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第6章 変わりたいと願った
絵本である理由
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「今はまだ、推測と想像でしか語れませんが」
クレールは、ユーチアをまっすぐ見つめて言った。
「クリプシナ家に限らず、貴族に生まれながら魔素を持たない者の存在を恥と考え、体面を失う、名誉を傷つけられると思い込んでいる家門は、少なくないでしょう。古い時代はさらに、その傾向が顕著だったかもしれません」
「確かに」
レオンハルトは同意しつつも、「だが」とクレールを見た。
「どうして躰を変化させる魔法なのだろうか。前回聞いた、職人の神技や、超人的な体力を持つ農民などの特殊魔法は、もともとあった彼らの資質を高める魔法だったと言える。しかし躰を変化させるというのは……もともとの資質とは、関係ないように思われるのだが」
「その辺もまず、魔素具が絵本であるということから推測してみましょう。……ユーシア様は本がお好きで、よく読まれていたのですよね?」
「はい、本は大ちゅきでちゅ」
ユーチアはコクコクうなずいた。
「本がなかったら、たいくちゅちゅぎて、グレていたかもちれまちぇん」
「……グレユーチア」
「三輪車に乗って暴走するとかですかね」
レオンハルトとフランツは何やら想像したらしく、プッ! と吹き出している。
ユーチアはちょっと恥ずかしくなって、もじもじしながら呟いた。
「クリプチナ家には、レモンタルト号はなかったでちゅよ……」
「そもそも本当の三歳児であれば、まだグレようがないのではないでしょうか」
生真面目に意見を述べたクレールに、主従二人が黙らされたところで、「おそらく」と話が続いた。
「ユーシア様ほど狭い範囲で行動を制限されていたかどうかはわかりませんが……魔素がないことから外部との接触を制限されたとあれば、そのご先祖様もユーシア様と同様、書物が人生の友と言えたかもしれません」
「ちょうでちゅね。きっとちょうでちゅ」
ユーチアは、クリプシナ家にいた頃の自分を思い返した。
外部とのつながりは家庭教師くらいで、異母妹のケイトリンが両親と外出するのを見送るときは、自分がまるで屋敷に飾られた彫像か調度品みたいに思えた。
自分だけがここから動けない。脚はあってもどこにも行けない。なんだか机や椅子のようだと。
「もちもリフテト家の昔々のお祖父ちゃまかお祖母ちゃまに、僕と同じ境遇の方がいらちたのなら、おはなちできたら楽ちかったでちょうねぇ」
「時代を越えてのお喋りですね」
「引きこもりの苦労を分かち合えたと思いまちゅ。本を読む楽ちちゃと……ちょれと、本の中には、いろんなちぇかいが広がっていまちゅけども、本を閉じれば、やっぱりちゃびちくなることも」
「ユーチア……」
レオンハルトが、どこかが痛むような目で見つめてきたので、ユーチアは「でもでも、もうだいじょぶでちゅよ!」とあわてて付け加えた。
「今はこうちて、レオちゃまの、ちゅ、ちゅまに! なれちゃうんでちゅから!」
「ユーチア……」
「ちゅまに!」
「……そうだな、妻だ。一緒に陛下に謁見するんだもんな」
レオンハルトがようやく笑ってくれたので、ユーチアも嬉しくなって「えへへ」と笑った。
クレールは目を潤ませている。
「リフテト家の魔素を持たぬご先祖様たちも……何人いらしたかはわかりませんが……結果的にユーチア様のように、幸せになられたと信じたいですね」
「ほんとでちゅねぇ」
「きっとユーシア様と同じように、変わりたいと強く願われたと思うのです。どう変わりたいと考えたのか……魔法を使えるようになりたいと願ったのか、ほかに具体的な目標があったのか、それはご本人にしかわからないことですが……」
変わりたいと願う人の手元に、変身して幸福をつかむ者を描いた絵本。
「願いが込められた絵本だったのでちゅね」
「ええ、きっと。昔は今ほど書籍が普及していませんでしたし、製本された本はかなりの高級品です。今のクリプシナ家ほど蔵書数もなかったでしょう」
「ふあっ。ちょ、ちょうでちゅよね」
そうだ。それを失念していた。
クリプシナ家の蔵書数は、本好きの先祖の代に一気に増えたらしい。しかし身代を潰す気かというほど金がかかったために、当主が交代する騒ぎに発展したと、『クリプシナ家の歩み』で読んだことがある。
「だとすると、多くはない蔵書の中に、子供のための絵本があったことになる」
レオンハルトの言葉に、クレールが「そこなのです」と首肯した。
「これは私の願望も入っておりますが……魔素がなくて世間から隠されたからといって、家族に愛がなかったとは限りませんよね? 例えば魔素のない子が『変わりたい』という夢を語っていたとして、親はせめてもの心の慰めに、主人公が『変身』して幸せになる物語の絵本を贈った――と考えるのは、穿ち過ぎですか?」
「わああ……! ちょれは、ちゅてき! ちゅてきでちゅ、クレールちゃん!」
クレールの願望入りのその仮説は、ユーチアの胸にあたたかな火を灯してくれた。
魔素がなくて隠されていたと聞けば、自分とまるっきり同じ境遇を想像して、悲しい気持ちになる。
けれどそのご先祖様の親は、貴族の体面を優先したとしても、子供のために心を砕く程度の愛情はあったのだと。そう思えば、なんだか重苦しかった気持ちも晴れていく。
「ちょんなふうに絵本を贈られたら、じゅーっと、大事に大事にちまちゅよね! 僕なら宝ものにちまちゅ!」
「ええ。親もまた、『この子も魔法を使えるようになれたらいいのに』という意味での変身を夢見て、選んだ物語なのかもしれません。カエル=変える、とも取れますから」
「つまりそれが、ダンゴ……変身魔法が生まれた理由?」
言葉を選んだレオンハルトに、ユーチアは「ダンゴムチ魔法と呼んでかまいまちぇんのに」と言ったが、「ユーチアはダンゴムシではない」と気に入らないようだ。
クレールが「どれも推測ですが」とユーチアたちを見回す。
「ただ、リフテト家が、特殊魔法を行使できる魔素を持つ家系だったということは確かでしょう。その中で、『変わりたい』という願いを込めて大切にされてきた絵本が魔素具となり、ついには変身の魔法を発動させるに至った……」
「ごちぇんじょちゃまも、幼児になったのでちょうか?」
「うーん……。それも情報が少なすぎて、推測というか想像になってしまうのですが……。もうひとつ、時代的に、考慮すべきかもしれないと思うことがあります」
「時代的……でちゅか?」
クレールは、ユーチアをまっすぐ見つめて言った。
「クリプシナ家に限らず、貴族に生まれながら魔素を持たない者の存在を恥と考え、体面を失う、名誉を傷つけられると思い込んでいる家門は、少なくないでしょう。古い時代はさらに、その傾向が顕著だったかもしれません」
「確かに」
レオンハルトは同意しつつも、「だが」とクレールを見た。
「どうして躰を変化させる魔法なのだろうか。前回聞いた、職人の神技や、超人的な体力を持つ農民などの特殊魔法は、もともとあった彼らの資質を高める魔法だったと言える。しかし躰を変化させるというのは……もともとの資質とは、関係ないように思われるのだが」
「その辺もまず、魔素具が絵本であるということから推測してみましょう。……ユーシア様は本がお好きで、よく読まれていたのですよね?」
「はい、本は大ちゅきでちゅ」
ユーチアはコクコクうなずいた。
「本がなかったら、たいくちゅちゅぎて、グレていたかもちれまちぇん」
「……グレユーチア」
「三輪車に乗って暴走するとかですかね」
レオンハルトとフランツは何やら想像したらしく、プッ! と吹き出している。
ユーチアはちょっと恥ずかしくなって、もじもじしながら呟いた。
「クリプチナ家には、レモンタルト号はなかったでちゅよ……」
「そもそも本当の三歳児であれば、まだグレようがないのではないでしょうか」
生真面目に意見を述べたクレールに、主従二人が黙らされたところで、「おそらく」と話が続いた。
「ユーシア様ほど狭い範囲で行動を制限されていたかどうかはわかりませんが……魔素がないことから外部との接触を制限されたとあれば、そのご先祖様もユーシア様と同様、書物が人生の友と言えたかもしれません」
「ちょうでちゅね。きっとちょうでちゅ」
ユーチアは、クリプシナ家にいた頃の自分を思い返した。
外部とのつながりは家庭教師くらいで、異母妹のケイトリンが両親と外出するのを見送るときは、自分がまるで屋敷に飾られた彫像か調度品みたいに思えた。
自分だけがここから動けない。脚はあってもどこにも行けない。なんだか机や椅子のようだと。
「もちもリフテト家の昔々のお祖父ちゃまかお祖母ちゃまに、僕と同じ境遇の方がいらちたのなら、おはなちできたら楽ちかったでちょうねぇ」
「時代を越えてのお喋りですね」
「引きこもりの苦労を分かち合えたと思いまちゅ。本を読む楽ちちゃと……ちょれと、本の中には、いろんなちぇかいが広がっていまちゅけども、本を閉じれば、やっぱりちゃびちくなることも」
「ユーチア……」
レオンハルトが、どこかが痛むような目で見つめてきたので、ユーチアは「でもでも、もうだいじょぶでちゅよ!」とあわてて付け加えた。
「今はこうちて、レオちゃまの、ちゅ、ちゅまに! なれちゃうんでちゅから!」
「ユーチア……」
「ちゅまに!」
「……そうだな、妻だ。一緒に陛下に謁見するんだもんな」
レオンハルトがようやく笑ってくれたので、ユーチアも嬉しくなって「えへへ」と笑った。
クレールは目を潤ませている。
「リフテト家の魔素を持たぬご先祖様たちも……何人いらしたかはわかりませんが……結果的にユーチア様のように、幸せになられたと信じたいですね」
「ほんとでちゅねぇ」
「きっとユーシア様と同じように、変わりたいと強く願われたと思うのです。どう変わりたいと考えたのか……魔法を使えるようになりたいと願ったのか、ほかに具体的な目標があったのか、それはご本人にしかわからないことですが……」
変わりたいと願う人の手元に、変身して幸福をつかむ者を描いた絵本。
「願いが込められた絵本だったのでちゅね」
「ええ、きっと。昔は今ほど書籍が普及していませんでしたし、製本された本はかなりの高級品です。今のクリプシナ家ほど蔵書数もなかったでしょう」
「ふあっ。ちょ、ちょうでちゅよね」
そうだ。それを失念していた。
クリプシナ家の蔵書数は、本好きの先祖の代に一気に増えたらしい。しかし身代を潰す気かというほど金がかかったために、当主が交代する騒ぎに発展したと、『クリプシナ家の歩み』で読んだことがある。
「だとすると、多くはない蔵書の中に、子供のための絵本があったことになる」
レオンハルトの言葉に、クレールが「そこなのです」と首肯した。
「これは私の願望も入っておりますが……魔素がなくて世間から隠されたからといって、家族に愛がなかったとは限りませんよね? 例えば魔素のない子が『変わりたい』という夢を語っていたとして、親はせめてもの心の慰めに、主人公が『変身』して幸せになる物語の絵本を贈った――と考えるのは、穿ち過ぎですか?」
「わああ……! ちょれは、ちゅてき! ちゅてきでちゅ、クレールちゃん!」
クレールの願望入りのその仮説は、ユーチアの胸にあたたかな火を灯してくれた。
魔素がなくて隠されていたと聞けば、自分とまるっきり同じ境遇を想像して、悲しい気持ちになる。
けれどそのご先祖様の親は、貴族の体面を優先したとしても、子供のために心を砕く程度の愛情はあったのだと。そう思えば、なんだか重苦しかった気持ちも晴れていく。
「ちょんなふうに絵本を贈られたら、じゅーっと、大事に大事にちまちゅよね! 僕なら宝ものにちまちゅ!」
「ええ。親もまた、『この子も魔法を使えるようになれたらいいのに』という意味での変身を夢見て、選んだ物語なのかもしれません。カエル=変える、とも取れますから」
「つまりそれが、ダンゴ……変身魔法が生まれた理由?」
言葉を選んだレオンハルトに、ユーチアは「ダンゴムチ魔法と呼んでかまいまちぇんのに」と言ったが、「ユーチアはダンゴムシではない」と気に入らないようだ。
クレールが「どれも推測ですが」とユーチアたちを見回す。
「ただ、リフテト家が、特殊魔法を行使できる魔素を持つ家系だったということは確かでしょう。その中で、『変わりたい』という願いを込めて大切にされてきた絵本が魔素具となり、ついには変身の魔法を発動させるに至った……」
「ごちぇんじょちゃまも、幼児になったのでちょうか?」
「うーん……。それも情報が少なすぎて、推測というか想像になってしまうのですが……。もうひとつ、時代的に、考慮すべきかもしれないと思うことがあります」
「時代的……でちゅか?」
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