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第9章 新たな季節

いつか、きっと

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「この封を剥がちたら、悪霊が飛び出ちてくる……とか……」 

 その手の話であれば、封印を施すのは国王夫妻じゃなく聖職者であろうし、そんなわけのわからぬものを褒美として寄こすわけがない。
 そんなことはわかっているのだが、あまりに物々しいので腰が引けてしまうのだ。

「よ、よーち! 開ける! 開けまちゅよー!」

 ユーチアはわざと元気に声を張り上げ、勢いをつけて、「やあっ!」と封を剥いだ。と、かそけき『ペリ……ッ』という音と共に、封が破れる。
 ユーチアは「破けちゃった……」と当たり前のことを呟き、小箱に貼りついたままの紙を綺麗に剥がしてから、いよいよ、蓋を開けるのみとなった小箱と向き合った。

 留め金の部分まで美しく彫金されたそれを、指先で押し上げるとカチリと外れた。
 ゆっくりと蓋をひらき、出てきたのは――
 紫の絹のクッションに挟まって並ぶ、ちっちゃなもの。合計十個。

「ピアチュ……?」

 燭台に照らされて、ときおりキラリと光るので、大きさ的にもピアスを連想したのだが。ピアスのパーツは付いておらず、しずく型の小さな粒のみがズラリと鎮座している。
 さらによく見ると、真珠を思わせる白い粒と、薄桃色の粒の半分ずつに分かれていた。

「なんでちょう、これは」

 短い腕を組んで「うーん」と首をひねっていると、小さくノックの音がして、返事を待たずにレオンハルトが顔を覗かせた。同時にユーチアと目が合って、「起きてたのか」と呟く。

「もう寝ていると思って様子を見に来たのだが。ん? 何をしているんだ?」
「王ちゃまからいただいた贈りものを思い出ちて、開けてみたのでちゅ」

 ユーチアは躰を引いて、机の上の小箱をレオンハルトに見せた。

「お礼状を書きたいのでちゅけど、これはなんなのでちょうか。レオちゃまは、わかりまちゅか?」
「どれ? ――あ」

 レオンハルトは一瞬も考えることなく、ひと目でわかったようだった。
 そして口元を押さえて、「あの人は……」とか、「ありがたいが、なんでユーチアに」とか、ぶつぶつ言っている。

「レオちゃま?」

 ユーチアが小首をかしげて見上げると、レオンハルトはコホンと咳払いして、椅子に座るユーチアの隣に膝立ちし、視線を合わせてきた。

「ユーチア。これは魔抱卵まほうらんだ」
「まほ!? これが魔抱卵なのでちゅか!?」
「そうだ」
「お、おおお……」

 魔抱卵。男性同士の性交で子を授かるための、貴重な魔素具。
 その用途と使用方法が脳裏に浮かび、ボッ! と顔が熱くなった。

「え、えと、僕、初めて見まちた……」
「魔抱卵については知っていた?」
「はひ。本で読みまちた。でも絵はなかったので」
「そうか。魔抱卵は希少な三辰花さんしんかの種だから、挿絵画家も実物を目にする機会がなかったのかもしれないな」

 レオンハルトは優しく目を細めて、「これは」と、魔抱卵をひと粒手に取り、明かりに近づけた。

「よく見ると、夜光貝のように多彩に煌めいているのがわかるか?」
「はい。綺麗でちゅー……」

 ユーチアはいっとき恥ずかしさを忘れて、小さな粒が抱く七色の煌めきに見惚れた。

「この煌めきが多彩なほど、上質な魔抱卵とされる。ここにあるのはどれも、最上級と言えるな。まさに粒ぞろい」
「ちゃい上級!」

 それで、あんなにも厳重に箱詰めされて、国王夫妻の封までしてあったのかと合点がいった。

「お、お高いのでちょう……?」

 おそるおそる尋ねると、レオンハルトは「まあな」とニヤリと笑う。数字をはっきり言わないのがまた恐ろしい。
 彼は特に感激した様子もありがたがる様子もなく、つまんでいた粒を戻してユーチアを見た。

「半分ずつ色が違うの、わかるか?」
「は、はい。ちろいのと、うちゅ桃色のがありまちゅ」
「うん。用途が違うんだ」
「用途……? でも、魔抱卵でちゅよね?」

 魔抱卵に、子を授かるという目的以外の用途があるのだろうか。
 また首をかしげると、レオンハルトは「ああ」とうなずく。

「白いほうは、一般に知られた魔抱卵。受精と着床を可能にする。ユーチアが本で読んだのもこれだ」
「はい」
「で、こっちの薄桃色のほうは……受け入れる側の負担を減らして、妊娠しやすくする。……まあ、どういうものかは使ってみればわかると思うが」
「ちゅ、ちゅかって……みる……」

 またも羞恥心が押し寄せてきて、カーッと顔を火照らせるユーチアを見て、レオンハルトが笑った。

「知識はちゃんとあるようなのに、そんなに恥ずかしいのか?」
「ち、ちちきがあるからこちょ、はじゅかちいのでちゅ!」
「なるほど」

 くすくす笑うレオンハルトを見て、ぷくっと頬を膨らませ、唇を尖らせた。するとレオンハルトの手が左右から頬を押したので、尖らせた唇からプフッと空気が洩れる。
「もー!」とむくれて、また頬を膨らませると、また頬を押されてプフッと空気洩れ。
 数回それを繰り返すうち、いつのまにか二人で笑い合っていて、ユーチアの肩から力みが抜けた。
 それを見計らったように、レオンハルトが説明を続ける。

「魔抱卵で身ごもることを難しくする原因のひとつに、受け入れる側の負担がある。緊張や痛みは魔素の流れを悪くして、魔素具に魔素が上手く伝わらなくなるんだ。多くの場合、『非常に強い魔素を持つ者が精を注げば子が宿る』と言われるが――ユーチアが読んだ本にも、そう書かれていたか?」
「はい。ちょう書かれてまちた。違うのでちゅか?」
「いや、それも正しい。だが受け入れる側の負担を減らすことも重要だ。薄桃色の魔抱卵はそのためにあるのだが、これも希少な品だから、礼状を書くならそれについても礼をしておくといい」
「ちょうでちゅね、わかりまちた! おちえてくれて、ありがとおごじゃいまちゅ、レオちゃま!」

 ペコッと頭を下げると、「ん」とその頭を撫でてくれた。

「この小箱には魔抱卵を劣化させない細工魔法がかかっているが、貴重品を出しっぱなしというのも不用心だから、俺が預かっておこうか?」
「はい。じぇひ、お願いちまちゅ」

 素晴らしい芸術品と思っていた小箱に、さらにそんな魔法もかけられていたとは知らなかった。

「それじゃあ、もう寝ないと。朝起きれなくなるぞ」
「レオちゃまは?」
「これから湯浴みしてくる」
「わかりまちた。おやちゅみなちゃい」
「ああ、おやすみ」

 ユーチアを抱っこして寝台に運んでくれたレオンハルトが、おでこにキスを落とし、燭台の火も消して部屋を出ていくと、しん、と静まった暗い部屋で、ユーチアは「ふう」と小さく息を吐いた。

 ……実は、夫婦になってから、一緒の寝台で眠ることも増えた。共寝というより、添い寝の感が強いが。
 旅の途中で初めて一緒の寝台を使ったときは、気恥ずかしさと緊張でドキドキしたが、今ではすっかり慣れて、逆にレオンハルトがいないと寂しいくらいだ。
 ユーチアの寝相は相当悪いようなので、レオンハルトはよく一緒に寝てくれるなと思うけれど。

「魔抱卵……」

 ユーチアのときに見れてよかった。
 ユーシアのときにレオンハルトと向き合って、魔抱卵の用途について語らうのは恥ずかしすぎる。
 けれど……やっぱりレオンハルトは、どんなときでも優しくて頼りになる人だ。

「僕、レオちゃまのおヨメちゃんになれて、本当にちあわちぇ……」

 だからいつか、魔抱卵を使う日が来ても、恥ずかしいけど怖くはない。
 レオンハルトとようやく、身も心も夫婦になれるのだから。
 いつになるか今はまだわからないけれど、でも、次にユーシアに戻れたら。
 そのときには、きっと魔抱卵を使おう。
 いつか、きっと……。



「………………うぐぅ」

 眠りに落ちたはずだったのに、なんだか息苦しくて目がさめた。
 この感覚には、おぼえがある。
 これはもしや。もしや、アレでは。
 もぞもぞと身を起こし、暗やみに慣れた目で身を起こすと――

「やっぱりー!」

 大人の手足、キツキツの寝衣。
 いつかユーシアに戻れたら魔抱卵を使おう、なんて思っていたら、夜も明けないうちに戻ってしまった。

「……めっちゃ魔抱卵を使いたい人みたいじゃないかー!」

 恥ずかしさのあまり頭を抱えて、ユーシアはダンゴムシのように丸まった。
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