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GWお遊び企画 ユーチアがグレまちた
ちょの1・グレユーチア vs. ゲルダ
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この番外編はGWのお遊び企画です。
本編の内容とは、おそらく、たぶん、関係ありません。
✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦
――ユーチア・クリプチナがグレた。
その知らせは、『氷血の辺境伯』レオンハルト・イシュトファンが住まうアイレンベルク城に集う人々を、騒然とさせた。
「信じられない! あんなにも素直で愛らしいユーチア様が、グレてしまったなんて!」
「なぜ、こんな急に!?」
理由はわからない。
魔素研究所のクレール副所長は、「これは悪い魔女の呪いに違いありません」と断言した。
しかしもっと深刻なことに、「単にイヤイヤ期では」という意見もある。
とにかく、ユーチアはグレたのだ。
あいにくレオンハルトは任務で城を留守にしていて、どう対処すべきか、決められる者がいない。
それゆえ周囲の者たちは、ユーチアの恐ろしいほどのグレっぷりに、なすすべもなく不安を募らせる毎日だった。
――そんな荒ぶる三歳児(仮)ユーチアの朝は、シャウトから始まる。
「ヨメにちろーっ!」
それが起床の合図だ。
あらかじめ室内に控えていたゲルダが、洗面ボウルにぬるま湯を張りながら挨拶した。
「おはようございます、ユーチア様。今日も朝から元気いっぱいですね」
ユーチアはムッ! とゲルダをにらんで、声を荒らげた。
「どこが元気でちゅか! 未だにヨメになれないのに、元気なわけあるかー!」
「そ、そうですよね。さあどうぞ、こちらへ。お顔を洗いましょうね」
「洗いまちぇん! 顔なんか洗わないの!」
「でもそれだと、お顔に垢が溜まってしまいますよ? レオンハルト様が戻られたとき、垢だらけのお顔でお出迎えするのですか?」
ユーチアは、今度はキッ! とゲルダをにらみつけて宣言した。
「洗いまちゅ!」
「そうですとも。ユーチア様の美貌が損なわれては、レオンハルト様が悲しまれますからね!」
「美貌なんか、ちゃいちょっから、ありゃちないのー! むぐっ」
抗議する声は、お口に新鮮イチゴを入れられて途切れた。
「今朝、城の菜園で摘んできたばかりのイチゴですよ。とびきり甘いのを庭師に選んでもらいました」
「んー、おいちいっ」
噛むとジュワッと広がる甘い果汁と、瑞々しい食感。
思わずニコニコしながら、うっとりと味わい、しっかり余韻まで楽しんでから、にやりと悪い顔で笑った。
「よち! 今日のちょくじは、じぇんぶイチゴにちゅる!」
「お食事を全部イチゴに? それでは栄養が偏りますし、きっとすぐお腹が減ってしまいますよ?」
「イチゴにちゅるの! イチゴ以外は食べまちぇん!」
「まあ。でも……」
「イチゴじゃないなら、歯磨きも、ちゅるものか!」
「でも今朝は、『ベティーナ特製・イチゴのパンケーキ~三種のフルーツとたっぷり生クリームを添えて~』ですよ? 本当に召し上がらないんですか?」
「食べるに決まってるでちょー!」
朝食も着替えも済ませたユーチアは、甘い誘惑に抗えない幼児の情けなさを怒りに変えて、レモンタルト号に跨った。
すぐにゲルダが笑顔で扉を開ける。
「ユーチア様、今日もお城を探検されるのですね?」
「探検じゃありまちぇん! 家出なの!」
「あらあら」
「誘惑だらけの、くちゃった世の中は、もうたくちゃん! 行け行けユーチア! もう誰も僕を止められない!」
力強くペダルを踏んで、キコキコと廊下へ出ると、ゲルダのほかに、なぜか三人の召し使いがついてきた。みんな顔見知りではあるが、なぜか最近、付き添いの人数が増えたのだ。
ユーチアはキッ! キッ! キッ! と彼女たちをにらんだ。
「おはようごじゃいまちゅ!」
「「「おはようございます、ユーチア様!」」」
にらまれてるのに、なぜかみんな嬉しそうだ。
なぜだ。ユーチアはグレているというのに、なぜみんな嬉しそうなのだ。
「もう、ちらない!」
胸のモヤモヤを吹き飛ばすべく、再び力強くレモンタルト号を駆り始めた。
「みんなのことなんか、置いてっちゃいまちゅからね!」
すると召し使いたちは、いかにも悲しそうな声を出した。
「そんなあ」
「置いていかないでください、ユーチア様」
「わたしたち、寂しくて泣いてしまいます」
ユーチアは、思いっきり怖い顔をして、振り向いた。
「ちゅいてこられるなら、ちゅいてきてもいい!」
「まあ、ありがとうございます!」
「なんてお優しい!」
「頑張ってついていきます!」
口々に言いながら、なぜか顔を見合わせ笑い合っている。解せぬ。
ユーチアは、ふんっ! とそっぽを向いた。
「遅れても、待っててあげまちぇん!」
皆と一緒に笑みを交わしていたゲルダが、「だとすると……」と寂しそうに言った。
「ゲルダたちはどこかで行き倒れてしまうかもしれないので、そうなったらもう二度と、ユーチア様にお会いできないのですね……」
みんなして、「ううっ」とか、「ユーチア様、どうかお元気で」とか、「離れても、お幸せをお祈りしております」などと言って、目元を押さえている。
その様子を見たユーチアの瞳に、みるみる涙が溜まった。
ゲルダたちが「まずい」と思ったときには、もう遅い。
琥珀色の大きな瞳から、だばだば涙が溢れ出した。
「うあぁぁぁぁぁぁん! ほんとは待ってるも、お会いできるもーっ!」
「きゃーっ! ごめんなさい、お会いできますとも!」
「泣かないでください、ごめんなさいユーチア様ー!」
わんわん号泣するユーチアとお供の者たちの姿を、離れたところから、じっと見つめる一団があった。
家令イグナーツ。侍従長フィリベルト。料理長ベティーナ。その他。
「……騎士団団長バルナバス」
「同じく副団長フランツ。その他と言われた気がしましたよね、団長?」
「普通、騎士団のツートップが、これほど雑魚キャラとして扱われるか?」
そんなその他二人のほかにも、さらにその他の使用人たちもいる。
彼らは虎視眈々と、あることを狙っているのだ。
「ゲルダめ。ダメじゃないか、ユーチア様を泣かせちゃ」
「やはりユーチア様のお守り役は、私でなければ駄目なようだ」
「何言ってんだい。美味しいプリンを作れるお守り役こそ最高だよ!」
――そう。
彼らは皆、ユーチアの恐ろしいほど愛らしいグレっぷりに嵌まった大人たちである。
おかげで現在、『ユーチア保護者会』入会希望者が殺到しているのだが……
いちいち面接をしていられないので、臨時措置として、ユーチアのお相手をする役目を一日三名まで、クジ引きで決めている。
皆がどれほどグレユーチアを一日中眺めて癒されたいと熱望しようとも、採用がクジ引き任せでは、祈るよりほかになすすべがない。
「明日こそクジが当たるだろうか」
「定員三名に対して倍率三百倍なんて、当たる気がしない」
誰もがそんなふうに不安を募らせ、同時に「明日こそ当たるかもしれない」という希望を抱いて、自分たちの出番を待ち詫びているのだった。
本編の内容とは、おそらく、たぶん、関係ありません。
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――ユーチア・クリプチナがグレた。
その知らせは、『氷血の辺境伯』レオンハルト・イシュトファンが住まうアイレンベルク城に集う人々を、騒然とさせた。
「信じられない! あんなにも素直で愛らしいユーチア様が、グレてしまったなんて!」
「なぜ、こんな急に!?」
理由はわからない。
魔素研究所のクレール副所長は、「これは悪い魔女の呪いに違いありません」と断言した。
しかしもっと深刻なことに、「単にイヤイヤ期では」という意見もある。
とにかく、ユーチアはグレたのだ。
あいにくレオンハルトは任務で城を留守にしていて、どう対処すべきか、決められる者がいない。
それゆえ周囲の者たちは、ユーチアの恐ろしいほどのグレっぷりに、なすすべもなく不安を募らせる毎日だった。
――そんな荒ぶる三歳児(仮)ユーチアの朝は、シャウトから始まる。
「ヨメにちろーっ!」
それが起床の合図だ。
あらかじめ室内に控えていたゲルダが、洗面ボウルにぬるま湯を張りながら挨拶した。
「おはようございます、ユーチア様。今日も朝から元気いっぱいですね」
ユーチアはムッ! とゲルダをにらんで、声を荒らげた。
「どこが元気でちゅか! 未だにヨメになれないのに、元気なわけあるかー!」
「そ、そうですよね。さあどうぞ、こちらへ。お顔を洗いましょうね」
「洗いまちぇん! 顔なんか洗わないの!」
「でもそれだと、お顔に垢が溜まってしまいますよ? レオンハルト様が戻られたとき、垢だらけのお顔でお出迎えするのですか?」
ユーチアは、今度はキッ! とゲルダをにらみつけて宣言した。
「洗いまちゅ!」
「そうですとも。ユーチア様の美貌が損なわれては、レオンハルト様が悲しまれますからね!」
「美貌なんか、ちゃいちょっから、ありゃちないのー! むぐっ」
抗議する声は、お口に新鮮イチゴを入れられて途切れた。
「今朝、城の菜園で摘んできたばかりのイチゴですよ。とびきり甘いのを庭師に選んでもらいました」
「んー、おいちいっ」
噛むとジュワッと広がる甘い果汁と、瑞々しい食感。
思わずニコニコしながら、うっとりと味わい、しっかり余韻まで楽しんでから、にやりと悪い顔で笑った。
「よち! 今日のちょくじは、じぇんぶイチゴにちゅる!」
「お食事を全部イチゴに? それでは栄養が偏りますし、きっとすぐお腹が減ってしまいますよ?」
「イチゴにちゅるの! イチゴ以外は食べまちぇん!」
「まあ。でも……」
「イチゴじゃないなら、歯磨きも、ちゅるものか!」
「でも今朝は、『ベティーナ特製・イチゴのパンケーキ~三種のフルーツとたっぷり生クリームを添えて~』ですよ? 本当に召し上がらないんですか?」
「食べるに決まってるでちょー!」
朝食も着替えも済ませたユーチアは、甘い誘惑に抗えない幼児の情けなさを怒りに変えて、レモンタルト号に跨った。
すぐにゲルダが笑顔で扉を開ける。
「ユーチア様、今日もお城を探検されるのですね?」
「探検じゃありまちぇん! 家出なの!」
「あらあら」
「誘惑だらけの、くちゃった世の中は、もうたくちゃん! 行け行けユーチア! もう誰も僕を止められない!」
力強くペダルを踏んで、キコキコと廊下へ出ると、ゲルダのほかに、なぜか三人の召し使いがついてきた。みんな顔見知りではあるが、なぜか最近、付き添いの人数が増えたのだ。
ユーチアはキッ! キッ! キッ! と彼女たちをにらんだ。
「おはようごじゃいまちゅ!」
「「「おはようございます、ユーチア様!」」」
にらまれてるのに、なぜかみんな嬉しそうだ。
なぜだ。ユーチアはグレているというのに、なぜみんな嬉しそうなのだ。
「もう、ちらない!」
胸のモヤモヤを吹き飛ばすべく、再び力強くレモンタルト号を駆り始めた。
「みんなのことなんか、置いてっちゃいまちゅからね!」
すると召し使いたちは、いかにも悲しそうな声を出した。
「そんなあ」
「置いていかないでください、ユーチア様」
「わたしたち、寂しくて泣いてしまいます」
ユーチアは、思いっきり怖い顔をして、振り向いた。
「ちゅいてこられるなら、ちゅいてきてもいい!」
「まあ、ありがとうございます!」
「なんてお優しい!」
「頑張ってついていきます!」
口々に言いながら、なぜか顔を見合わせ笑い合っている。解せぬ。
ユーチアは、ふんっ! とそっぽを向いた。
「遅れても、待っててあげまちぇん!」
皆と一緒に笑みを交わしていたゲルダが、「だとすると……」と寂しそうに言った。
「ゲルダたちはどこかで行き倒れてしまうかもしれないので、そうなったらもう二度と、ユーチア様にお会いできないのですね……」
みんなして、「ううっ」とか、「ユーチア様、どうかお元気で」とか、「離れても、お幸せをお祈りしております」などと言って、目元を押さえている。
その様子を見たユーチアの瞳に、みるみる涙が溜まった。
ゲルダたちが「まずい」と思ったときには、もう遅い。
琥珀色の大きな瞳から、だばだば涙が溢れ出した。
「うあぁぁぁぁぁぁん! ほんとは待ってるも、お会いできるもーっ!」
「きゃーっ! ごめんなさい、お会いできますとも!」
「泣かないでください、ごめんなさいユーチア様ー!」
わんわん号泣するユーチアとお供の者たちの姿を、離れたところから、じっと見つめる一団があった。
家令イグナーツ。侍従長フィリベルト。料理長ベティーナ。その他。
「……騎士団団長バルナバス」
「同じく副団長フランツ。その他と言われた気がしましたよね、団長?」
「普通、騎士団のツートップが、これほど雑魚キャラとして扱われるか?」
そんなその他二人のほかにも、さらにその他の使用人たちもいる。
彼らは虎視眈々と、あることを狙っているのだ。
「ゲルダめ。ダメじゃないか、ユーチア様を泣かせちゃ」
「やはりユーチア様のお守り役は、私でなければ駄目なようだ」
「何言ってんだい。美味しいプリンを作れるお守り役こそ最高だよ!」
――そう。
彼らは皆、ユーチアの恐ろしいほど愛らしいグレっぷりに嵌まった大人たちである。
おかげで現在、『ユーチア保護者会』入会希望者が殺到しているのだが……
いちいち面接をしていられないので、臨時措置として、ユーチアのお相手をする役目を一日三名まで、クジ引きで決めている。
皆がどれほどグレユーチアを一日中眺めて癒されたいと熱望しようとも、採用がクジ引き任せでは、祈るよりほかになすすべがない。
「明日こそクジが当たるだろうか」
「定員三名に対して倍率三百倍なんて、当たる気がしない」
誰もがそんなふうに不安を募らせ、同時に「明日こそ当たるかもしれない」という希望を抱いて、自分たちの出番を待ち詫びているのだった。
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