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第17話「紫陽花祭りについて(5)」
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日曜日。
紫陽花祭り2日目——。
左腕につけた腕時計を確認すると、時計の針はもうすぐ17時を指そうとしていた。
俺はほたる駅の中から外を眺める。
外ではばらばらと雨が降り頻っていて、その雨音が駅内の喧騒を助長していた。
俺は昨晩の出来事を思い出す——。
***
「ねぇ、羽島君。明日、もう一度2人で紫陽花祭りに行かない?」
榊原の突然の提案に少し驚いた。
「別に構わないが……秀一たちも一緒じゃダメなのか?」
榊原は顔を下に向け、考え込むような表情をして言った。
「……できれば羽島君と2人がいいの。話したいこともあるし……」
「……そうか。わかった」
俺は、榊原が考えていることについて深く詮索するのをやめた。
「それじゃあ、待ち合わせは今日と同じほたる駅。時間は……そうだな、今日より1時間遅い17時にしよう」
そう提案すると、榊原は「わかったわ」と頷いて言った。
***
榊原が話したいことというのは、一体なんなのだろう。
右手に持つ閉じられた傘から、外で受けた雨粒が駅の床にゆっくりと滴り落ちている。
俺は床に小さな水溜りが出来るのをボーッと眺めながら、そんなことを考えていた。
すると、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
足音はどんどん大きくなり、俺の眼の前で止まった。
「はぁ……はぁ……待たせてしまって……ごめんなさい」
顔を上げると、黒のブラウスに白のロングスカートを履き、手には赤い傘を持つ榊原の姿があった。
榊原の息使いから相当急いで来たということがよくわかる。
雨の中を走ってきたのか、スカートにはうっすらとシミができていた。
「俺もついさっき来たところなんだ。だから、気にする必要はない」
「はぁ……。それは良かったわ」
榊原は息を整えると、安堵の表情をしてそう言った。
「それにしてもすごい雨ね」
榊原は窓の外に目をやると、降りしきる雨を見ながらそう呟いた。
「そうだな。昨日は晴れていて本当に良かった。……それじゃあ、行くか」
「えぇ、そうね」
俺は相槌を打つと、隣を歩く榊原の歩幅に合わせて紫陽花祭りの会場に向かって歩き出した。
駅を出ると俺たちは持っていた傘を開き、会場であるほたる通りへ向かって雨の中を歩き出した。
傘には重たい雨粒が止まることなく、等間隔で落ちてくる。
傘を持つ手が痺れてきそうだ。
そんなことを思っていると、会場であるほたる通りに到着した。
予想はしていたが、やはり昨日に比べて人の数が少ない。
いや、むしろ昨日が多すぎたのかもしれない。
会場内の声は激しい雨の音によって掻き消されてしまっている。
「どうする?昨日と同じように出店にでも並ぶか?」
俺は隣にいる榊原を向いて言うと、榊原は首を横に振った。
「いいえ。まずは紫陽花を見に行きましょう。昨日はあまり見られなかったから……」
「そうだな。昨日は秀一に連れまわされて、しっかり見ることができなかったしな」
そう言って俺たちは、会場の奥にある紫陽花の植木を売っている出店に移動することにした。
昨日に比べて人の数は少なくなっているが、全員傘を開いているため、すれ違うたびにお互いの傘が当たる。
真上から降り頻る雨と正面から歩いてくる人に注意し、隣を歩く榊原が逸れていないか時々確認しながら奥まで進んだ。
そうしてなんとか人口密度が高いエリアを抜けた俺たちは、無事会場の一番奥に到着することができた。
「榊原、大丈夫だったか?」
俺は華奢な榊原を見て言った。
「えぇ。それより羽島君は大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。問題ない」
榊原は「それは良かった」と言って、柔らかく微笑んだ。
降り頻る雨の中でも、榊原の笑顔からは優しさと暖かさのようなものを感じ取ることができた。
榊原は、隣の俺から正面へ視線を移動させると、「あっ」と声を発した。
榊原の視線の先に目をやると、そこには昨日4人で記念撮影をした紫陽花の植木を販売している屋台があった。
紫陽花は、イベント用の簡易テントで雨風から守られている。
屋台へ近づくと、昨日写真の撮影をお願いしたおばさんが俺たちに気づいて手を振ってきた。
「いらっしゃい。昨日は楽しめたかい?」
おばさんは優しい笑みを浮かべて言った。
どうやら俺たちのことを覚えていたらしい。
「えぇ!とっても楽しかったです」
榊原が満面の笑みで言葉を返す。
「それは良かった。今日は雨だけど、雨の日だからこそ楽しめるものってのもあるからねぇ……」
おばさんはそう言って、屋台に並べられた紫陽花に目を向けた。
とても優しい目だった。
子供の成長を見守る親のような、そんな温かい目をしていた。
俺はつられて紫陽花に目を向ける。
並べられたたくさんの紫陽花からは、どんよりとした灰色の空や降り頻る雨を気にも留めないような、そんな美しさを感じた。
世界がどうあろうと関係ない。
自分は自分だという強い意志さえ感じた。
俺は、ふと榊原の方を見てみた。
榊原は女神を思わせるような微笑みで、大きな瞳にたくさんの紫陽花を写していた。
紫陽花も綺麗だが、それをじっと見つめる榊原の瞳も心臓が止まるかと思うほど美しかった。
榊原に見惚れていると、おばさんが口を開いた。
「そうだ。お嬢さん、好きな植木を1つ持っていっていいよ」
「えっ……、いいんですか?」
おばさんからの提案に、榊原は少し驚いたような声を出した。
「あぁ、いいよ。お嬢さんの紫陽花を見る瞳がとても綺麗だったからね。そっちのお兄さんもそう思うだろ?」
おばさんからの急な問いかけに俺も驚いた。
「えっ!あっ、……はい」
おばさんはにっこりと笑うと、紫陽花の植木の方に手を向けた。
榊原は屋台に並ぶ植木を1つ1つじっくり見て選ぶと、「これにするわ」と言って真ん中にある植木を手に取った。
俺たちはおばさんに礼を言うと、屋台を後にした。
先ほどまで激しかった雨は、だいぶ弱まっていた。
俺たちは傘を差すと、一度駅に戻ることにして歩き始めた。
「良かったな。紫陽花を貰えて」
俺は隣で、ビニール袋に入った紫陽花を眺めながら微笑む榊原を見て言った。
「えぇ。この紫陽花は大切にするわ」
榊原は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような笑顔で言った。
駅に着いた俺たちは、傘を閉じて雨粒を払い、駅の休憩所で少し休むことにした。
休憩所には俺たち以外の人の姿はなく、聞こえるのは雨の音と祭りで賑わう人々の声だけ。
俺は休憩所のベンチに腰を下ろすと、昨日から気になっていたことを榊原に尋ねてみた。
「なぁ、榊原。昨日言ってた『話したいこと』って一体何なんだ?」
そう尋ねると榊原は少しの沈黙を挟み、それから真剣な表情をして言った。
「……羽島君。私ね、才能を見つけるために本格的に行動しようと思うの」
「本格的に行動って……具体的には何をするんだ?」
榊原の言葉の真意がわからず、俺は首を傾げた。
すると榊原は俺の目をまっすぐ見て、こう続けた。
「羽島君。才能を見つける方法の1つに『子供時代を振り返ってみる』というのがあるのを知っているかしら?」
「……いや、初めて知った。今までとにかく新しいことに挑戦することしかしてこなかったから、過去を振り返るなんてしようとも思わなかった」
今まで、1度挑戦してダメだと思ったものは全て切り捨ててきた。
過去の挑戦など全て無意味で、新しいことに挑戦することこそが意味あるものだと思っていた。
しかし、過去を振り返ることで見つかる才能もあると、榊原はそう言った。
「……で、それが榊原の言う『本格的に行動する』っていうのとどう関係してくるんだ?」
俺は再び榊原に聞き返す。
榊原は目を閉じると、ゆっくり話し始めた。
「私も今まで新しいことに挑戦することが、才能を見つける近道だと思っていたわ。でも、最近になってこの方法があることを知って、実際に子供時代を振り返ってみたの。幼い頃の私は何が好きで、何に熱中していたのか。そうしたらね、すぐに答えが見つかったわ」
そう言って榊原は目を開くと、口元を緩ませてこう言った。
「私、本が好きなの。子供の頃からずっと好きで、たくさんの物語を読んだわ。それでね、思ったの。……読むだけじゃなくて、自分でも物語を書いてみたいって。私に物語を書く才能があるかはわからないけれど、やってみたいの」
そういう榊原の目からは強い決意のようなものが感じられた。
「そうか……。榊原は、やりたいことを見つけたんだな。俺は応援するよ」
榊原は自分の『才能』を見つけ出すため、自分の好きなものにとことん取り組むことを決意した。
俺はそんな榊原を心から応援してやりたいと思った。
「ありがとう羽島君。……それで1つ、羽島君にお願いしたいことがあるの」
「お願い?」
俺は首を傾げて聞き返した。
すると榊原はグッと顔を近づけて言った。
「より多くの人の心に響く文章を書くためには、たくさんの人と関わって多くのことを学ぶ必要があると思うの。でも、私1人では少し不安……。私は弱い人間だから、上手く人と関わっていけるかわからない。だから、羽島君の力を貸して欲しいの。どうか、弱い私を支えてあげてはくれないかしら……?」
榊原は俺の手を握ると、震えるのをこらえるような声で言った。
俺の手をぎゅっと握る榊原の手はとても小さくて、温かくて、手と手を通して榊原の熱が伝わってくるような気がした。
俺はそんな榊原を見て思った。
榊原は自分のことを「弱い人間」と言ったが、俺にはそうは思えない。
自分の目指すものから逃げず、自分なりに精一杯努力しようとしている。
そんな榊原が俺なんかを頼ってくれている。
俺は胸から込み上げてくる熱いものを堪え、榊原の目を見て言った。
「あぁ。わかった。俺なんかで良ければ、ぜひ手伝わせてくれ」
「ありがとう……羽島君」
そう言った榊原は、どんよりとした外の雨空を吹き飛ばすような眩しい笑顔をしていた——。
紫陽花祭り2日目——。
左腕につけた腕時計を確認すると、時計の針はもうすぐ17時を指そうとしていた。
俺はほたる駅の中から外を眺める。
外ではばらばらと雨が降り頻っていて、その雨音が駅内の喧騒を助長していた。
俺は昨晩の出来事を思い出す——。
***
「ねぇ、羽島君。明日、もう一度2人で紫陽花祭りに行かない?」
榊原の突然の提案に少し驚いた。
「別に構わないが……秀一たちも一緒じゃダメなのか?」
榊原は顔を下に向け、考え込むような表情をして言った。
「……できれば羽島君と2人がいいの。話したいこともあるし……」
「……そうか。わかった」
俺は、榊原が考えていることについて深く詮索するのをやめた。
「それじゃあ、待ち合わせは今日と同じほたる駅。時間は……そうだな、今日より1時間遅い17時にしよう」
そう提案すると、榊原は「わかったわ」と頷いて言った。
***
榊原が話したいことというのは、一体なんなのだろう。
右手に持つ閉じられた傘から、外で受けた雨粒が駅の床にゆっくりと滴り落ちている。
俺は床に小さな水溜りが出来るのをボーッと眺めながら、そんなことを考えていた。
すると、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
足音はどんどん大きくなり、俺の眼の前で止まった。
「はぁ……はぁ……待たせてしまって……ごめんなさい」
顔を上げると、黒のブラウスに白のロングスカートを履き、手には赤い傘を持つ榊原の姿があった。
榊原の息使いから相当急いで来たということがよくわかる。
雨の中を走ってきたのか、スカートにはうっすらとシミができていた。
「俺もついさっき来たところなんだ。だから、気にする必要はない」
「はぁ……。それは良かったわ」
榊原は息を整えると、安堵の表情をしてそう言った。
「それにしてもすごい雨ね」
榊原は窓の外に目をやると、降りしきる雨を見ながらそう呟いた。
「そうだな。昨日は晴れていて本当に良かった。……それじゃあ、行くか」
「えぇ、そうね」
俺は相槌を打つと、隣を歩く榊原の歩幅に合わせて紫陽花祭りの会場に向かって歩き出した。
駅を出ると俺たちは持っていた傘を開き、会場であるほたる通りへ向かって雨の中を歩き出した。
傘には重たい雨粒が止まることなく、等間隔で落ちてくる。
傘を持つ手が痺れてきそうだ。
そんなことを思っていると、会場であるほたる通りに到着した。
予想はしていたが、やはり昨日に比べて人の数が少ない。
いや、むしろ昨日が多すぎたのかもしれない。
会場内の声は激しい雨の音によって掻き消されてしまっている。
「どうする?昨日と同じように出店にでも並ぶか?」
俺は隣にいる榊原を向いて言うと、榊原は首を横に振った。
「いいえ。まずは紫陽花を見に行きましょう。昨日はあまり見られなかったから……」
「そうだな。昨日は秀一に連れまわされて、しっかり見ることができなかったしな」
そう言って俺たちは、会場の奥にある紫陽花の植木を売っている出店に移動することにした。
昨日に比べて人の数は少なくなっているが、全員傘を開いているため、すれ違うたびにお互いの傘が当たる。
真上から降り頻る雨と正面から歩いてくる人に注意し、隣を歩く榊原が逸れていないか時々確認しながら奥まで進んだ。
そうしてなんとか人口密度が高いエリアを抜けた俺たちは、無事会場の一番奥に到着することができた。
「榊原、大丈夫だったか?」
俺は華奢な榊原を見て言った。
「えぇ。それより羽島君は大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。問題ない」
榊原は「それは良かった」と言って、柔らかく微笑んだ。
降り頻る雨の中でも、榊原の笑顔からは優しさと暖かさのようなものを感じ取ることができた。
榊原は、隣の俺から正面へ視線を移動させると、「あっ」と声を発した。
榊原の視線の先に目をやると、そこには昨日4人で記念撮影をした紫陽花の植木を販売している屋台があった。
紫陽花は、イベント用の簡易テントで雨風から守られている。
屋台へ近づくと、昨日写真の撮影をお願いしたおばさんが俺たちに気づいて手を振ってきた。
「いらっしゃい。昨日は楽しめたかい?」
おばさんは優しい笑みを浮かべて言った。
どうやら俺たちのことを覚えていたらしい。
「えぇ!とっても楽しかったです」
榊原が満面の笑みで言葉を返す。
「それは良かった。今日は雨だけど、雨の日だからこそ楽しめるものってのもあるからねぇ……」
おばさんはそう言って、屋台に並べられた紫陽花に目を向けた。
とても優しい目だった。
子供の成長を見守る親のような、そんな温かい目をしていた。
俺はつられて紫陽花に目を向ける。
並べられたたくさんの紫陽花からは、どんよりとした灰色の空や降り頻る雨を気にも留めないような、そんな美しさを感じた。
世界がどうあろうと関係ない。
自分は自分だという強い意志さえ感じた。
俺は、ふと榊原の方を見てみた。
榊原は女神を思わせるような微笑みで、大きな瞳にたくさんの紫陽花を写していた。
紫陽花も綺麗だが、それをじっと見つめる榊原の瞳も心臓が止まるかと思うほど美しかった。
榊原に見惚れていると、おばさんが口を開いた。
「そうだ。お嬢さん、好きな植木を1つ持っていっていいよ」
「えっ……、いいんですか?」
おばさんからの提案に、榊原は少し驚いたような声を出した。
「あぁ、いいよ。お嬢さんの紫陽花を見る瞳がとても綺麗だったからね。そっちのお兄さんもそう思うだろ?」
おばさんからの急な問いかけに俺も驚いた。
「えっ!あっ、……はい」
おばさんはにっこりと笑うと、紫陽花の植木の方に手を向けた。
榊原は屋台に並ぶ植木を1つ1つじっくり見て選ぶと、「これにするわ」と言って真ん中にある植木を手に取った。
俺たちはおばさんに礼を言うと、屋台を後にした。
先ほどまで激しかった雨は、だいぶ弱まっていた。
俺たちは傘を差すと、一度駅に戻ることにして歩き始めた。
「良かったな。紫陽花を貰えて」
俺は隣で、ビニール袋に入った紫陽花を眺めながら微笑む榊原を見て言った。
「えぇ。この紫陽花は大切にするわ」
榊原は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような笑顔で言った。
駅に着いた俺たちは、傘を閉じて雨粒を払い、駅の休憩所で少し休むことにした。
休憩所には俺たち以外の人の姿はなく、聞こえるのは雨の音と祭りで賑わう人々の声だけ。
俺は休憩所のベンチに腰を下ろすと、昨日から気になっていたことを榊原に尋ねてみた。
「なぁ、榊原。昨日言ってた『話したいこと』って一体何なんだ?」
そう尋ねると榊原は少しの沈黙を挟み、それから真剣な表情をして言った。
「……羽島君。私ね、才能を見つけるために本格的に行動しようと思うの」
「本格的に行動って……具体的には何をするんだ?」
榊原の言葉の真意がわからず、俺は首を傾げた。
すると榊原は俺の目をまっすぐ見て、こう続けた。
「羽島君。才能を見つける方法の1つに『子供時代を振り返ってみる』というのがあるのを知っているかしら?」
「……いや、初めて知った。今までとにかく新しいことに挑戦することしかしてこなかったから、過去を振り返るなんてしようとも思わなかった」
今まで、1度挑戦してダメだと思ったものは全て切り捨ててきた。
過去の挑戦など全て無意味で、新しいことに挑戦することこそが意味あるものだと思っていた。
しかし、過去を振り返ることで見つかる才能もあると、榊原はそう言った。
「……で、それが榊原の言う『本格的に行動する』っていうのとどう関係してくるんだ?」
俺は再び榊原に聞き返す。
榊原は目を閉じると、ゆっくり話し始めた。
「私も今まで新しいことに挑戦することが、才能を見つける近道だと思っていたわ。でも、最近になってこの方法があることを知って、実際に子供時代を振り返ってみたの。幼い頃の私は何が好きで、何に熱中していたのか。そうしたらね、すぐに答えが見つかったわ」
そう言って榊原は目を開くと、口元を緩ませてこう言った。
「私、本が好きなの。子供の頃からずっと好きで、たくさんの物語を読んだわ。それでね、思ったの。……読むだけじゃなくて、自分でも物語を書いてみたいって。私に物語を書く才能があるかはわからないけれど、やってみたいの」
そういう榊原の目からは強い決意のようなものが感じられた。
「そうか……。榊原は、やりたいことを見つけたんだな。俺は応援するよ」
榊原は自分の『才能』を見つけ出すため、自分の好きなものにとことん取り組むことを決意した。
俺はそんな榊原を心から応援してやりたいと思った。
「ありがとう羽島君。……それで1つ、羽島君にお願いしたいことがあるの」
「お願い?」
俺は首を傾げて聞き返した。
すると榊原はグッと顔を近づけて言った。
「より多くの人の心に響く文章を書くためには、たくさんの人と関わって多くのことを学ぶ必要があると思うの。でも、私1人では少し不安……。私は弱い人間だから、上手く人と関わっていけるかわからない。だから、羽島君の力を貸して欲しいの。どうか、弱い私を支えてあげてはくれないかしら……?」
榊原は俺の手を握ると、震えるのをこらえるような声で言った。
俺の手をぎゅっと握る榊原の手はとても小さくて、温かくて、手と手を通して榊原の熱が伝わってくるような気がした。
俺はそんな榊原を見て思った。
榊原は自分のことを「弱い人間」と言ったが、俺にはそうは思えない。
自分の目指すものから逃げず、自分なりに精一杯努力しようとしている。
そんな榊原が俺なんかを頼ってくれている。
俺は胸から込み上げてくる熱いものを堪え、榊原の目を見て言った。
「あぁ。わかった。俺なんかで良ければ、ぜひ手伝わせてくれ」
「ありがとう……羽島君」
そう言った榊原は、どんよりとした外の雨空を吹き飛ばすような眩しい笑顔をしていた——。
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