114 / 186
114
しおりを挟む
「蒼子ちゃん、遅いね……」
朱い夕陽が射し込む天文部室に、葉原の声が小さく響く。その声からは、僅かばかりの不安が読み取れる。
「……そうだな」
壁に掛けられているアナログ時計は16時半を指し示していて、部員が1人いないだけの部室にカチカチと正確に時を刻む秒針の音が煩いほどによく響く。
***
HRが終わってからすでに30分が経過した。
いつもなら真っ先に部室に来ているはずの白月が今日に限って未だに来ていない。HRが終わった後、教室を出たところまでは確認しているから、部室へ向かうつもりなら俺よりも早くここに着いているはず。
……ひょっとすると、もう家に帰って学校にはいないのかもしれない。
もし、そうだとするなら、原因は十中八九先週の一件だろう。
しかし、それでも疑問が残る。
どうして、今日になって突然部に顔を出さなくなったのか。
あの日は意外なことに柏城と話をした後、まるで今までのやりとりが何かの冗談だったかのように白月は部室へと足を運び、何事もなかったかのように久しぶりの再会となる葉原といつも通りの放課後を過ごしていた。そして、その次の日も、また次の日も、白月は何食わぬ顔で学校に登校し、部室に足を運び続けた。
俺はそんな、明らかに無理をしている白月に声をかけることが出来なかった。
理由は二つある。
一つは、単純に掛ける言葉が見つからなかったから。
そしてもう一つは、押し潰されそうな罪悪感に苛まれたから。
俺は柏城から最後に囁かれた一言によって、すでに消滅したと思っていたはずの感情を再び呼び起こされてしまった。
もう終わったと、解決したと思っていたはずの感情。
『天才』に対する “嫌悪” の感情を——。
柏城から囁かれた言葉を思い返すたびに、初めて白月蒼子の天才的一面を目にした時の光景が、まるで泡のように脳裏に浮かんでくるのだ。
努力に努力を重ねて、これまでひたすら練習に励んできたはずのクラスメイトが、彼女の持つ圧倒的な “才能” に打ち拉がれ、嗚咽と共に悔し涙を流し、彼女の才能に嫉妬すると同時に己の才能の無さに絶望する、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
『誰よりも努力を続けて来たはずなのに』
『己の全てを賭けて取り組んで来たのに』
『わたしにはもう、これしか残っていないのに』
いくら努力しても追い抜けない。
いくら手を伸ばしても届かない。
いくら願っても叶うことはない。
そんな凡人たちの声が、まるで呪詛のように脳内を駆け巡る。
俺は白月が抱える苦悩をよく知っているはずなのに……。
あいつがどんな思いで、『天才』を主張しているのかよく理解しているはずなのに……。
——俺は白月蒼子に “嫌悪感” を抱いている。
朱い夕陽が射し込む天文部室に、葉原の声が小さく響く。その声からは、僅かばかりの不安が読み取れる。
「……そうだな」
壁に掛けられているアナログ時計は16時半を指し示していて、部員が1人いないだけの部室にカチカチと正確に時を刻む秒針の音が煩いほどによく響く。
***
HRが終わってからすでに30分が経過した。
いつもなら真っ先に部室に来ているはずの白月が今日に限って未だに来ていない。HRが終わった後、教室を出たところまでは確認しているから、部室へ向かうつもりなら俺よりも早くここに着いているはず。
……ひょっとすると、もう家に帰って学校にはいないのかもしれない。
もし、そうだとするなら、原因は十中八九先週の一件だろう。
しかし、それでも疑問が残る。
どうして、今日になって突然部に顔を出さなくなったのか。
あの日は意外なことに柏城と話をした後、まるで今までのやりとりが何かの冗談だったかのように白月は部室へと足を運び、何事もなかったかのように久しぶりの再会となる葉原といつも通りの放課後を過ごしていた。そして、その次の日も、また次の日も、白月は何食わぬ顔で学校に登校し、部室に足を運び続けた。
俺はそんな、明らかに無理をしている白月に声をかけることが出来なかった。
理由は二つある。
一つは、単純に掛ける言葉が見つからなかったから。
そしてもう一つは、押し潰されそうな罪悪感に苛まれたから。
俺は柏城から最後に囁かれた一言によって、すでに消滅したと思っていたはずの感情を再び呼び起こされてしまった。
もう終わったと、解決したと思っていたはずの感情。
『天才』に対する “嫌悪” の感情を——。
柏城から囁かれた言葉を思い返すたびに、初めて白月蒼子の天才的一面を目にした時の光景が、まるで泡のように脳裏に浮かんでくるのだ。
努力に努力を重ねて、これまでひたすら練習に励んできたはずのクラスメイトが、彼女の持つ圧倒的な “才能” に打ち拉がれ、嗚咽と共に悔し涙を流し、彼女の才能に嫉妬すると同時に己の才能の無さに絶望する、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
『誰よりも努力を続けて来たはずなのに』
『己の全てを賭けて取り組んで来たのに』
『わたしにはもう、これしか残っていないのに』
いくら努力しても追い抜けない。
いくら手を伸ばしても届かない。
いくら願っても叶うことはない。
そんな凡人たちの声が、まるで呪詛のように脳内を駆け巡る。
俺は白月が抱える苦悩をよく知っているはずなのに……。
あいつがどんな思いで、『天才』を主張しているのかよく理解しているはずなのに……。
——俺は白月蒼子に “嫌悪感” を抱いている。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
くろぼし少年スポーツ団
紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。
白の無才
ユウキ ヨルカ
青春
高校生の羽島悠は『才能』を欲していた。
人は誰しも、何らかの才能を持って生まれてくる。
しかし、自分がどんな才能を持っているのか自覚しているものは少ない。
悠もその一人だった。
悠は自分の才能が何なのか、そんなことを考えながら毎日を過ごしていた。
そんな時、悠のクラスに転入してくるという少女に遭う。
彼女は悠に対し「私は才能が欲しい」と話し出す。
彼らは自分の「才能」を見つけ出すため、共に様々なことに挑戦していく。
——友情あり、恋愛あり、葛藤ありの青春ストーリー。
秘密部 〜人々のひみつ〜
ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。
01
雪町フォトグラフ
涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。
メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。
※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
【完結】ある神父の恋
真守 輪
ライト文芸
大人の俺だが、イマジナリーフレンド(架空の友人)がいる。
そんな俺に、彼らはある予言をする。
それは「神父になること」と「恋をすること」
神父になりたいと思った時から、俺は、生涯独身でいるつもりだった。だからこそ、神学校に入る前に恋人とは別れたのだ。
そんな俺のところへ、人見知りの美しい少女が現れた。
何気なく俺が言ったことで、彼女は過敏に反応して、耳まで赤く染まる。
なんてことだ。
これでは、俺が小さな女の子に手出しする悪いおじさんみたいじゃないか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる