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本城咲希の贖罪⑨
しおりを挟む背中越しに感じる三人の視線から逃れるように、咲希は自室として使用している一室の扉を開けた。
カーテンの閉め切られた薄暗い室内。空間には、肌に絡みつくような熱気が充満している。
だが、それはさほど大きな問題ではない。
彼女たちが拠点としている学生寮は新築ということもあって設備は充分に整っており、各部屋には当然のように冷暖房機が設置してある。
ベッド脇に置かれたリモコンのボタンを押せば、すぐに熱気は霧散し、咲希の心の靄も幾分かは晴れることだろう。
しかし、帰宅した彼女の腕がそのリモコンに伸びることはなかった。
「…………」
帰宅早々、扉に背を預ける形でうずくまる咲希。
そのまま、一人孤独に不快な熱の海へと沈んでいく彼女は、膝を両手で抱えながら今日の出来事を振り返っていた。
『——さっちゃん』
そう、彼女の名を呼ぶ幼い少女が、まるで蜃気楼のように咲希の目の前に突如として現れ、そして消えた。静謐な図書館で起きた、わずか数分の出来事。
そんな悪夢のような光景を、幻覚や見間違いだと自身に言い聞かせ、納得するには無理があった。
「……どうして——」
……どうして、向こうの世界に置いてきたはずのモノが、目の前に現れたのか。
ここはわたしたちの集合意識が生み出した、〝夢の世界〟ではなかったのか?
自信が強く望んだ結果のみが反映される、理不尽で、不可解で……それでいて、楽園のような優しい世界ではなかったのか?
カーテンの隙間から漏れる夕陽を虚ろな瞳で眺めながら、咲希は頭の中を駆け巡る「なぜ」とただひたすら対峙していた。
わからないことだらけのこの世界。
そんな世界で唯一断言できる事実……。
──それは、たとえどこに逃げようと……それが〝夢の世界〟や〝物語の世界〟であろうと、彼女はいつまでもわたしを追ってやってくるということだった。
安息の日々など未来永劫やってこない。
死ぬまでずっと——いや、きっと死んでからも、彼女はわたしの前に姿を現し続けるのだろう。
咲希はうずくまったまま自身の肩を強く抱きしめ、顔を伏せる。
寒さなど感じないはずなのに、身体の震えは治まらない。
得体のしれない『何か』が、自分の体内で激しく踊り狂っているようだった。
「……ごめん……なさい……」
震える口元から、かすれた声が漏れる。
「……ごめん……なさい……」
何者かに許しを請うように繰り返し呟かれる懺悔の言葉だけが、暗く温い室内に小さく響いていた。
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