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1.リーリウス王子、恋に落ちる
候補者は五人
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「――と、いうことで。殿下が仰るところの『細身だがしっかりと筋肉がついており、身長は殿下の鼻先くらいで可愛らしく、口づけるのにちょうどいい高さで素晴らしい』……と、いう体型のほうは、靴の高さも考慮しつつ幅を持たせました」
「うん」
親友たちに、運命の人捜しを依頼した数日後。
シュナイゼの調査報告に、リーリウスは楽しく聴き入っていた。
「それと『サラリとした髪の色はたぶん黒で麗しい』とのことですが……鬘や染めていた可能性もあるので、限定は避けました。あと『瞳は暗色に見えたが確かではなく、そんなところも愛おしい』……こちらもまったく参考にならないので、何でもありということで。
加えて我らの情報網を最大限に活用し、容姿が良くて裏事情のありそうな者や舞踏会への出席に消極的だったらしき者、そして何に仮装していたかが掴めていない等々、諸々の条件を併せて精査した結果――候補者を、五人まで絞り込めました!」
得意満面、にんまり笑ったシュナイゼに、リーリウスは拍手を贈った。
「おお、なんと素早く優秀な仕事だ。さすがは我が心の友たち!」
明るい声が、緑の香の風に乗っていく。
リーリウスは友人たちと遠乗りに出て来ている。
王城の西に広がる森を抜け、小高い丘の草原から、中天の日射しを浴びて煌めく海を見渡せる場所まで。
濃淡さまざまな緑、空と海の青。
どこまでも清澄な大気と、高らかに歌い交わす鳥たち。
そして、苦悩の表情で眼鏡を押し上げるレダリオ。
「世界はこんなにも美しいのに……」
明るい青空の下、彼は重いためいきをつく。
「我らはヤリチン王子の不埒な嫁捜しに奔走している……」
「レダリオ、心の声がダダ漏れだぞ」
シュナイゼが注意するも、「よいのだ」と王子の上機嫌は揺るがない。
「何だかんだ言いつつ我が友たちは、いつだって信頼に応えてくれるのだから」
「もちろんです、殿下!」
際立った長身のリーリウスと、さらに頭半分大きいシュナイゼという大木のような男二人が、熱く握手を交わすのを横目に、レダリオはげっそりと呟いた。
「今日こそ、見合いに間に合うように帰るんだ……」
一方、ノリノリで協力しているシュナイゼは、「話を続けます」と声を弾ませる。
「今ならば、口さがない召使いたちに立ち聞きされる心配もありませんからね。候補者たちの名をお聞きになりますか?」
「ああ、頼む」
「出番だレダリオ!」
シュナイゼは面倒な部分を友人に丸投げした。
人名や家柄を細かく記憶するような作業はレダリオの得意分野だからと、おぼえるどころか書きつけすら持とうとしなかったのだ。
レダリオは肩を落としたまま、すらすらと名前を挙げた。
「グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア。侯爵家嫡男。『仮装などくだらない、幼稚な者のすることだ』と嫌がっていたらしいです」
「ああ、あの金髪でツンツンした感じの彼だな」
リーリウスがうなずく。
「フランセ・ブリス・ド・カーロン。伯爵家次男。出席予定だった長男が風邪のため、急遽代理出席。家族間で問題がある様子」
「兄のほうは剣術の授業で知っているよ。弟がいるとも言っていた」
「ルイス・ド・コンバルト。子爵家三男。ただし上二人が亡くなっているため事実上の長子。とても内気で社交界を厭うているとか」
「……青灰色の大きな目」
「マリウス・ド・ファンドミオン。子爵家嫡男。こちらも内向的な性格で『父親に無理矢理連れられて来たらしく、挙動不審だった』という報告も」
「葡萄の蔓みたいな黒い巻き毛」
「アールト・ド・ロバル。隣国タウラエスの子爵家次男。彼については情報が不足しており、まだ調査中ですが。シュナイゼが『なんかにおう』と強く推したので」
「公に会ったことはないな……たぶん」
「――以上です」
レダリオが締めると同時に、シュナイゼが感嘆の声を上げた。
「凄いですね殿下。当主だけでなくその子弟の特徴まですぐ思い出せるとは。美形だからですか」
「否定はしない」
シュナイゼは「さすがです」と笑い、のんびりと草を食む愛馬にも視線を流して、「それでは」と言葉を継いだ。
「ここまで調べておいて今さらですが、殿下。本気でひとりひとりと床を共にして、特定するんですね?」
「別に床でなくともかまわぬが」
「そうですね。ときにはこんな青空の下も良いものですし」
あははと爽やかに笑う二人に、レダリオが「ヤリチン王子とヤリチン親衛隊長」と呟いた。
「仕方がないではないか、レダリオ。向こうから名乗り出てくれない以上、こちらは躰を使って確かめるより手立てがない」
「そうだぞレダリオ。それに運がよければ、最初のひとりで当たるかも。ね、殿下」
「そうだな。そうあってほしいが」
「もしかしたら、五人ともがハズレかもしれません。そうしたら?」
レダリオの問いに、リーリウスは目を丸くしてシュナイゼと顔を見合わせる。が、すぐに満面の笑みを浮かべ、
「そうしたらまた、最初からやり直しだな」
「ヤり直しですか! さすが殿下、へこたれませんね!」
ツッコむ気力もないレダリオの肩に、愛馬がドンと顔をのせてきた。
「……あとは勝手に進めてください」
真っ当な友人に見放されたところで、リーリウスたちも現実に戻る。
「そうでした殿下、このあとが肝心です。彼らをどうやって閨……でもどこでもかまいませんが、ことを致すまでに持ち込むか。そのお膳立てくらいは協力できますけれども、そこから先は――どうやって相手をその気にさせるかは、殿下の腕次第ですからね」
「そこは問題ない」
「うわぁ頼もしい! 惚れそうです! ちなみに、誰からお誘いしましょう。候補者の中にピンとくる者はいましたか?」
「そうだね……実際に会えば、ピンとかビビッとかくるのかもしれぬが」
「そうですね。それでは賽でも振って決めましょうか」
「ちょうど手が空いている者でもよいぞ」
家事の手伝いでも頼むみたいな調子で、主従は計画を進めていった。
「うん」
親友たちに、運命の人捜しを依頼した数日後。
シュナイゼの調査報告に、リーリウスは楽しく聴き入っていた。
「それと『サラリとした髪の色はたぶん黒で麗しい』とのことですが……鬘や染めていた可能性もあるので、限定は避けました。あと『瞳は暗色に見えたが確かではなく、そんなところも愛おしい』……こちらもまったく参考にならないので、何でもありということで。
加えて我らの情報網を最大限に活用し、容姿が良くて裏事情のありそうな者や舞踏会への出席に消極的だったらしき者、そして何に仮装していたかが掴めていない等々、諸々の条件を併せて精査した結果――候補者を、五人まで絞り込めました!」
得意満面、にんまり笑ったシュナイゼに、リーリウスは拍手を贈った。
「おお、なんと素早く優秀な仕事だ。さすがは我が心の友たち!」
明るい声が、緑の香の風に乗っていく。
リーリウスは友人たちと遠乗りに出て来ている。
王城の西に広がる森を抜け、小高い丘の草原から、中天の日射しを浴びて煌めく海を見渡せる場所まで。
濃淡さまざまな緑、空と海の青。
どこまでも清澄な大気と、高らかに歌い交わす鳥たち。
そして、苦悩の表情で眼鏡を押し上げるレダリオ。
「世界はこんなにも美しいのに……」
明るい青空の下、彼は重いためいきをつく。
「我らはヤリチン王子の不埒な嫁捜しに奔走している……」
「レダリオ、心の声がダダ漏れだぞ」
シュナイゼが注意するも、「よいのだ」と王子の上機嫌は揺るがない。
「何だかんだ言いつつ我が友たちは、いつだって信頼に応えてくれるのだから」
「もちろんです、殿下!」
際立った長身のリーリウスと、さらに頭半分大きいシュナイゼという大木のような男二人が、熱く握手を交わすのを横目に、レダリオはげっそりと呟いた。
「今日こそ、見合いに間に合うように帰るんだ……」
一方、ノリノリで協力しているシュナイゼは、「話を続けます」と声を弾ませる。
「今ならば、口さがない召使いたちに立ち聞きされる心配もありませんからね。候補者たちの名をお聞きになりますか?」
「ああ、頼む」
「出番だレダリオ!」
シュナイゼは面倒な部分を友人に丸投げした。
人名や家柄を細かく記憶するような作業はレダリオの得意分野だからと、おぼえるどころか書きつけすら持とうとしなかったのだ。
レダリオは肩を落としたまま、すらすらと名前を挙げた。
「グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア。侯爵家嫡男。『仮装などくだらない、幼稚な者のすることだ』と嫌がっていたらしいです」
「ああ、あの金髪でツンツンした感じの彼だな」
リーリウスがうなずく。
「フランセ・ブリス・ド・カーロン。伯爵家次男。出席予定だった長男が風邪のため、急遽代理出席。家族間で問題がある様子」
「兄のほうは剣術の授業で知っているよ。弟がいるとも言っていた」
「ルイス・ド・コンバルト。子爵家三男。ただし上二人が亡くなっているため事実上の長子。とても内気で社交界を厭うているとか」
「……青灰色の大きな目」
「マリウス・ド・ファンドミオン。子爵家嫡男。こちらも内向的な性格で『父親に無理矢理連れられて来たらしく、挙動不審だった』という報告も」
「葡萄の蔓みたいな黒い巻き毛」
「アールト・ド・ロバル。隣国タウラエスの子爵家次男。彼については情報が不足しており、まだ調査中ですが。シュナイゼが『なんかにおう』と強く推したので」
「公に会ったことはないな……たぶん」
「――以上です」
レダリオが締めると同時に、シュナイゼが感嘆の声を上げた。
「凄いですね殿下。当主だけでなくその子弟の特徴まですぐ思い出せるとは。美形だからですか」
「否定はしない」
シュナイゼは「さすがです」と笑い、のんびりと草を食む愛馬にも視線を流して、「それでは」と言葉を継いだ。
「ここまで調べておいて今さらですが、殿下。本気でひとりひとりと床を共にして、特定するんですね?」
「別に床でなくともかまわぬが」
「そうですね。ときにはこんな青空の下も良いものですし」
あははと爽やかに笑う二人に、レダリオが「ヤリチン王子とヤリチン親衛隊長」と呟いた。
「仕方がないではないか、レダリオ。向こうから名乗り出てくれない以上、こちらは躰を使って確かめるより手立てがない」
「そうだぞレダリオ。それに運がよければ、最初のひとりで当たるかも。ね、殿下」
「そうだな。そうあってほしいが」
「もしかしたら、五人ともがハズレかもしれません。そうしたら?」
レダリオの問いに、リーリウスは目を丸くしてシュナイゼと顔を見合わせる。が、すぐに満面の笑みを浮かべ、
「そうしたらまた、最初からやり直しだな」
「ヤり直しですか! さすが殿下、へこたれませんね!」
ツッコむ気力もないレダリオの肩に、愛馬がドンと顔をのせてきた。
「……あとは勝手に進めてください」
真っ当な友人に見放されたところで、リーリウスたちも現実に戻る。
「そうでした殿下、このあとが肝心です。彼らをどうやって閨……でもどこでもかまいませんが、ことを致すまでに持ち込むか。そのお膳立てくらいは協力できますけれども、そこから先は――どうやって相手をその気にさせるかは、殿下の腕次第ですからね」
「そこは問題ない」
「うわぁ頼もしい! 惚れそうです! ちなみに、誰からお誘いしましょう。候補者の中にピンとくる者はいましたか?」
「そうだね……実際に会えば、ピンとかビビッとかくるのかもしれぬが」
「そうですね。それでは賽でも振って決めましょうか」
「ちょうど手が空いている者でもよいぞ」
家事の手伝いでも頼むみたいな調子で、主従は計画を進めていった。
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