上 下
67 / 186

66

しおりを挟む
体育館から教室へ戻ってくると、今まで抑え込んでいた感情が一斉に爆発したかのように、教室内に賑やかな話し声が溢れ出した。普段はあまり感情を表に出さないような大人し目な連中も、心なしか頬が緩んでいるように見える。

やはりいくら歳を重ねても、この高揚感には抗えないのだろうか。


そんな賑やかな喧騒が教室内……いや、学校全体を取り巻く中、遅れて教室に入ってきた担任の号令によって1学期最後のHRホームルームが行われたが、これが思いのほかあっさりと終了し、再び教室内には賑やかな雰囲気が漂い始めた。


本日の日程が全て終了したことにより、あとは各自帰宅するだけとなった教室からは「この夏休み中に絶対彼女作る」だの「とりま、海は行っときたいよね」だの「課題は最終日にまとめてやるから大丈夫」だのと、それぞれ明日からの予定について話し合われている声がちらほらと聞こえてくる。

俺はそんな楽しげな会話に耳を傾けながら、教室中央にいる輝彦と誠と明日から始まる夏休みの予定を再度確認し、軽く挨拶を交わすとそのまま鞄を持って教室を後にした。

そうして俺は他の生徒たちが向かう昇降口ではなく、文化部の部室が建ち並ぶ西棟3階へと移動すると、その一番奥に部屋を構える天文部の部室の前で立ち止まった。

実はあらかじめ、天文部部長である白月から「今後の活動の確認をするから、HR終了後すぐ部室に集合」という指示を受けていたのだ。おそらく、夏休み中に行うと言われていた合宿についての話があるのだろう。そんな事を考えながら、俺はドアノブを回して室内へと入る。

すると部室内には、俺よりも先に到着してテーブル椅子に腰掛けながら文庫本を読む白月の姿があった。見たところ、部室にいるのは白月1人だけで葉原はまだ来ていないらしい。俺が最後じゃなくて良かったとホッと安堵の息を吐いていると、白月は読んでいた本をパタリと閉じ、冷ややかな双眸をギロリとこちらに向けて来た。


「遅い。何をちんたらとやってるのよ。私が『すぐに来い』と言ったら、どんな理由があろうともすぐに来なさい。言われたことも満足にできないなんて、皇くんには一体何ができるのかしらね。全く、あなたには失望させられてばっかりだわ」

そう言って白月はわざとらしく深々とため息を吐いてみせる。

少し輝彦たちと話してたってだけで、別にばっくれようと思ったわけじゃない。それなのに何故そこまで言われなければならないのか、怒りを通り越して思わず困惑してしまう。


「明日から夏休みが始まるってのに、なんでお前はそんなにイライラしてんだよ。ちゃんと睡眠摂ってるか? ……ってか葉原だってまだ来てねぇじゃねぇか」

俺だけが白月から好き勝手言われるのはお門違いだ。まだ来ていない葉原にも、ぜひ同じセリフを言ってもらいたい。

と、そんなことを思っていたところに、ちょうど息を切らせた様子の葉原がやってきた。


「ごめーーん!! HR長引いちゃって、ちょっと遅れた!」

すると白月は、両手を顔の前で合わせて謝罪する葉原に対し、俺に向けたのとは打って変わって慈愛に満ち溢れたような目を向けて口を開く。


「葉原さん、HRお疲れ様。私も皇くんも、今来たところだから大丈夫よ。とりあえず席に座ってもらえるかしら?」

「あっ、そうなの? なら良かった!」

葉原はそう言って安堵の表情を浮かべると、そのまま白月の隣へと移動し、席に着いた。


「……お前マジか」

俺は白月のあまりの豹変ぶりに思わず声が出る。

こいつもしかして、俺にだけ取る態度が違うんじゃないか? 人を選んで態度変えるって、それもうイジメだろ……。いくら天才だからって、何をやっても許されるってわけじゃねぇんだぞ。

そんな事を思いながら呆然と立ち尽くす俺に、白月が再度目を向ける。


「何やってるのよ。あなたも早く座りなさい。話が始められないでしょ」

文句の1つでも言ってやろうかとも思ったが、何を言ったところで結果は目に見えているため、俺は大人しく席に着いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...