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#3 メランコリック・ハートビート
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「え」
「すみません、遠征でしばらく不在になります。あの、何か不便があれば、ローデルヒにお申し付けください」
騎士団が遠征に行くことはよくある。国境沿いの警備体制の見直しだとか、盗賊との小競り合いを鎮圧しにいくとか、その理由は様々だ。けれど何も、騎士団長が行くほどのものなのだろうか。それほど重大な事態なのだろうか。
ここの所、急にアベルの遠征が増えていた。
「…………いつまで」
「……一週間、……いや、ひと月は掛かるかもしれません」
おかしい。
そんなに騎士団長に遠征が入るはずがない事くらい、知っている。
と言う事は、わざと遠征に行くようにしているのだ。
(これは……避けられている)
どことなく気付いていた事だった。
この間の遠征以来、アベルの距離が遠くなったことに、気付かないフリをしていた。
それはあの兵舎の前で、騎士団の隊員が言っていた、『ディアナ嬢』と話したというあの遠征以来、家にいない事が増えていることに気付かないフリをしたかった。
遠征から帰って来れば、仕事から戻れば、いつだって嬉しそうにエレノアを見つけて走って来て抱き上げていたのに、ここ最近は、そんなこともしなくなってしまった。
声を掛ければ、顔を合わせれば挨拶をするけれど、それだけだ。
ただいま戻りました、と、気まずそうな顔をして言われるそれに、エレノアが気付かない馬鹿だとでも思われているのだろうか。この距離に気付かないほどの愚か者だと思われているのだろうか、アベルの気持ちがエレノアに向かなくなっても、気が付けないほどの、鈍感だと思われているのだろうか。
「え、うわっ、エレノア様……⁈」
腹が立って仕方が無かった。
アベルだけが、アベルが唯一、エレノアを許してくれるのだと信じていた。
唯一、ずっと愛してくれて、ずっと好いてくれているのだと勘違いしていた。
例えそれが恋愛の愛情じゃなくても、
(……そんなわけがないのに)
「……黙ってて」
こんな事をしたいわけじゃない。
アベルをベッドに押し倒して、馬乗りになった。
エレノアだって、男なのでそれなりに力は強い。アベルはきっと、簡単に突き飛ばせるだろうに、戸惑っているのか柔らかくエレノアの肩を掴むだけだった。
こんなことは無意味だとわかっている。肩を触れられるのですら久しぶりで、嬉しくて泣きそうになりそうだなんて、アベルは知らないのだろう。
きっと、間違っている。間違ってるとわかっている行為を押し通すのは恐ろしくて指先が震えていた。恐ろしくて、吐き気がした。
けれど、こんな事でもしないと、アベルを繋ぎ止められる自信がない。
「エレノア様……!」
「っ……」
押し倒して、ひとつも反応していないアベルの下肢に触れて、無理矢理下着を脱がせて、力なく項垂れているペニスに触れる。びくり、とアベルが揺れた。
ようやくエレノアの意図に気が付いたのだろう。
エレノアの指先がもう一度ペニスに触れようとした途端、感じた事がないくらいの強い力で、手首を押さえつけられた。力を入れてもびくともしない。
「こんなこと、しなくていいです」
アベルはどんな顔でこちらを見ているのだろうか。
顔を合わせられるわけもない。
おかしい事をしている。間違ったことをしている。そんなのは、エレノアが賢い人間でなくともわかるようなことだった。
けれどもうエレノアにはどうしていいかわからなかった。
「エレノア様、やめてください」
聞いた事もない強い口調で言われて、頭が真っ白になった。
ゆっくりと手を引けば、アベルが寛げたトラウザーズを元に戻していく。明確な拒否だった。触れられたくないと、言われたも同然だった。
「……エレノア様、あの、」
「…………っ、もういい……!」
そのままアベルの顔も見ずに自室へと戻って扉を閉めた。鍵は閉めなかった。
アベルが追いかけたいと思えば、追いかけて来れる状態だったけれど、結局アベルはその日、エレノアの部屋を尋ねなかった。
結局は期待していたのだ。いつものように、甘やかしてもらえると、追いかけて抱き上げて貰えることを期待していた。
ぼたぼたぼたと、大粒の涙が頬を伝って床へと落ちていく。
(きっともう、嫌われてしまった)
あんなに冷たいアベルの声は聞いたことが無かった。アベルからすれば、面倒を見てやってた相手に突然、あんな事をされていい迷惑だっただろう。
せめて、せめて、性的な行為をすれば、繋ぎとめられるかもしれないと、そんな事を思ったのだ。そんなわけがないのに。
けれどもうどうしようもなかった。
何を言っても、何をやっても、きっとアベルは、エレノアの元を離れていく。
「………………どうしよう」
きっと、アベルは、遠征から戻ってきてもエレノアに今までと同じように接するだろう。そういう男だ。そうして今日のエレノアの奇行を無かったことにするに違いない。
無かった事にされて、今まで通りだ。
けれどきっと、その頃にはもう、アベルの気持ちは完全にここには無いのだろう。
(もっと、もっと早く、素直になれていたら違ったんだろうか)
「すみません、遠征でしばらく不在になります。あの、何か不便があれば、ローデルヒにお申し付けください」
騎士団が遠征に行くことはよくある。国境沿いの警備体制の見直しだとか、盗賊との小競り合いを鎮圧しにいくとか、その理由は様々だ。けれど何も、騎士団長が行くほどのものなのだろうか。それほど重大な事態なのだろうか。
ここの所、急にアベルの遠征が増えていた。
「…………いつまで」
「……一週間、……いや、ひと月は掛かるかもしれません」
おかしい。
そんなに騎士団長に遠征が入るはずがない事くらい、知っている。
と言う事は、わざと遠征に行くようにしているのだ。
(これは……避けられている)
どことなく気付いていた事だった。
この間の遠征以来、アベルの距離が遠くなったことに、気付かないフリをしていた。
それはあの兵舎の前で、騎士団の隊員が言っていた、『ディアナ嬢』と話したというあの遠征以来、家にいない事が増えていることに気付かないフリをしたかった。
遠征から帰って来れば、仕事から戻れば、いつだって嬉しそうにエレノアを見つけて走って来て抱き上げていたのに、ここ最近は、そんなこともしなくなってしまった。
声を掛ければ、顔を合わせれば挨拶をするけれど、それだけだ。
ただいま戻りました、と、気まずそうな顔をして言われるそれに、エレノアが気付かない馬鹿だとでも思われているのだろうか。この距離に気付かないほどの愚か者だと思われているのだろうか、アベルの気持ちがエレノアに向かなくなっても、気が付けないほどの、鈍感だと思われているのだろうか。
「え、うわっ、エレノア様……⁈」
腹が立って仕方が無かった。
アベルだけが、アベルが唯一、エレノアを許してくれるのだと信じていた。
唯一、ずっと愛してくれて、ずっと好いてくれているのだと勘違いしていた。
例えそれが恋愛の愛情じゃなくても、
(……そんなわけがないのに)
「……黙ってて」
こんな事をしたいわけじゃない。
アベルをベッドに押し倒して、馬乗りになった。
エレノアだって、男なのでそれなりに力は強い。アベルはきっと、簡単に突き飛ばせるだろうに、戸惑っているのか柔らかくエレノアの肩を掴むだけだった。
こんなことは無意味だとわかっている。肩を触れられるのですら久しぶりで、嬉しくて泣きそうになりそうだなんて、アベルは知らないのだろう。
きっと、間違っている。間違ってるとわかっている行為を押し通すのは恐ろしくて指先が震えていた。恐ろしくて、吐き気がした。
けれど、こんな事でもしないと、アベルを繋ぎ止められる自信がない。
「エレノア様……!」
「っ……」
押し倒して、ひとつも反応していないアベルの下肢に触れて、無理矢理下着を脱がせて、力なく項垂れているペニスに触れる。びくり、とアベルが揺れた。
ようやくエレノアの意図に気が付いたのだろう。
エレノアの指先がもう一度ペニスに触れようとした途端、感じた事がないくらいの強い力で、手首を押さえつけられた。力を入れてもびくともしない。
「こんなこと、しなくていいです」
アベルはどんな顔でこちらを見ているのだろうか。
顔を合わせられるわけもない。
おかしい事をしている。間違ったことをしている。そんなのは、エレノアが賢い人間でなくともわかるようなことだった。
けれどもうエレノアにはどうしていいかわからなかった。
「エレノア様、やめてください」
聞いた事もない強い口調で言われて、頭が真っ白になった。
ゆっくりと手を引けば、アベルが寛げたトラウザーズを元に戻していく。明確な拒否だった。触れられたくないと、言われたも同然だった。
「……エレノア様、あの、」
「…………っ、もういい……!」
そのままアベルの顔も見ずに自室へと戻って扉を閉めた。鍵は閉めなかった。
アベルが追いかけたいと思えば、追いかけて来れる状態だったけれど、結局アベルはその日、エレノアの部屋を尋ねなかった。
結局は期待していたのだ。いつものように、甘やかしてもらえると、追いかけて抱き上げて貰えることを期待していた。
ぼたぼたぼたと、大粒の涙が頬を伝って床へと落ちていく。
(きっともう、嫌われてしまった)
あんなに冷たいアベルの声は聞いたことが無かった。アベルからすれば、面倒を見てやってた相手に突然、あんな事をされていい迷惑だっただろう。
せめて、せめて、性的な行為をすれば、繋ぎとめられるかもしれないと、そんな事を思ったのだ。そんなわけがないのに。
けれどもうどうしようもなかった。
何を言っても、何をやっても、きっとアベルは、エレノアの元を離れていく。
「………………どうしよう」
きっと、アベルは、遠征から戻ってきてもエレノアに今までと同じように接するだろう。そういう男だ。そうして今日のエレノアの奇行を無かったことにするに違いない。
無かった事にされて、今まで通りだ。
けれどきっと、その頃にはもう、アベルの気持ちは完全にここには無いのだろう。
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