合うと思うよ」
「……わたしの見合い事情は気にしていただかなくて結構です。烈火のごとく怒った父から死ぬほど説教されたのも、殿下とシュナイゼではなくわたしですから。おかげで婚約が決まるまで余暇のすべてを使って見合いし続けねばならなくなりましたが、お二人には助言も何も求めません。ただ、」
リーリウスの茶が置かれた小ぶりな円卓に、ベシッと四枚の紙が置かれる。
「さっさと『運命の人探し』を済ませて、わたしの見合い時間を確保させてくれれば、それだけで充分です!」
そう、リーリウスの運命の人候補はあと四人。
侯爵家嫡男、グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア。
伯爵家次男、フランセ・ブリス・ド・カーロン。
子爵家三男、ルイス・ド・コンバルト。
隣国タウラスの子爵家次男、アールト・ド・ロバル。
「次は誰にしましょうかね~」
宝探しをする子供みたいに楽しげなシュナイゼに、リーリウスも「そうだねえ」とにっこり笑う。
と、改めて書面を眺めていたシュナイゼが、「あ」と声を漏らした。
「そういやレダリオ。お前この前、ドーシア侯のとこのグレイグに噛みつかれてたよなあ」
「……なんで殿下の前で言うかな!」
何やら意味深な話題で、親友たちが揉め始めた。
彼らもそれぞれ名門侯爵家と伯爵家の子息だから、候補者たちの中には顔見知りもいるようで、グレイグもそのひとりらしい。
リーリウスは興味津々、身を乗り出した。
「何の話だい? 私の大切な親友が噛みつかれたとは聞き捨てならないね。この品行方正なレダリオの、どこに文句をつける余地があると言うのだ」
「なんだか『僕の女を寝取られた』とか言って騒いでましたよ」
「違う!」
うろ覚えで語るシュナイゼを、赤くなったレダリオがぴしゃりと遮った。
「わたしの見合い相手のうちのひとりが、彼の婚約者になるはずの令嬢だったとかで、盗人呼ばわりされただけだ! 事実無根! お前じゃあるまいし、誰が寝取るか!」
「ひっどーい。俺だって誰かの婚約者と知ってたら手を出したりしないさ。ね、殿下?」
「そうだとも。しかし本当にその令嬢は、グレイグの婚約者になるはずだったのかい? だとしたら、アレクシス卿はなぜそんな女性を息子の見合い相手に選んだのだろう」
「その点は、すでに父に確認しました」
レダリオは面倒そうに眉根を寄せる。
「父もそんな話は初耳だと驚いていました。そこで改めて調査した結果、令嬢がグレイグの婚約者になる約束をしたのは、七歳のときだったとわかったのです」
「「七歳?」」
リーリウスとシュナイゼの声が重なる。
「七歳です。家同士ではなく個人間の、子供同士の口約束だそうです。しかしいつしか疎遠になり、令嬢のほうはその約束をすっかり忘れていたとか」
またも主従同時に吹き出した。
リーリウスよりも背が高く、鋼のように鍛えられた肉体のシュナイゼは、ふわふわ立ち上がった金茶の短髪に優しい緑の目をした男前で、面白いこと大好きという点で昔からリーリウスと意気投合しているだけに、笑いのツボも共通している。
レダリオだけが冷めた目で話を進めた。
「それから、グレイグには現在、親同士が決めた婚約者がいるそうです」
「「そうなのか!?」」
主従でハモったあとに、リーリウスは「うーん」と首を傾げた。
「いま現在、正式に婚約した人がいるのに、わざわざ子供の頃の話を持ち出してレダリオにケチをつけてきたということか?
だとするとグレイグは、幼い頃の約束を信じ続ける一途な男なのか、婚約者がいるのによそ見をしている浮気者なのか、よくわからないね」
「致したと思うかい?」
質問に質問で返して、リーリウスはシュナイゼと不敵に笑い合う。
本日もまた、三人組は王城のリーリウスの私室に集まって密談中だ。
「運命の人探し」一度目は残念ながらハズレで終わったが、マリウスという、まことに興味深くオモシロイ人物と親しくなれたので、リーリウスは満足している。
「本当にオモシロイ子だったよ。『先日はお世話になりました』と丁寧な礼状をくれてね。ほら、こんな記念品まで同梱してくれたのだ。マリウスの秘蔵品」
内側を絹貼りされた立派な箱の中身を見せると、シュナイゼが大笑した。
そこには、本物と見紛う張形。
赤い顔のレダリオから「どうしてそんな物を見せるんです!」と叱られたので、「未使用品ですと書いてあるよ」と付け加えると、「そういう問題じゃない!」とさらに怒られた。
「すごく楽しい方みたいですね! 仲良くなれそうだなぁ。俺にも紹介してもらえます?」
「そうだね、シュナイゼの体力なら大丈夫だろう。ついでに馬丁のトーニオも引き込んで、仲直りできそうなら取り持ってあげておくれ」
「いいですよ! 俺はそういうの得意です」
さすがにイケナイ遊び仲間は話が早い。
リーリウスは蓋を閉じながら、葡萄の蔓みたいな巻き毛を思い出して微笑んだ。
「いい子だけれど、少々危なっかしい面があることは否めないから、何か困ったことがあれば力になると約束してきたのだ。そなた達も心得ておいてほしい」
「承知いたしました」
笑顔のシュナイゼの隣で生真面目に首肯したレダリオは、律儀に「応相談」と書類に書き込んでいる。
開け放した窓の外は、目のさめるような青空。
会話の合間に波音と鴎たちの鳴き声が届き、露台から吹き抜ける海風が心地いい。
「そういえば、そなたの見合いはどうなった?」
長椅子にゆったりと両脚を伸ばし、肘掛けにもたれて尋ねたリーリウスに、レダリオが眼鏡の奥から氷のような視線を投げてきた。
「またも殿下の『運命の人』調査で見合い時間に遅れて、令嬢は去ったあとでした」
「おやおや、ほんの半刻も待ってくれなかったのかい?」
「半日の間違いでしょう」
顔をひきつらせるレダリオの肩を、シュナイゼが元気づけるようにポンポン叩く。
「どのみちそんな気の短い女性では、長く続かんさ。ですよね、殿下」
「そうだね。レダリオにはもっと、寛容な相手が似合うと思うよ」
「……わたしの見合い事情は気にしていただかなくて結構です。烈火のごとく怒った父から死ぬほど説教されたのも、殿下とシュナイゼではなくわたしですから。おかげで婚約が決まるまで余暇のすべてを使って見合いし続けねばならなくなりましたが、お二人には助言も何も求めません。ただ、」
リーリウスの茶が置かれた小ぶりな円卓に、ベシッと四枚の紙が置かれる。
「さっさと『運命の人探し』を済ませて、わたしの見合い時間を確保させてくれれば、それだけで充分です!」
そう、リーリウスの運命の人候補はあと四人。
侯爵家嫡男、グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア。
伯爵家次男、フランセ・ブリス・ド・カーロン。
子爵家三男、ルイス・ド・コンバルト。
隣国タウラスの子爵家次男、アールト・ド・ロバル。
「次は誰にしましょうかね~」
宝探しをする子供みたいに楽しげなシュナイゼに、リーリウスも「そうだねえ」とにっこり笑う。
と、改めて書面を眺めていたシュナイゼが、「あ」と声を漏らした。
「そういやレダリオ。お前この前、ドーシア侯のとこのグレイグに噛みつかれてたよなあ」
「……なんで殿下の前で言うかな!」
何やら意味深な話題で、親友たちが揉め始めた。
彼らもそれぞれ名門侯爵家と伯爵家の子息だから、候補者たちの中には顔見知りもいるようで、グレイグもそのひとりらしい。
リーリウスは興味津々、身を乗り出した。
「何の話だい? 私の大切な親友が噛みつかれたとは聞き捨てならないね。この品行方正なレダリオの、どこに文句をつける余地があると言うのだ」
「なんだか『僕の女を寝取られた』とか言って騒いでましたよ」
「違う!」
うろ覚えで語るシュナイゼを、赤くなったレダリオがぴしゃりと遮った。
「わたしの見合い相手のうちのひとりが、彼の婚約者になるはずの令嬢だったとかで、盗人呼ばわりされただけだ! 事実無根! お前じゃあるまいし、誰が寝取るか!」
「ひっどーい。俺だって誰かの婚約者と知ってたら手を出したりしないさ。ね、殿下?」
「そうだとも。しかし本当にその令嬢は、グレイグの婚約者になるはずだったのかい? だとしたら、アレクシス卿はなぜそんな女性を息子の見合い相手に選んだのだろう」
「その点は、すでに父に確認しました」
レダリオは面倒そうに眉根を寄せる。
「父もそんな話は初耳だと驚いていました。そこで改めて調査した結果、令嬢がグレイグの婚約者になる約束をしたのは、七歳のときだったとわかったのです」
「「七歳?」」
リーリウスとシュナイゼの声が重なる。
「七歳です。家同士ではなく個人間の、子供同士の口約束だそうです。しかしいつしか疎遠になり、令嬢のほうはその約束をすっかり忘れていたとか」
またも主従同時に吹き出した。
リーリウスよりも背が高く、鋼のように鍛えられた肉体のシュナイゼは、ふわふわ立ち上がった金茶の短髪に優しい緑の目をした男前で、面白いこと大好きという点で昔からリーリウスと意気投合しているだけに、笑いのツボも共通している。
レダリオだけが冷めた目で話を進めた。
「それから、グレイグには現在、親同士が決めた婚約者がいるそうです」
「「そうなのか!?」」
主従でハモったあとに、リーリウスは「うーん」と首を傾げた。
「いま現在、正式に婚約した人がいるのに、わざわざ子供の頃の話を持ち出してレダリオにケチをつけてきたということか?
だとするとグレイグは、幼い頃の約束を信じ続ける一途な男なのか、婚約者がいるのによそ見をしている浮気者なのか、よくわからないね」
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