7 / 50
1.リーリウス王子、恋に落ちる
候補者は五人
しおりを挟む
「――と、いうことで。殿下が仰るところの『細身だがしっかりと筋肉がついており、身長は殿下の鼻先くらいで可愛らしく、口づけるのにちょうどいい高さで素晴らしい』……と、いう体型のほうは、靴の高さも考慮しつつ幅を持たせました」
「うん」
親友たちに、運命の人捜しを依頼した数日後。
シュナイゼの調査報告に、リーリウスは楽しく聴き入っていた。
「それと『サラリとした髪の色はたぶん黒で麗しい』とのことですが……鬘や染めていた可能性もあるので、限定は避けました。あと『瞳は暗色に見えたが確かではなく、そんなところも愛おしい』……こちらもまったく参考にならないので、何でもありということで。
加えて我らの情報網を最大限に活用し、容姿が良くて裏事情のありそうな者や舞踏会への出席に消極的だったらしき者、そして何に仮装していたかが掴めていない等々、諸々の条件を併せて精査した結果――候補者を、五人まで絞り込めました!」
得意満面、にんまり笑ったシュナイゼに、リーリウスは拍手を贈った。
「おお、なんと素早く優秀な仕事だ。さすがは我が心の友たち!」
明るい声が、緑の香の風に乗っていく。
リーリウスは友人たちと遠乗りに出て来ている。
王城の西に広がる森を抜け、小高い丘の草原から、中天の日射しを浴びて煌めく海を見渡せる場所まで。
濃淡さまざまな緑、空と海の青。
どこまでも清澄な大気と、高らかに歌い交わす鳥たち。
そして、苦悩の表情で眼鏡を押し上げるレダリオ。
「世界はこんなにも美しいのに……」
明るい青空の下、彼は重いためいきをつく。
「我らはヤリチン王子の不埒な嫁捜しに奔走している……」
「レダリオ、心の声がダダ漏れだぞ」
シュナイゼが注意するも、「よいのだ」と王子の上機嫌は揺るがない。
「何だかんだ言いつつ我が友たちは、いつだって信頼に応えてくれるのだから」
「もちろんです、殿下!」
際立った長身のリーリウスと、さらに頭半分大きいシュナイゼという大木のような男二人が、熱く握手を交わすのを横目に、レダリオはげっそりと呟いた。
「今日こそ、見合いに間に合うように帰るんだ……」
一方、ノリノリで協力しているシュナイゼは、「話を続けます」と声を弾ませる。
「今ならば、口さがない召使いたちに立ち聞きされる心配もありませんからね。候補者たちの名をお聞きになりますか?」
「ああ、頼む」
「出番だレダリオ!」
シュナイゼは面倒な部分を友人に丸投げした。
人名や家柄を細かく記憶するような作業はレダリオの得意分野だからと、おぼえるどころか書きつけすら持とうとしなかったのだ。
レダリオは肩を落としたまま、すらすらと名前を挙げた。
「グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア。侯爵家嫡男。『仮装などくだらない、幼稚な者のすることだ』と嫌がっていたらしいです」
「ああ、あの金髪でツンツンした感じの彼だな」
リーリウスがうなずく。
「フランセ・ブリス・ド・カーロン。伯爵家次男。出席予定だった長男が風邪のため、急遽代理出席。家族間で問題がある様子」
「兄のほうは剣術の授業で知っているよ。弟がいるとも言っていた」
「ルイス・ド・コンバルト。子爵家三男。ただし上二人が亡くなっているため事実上の長子。とても内気で社交界を厭うているとか」
「……青灰色の大きな目」
「マリウス・ド・ファンドミオン。子爵家嫡男。こちらも内向的な性格で『父親に無理矢理連れられて来たらしく、挙動不審だった』という報告も」
「葡萄の蔓みたいな黒い巻き毛」
「アールト・ド・ロバル。隣国タウラエスの子爵家次男。彼については情報が不足しており、まだ調査中ですが。シュナイゼが『なんかにおう』と強く推したので」
「公に会ったことはないな……たぶん」
「――以上です」
レダリオが締めると同時に、シュナイゼが感嘆の声を上げた。
「凄いですね殿下。当主だけでなくその子弟の特徴まですぐ思い出せるとは。美形だからですか」
「否定はしない」
シュナイゼは「さすがです」と笑い、のんびりと草を食む愛馬にも視線を流して、「それでは」と言葉を継いだ。
「ここまで調べておいて今さらですが、殿下。本気でひとりひとりと床を共にして、特定するんですね?」
「別に床でなくともかまわぬが」
「そうですね。ときにはこんな青空の下も良いものですし」
あははと爽やかに笑う二人に、レダリオが「ヤリチン王子とヤリチン親衛隊長」と呟いた。
「仕方がないではないか、レダリオ。向こうから名乗り出てくれない以上、こちらは躰を使って確かめるより手立てがない」
「そうだぞレダリオ。それに運がよければ、最初のひとりで当たるかも。ね、殿下」
「そうだな。そうあってほしいが」
「もしかしたら、五人ともがハズレかもしれません。そうしたら?」
レダリオの問いに、リーリウスは目を丸くしてシュナイゼと顔を見合わせる。が、すぐに満面の笑みを浮かべ、
「そうしたらまた、最初からやり直しだな」
「ヤり直しですか! さすが殿下、へこたれませんね!」
ツッコむ気力もないレダリオの肩に、愛馬がドンと顔をのせてきた。
「……あとは勝手に進めてください」
真っ当な友人に見放されたところで、リーリウスたちも現実に戻る。
「そうでした殿下、このあとが肝心です。彼らをどうやって閨……でもどこでもかまいませんが、ことを致すまでに持ち込むか。そのお膳立てくらいは協力できますけれども、そこから先は――どうやって相手をその気にさせるかは、殿下の腕次第ですからね」
「そこは問題ない」
「うわぁ頼もしい! 惚れそうです! ちなみに、誰からお誘いしましょう。候補者の中にピンとくる者はいましたか?」
「そうだね……実際に会えば、ピンとかビビッとかくるのかもしれぬが」
「そうですね。それでは賽でも振って決めましょうか」
「ちょうど手が空いている者でもよいぞ」
家事の手伝いでも頼むみたいな調子で、主従は計画を進めていった。
「うん」
親友たちに、運命の人捜しを依頼した数日後。
シュナイゼの調査報告に、リーリウスは楽しく聴き入っていた。
「それと『サラリとした髪の色はたぶん黒で麗しい』とのことですが……鬘や染めていた可能性もあるので、限定は避けました。あと『瞳は暗色に見えたが確かではなく、そんなところも愛おしい』……こちらもまったく参考にならないので、何でもありということで。
加えて我らの情報網を最大限に活用し、容姿が良くて裏事情のありそうな者や舞踏会への出席に消極的だったらしき者、そして何に仮装していたかが掴めていない等々、諸々の条件を併せて精査した結果――候補者を、五人まで絞り込めました!」
得意満面、にんまり笑ったシュナイゼに、リーリウスは拍手を贈った。
「おお、なんと素早く優秀な仕事だ。さすがは我が心の友たち!」
明るい声が、緑の香の風に乗っていく。
リーリウスは友人たちと遠乗りに出て来ている。
王城の西に広がる森を抜け、小高い丘の草原から、中天の日射しを浴びて煌めく海を見渡せる場所まで。
濃淡さまざまな緑、空と海の青。
どこまでも清澄な大気と、高らかに歌い交わす鳥たち。
そして、苦悩の表情で眼鏡を押し上げるレダリオ。
「世界はこんなにも美しいのに……」
明るい青空の下、彼は重いためいきをつく。
「我らはヤリチン王子の不埒な嫁捜しに奔走している……」
「レダリオ、心の声がダダ漏れだぞ」
シュナイゼが注意するも、「よいのだ」と王子の上機嫌は揺るがない。
「何だかんだ言いつつ我が友たちは、いつだって信頼に応えてくれるのだから」
「もちろんです、殿下!」
際立った長身のリーリウスと、さらに頭半分大きいシュナイゼという大木のような男二人が、熱く握手を交わすのを横目に、レダリオはげっそりと呟いた。
「今日こそ、見合いに間に合うように帰るんだ……」
一方、ノリノリで協力しているシュナイゼは、「話を続けます」と声を弾ませる。
「今ならば、口さがない召使いたちに立ち聞きされる心配もありませんからね。候補者たちの名をお聞きになりますか?」
「ああ、頼む」
「出番だレダリオ!」
シュナイゼは面倒な部分を友人に丸投げした。
人名や家柄を細かく記憶するような作業はレダリオの得意分野だからと、おぼえるどころか書きつけすら持とうとしなかったのだ。
レダリオは肩を落としたまま、すらすらと名前を挙げた。
「グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア。侯爵家嫡男。『仮装などくだらない、幼稚な者のすることだ』と嫌がっていたらしいです」
「ああ、あの金髪でツンツンした感じの彼だな」
リーリウスがうなずく。
「フランセ・ブリス・ド・カーロン。伯爵家次男。出席予定だった長男が風邪のため、急遽代理出席。家族間で問題がある様子」
「兄のほうは剣術の授業で知っているよ。弟がいるとも言っていた」
「ルイス・ド・コンバルト。子爵家三男。ただし上二人が亡くなっているため事実上の長子。とても内気で社交界を厭うているとか」
「……青灰色の大きな目」
「マリウス・ド・ファンドミオン。子爵家嫡男。こちらも内向的な性格で『父親に無理矢理連れられて来たらしく、挙動不審だった』という報告も」
「葡萄の蔓みたいな黒い巻き毛」
「アールト・ド・ロバル。隣国タウラエスの子爵家次男。彼については情報が不足しており、まだ調査中ですが。シュナイゼが『なんかにおう』と強く推したので」
「公に会ったことはないな……たぶん」
「――以上です」
レダリオが締めると同時に、シュナイゼが感嘆の声を上げた。
「凄いですね殿下。当主だけでなくその子弟の特徴まですぐ思い出せるとは。美形だからですか」
「否定はしない」
シュナイゼは「さすがです」と笑い、のんびりと草を食む愛馬にも視線を流して、「それでは」と言葉を継いだ。
「ここまで調べておいて今さらですが、殿下。本気でひとりひとりと床を共にして、特定するんですね?」
「別に床でなくともかまわぬが」
「そうですね。ときにはこんな青空の下も良いものですし」
あははと爽やかに笑う二人に、レダリオが「ヤリチン王子とヤリチン親衛隊長」と呟いた。
「仕方がないではないか、レダリオ。向こうから名乗り出てくれない以上、こちらは躰を使って確かめるより手立てがない」
「そうだぞレダリオ。それに運がよければ、最初のひとりで当たるかも。ね、殿下」
「そうだな。そうあってほしいが」
「もしかしたら、五人ともがハズレかもしれません。そうしたら?」
レダリオの問いに、リーリウスは目を丸くしてシュナイゼと顔を見合わせる。が、すぐに満面の笑みを浮かべ、
「そうしたらまた、最初からやり直しだな」
「ヤり直しですか! さすが殿下、へこたれませんね!」
ツッコむ気力もないレダリオの肩に、愛馬がドンと顔をのせてきた。
「……あとは勝手に進めてください」
真っ当な友人に見放されたところで、リーリウスたちも現実に戻る。
「そうでした殿下、このあとが肝心です。彼らをどうやって閨……でもどこでもかまいませんが、ことを致すまでに持ち込むか。そのお膳立てくらいは協力できますけれども、そこから先は――どうやって相手をその気にさせるかは、殿下の腕次第ですからね」
「そこは問題ない」
「うわぁ頼もしい! 惚れそうです! ちなみに、誰からお誘いしましょう。候補者の中にピンとくる者はいましたか?」
「そうだね……実際に会えば、ピンとかビビッとかくるのかもしれぬが」
「そうですね。それでは賽でも振って決めましょうか」
「ちょうど手が空いている者でもよいぞ」
家事の手伝いでも頼むみたいな調子で、主従は計画を進めていった。
141
お気に入りに追加
631
あなたにおすすめの小説
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
[BL]王の独占、騎士の憂鬱
ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕
騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて…
王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

メゴ ~追いやられた神子様と下男の俺~
てんつぶ
BL
ニホンから呼び寄せられた神子様は、おかしな言葉しか喋られない。
そのせいであばら家に追いやられて俺みたいな下男1人しかつけて貰えない。
だけどいつも楽しそうな神子様に俺はどんどん惹かれていくけれど、ある日同僚に襲われてーー
日本人神子(方言)×異世界平凡下男
旧題「メゴ」
水嶋タツキ名義で主催アンソロに掲載していたものです
方言監修してもらいましたがおかしい部分はお目こぼしください。
名もなき花は愛されて
朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。
太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。
姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。
火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。
断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。
そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく……
全三話完結済+番外編
18禁シーンは予告なしで入ります。
ムーンライトノベルズでも同時投稿
1/30 番外編追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる