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第8章 それぞれの思惑

第一関門クリア

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 大声で泣いていれば、当然、誰かが聞きつける。
 フランツが「感動の再会の最中に申しわけないんだけど……」と急かしてくれたおかげで、三人の泣き声に驚いて駆けつけた、ほかの使用人たちに見られる前に、間一髪、その場を離れることができた。

 ……ただ、いきなり現れたフランツを見たハンナとレーネが驚いて、ユーチアを守るべく「「曲者!」」とフランツに飛びかかろうとしたので、ユーチアがあわてて止めるという、フランツにはまことに申しわけない一幕もあったが。

 ユーチアたちが図書室を目指していると知ったハンナとレーネは、「ならば私たちが先導します!」と買って出てくれた。
 そうしてユーチアとフランツが見とがめられぬよう、気を配りながら案内してくれたおかげで、とてもスムーズに図書室に到着できたのだった。

「なちゅかちい……」

 二階まで吹き抜けの広い部屋と、とき経た本の独特の匂い。
 壁面すべてに作り付けの書架があり、静かに読書や調べ物ができる机と椅子も置かれている。
 らせん階段の奥の大きな窓はステンドグラスになっていて、青空の下、のんびりと草を食む羊たちの意匠が、ユーシアはとても好きだった。どこかの牧場で、広い草原に座り込んで、草の匂いのする風に吹かれながら読書している……そんな想像をするのが楽しかったから。
 だから子供の頃は特に、椅子よりもこの階段に腰を下ろして、本を読むことが多かった。

 マティスやキーラたちにとっての本は、読むものでなく財産の一部だった。実際、美しく製本された本は高価だし、書架に並んだときの見た目の良さから調度品として求める貴族も多い。背表紙だけで中身はない本というのもある。

 なんにせよ二人が本を財産と捉えてくれていたおかげで、本に興味がないわりに売り払ったり処分したりすることもなく、図書室に入れる者も制限していた。
 静かに読書と空想の世界に耽ることのできるこの部屋は、ユーシアにとって、貴重な隠れ家のような場所だった。

 ここなら、書架が防音の役割も担ってくれるから、話し声も外に洩れづらい。
 ユーチアはフランツに手伝ってもらいながら、襲撃後から今に至るまでの事情を、掻い摘んで二人に説明した。
 きちんと話している時間はないので、ハンナもレーネも質問したいことだらけという顔をしていたが、それでもユーチアがユーシアであるということを最初から信じてくれたおかげで、話は早かった。

 事情を知った二人は、まずはフランツに土下座する勢いで謝罪した。

「本当に申しわけありません! 坊ちゃまの命の恩人様に対して、なんという無礼を」
「子爵様がいらっしゃらなければ、私たちはこうしてユーシア様と再会することは叶いませんでした。どれだけ感謝しても足りません!」

 フランツは「気にしないで。堅苦しいのは苦手なので、フランツと呼んでください」と明るく笑い、直角に腰を折って頭を下げる二人の顔を上げさせた。

「俺は主君の命に従ったまでですので」

 爽やかな笑顔のフランツを見上げたハンナとレーネの頬が、ポッと色づいた。互いに肘で小突き合い、何やらキャッキャしながら喜んでいる。
 が、ユーチアがニコニコしながら見ていることに気づいたようで、ハンナが「え、えーと。絵本! そう、絵本!」と脈絡なく話を戻した。

「よくわからないのですが、あの絵本が魔素具なのですね?」
「ちょうなの。魔ちょ具なの」

 ハンナの問いにうなずくと、レーネが「本当に申し訳ございません」と、また頭を下げる。

「リュディガー様から何度も念を押されておりましたのに……お荷物に入れるのをすっかり忘れてしまって」
「わちゅれてたのは、僕もいっちょだから。気にちないで」
「よし、ともかく今は急がなきゃいけませんね!」

 先に頭を切り替えたハンナに、「ちょの通り!」と答えると、ハンナとレーネの顔がくしゃっと歪んだ。

「可愛い……昔のユーシア坊ちゃまだわ」
「そうそう、こういう舌足らずな喋り方が、また愛らしくて。って、いかんいかん、絵本を持ってこなきゃ!」

 またもハンナが思考を引き戻し、ユーチアとフランツを見た。

「前回お掃除で入ったときに、少しだけ隠し場所を変えたんですよ」
「ちょうなの!? わあ、二人に会えてなかったら、見ちゅけられなかったかも!」
「本当にそうですね! お会いできて本当によかった……リュディガー様のお導きです、きっと」

 そう言って涙ぐむハンナにつられて、レーネも鼻をすすっている。
 しかし二人は行動に移してしまいさえすれば仕事が早く、「こっちです!」とズンズンらせん階段を登っていく。
 そのうしろ姿を見ながら、フランツが微笑んだ。

「ちょっとしか話してないけど……いい人たちだね。すぐわかる」
「はい! とっても、やちゃちい、ちゅてきな二人なのでちゅ!」

 ユーチアにとっては母のような人たちを褒められて、喜びいっぱいでうなずくと、フランツも「レオンハルト様も、きっと同じことを言う」と笑みを深めた。

「ひどい境遇だったのに、よくこんないい子に育ったと不思議だったけど……『お母さん』が二人いてくれたんだね」
「……! ちょうでちゅ、ちょうなのでちゅー!」

 フランツの言葉が嬉しすぎて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
 すると、すでに階段を登った二人から「早く!」「のんびりされてる場合じゃありませんよ!」と急かされる。
 クスクス笑いながら、二階に相当する書架へと移動すると、ハンナたちは例の『先祖の自分史』が並ぶコーナーの前にいた。

「ここの棚の一部が劣化していたので、ちょっと前に修理したのです。そのとき、絵本も移動させたんですよ。前は、『一番退屈な自分史』のところに隠されていましたでしょう?」
「うん!」

 幼児のせいか、必要以上に元気に返事をしてしまう。
 レーネはそれもまた嬉しそうにユーチアを見つめて、「本当に夢みたい」と目元を押さえながら、背伸びした。

「この本が、絵本を隠すのにちょうどいい大きさだったので……」

 背の高いレーネが手をのばした先にあったのは、あの『鉄壁の貞操』。
 その隣の白い背表紙を見て、ユーチアは「あっ!」と声を上げた。
 それこそが、祖父の形見の絵本『カエルのお姫さま』だ。

「はい、どうぞ」
「わあ……! ありがとお、レーネ!」

 魔素研究所で『取り戻したほうがいい』と言われたときは、とても無理だと思った絵本。でも今、本当に再び手にすることができた。
 ユーチアは、そっと表紙を撫でて、懐かしい感触を味わった。
 ――が、感慨にひたってもいられない。
「俺が持とう」というフランツに素直に絵本を渡してから、「よち!」と気合を入れ直した。
 まだ、絶対に忘れてはいけない本があるのだ。

「ハンナ、レーネ」
「「なんですか? ユーシア様」」
「まだ見たい本があるの」
「あら、なんのご本でしょう」
「すぐにご用意いたしますよ」

 ユーチアはキリリと答えた。

「『ある伯ちゃく夫人の、ち十八夜』!」
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